蛍の空





細い月明かり。
わずかなソレを頬に浴びながら、サスケは木の葉までの道なき道を音もなく疾走していた。
ココから木の葉の門までは、ほんの目と鼻の先。
長い忍の経験の中で、何度も走った慣れたルートである。
普段は、連れがいたりしてここまで自分のペースで走ることは出来ない。
だが、今日は完全な一人だった。
おかげで、あと一刻もしないうちに里につくことが出来るだろう。
そろそろ、日付が変わる頃か。
火影は、おそらくまだ執務室だろう。
自分が帰る予定はまだ二日も後だから、今頃は目の下にクマを作って仕事をしているはずだ。
では、これからまっすぐ火影室に向かってシャワーを借りて、酒酒屋に行って酒を飲んで腹を満たして。
それから火影邸に一緒に戻ってベッドに潜り込んで…。
軽く頭の中でこれからのスケジュールを勝手に組み立てたときだった。
わずかな違和感を感じ、サスケは気配を完全に殺して足を止めた。
何か、妙な感じがする。
写輪眼を使おうかどうしようかと考えた瞬間だった。
いきなりグイと身体を持ち上げられ、サスケは息を飲む。
そのまま体勢が整わないうちに、サスケは誰かに土嚢のように肩に担ぎ上げられ、その人物によって風のように夜の中を運ばれていた。
まったく気配を感じなかった。かなりの使い手だろう。
とにかく、逃げないと。
そう考えて咄嗟に印を結ぼうとして、サスケはふとその匂いに気付く。
鼻先を掠めるこの匂いを、自分はとてもよく知っている。
これは、自分がいつも使う石鹸の…。
振り返れば、自分を抱え上げている人物の髪の毛が見える。
わずかな月明かりに照らし出されるソレは、きらきらと奇跡のように美しい。
「火影さま?」
問いかけに、
「あったりまえだってばよ」
短い返事。
「なんで、ココに?ソレよりどうしてオレを抱えてるんです?」
「っつーか。状況判断が遅いぞ、サスケ」
厳しい言葉にサスケは苦笑をこぼす。
「すみません」
「まったくだってばよ。里に近づいて気が緩んだってんだったら、本気で怒るぜ?」
「一応、気配は感じてたんですが…。殺気を感じなかったもので」
「うん。まぁ、オレもちょっとばかり本気出した。サスケをびっくりさせようとして」
わずかに笑いを含んだ火影の言葉にサスケも小さく苦笑をこぼす。
そして、周囲の空気にサスケは軽く首をかしげた。
これは、里へ向かう方角ではない。
「ところで、どこに?」
問いかけに、火影は今度こそ声を潜めて小さく笑う。
「内緒。着くまで、おとなしくしてろ」
「いいですけど…。この体勢はちょっと苦しいかも」
「子供にでも変化してろ。寝ててもいい」
無造作に言い放つ火影は、だがけして走るスピードを緩めようとはしない。
その様子に、サスケは黙って印を結びアカデミー時代の自分に変化した。
微かに、火影の忍び笑う空気。
易々と抱きこまれる格好で、火影の首に両腕を回しその肩に顎を頬を乗せて、サスケは目を閉じた。
一度も経験した事はないが、父親に抱き上げられるというのはこういうカンジなのだろうかと考えて、サスケは小さく笑う。
そのとき。火影は、そんなサスケの背中を柔らかく撫で上げた。


「サスケ」
囁く声に、サスケの意識は急激に浮上する。
少し、眠ってしまっていたらしい。それでも、変化はとけていない。それなりに、本気で変化していたせいだろう。
気付いた時には、サスケの身体は胡坐をかいたナルトに後ろから抱きこまれるような格好になっていた。首筋に、ナルトの顎が当たるのを感じる。
くすぐったいと思うが、サスケは、その苦情を飲み込んでいた。目の前に広がる思いがけない光景に、おもわず呼吸すら奪われて。
「……ヘェ」
短い感嘆の吐息に、ナルトは何も言わずにサスケの髪をすく。
そんな火影の仕草をそのままに、子供の腕を伸べればふわりと小さな明かりが指先に止まる。
蛍である。
いつの間にか、サスケは火影とふたり、上下左右を蛍の明かりの中に包まれていた。
それはまるで、夜空の中に自分とナルトのふたりだけが浮いているような錯覚を与える。
「すごいな。水面に反射しているのか」
「なかなか壮観だろう?去年、ここをたまたま通りかかった時に気付いて、今年は必ずオマエを連れてこようと決めていた」
耳元での囁きに、サスケは頷いて自分を抱き込むナルトの太ももに手をつき下を覗き込む。
そこは、もうすぐに水面だ。火影が、チャクラを練って川面の中央に腰を下ろしているためである。
「まるで、世界の果てのようだ」
「幻想的だな。オマエの考える果ては、こんな場所か?」
「ああ。光のひとつひとつが、ささやかな魂の灯火に見える」
「そうか。じゃあ、そこにいつかたどり着いた時、この記憶と突き合わせをしよう」
「そこに、って?果てに?」
「そう。死んでも、オレはオマエを離さないから。きっと、オマエとふたりで見られる」
さらり、と。
言ったナルトの言葉にサスケは息を飲む。
それから、ゆっくりとナルトに自分の背中を預け、目を閉じた。
「いいな。ソレ」
死んでも一緒にいると、あっさり言い切ったナルトの真意はわからない。けれど、ソレは心地いい幻想だ。
何もない最後の世界に、この男とふたりきりでいられるのなら。
自分は、何もきっと恐れるものはないだろう。
サスケは、フッと意図を持って身体を起こした。それに、ナルトはサスケを抱いていた腕を解く。
変化をとかないまま立ち上がれば、ふわりと蛍が自分の周りに舞う。
水面をヒタヒタと歩けば、広がる波紋に蛍の光が煌く。
上空には、細い三日月と星と蛍の乱舞。
今まで見たどんな光景とも違う美しさに、サスケは見蕩れる。
ここに去年来たというナルトが、自分をここに連れてきたいと考えてくれたことが嬉しい。
かつても、そして今も。
彼が自分を大切に思ってくれている裏づけのような気がして。
とても嬉しい。
「サスケ」
フイに、名を呼ばれサスケは振り返る。
いつの間にか、すぐ間近にナルトが近づいてきていた。
「ナルト?」
なんだ?という意図を込めて見返せば、子供に変化したままのサスケに、ナルトが屈み込む。
「おいで。なんだか、このままオマエが何処かに行ってしまいそうな気がして怖いから」
ヒョイと抱き上げられる身体。
変化をとこうかとも思ったが、やめておく。
なんとなく、ナルトとこうして触れ合うのが心地よかった。
「なんかさ、こうしてサスケを抱いてるとスゴイ幸せになる。オレってば、きっとオマエと年齢が十や二十違っても、必ずオマエに惚れてたな」
シシシ、と笑うナルトに、サスケは眉を寄せた。
「そんなに離れていたら犯罪だろう」
「だって、そう思うんだってばよ。世界中にきっとたった一人オマエだけが、オレの運命なんだ」
「会えないくらい離れていたら?」
「それは、あり得ない。だってオレ、絶対にオマエのコト離さないもん。必ず、会える。だって、オレとオマエは運命だから」
「よくわからないな」
「必然ってコトだ」
ニヤリと笑うナルトに、サスケは目を細める。
それから、スッと自分を抱く男の頬に手を差し伸べて。
口付けた。
「必然、か。この、オレたちの関係も?」
「もちろん。互いが互いのたった一人だという証」
「そっか」
「そうそう」
クスクスと笑いあって、再度口付けを重ねて。
サスケはヒョイとナルトの腕から飛び降りると同時に変化をといた。
「じゃあ、ここで抱き合って行こうか」
それに、ナルトの眼差しが獣の色を瞬時に帯びる。
「そうだな」
舌なめずりしそうなその表情に誘う目線を送って、サスケは岸へと向かって歩き出した。
はやくもジンワリと体が疼きだしたのを、自覚しながら。


火影室に戻った途端に、シカマルが駆け込んできた。
「やっと帰ってきやがった!!どこに行ってたテメェ!!」
怒鳴り声に、火影の背後で木の葉の額宛をはずしかけていたサスケが、スイとシカマルと火影の間に立つ。
途端、シカマルがハッと息を飲んだ。彼は、火影を庇うように無表情に睨みつけてくるサスケにバツが悪そうな表情を浮かべてみせる。サスケの前で火影を怒鳴りつけたのが、一応は心苦しいらしい。
「サスケ、戻ってきたのか。そうか、火影は、ソレを迎えに行ってたってわけか」
「ああ。それより、何か問題が起きたのか?」
サスケの問い掛けに、シカマルがおとなしく頷く。
「任務に出てる暗部からの緊急の伝達が入った。ソレを知らせようと思ったんだが、いなくなってやがったから…」
「護衛がしっかりしていないのだろう。もう少し鍛えろ」
冷ややかに告げるサスケにシカマルが舌打ちをした時だった。
「まぁ、いいじゃねェか。ところで、どこの部隊だ?」
火影が割って入る。
それに、シカマルが空気を改めて火影を見た。
「十八部隊だ」
「あそこか。部隊長はまだ若かったな?」
「十六だ」
「で?」
キシリと火影が自分の席に腰を下ろす。そのデスクに身を乗り出してシカマルが説明を始めるのを横目に見て、サスケは額宛をはずした。
それから、身につけているものを次々とはずしていく。
そのまま、火影室に作りつけのシャワー室に滑り込んで体をざっと洗う。
五代目は女性だったからほとんど使用はしなかったらしいが、六代目になってからこのシャワー室の使用される頻度はすこぶる高い。もちろん、簡単な下着類やタオルは常備されている。
サスケは当然のように火影の棚から下着を取り出し身につけスボンだけ履くと、タオルを首に巻いてそのままふらりと火影室に出る。
そこでは、サスケがシャワーを浴びる前に報告に来たシカマルの話の続きが交わされているらしい。火影の椅子にかけて報告書を睨むナルトと、デスクに身を乗り出して説明を加えているシカマルがいた。
「…つまり、陽動だと?」
「その可能性がある。だから、増援を…」
「しかし、増援と言ってもどこに?ここか?しかし、このポイントに暗部一小隊送ったところで問題の解決にはならないだろ」
「やらないよりマシだろ」
「待てよ。もう少し考えようがあるんじゃないか?」
「例えば?」
「そうだなぁ…」
ボソボソと話し合う二人の会話を背中に聞きながら、サスケはシャワー室の横の洗面所の鏡を覗き込む。
二日間の任務で多少頬が削げたような気もするが、少し食べればすぐに戻るだろう。移動の合間に火影の腕の中で眠ったため、睡眠は充分に取れている。顔色も悪くない。
そこまで確認して納得し、軽くヒゲをそって歯ブラシをくわえたところで、サスケは火影に名前を呼ばれて振り返った。
すると、手招きしている火影と仏頂面を歪めまくったシカマルがサスケを見つめている。
「ん?」
歯を磨きながら、火影の示す地図を覗き込み、サスケはフゥンと小さく鼻を鳴らす。
火の国と風の国の間の小国の北部に、赤い丸が示されている。ここから、急げば一日という場所だ。
「十日前にここで起こっている小規模な暴動の解決に、暗部を送った。その連中から連絡が入ってな。状況があまりよくないらしい。と、言うよりむしろ悪い方向に行っている。どうやら、敵の陽動に乗っちまったらしい。本体が、別にあるらしいというんだ」
スッとナルトがスライドさせて示す場所は、小国のほぼ中央から南部に向かってのかなり広い範囲。
「場所がはっきりしないらしいんだ。しかし、ソレを探ろうにも連中が抑えている北部もここはここで押さえておかなきゃマズイ」
そこまで来て、サスケにも火影の言いたいことがわかった。
コクリと頷き、中央のその国の首都と自分を指差す。
それに、火影がウンと頷く。
「戻ったばかりですまないが、頼む」
「ん」
任せろと親指と人差し指で丸を作り示して見せてから、洗面所に戻りうがいをしていると、ヒョコヒョコと火影が背後から近づいてくる。
鏡越しに目線でなんだと問い掛ければ、火影がニッと胡散臭く笑って見せた。
その表情に何か不穏なものを感じて、口の中のモノを吐き出し首に巻いたタオルで口元を拭きながら振り返れば。
「その任務、オレも一緒に行くから」
火影が、とんでもないことを言い出した。
「は?」
キョトンと問い返すと、火影がサスケの首に掌を回す。
「さっき、油断してオレに不意をつかれたろ。あんな調子で任務をやってるんだったら心配だからな。オマエの外での状況を確認する意味も含めて、一緒に行く」
「確認?衰えてないかってコトですか?」
「そう。オマエのことを判断できるのは、今ではもうオレくらいだからな。もし、単独任務が難しいと感じれば、オマエには今後は単独任務は一切振らない。シノかネジをつけてのツーマンセルを基本とする」
「……オレがシノやネジに劣ると?」
「違う違う。シノかネジなら、オマエの足手まといにはならずに補い合えるだろ?保険だ、保険」
ニヤニヤとそんなもっともらしいことを言ってのける火影に、サスケは眉根を寄せる。どうも不本意だが、火影命令なら仕方ない。
「まぁ、そういうことでしたら…。しかし、そうするとあとのメンバーは、どうします?」
まさか火影をヒョイヒョイ出歩かせるわけにも行かないだろうとサスケが言えば。
「ツーマンセルで充分だとさ」
シカマルが話に割り込んでくる。
その提案に、さすがのサスケも絶句した。ジロリと火影を睨むと、彼はシシシと笑う。
「ま、そういうわけだ。オマエとふたりだったら、あの程度の距離ちょっと行ってチョロっと帰ってこられるだろ」
イタズラっぽく細められた眼差しに、サスケは肩をすくめる。
どうやら、任務を名目にしたデートの誘いのつもりらしい。
「構いませんが、ばれないようにしてくださいよ」
「おう。じゃあ、軽く一楽に寄ってから行くか」
「一楽?」
「当たり前だろ。オレは任務前は一楽で、って決めてんだ」
ふふんと鼻をならす火影に、もはやサスケは苦笑を隠せない。
「わかりましたわかりました。でも、まだ早いからやってないと思いますよ?」
「オープンと同時に入る。サスケ、それまでに一応、デスクの報告書を読んでおけ」
「了解」
「シカマル、あとのことは頼むぞ」
「へいへい」
「よし」
満足げに頷いて、火影はサスケの首筋に当然のように口付けてからシャワー室へと入っていく。
その後姿を見送って、サスケは火影のデスクに向かう。
放り投げられている報告書を二度ほど読んで頭の中に叩き込む間に、シカマルは火影の日程調整に入っていた。
「大丈夫か?任務明けですぐで?」
確認の言葉に、サスケは笑って頷く。
「問題ない」
「まぁ、火影も久々の現場が見たいんだろ。ここしばらく、デスクワークばかりだったから」
「ああ。オマエの方こそ、急な日程変更で大丈夫か?」
「オマエがいない間に仕事は随分前倒しで進んでるから、メチャメチャ大変ってわけでもないが…、やっぱ参るぜ。あの思い付きの言動だけは」
「仕方ないな。アレが、ウチの火影だ」
「諦めるしかないか」
「そういうことだ」
ククク、と低く笑いあう間に、火影がふらりと出てくる。
「なんだ?オマエら、揃ってオレの悪口かぁ?」
ガシガシと髪の毛を拭きながら素っ裸で出てくる火影に、サスケは慌てて自分のタオルをかけてやる。
「ったく、世話のやける火影だよなぁ、六代目は」
呆れたようにほざくシカマルに、
「まったくだ」
同意を返し、サスケは火影をチラリと横目で見た。
その眼差しだけでサスケの機嫌の良さを確認した火影が、ヒョイとサスケの腰を抱き寄せると。
「だから、オレにはオマエが必要なんだろ?」
囁きながら口づけてくる。
ソレを苦笑と共に受け入れて、サスケが火影の頭を拭いてやっている最中。
「火影さま!たった今、十八部隊から増援の追加要求が…。…失礼しました!!!」
バタンとドアが開き、シカマルの部下が飛び込んで来たと思った途端に出て行った。
それに、サスケと火影が吹き出す中、シカマルが大儀そうに腰を上げる。
「バカやってんじゃねェよ。ふたりともさっさと服を着てとっとと行け」
ドアを開けに向かうシカマルの背中に悪いな、と声をかけながら、ふたりは再び目線を交わし頷きあった。
「行くか」
「ああ」
久々のツーマンセルは、きっと心地いい緊張感と連帯感を生んでくれることだろう。
誰と組んでも一人でいても、本当は、互いが隣にいるときが最も実力を出せるということを、ふたりはもう痛いくらいに知っている。
いつだって、どんな時だって。
その存在が横にあれば、なんだってやっていける。
その存在の隣だけは、絶対に誰にも譲らない。

そう。

たとえ、死がふたりを襲っても。
あの、蛍の空で繋いだ指先は、けして離れる事はない。








 *にゃぎさまよりコメント*
 kumiさんのサイトオープン記念に。
 オープン!オメデトウございます!!
 それにしても…。
 手土産とは思えぬ重さ…。
 すみませぬ。
 これからもよろしくおねがいします〜!




 もう、素敵すぎます!!
 どうですか!!この2人の醸し出す雰囲気!!ほぅ〜・・(溜息)
 幻想的な蛍の光に包まれて、互いが唯一無二の存在であることを
 わかっていても確認しあって、 さらに強く結びつく喜びに、2人が共に誇らしさを感じて。
 にゃぎさんの描くこういう世界観が大好きです!
 しかも火影ナルトはカッコイイし、サスケにいたっては歯ブラシ銜えて「ん」とか!!
 んもう、なによその可愛らしさはぁっ! と萌えちぎれるかと思いました・・・(汗)
 重くなんてありません!!手土産とは思えぬご厚意にただただ感激するばかりです!
 私なんぞのサイトのオープンを喜んでくださって、こんな素敵なお話まで書いてくださって!
 にゃぎさん、本当に本当にありがとうございました!
 こ、こちらこそっ、これからもよろしくお願い致します〜〜(平伏)