以心伝心
  





休日の朝ともなれば、ゆっくりと過ごしたいものだ。

少し寝坊をして、遅めの朝食をゆったりと摂る。
天気も快晴。
窓を開ければ爽やかな風が流れ込んで来て、気分まで晴れやかになる。
気分も上々のまま、所帯じみてはいるが溜まった洗濯物に掃除、そして普段できない片付けをするために少し気合を入れてみる。
忍とはいえ、普段の生活は普通の人々と何も変わりはない。



「おい、ナルト、これどうするんだ?」
早速部屋の片づけをし始めた俺は、ずっと部屋の隅に積み上がっていた雑誌の束を手にして、背後のソファにいる男へ声を掛けた。

返事がない。

気持ちいい風でさわさわと揺れるカーテンの前で座りこんでいた俺は、今度は振り返ってソファにいる男をじっと見る。
とは言っても、俺の位置からは肘掛からはみ出ている金色しか見えない。
まさかと思うが、俺の聞き間違いでなければ…ソファの金色の「物体」からは、すーすーと寝息が聞こえる。

寝てやがる…。

メシを朝からたらふく食って、眠くなったのか。
おい、起きてからまだ3時間も経ってねえぞ!!
せっせと片付けている俺をよそに、すっかりと眠りこけるナルトにむっと不機嫌になる。
だいたいだな!
コイツは自分んちがあるのに、いつも俺のところに転がりこんでは物を持ち込む。そして持ち込んだまま放置していくのだ。
だから俺の部屋が散らかるんだよ!!
結局ここは俺の部屋だから俺が片付ける羽目になる。
ったく手伝うどころか居眠りしやがって、コイツは!
…いや、手伝ってもらっても片付けが下手なナルトじゃ足手まといになるだけだ。
だからといって眠りこけるのは大いに気に入らない。
と、俺は悪態を吐くだけ吐いてみたものの、ずっと任務に出ていた疲れがまだ抜けきっていないのだろう、と思い直す。
ここ最近、ナルトはA級とS級任務を立て続けに受けていたらしい。
体力バカなナルトではあるが、ずっと休みなしで神経を張り詰める任務に出ていたのだ。ナルトといえど、精神的な疲れが残っているのだろう。
ふぅ、と溜息を吐き、仕方ねぇな、と心の中で呟く。俺は雑誌の束を元に戻して立ち上がると、ソファで横になっているナルトに近づいた。

背もたれ越しにナルトを見ると、どうやら寛ぎながら本を読んでいたようで、手にした本が開いたまま胸の上で伏せられていた。
昔は殆ど巻物や忍術書を読むことがなかったナルトも、最近では新しい術を会得する楽しみを持つようになって、巻物や忍術書を一生懸命読むようになった。
まあ、一生懸命読むようにはなったが…。
元来、ナルトは身体で覚えることを得意としている。なので『全然意味がわかんねぇってばよ』と頭を捻るナルトを、俺がやっぱり解説付きで手取り足取り面倒を見てやっているのだが。

よく見れば、ナルトの胸の上に乗せられているのは忍術書ではなかった。

額のような縁取りがある、俺的にはちょっと?と眉間にシワが寄ってしまいそうなタイトルの本。
これは、ナルトがずっと大切に持っているものだ。

ナルトの師匠が書いた本だと聞いているそれを、ナルトは仙術の修行をしている時に譲り受けたらしい。
ナルトを弟子にする随分前に書かれたものらしいが、師匠が自分のために遺してくれた本、とナルトがじっとその本を見つめて静かな口調で言っていたことを思い出す。

ナルトがこの本を手に取る時は、何かあった時が殆どだ。
普段、賑やかに俺に話をするナルトだが、時折話すことなくこの本を手にする。
そんな時、俺は少しの不安と寂しさを感じながら、気づかないふりをして黙ってナルトを見守る。

たとえ好き合っている者同士でも、何でも曝け出していいものでもない。
もちろん、互いに守秘義務を伴う任務をこなしている身であるゆえ、話せないこともある。
俺もナルトも過酷な任務で幾度も死線を乗り越えながら、様々な人の生き様や死を目の当たりにしてきた。
そして、人の命の重さを考えながら、刃を向け、心を殺す。
言葉にすることができない、言葉にしても何もならない感情や思いがあることも知った。

ナルトはこの本を開いて、言葉にならない心が訴える、その答えが見つかったのだろうか。


俺はソファを回り込み、ナルトが熟睡しているのを確認してから伏せてあった本をそっとナルトの手から引き抜く。ナルトの顔を覗き、起きないことを見届けて俺は本をぱたんと閉じた。
横のテーブルに置こうとして、手にした本を見る。
大切にしているのだろうが、古い本のせいか表紙の角がずいぶんと擦り切れている。きっと何度も読んだせいなのだろう、本を開いた時の指の跡が残っていて、本の紙自体も随分とよれていた。
指の跡をなぞるようにぱらぱらと本をめくる。めくっただけで、俺は小ぶりのその本を両手の中に納め、ざらついた感触のする表紙を親指でゆっくりと撫でる。感触を確かめじっと表紙を見ていると、何故か染み入るような温かさが伝わってきた。
その温かさに、ナルトとナルトの師匠の絆の深さを感じ、俺の中にもやっとした感情が湧き上がる。
俺は本をしばらく見つめた後、そっと横のテーブルに本を置いた。


師匠と弟子の絆。

親子でもなく、血の繋がりもない、忍の技と忍道を受け継ぐ関係。
人それぞれなのだろうが、時として人と人との繋がりの中でもより強固な繋がりで成り立っているのかもしれない。

俺にはナルトのような師弟関係と言える繋がりがない。
強くなりたいがために闇に身を落とした俺が、修行という名のもとに教えを乞うたあの人物とは、おおよそ師弟などと呼べる関係ではなかった。刻一刻と迫る「期限」の中で、互いに命を狙い合う関係など師弟関係とは言えるはずもない。

俺の知らない、ナルトと師匠の繋がり。

羨ましいとは思わない。
「復讐」のためだけに生きていた俺にとっては、そんな繋がりなどまるで意味をなさなかったからだ。
では己の心の中で暗く澱んでいる、この感情は何なのか。
突き詰めて考えるまでもない。
羨ましさなどとは程遠い、この感情の正体を俺ははっきりとわかっている。

これは――俺の知らない、ナルトが持つ繋がりすべてに対する、嫉妬だ。


かつて下忍だった俺たちの上忍師であったあの人物が、いつだったか言っていた言葉を思い出す。

『ナルトには不思議な力がある』

火の意志をそのまま受け継いだその魂は、いつの間にか関わる人々を大きく変えるのだ。
頑なな心を溶かし解き放つ力は、ナルトの周りに人の輪を作る。
本人も気づかないうちに、たくさんの繋がりの種を人々の心に残しているのだ。

それが、うずまきナルトという男。


俺はたくさんの繋がりなどいらない。
今まで生きてきて、俺は大切な繋がりを失ってきた。
たった1つを残して。
ただ1つ残ったその繋がりだけ。
それだけがあれば他は何もいらない。


―― ナルト ――


今の俺がただ1つ持つ「繋がり」は――

ナルト、お前しかないのだから。



ソファの背もたれに手を置き、そのまま屈みこむようにナルトの顔を見つめる。
どうしても線が細く見えてしまう俺とは違い、しっかりとした顎が男っぽさを象徴している、精悍な顔。
金色の睫は触り心地の良い髪よりも色が濃く、自分にはない色のせいかとても不思議で綺麗だと思う。
でももっと綺麗なのは、閉じたられた瞼の奥に隠れた蒼。
宝石のように煌く蒼の瞳が見られないのが口惜しい。
隠れてしまっている蒼を求めるように、より近付づこうと自然と床に膝をついていた。

――オ前ハ、ダレノモノダ?

嫉妬から生まれた独占欲が、言葉を形作る。
心の中で唱えながら、もっと目の前の男に顔を寄せる。
もう片方の手もそっとソファについて、鼻と鼻が触れそうな距離まで近づくと、俺ははっきりと心の中で問いかけた。


お前は俺のものだ。俺だけの。そうだろう?ナルト――


「俺のこと、そんなに好き?」
ぱちりと開いた瞼から、見たくてたまらなかった蒼が現れる。
どきり、と心臓が跳ねたのと同時に、愛でて止まない蒼に一瞬目が奪われる。だが、やられた、と思う心を悟られないよう俺はわざと怒っている風を装い、低い声で呟く。
「…いつから起きてた」
「んー、いつからかなぁ。サスケってば熱っぽーい目でじっと見るんだもん」
視線ビシビシ感じちまった、とナルトはへらりと嬉しそうに笑うだけだ。起きているのに気づけなかったのは自分のせいだが、まんまとやられた上に、楽しそうにはぐらかそうとするナルトに余計にむかついてくる。
「で、どした?サスケ」
不機嫌丸出しで俺が近付きすぎていた身体を起こすと、何かあったのか?とナルトが労わるような優しい表情で問いかけてくる。
じっと見つめてくる蒼の瞳がやっぱり綺麗で、思わずじっと見返してしまえばむかついていた心がすうっと落ち着いていく。今さらだが、俺はこの瞳に本当に弱いのだと気づかされる。
そして、何かあったのはお前の方だろうが、という言葉を飲み込み、俺も素直には答えてやらなかった。
「俺が片付けてるのに、ぐーすか寝てんのにむかついたから」
「うん」
「寝込みを襲ってやろうかと思って」
俺はそう言って両手をナルトの顔の横につき直すと、うっすらと誘うように微笑んでナルトを見下ろしてやった。
うそ、マジ?とナルトはすぐさま俺の肩に両手を回し、ぱぁっと顔を輝かせてあからさまに喜んでいる。
俺はと言えば、かかったな、と俺の言葉に簡単に乗ったナルトに心の中でひっそりとほくそ笑む。やられたまま引き下がる俺ではない。
「俺がやろうとすると怒るくせに。でも大歓迎よぉ、サスケさんっ」
と気持ち悪い言葉を吐き、すっかりその気になったナルトが、ぐいと力を入れて俺を引き寄せようとする。
そしてそのまま――引き寄せられナルトの上に倒れこむ前に、俺はさっと片腕を上げナルトの喉元に向かって上から下ろしてやった。
「ぐぅええぇっ!ぐ、るじい、ざず、げーーーっ!!」
襲うの意味が違うんだよ、ウスラトンカチめ!
安心しろ、手加減はしてやってるから、と思うものの、見事に引っかかった振りをするナルトに気づかない俺じゃない。
くだらないじゃれ合いというのか、相変わらずな俺たちだ。
こうやって、俺たちはいつもの自分たちに戻っていく。
ありのままの自分たちに。
こんなとき、俺はつくづく惚れた相手がコイツで良かったと思うのだ。

ナルトが手足をバタつかせ、暴れるのを見て満足した俺は、押さえ込んでいた腕を離してやった。
ナルトはばったりと脱力した後、ひでぇってばよー、と涙目になってわぁわぁと喚いて俺に訴える。本気で文句を言ってるわけじゃないナルトの様子に、俺はふっと口元だけを緩め、そのまま金色の髪をくしゃりとして立ち上がった。
「お前、洗濯くらいは手伝え」
ナルトの服も洗濯にかけてやっているのだ。もう洗い終わってる、とナルトに言って俺はやりかけだった片付けに戻ろうとした。
「わーちょっと待てってばよ!」
と、離れようとした俺の手を慌てて起き上がったナルトが掴んでくる。
片付けができねえだろうが、と視線だけで訴えるが、何かを言いたげなナルトの表情に気づいて俺の手から自然と力が抜ける。そのまま手を引かれ、ソファに座っているナルトに抱き寄せられる。
しばらくナルトは俺の腰に手を回したまま、何も言わずじっと俺を抱き締めていた。俺の手も自然にナルトへと伸び、金色の髪を撫で首を抱き寄せる。
「…ありがとう」
俺の腹のあたりに顔を埋めているナルトからぽつりと呟きが聞こえた。
突然の『ありがとう』の意味は何なのだろう。
伝わる体温から、たったひと言のその言葉でナルトが何を伝えたいのかが、すっと俺の心に流れ込み伝わってくる。でもあえて俺は聞いてみたくなって、ナルトに問いかける。
「なんで、ありがとう、なんだ?」
俺は俯いて髪に指を潜らせながらナルトに訊ねると、ナルトは顔を上げて本当に幸せそうに俺に笑いかけてきた。
「ん?いろんな意味での『ありがとう』だってばよ」
あまりの嬉しそうな顔に、俺の中で愛おしい感情がせり上がってくる。髪を撫でていた手を頬に滑らせると、俺は屈んでナルトの唇にキスを落とす。柔らかく唇を食み合いながらキスを交わして、ゆっくりと唇を離す。
ナルトの顔に視線を落とせば、愛おしさと嬉しさをいっぱいに宿した蒼の瞳がそこにあった。

「俺、お前を好きになって本当に良かった」

愛して止まない、俺のかけがえのない蒼の瞳は、ただただ綺麗に輝いていた。



言葉にしなければ伝わらないことがある。
言葉にしなければ、わからないこともある。
でも、言葉にしなくても互いに伝わることも確かにあるのだ。

それが繋がりの強さからなのか、絆の深さなのか。
俺にははっきりとはわからない。

心が求め必要とする時、言葉にしなくても伝わる存在が自分の傍にある。
俺のただ1つ持つ繋がりは、こんな幸せのかたちを俺にくれた。
同じだけ俺はナルトに返せているだろうか。

この幸せが自分の手にある幸運に、俺は一生感謝して生き続けるだろう。
ナルトに出会えた幸福とともに。







「COTTON CLOUDS」tomoさま宅へ、お詫びというか何というか、この話を無理矢理押し付けたところ、
大変喜んで受け取ってくださいましたvv
毎度のことながらお部屋ネタで、しかも無駄に無意味にいちゃこらしているバカップル話なんですが、
受け取っていただけただけでなくなんと!!!
イラストまで描いてくださったんです!!
きゃーーー>< ぴゅあだわ、ぴゅあ!!! すんごい嬉しい〜〜!!
オイラの文では足りないぴゅあ部分をtomoさんのイラストが見事にカバーしてくれていますvvv
何だかお詫びのつもりが、私の方が棚ぼたラッキー♪ですよんよんvvv
書き手にとって自分の話にイラストをつけていただけるのは何よりの光栄でして、本当に幸せなことで
あります。
tomoさん、本当にありがとうございます!!
tomoさん宅ではモノクロのイラストですが、カラーバージョンを私のために送ってくださいましたvvv
話は相変わらずですが、ぴゅあなイラストと一緒にご堪能いただければ嬉しいですvv