思わず立ち止まってしまうほど冬の星座が美しく輝いている夜だった。
歩く足を止め、気がつけば俺は空を見上げていた。






 
 せの向こう側




一週間ほどの任務に出ていた俺は、任務報告を終えて一緒に帰還した同僚と腹ごなしをした後、その場で別れてひとり歩いていた。
腹も膨れて落ち着いたのか、疲れというより安堵の溜息がふう、と俺の口から漏れた。


上忍になって数ヶ月。
何だかあっという間だったなぁ、と思う。
俺の場合、修行の旅にも出ていたし、暁のこととか…まあいろんなことがあったお陰で――いや、そのせいばかりじゃないけれど、俺は周りの同期からはかなり遅れて上忍になった。
中忍になったのが遅かったこともある。
それからは皆から遅れた分を取り戻すというよりは、俺にとっては上忍になれた嬉しさの方が勝っていたから、ただもう我武者羅に任務をこなしてきた。
人手も足りなかったし、それこそ疲れなんて感じている暇がないほど任務漬けの毎日だった。

ほとんど休みも取らず働いてきたが、明日から三日間、上忍になって初めてまとまった休みがもらえた。
まあ、頭に「待機」と名がつく休みだったが…それは気にしないことにする。
「休暇」というそんな開放的な気分のせいか、星空を見て楽しむ余裕があったのだろうか。
いや、たとえそうじゃなくても、魅入ってしまうほど夜空が美しい夜だった。


(綺麗だなぁ)

俺は道の途中で立ち尽くしたまま、しばらくの間夜空を見上げていた。
空をぐるりと見渡すと、さらに夜空の美しさに目を奪われる。
星座を形作る大きな星は色がわかるほどキラキラと煌き、小さな星々も負けないくらいに、まるで競い合うように数の多さで夜空を彩っていた。
もっと淡い小さな星の光は白い帯状になって、天空から地平線へと流れていた。目で追うと、白く立ち上った自分の吐く息と交じり合うように見えて、ふっと口元が緩む。

漆黒の空に、緩やかに流れる星の川。

町の灯りは落ち、このあたりには幾分明るさが残っていたが、星々の輝きは十分に目に届いていた。
星が綺麗に見えるのも、冷気が降りて空気が澄んでいる証拠だ。
どうりで寒いはずだ、と思った途端、急に寒さが身に沁みてきて、俺はぶるりと身体を震わせる。

星を十分に堪能して上機嫌になり、一週間分の荷物を抱え直して俺はまた歩き出した。
でも上機嫌なのは、この綺麗な星空のせいだけではなかった。



任務から無事帰って来て感じることは、いつも同じだ。

生きて木ノ葉へ帰ることができた、安堵。
そして誰よりも会いたかった人に会える、喜び。

こうして俺は愛しい人の待つ、自分が生まれ育った里に帰って来ていると、やっと実感できるのだ。

そう、これから向かう先は自分の家とは逆方向の、愛しい人の家。
訪れるのにはやや遅い時間だが、まだ起きているだろうか。
会って、抱きしめて、この手で愛しい人を感じたい。

逸る気持ちが、俺の歩く速度を速めていた。





目的の建物に近付いていくと、まだ窓に灯りが灯っているのが見えた。
嬉しくなって俺は思わず微笑んでしまう。
嬉しさで歩く速度がいっそう速くなり、そのまま建物の中に入って二階を目指す。
たっ、たっ、と軽快に二段飛ばしで階段を上って、すたっと廊下に着地する。
奥へと進み、目的の部屋の扉の前に立つと、その向こうに確かな気配を感じた。
俺が訪問を告げる前に、鍵ががちゃりと開けられる。
扉が開くまでの間、俺はドキドキした。
だってやっと会えるのだ、彼に。
そして扉の向こうから現れた彼はやっぱり綺麗で、俺は見惚れてしまう。俺の記憶の中の彼よりも断然に綺麗なのだから、会えた喜びはひとしおだった。

「まだ、起きてた?」

一応訊ねてはみるものの、俺は上がり込む気は満々で、顔はといえば会えた喜びと嬉しさでいっぱいだったに違いない。

「そろそろ寝ようと思ってたところだ」

会いたくてたまらなかった俺の想い人は、そう言って俺を玄関に招き入れるよう、身体を引いてくれた。
俺は中へと入り、後ろ手で扉を閉めると、ひときわ綺麗な漆黒の瞳を見つめる。自然と腕が伸び、一段高いところに立つ彼の身体を荷物もそのままで俺はきゅっと抱きしめた。

「おかえり」

無言で抱きしめた俺に、優しい響きが届く。

「ただいまってばよ、サスケ」





『ただいま』


『おかえり』


そんな当たり前の言葉とずっと無縁の生活を送ってきた俺には、本当に幸せを感じる言葉のやり取りだ。
そして当たり前の言葉で迎えてくれる愛しい人と会えて、俺はああやっと帰ってきた、と実感することができた。


俺はまだ離したくなくて、サスケの身体をじっと抱きしめていた。
目を閉じ、ほっと息を吐き、腕の中のサスケを感じる。
抱きしめたままじっとしていると、サスケも手を回して背中の荷物ごと俺を抱きしめ返してくれる。

――温かい

普段サスケの方が体温が低いはずなのに、その身体がとても温かく感じて、自分の身体が冷え切っていることに改めて気づいた。
すると、
「お前、身体が冷え切ってるぞ」
とすぐにサスケにも気づかれてしまって、俺は苦笑した。でも俺のことを気遣ってくれている証拠だよなぁ、と俺は嬉しくて素直に答える。
「うん。星がすんげぇ綺麗でさ、ずっと見てたんだ」
さすがに寒かったってばよ、と腕の力を緩めてサスケの顔を見て笑いかける。
「早く風呂に入って温まれ」
溜息を吐いて最後にウスラトンカチと付け加えて、サスケは俺の腕から離れてスタスタと奥へと入っていってしまう。
もうちょっと温もりを感じていたかったのに、と俺は玄関先でがくりとする。
つれないサスケに残念に思うが、俺の着替えを準備して浴室に消えると風呂の湯加減を見てくれているようだった。
サスケは本当に優しいんだよな。
もちろんそれは俺が誰よりも一番知っている。
浴室からサスケの呼ぶ声が聞こえる。
俺は、おう、と返事を返し、忍靴を脱いで部屋へと上がった。





風呂にゆっくりと浸からせてもらい、浴室を出た後キッチンへと向かう。
もう勝手知ったる何とやら…で冷蔵庫の中から飲み物を漁る。ミネラルウォーターのボトルを取り出し、手近にあったコップに注いでゴクゴクと飲んだ。
ふぅ、と息を吐き、そのままコップをキッチンテーブルの上に置こうとして、置きっぱなしにしていつも怒られるのを思い出し、洗って水切りかごに伏せる。
サスケと一緒にいるようになって、俺は随分躾られたよなぁと、うんうんと一人納得する。
俺には教えてくれる人がいなかったから、躾というかいわゆる『常識』ってやつが驚くほど欠けているらしい。今はサスケがいろいろ言って教えてくれるのでそれが嬉しくて、本当に有難いと思っている。
まあ、時々うるさいなぁ…とちょっとだけ感じてしまうけど、これはサスケにはもちろん内緒だ。


ミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫へ戻し、「サスケ、サンキュー」と言いながらリビングへ行って俺は驚いた。

サスケがリビングにいるのはわかっていた。

でもまさか…。
サスケが居眠りをしているとは思わなかったのだ。
でもって、うわぁ、と俺は猛烈に嬉しくなってしまった。

サスケの胸元には忍術書が伏せられていて、読みながら俺が風呂から出てくるのを待ってくれていたのだろう。
いやそれも嬉しいんだけど、その居眠りをするサスケの姿に俺は参ってしまったのだ。

だってな…。

首をこて、と横に傾け、本と一緒に両手が胸に置かれていて。
その格好で気持ち良さそうにソファのクッションに身体を伸ばしている様が、何ていうのか…言ったら怒られちまうんだけど、ものすごく可愛かったのだ。
しばらくリビングの入り口でぼぅっとサスケを見つめて俺は突っ立っていた。が、はっと気づいてそっと近付き、床にしゃがみ込んでまじまじとサスケの顔を見る。
ここまで近付いても俺の気配に気づいた様子はない。
嘘みたいだが、本当にぐっすりと眠ってしまっているようだった。
あのサスケが。ものすごく安心した顔をして。

いや、何と言うか…。

俺が一緒にいるから、こんなにも安心して眠ってくれるのは嬉しいんだけど…と俺はにやけそうになる。だが、このままサスケを見続けていたい気持ちをぐっと堪え、俺はサスケの肩を掴み、そっと揺らしてみる。
「サスケ、こんなところで寝ると風邪引いちまうってばよ」
俺が顔を覗き込むと、サスケはうっすらと目を開ける。

うわ…。

サスケは目を瞬かせ、目の前の俺をぼんやりと見ている。
こんな仕草でさえ、綺麗でしかも可愛いのって反則だー!と思う。もう俺ってばどうしたらいいんだ!と心臓がバクバクしてくる。
可愛すぎて嬉しくて、訳もわからず俺の顔はきっと赤くなっていたに違いない。
そんな俺の気持ちなんてまるで関係なしで、サスケはクッションに凭れていた身体をゆっくりと起こしたけれど、まだぼんやりとしたままだった。
こんなぼやっとしたサスケなんて、そうそう拝めるもんじゃない。

というか、もう!

あんまりにも可愛すぎて、もうたまらなくなってしまった俺は、サスケの肩を引き寄せて愛しさの衝動のまま口づけていた。

柔らかいサスケの唇を吸いながら、ちゅ、ちゅっと角度を変えて口付ける。眠いのだろうが、俺がキスを仕掛ける合間を縫ってサスケも緩く口付けを返してくれている。
しばらくして唇を離し片手でサスケの頬を包むと、俺はサスケの顔を見つめた。
キスをしたら目が覚めると思ったのに、サスケは薄く目を開いてまだ眠そうだった。
すると頭が揺れたと思ったら、サスケはそのまま俺の肩口にこてっと額を乗せてきたのだ。
まるで甘えられているみたいで、滅多にないこんな状況に俺はますますドキドキしてきた。
サスケが俺の方へ身体を持たせ掛けたことで、存在を忘れていた本が音を立てて床にばさっと滑り落ちた。
「サスケ??」
「…ねむい…」
落ちてしまった本に気を取られていると、サスケがますます体重を掛けて凭れかかって来た。慌てて俺はサスケを抱きしめて身体を支える。
もう相当眠いらしい。こんなサスケは本当に珍しい。
普段サスケは眠りが浅くて、気配には酷く敏感だ。俺と一緒の時はさすがにそれも緩まるようだけど、今日のコレは…とそこまで考えて思い当たることがあった。



今でもどう考えてもおかしいと思うのだが、俺はやっと上忍になったけど、サスケはまだ中忍のままなのだ。
サスケの実力は木ノ葉の中でも文句なくトップクラスで、上忍だって十分にこなせる力がある。
それなのに未だに中忍なのは、俺以上にサスケの数年間がやっかいだからだ。
だが、そのやっかいな数年間だけが理由じゃない。
サスケは強力な瞳力である写輪眼を持つ、うちはの最後の生き残りだ。
写輪眼を持つサスケの強大な力を恐れ、里に戻ったサスケが忍を続けることに、里の上層部は未だに不信感を持っているのだ。
その証拠に、サスケには暗部の監視が今でもつく。
サスケの数年間を考えれば、そう思われてしまうのはわからないわけじゃない。
でもサスケの里に対する忠誠を試すために、中忍ではあり得ないくらいの、Sランクまがいの危険な任務も平気で振られているらしいのだ。
サスケだから無事にこなせているのだろうが、サスケに内緒で一度ばぁちゃん…いや五代目に文句を言いに行ったこともある。でも『口出しをするんじゃないよ』と恐ろしい顔で怒られただけだった。
きっと五代目は五代目で何か考えてくれている――と、結局俺は信じることしかできないのだ。


それでも、こんな状況であってもサスケは文句一つ言うことなく、黙々と任務をこなしている。

『忍としてこの里で生きていける、それだけで十分だ』

俺がいつも里の処遇に文句を言うと、サスケは静かにそう言うだけだ。


こんな時、俺は自分の力のなさを思い知らされる。
自分はまだ上忍になったばかりで、サスケを本当に守る力がないと、自分が不甲斐なくて仕方がなくなる。
サスケがただ守られることに甘んじるヤツじゃないことは十分わかっている。
でも大切な人を本当の意味で守る力が、俺には足りない。

もっともっと強くなりたい。心も身体も。

早く火影になって、里の古い体制やくだらない常識をひっくり返してやりたい。
そして、サスケをこんな意味のない枷から早く解放して、木ノ葉の忍として誇りを持って生きて欲しいと思うのだ。
こんな現実を前にすると、俺はよりいっそう火影を目指す決意を強くする。

だが、現実は火影への道のりはまだまだ遠い。
だからといって、現状に甘んじてはいられなかった。
力不足のこんな俺ではあるけれど、上忍になる時にサスケの処遇に関して無理矢理里から取り付けた約束があるのだ。

サスケに関する一切に関して俺が責任を持つこと――

そしてサスケの身柄を俺が預かる代わりに、自分と一緒にいるときには暗部の監視を外すことを認めてもらったのだ。
せめて俺が一緒にいる時は、必要のない監視からサスケを解放してやりたかったのだ。
サスケには俺が監視役にスイッチするから、と説明をしたが、たぶん俺の考えていることには気づいている。
余計なことを、と怒って喧嘩になるかと思ったけど、サスケは何も言わなかった。
でも監視なんて名目だろうが、俺は嬉しかったのだ。
俺にとっては、毎日のようにサスケと一緒にいられる大義名分の意味もあったからだ。


この約束のお陰で、上忍になってから任務がなければ俺はほとんどサスケの家に入り浸っていた。
俺がいなかった一週間は当然暗部が監視をしていたはずだ。
上忍になって俺がこれだけ里を空けたのは初めてになる。
気配に敏感で眠りの浅いサスケにとっては、久々に気の休まらない一週間だったのかもしれない。
サスケも日々任務に出ているし、疲れも当然あるだろう。
サスケがそんな柔なヤツじゃないとわかっているけれども、俺がいれば暗部の監視はなくなり、サスケには許されていないが結界も張っている。
任務の疲れに眠りも浅い日が続いて、俺が戻ってきたことでサスケのずっと張り詰めていた気がいきなり緩んだのかもしれない。
こんなことは滅多にないんだろうが…。

だけど。

俺だから、俺が一緒にいるから。

サスケが俺を本当に信頼し身を預けてくれている証拠だ。
俺にとって、こんなに誇らしくて嬉しいことはない。
そしてそんなサスケを、俺は心の底から愛しくなるのだ。

溢れる想いに心と身体が満たされる。
俺よりも細身のサスケの身体を、温もりごと俺はしっかりと抱きしめていた。




嬉しさでうっかりしていたが、せっかく一度目を覚ましたのに、また眠ってしまいそうなサスケを何とかしなくてはいけない。
俺はサスケの耳元に口を寄せると、一度身体を揺すってからそっと囁いた。
「サスケ、ベッドへ行くってばよ」
「………」
眠いのだろうけど、完全に寝ていないのは肌を通して何となくわかる。
俺の言葉も聞こえているのだろうが、サスケは俺に身体を預けたまま、まったく動く気配もない。
さて、困った、と俺はどうしたものかと考えを巡らす。
「無理矢理抱っこして連れてくぞ?いいのか?」
それなら…とサスケが一番嫌がることを言えば、意地でも起きるかと思ったんだけど…。うそ、起きないってばよ?と俺は驚いた。
だいたい抱っこなんて、大人しくさせてもらえたことなんてないのだ(俺が無茶してヤっちまってサスケは起き上がれないくせに、抱っこしようとするといつも大暴れだ)。
抱き上げれば、自分の状態に気づいて、暴れ出して起きるかもしれない。
俺はうーんと考えた後、サスケの腕を俺の肩へ回して、よいしょっとサスケの身体を抱き上げた。

と。抱き上げてみたけど…。
サスケは大人しいままだった。

ああ何だか…。
こんなちゃんと抱っこできるなんて…!と俺はものすごく嬉しくなって、じーんと感動してしまった。
だってあのサスケが、だってばよ?いや、でもいいのか?このまま連れていってもと半信半疑でもう一度抱き直して、足を一歩踏み出した途端、不機嫌そのものの低い呟きが聞こえてきた。

「…ナルト、降ろせ…」

暴れはしないけど、声のトーンが怖い。
はぁ…やっぱりそう簡単にはさせてもらえないか、と俺は足を止めてサスケの顔を覗き込む。
ところがそのサスケの顔ときたら…!
サスケは眠いのを必死に我慢して不機嫌丸出しの顔をしていた。普段ならこんな声で不機嫌な顔をしているとただ怖いだけだ。
けど、暴れたいのに眠くて暴れられなくて、よく見れば不貞腐れたような顔しているサスケに、俺は思わず噴出してしまいそうになった。
声だけで必死にやめろと主張したわけか。
ここで噴出したら、余計に機嫌を損ねてしまうだろう。
このままベッドへ連れて行くこともできたが、俺は笑いを必死に堪えながら言われた通り抱き上げた身体を降ろしてやった。
じゃあ仕方がない、と身体を支えて連れて行こうとしたら、バツが悪いのか、サスケは俺の身体をぐいと押しのけてくる。あっと思っているうちに、サスケは眠かったのが嘘のようにしっかりとした足取りで寝室へ歩いていった。
いや…しっかりしているように見えたけど、『サスケ観察』なら誰にも負けない俺の目は誤魔化せない。
自分の状態の居たたまれなさに加えて意地でも自分で動こうと、サスケの背中にはもう必死さが滲み出ていたのだ。きっと気力を振り絞って動いていたに違いない。
普段のサスケからは想像できなくて、にやけてしまいそうなほど可愛く見えて仕方がなかった。
滅多に見られないサスケの必死な後姿を楽しんでいると、寝室のドアを開けて入っていく寸前で、サスケがちょっとつんのめったのを俺はしっかりと見てしまった。

(ありえねぇ、こんなサスケ!!)

もう可愛いすぎて可笑しくて。
サスケの姿がドアの向こうに消えた瞬間、にやけるわ奇妙な声を上げて笑うわ、という器用なことをしながら、俺はしばらく目の前のソファに捉まって身悶えていた。





荷物の整理をしてひと通り片付けた後、リビングの灯りを消して俺も寝室へ行く。
薄暗がりの中、ベッドへ目を向けると、サスケは壁側に寄って布団に包まっていた。
どんなに眠くても、俺のためにちゃんとスペースを空けてくれている、こんな些細なことでも俺に対するサスケの想いを感じることができる。
たったこれだけのことでも俺ってば愛されちゃってる?と自惚れてみたりする。

俺は起こさないようにそっと眠っているサスケの隣に潜り込む。
二人で眠るにはこのベッドではさすがにきつくなってきた。
俺はぐんぐんと背が伸びて身体も大きくなってきた。サスケだって俺ほどじゃないけど、身体は確実に成長している。
ベッドの買い替えといっても、サスケは何て言うだろう。
ベッドも広ければもっと快適にエッチができるかもなぁ、とあれこれ俺の頭の中に妄想が広がる。
まあ、そんなことを言ったら絶対に却下、って言うだろうなと思いつつも、広くなったベッドに横たわるエロいサスケが浮かんでくる。

(…やべぇ)

うっかりと妄想をしてしまったお陰で、なけなしの理性で我慢していた欲望が頭をもたげ始めてしまった。
だってなあ…あんなネムネムの子供みたいなサスケを見たら、今日は無理かと諦めるしかない。一週間ぶりなのに…と俺はがっくりとしていたのだ。
まあ、サスケもぐっすりと眠っているわけなので、ぐだぐだと考えてみても仕方がない。

俺はひとつ大きく息を吐いて気持ちを落ち着けると、布団をかぶり直してサスケの様子を覗う。
薄暗がりの中、顔だけこちらに向けて眠っているサスケの顔を見つめた。少し乱れている髪に触れてゆっくりと撫でる。
安心して眠っている顔を見て、俺もホッと安堵する。
残念だが魅力的な妄想は終わりにして俺も寝るか、と目を閉じて仰向けに身体を落ち着けた。
すると、俺が身体を落ち着けた途端、サスケが動く気配がした。
「…サスケ?」
俺は目を開けてサスケの方へ身体を向けた。サスケはもぞもぞと動いて寝返りを打つと、何とそのまま俺の胸に頭を擦り付けてきたのだ。

(マジで勘弁してくれってばよ…)

しかも頭を擦り付けた後、腕まで俺の身体に回してくれたりするのだ。
今日は身体をくっつけて眠るのはさすがに俺も我慢ができないから、わざと身体には触れずに寝ようとしていたのに、これは正直きつい。
こんな頭を擦り付けて、俺に縋るみたいになんて、今日のサスケは本当に可愛すぎて困ってしまう。
さっき思いっきり笑ってしまった仕返しか?と思えてしまった。
でも俺にサスケを振りほどくことなんてできるわけがないのだ。

ああもう!と俺は覚悟を決めて、サスケの身体に手を回した。
もうこのまま眠るしかない。
我慢だ、我慢だってばよ!と俺は必死に自分に言い聞かせる。
俺は胸に顔を埋めてくるサスケを起こさないように、そっと抱きこんでサスケの頭に頬をつける。
下半身に溜まり始めていた欲望に、何とか落ち着いてくれ!と願いながら俺は息を大きく吸ってはぁ、と息を吐く。


目を閉じ、自分とサスケの呼吸と鼓動だけを感じる。


頬に触れるサスケの髪の艶やかさが気持ちいい。



やがて、まわりの静寂に意識が溶け込んでいくような感覚が生まれてくる。




その感覚の先には、安らかなサスケの寝息だけが聞こえていた。




どれくらい時間が経っていたのだろうか。
我慢しなければと思っていた欲望の波が、不思議なほど穏やかに凪いでいた。

触れるだけじゃ我慢できない、もっと熱く烈しく感じたい――
そんな常に欲を刺激される相手に触れて、こんなことは初めてだった。

俺は静かに目を開けた。
頬をずらして、サスケの黒髪にそっと唇で触れる。
サスケをじっと抱きしめていて、俺は何だか涙が出そうになってしまった。
一緒にいられることの幸せが、ひしひしと俺の胸に広がっていく。

俺が上忍になってから、同じ任務に就くことはほとんどなくなっていたし、一緒にいられるとすれば、こうしてサスケの部屋で過ごすくらいだったのだ。
上忍になって里から取り付けたあの約束があるから、サスケと一緒にいる時間を取れているようなものだ。
それがなかったら…。

――約束…

すると、ふと浮かんだのだ。
俺に監視がスイッチするから、と告げた時のサスケの顔が。
そして浮かんだ顔が、今日のこんなサスケの姿と重なる。

(ああ、そうか…)

俺は唐突に、あの時怒るかと思ったサスケが何も言わなかった理由がわかった。
たとえ監視役だろうが、理由が何であろうが、俺がサスケと一緒にいたかったのと同じように――

サスケも、俺と一緒にいたかったのだ。


『サスケ観察』なら誰にも負けないと言っておきながら、俺もまだまだサスケをわかっていなかったんだな、と苦笑した。
気づけなかったことが俺には口惜しくて、それ以上にサスケに伝えたかった。

(気づけなくてごめんな、サスケ)


欲の熱はいつの間にかすっかりと消えてしまっていた。
今日はもう、欲に惑わされることはないだろう。
サスケの身体をもっと懐深く包み込んで身体と身体をぴたりと合わせる。
触れていたサスケの髪に鼻先を埋めると、俺はそっと目を閉じた。
やがてすぐ眠りが訪れ、俺の意識は夢の中へと飛んでいた。

幸せな夢の中へ――





        ◇     ◇     ◇





翌朝起きると、サスケはもう起きていて、任務に出る準備をしていた。

「おはよ」
俺があくびをしながらリビングへ行くと、サスケは俺の顔をじとりと見つめて何やら言いたげだった。
「ん?どしたんだってばよ?」
サスケの視線がどう考えても不機嫌そのもので、俺は訳がわからず訊ねていた。
「夕べ、お前が俺をベッドに運んだのか?」
何と、サスケは昨夜のことを覚えていないのか?
こう言うってことは、居眠りしてから記憶がないってことか。
そこまで眠かったのか、とまたまた驚きだ。
サスケのあの必死な後姿を思い出す。あの可愛かった姿が頭の中に浮かび、俺は笑いをかみ殺しながらちょっと意地悪をしてみたくなった。
「もしかして、サスケ昨日のこと全然覚えてねぇの?」
俺の言葉にサスケはあからさまにうろたえた。昨日に引き続き、滅多に見られないサスケの姿にまた俺は嬉しくなってしまう。
「もうサスケってばソファで居眠りしてぜーんぜん起きなくてさ。もう俺がベッドまで運ばなきゃなんねぇかーって。だから仕方がないからさ…」
ちょっと大げさにあえて回りくどく言って、サスケの反応を俺は楽しんでいた。
「…てめぇ、あれほどそういうことをするなと…」
「サスケをちゃんと起こしたってばよ」
「は?」
サスケの文句を遮って言った俺の言葉に、サスケは素で驚いた顔をした。
まあ抱っこをしたにはしたけどな。ベッドまでは運んでいないから説明はちゃっかりと省くことにした。
「サスケ起こしたら、ちゃーんと自分でベッドまで歩いていったってばよ?」
「………」
サスケは自分がまったく覚えていないことに、衝撃を受けているみたいだった。
動揺しているっていうか、うろえている顔が、やたらと可愛くて仕方がなかった。
「まさかー、本当に覚えていない…とか?」
駄目出しするように俺が言うと、顔にありありと『失態だ!』と感情を丸出しした後、くるりと背を向けた。
さすがに記憶がないとなれば居たたまれないのだろう、サスケは荷物を引っつかむと、玄関へと早足で向かった。
「サスケ!」
話しかけるなとオーラを出しているサスケの背中に、俺はリビングのソファにのんびりと腰掛けて言葉を掛けた。
「夕べ我慢させられた分、今日の夜は眠らせてやんねーからな」
十分寝たから大丈夫だろ?と俺はにやりと笑って、思いっきり宣言をしてやった。
振り向いて俺の顔を見たサスケは、俺の言葉にそれはもう悔しそうに俺を睨みつけた後、大きな音を立てて扉を閉めて出て行った。


本当は我慢したのはちょっとだけなんだけどな、と俺はサスケが消えた玄関を見てふっと微笑む。
でも一週間のサスケ不足は、相変わらずなのだ。
今夜のことを考えると、俺の頭の中には妄想がもやもやと浮かぶ。

いや、それよりも。

とうとう我慢できなくなって、昨日から絶好調に可愛いサスケの姿に、俺はぷっと吹き出して笑い出していた。






小さい頃からずっと俺はひとりだった。
どうして自分はひとりなんだろう、と思って生きてきた。
でも下忍になって、仲間と言える人もできて、師と呼べる人にも恵まれて。
そしてひとりっきりだった俺に、こんなにも大切に思える人ができた。

友であり、ライバルであり。
そして最愛の人。


幸せの向こう側にある未来まで、共に在り続ける限りこの想いは変わらないだろう。
この世に生を受け、大切な人に巡り合えた幸運が、きっと導いてくれるはずだと俺は信じている。



サスケ。


俺はお前が大好きだ。
どうしようもないくらい、大好きだ。
だから一緒に歩いていこう。









「ななくみ」の相棒であり、素敵ナルサス書きの「Honey Crime」七実さん
お誕生日プレゼントとしてお贈りいたしました。
がっ!誕生日プレゼントといいながらすんごいお待たせしてしまいましたよ(汗)
以前に「初々しいナルサスを書いてくださいvv」と言われたのを思い出し、
「よーし!それならこのネタで書いてみよう!」と書き始めてみたものの
とんでもなくサスケがアレレ??ってのが出来上がってしまいました。
いや、カワエエサスケが書きたかっただけなんですけどね…。
一応18歳くらいのつもりで書いているのですが、やっぱり無理がありますねー><
途中頑張ったんですけど、10代、難しいってばよ…。
上忍になって少し大人になりつつあるナルトってことで(汗)
それでも七実さんには大層喜んでもらえて、癒されてもらえたので良かったですvv
大変に遅くなってしまいましたが、無事お贈りできてホッといたしました。
どうぞこれからもよろしくお願いしますねー!。