「俺、お前と一緒にいたい」

そう言って俺の手首を掴むナルトの手はとても熱かった。





   
Shiny road 




一人遅れて居酒屋の外へ出ると、一緒に飲んでいた仲間達の姿が見えなくて、俺は周りを見渡しながら通りへ出ようと居酒屋の階段を数段下りたところだった。
「サスケェ!こっち〜!」
背後から大声で名を呼ばれ、俺は振り返った。声のした方へ顔を向けると、ナルトが居酒屋の出入口の奥まった場所に腰を下ろしていて、にかっと笑って手を振っていた。

久しぶりに会ったナルトはよく喋りよく飲み、大騒ぎをして始終ご機嫌だった。
気持ちよく酔っ払って、にかっというよりヘラヘラ笑っているナルトを見て思う。

酔っ払いめ…。

そして、陽気なナルトの姿を見て、また別の呟きが心の中に沸き起こってくる。

ったく…。
帰って来るなら、連絡くらいしてこい――


今年の4月に家族でアメリカへ行ってしまい、しばらく連絡も寄越さなかったナルトが突然帰ってきたのだ。


ナルトの突拍子もないというか、意外性なところは昔から変わらない。
というより、向こうに行ってまだ数ヶ月しか経っていないのだ。突然帰ってきた理由を聞いても『こっちが夏休みになったみたいだから帰って来たんだってばよ』と何だかよくわからないことしか言わない。
それに――何となくだが、どこかおかしい気がするのだ。
でもどこが、と言われるとはっきりとしない。
相変わらず煩いし、いつもと同じように笑ってはいたが、待ち合わせ場所で再会してすぐに何となく思ったのだ。ナルトを見て受ける印象、とでも言うのだろうか。
飲み会に突入し酒が入ったら、その違和感も相変わらずの騒ぎっぷりに紛れてわからなくなっていったのだけれど、俺の心の中では腑に落ちないままいつまでも残っていた。


どうしてナルトは突然帰ってきたのだろう。
ナルトの様子がおかしいことと何か関係があるのだろうか。



俺は高校を卒業してから、希望だった国立大学の法学部へと進んだ。
法学部を選んだのは、将来検事を目指すためだ。大学に入ってようやく検事への道のスタートラインに立っただけで、まだまだその道のりは遠い。
俺が通っていた学校は、中高一貫教育の自由な校風だったせいか、伸び伸びと学生生活を楽しむ一癖も二癖もありそうなヤツが大勢いたが、偏差値は割りと高く殆どの生徒が大学へ進学する。
現に俺の周りの連中もそれぞれが希望の大学へと進学をしていて、こうして皆で集まるのも卒業以来だったりする。

だが――ナルトだけはちょっと違った。

ナルトの父親がナルトの高校卒業を機にアメリカへ仕事の基点を移すことになって、ナルトも一緒についていくことになったのだ。
元々ナルトは帰国子女だ。生まれてからすぐアメリカへ行ったが、中学のときに日本へ帰ってきて、俺達仲間とはそれ以来の付き合いになる。
秋から向こうの大学に入ることになったナルトは、先に語学学校へ通うからと言って高校最後の春休みが終わらないうちに、アメリカへ行ってしまった。
アメリカに行く前は、名残を惜しむように散々俺達とつるんで遊び倒していたくせに、あっちへ行ってからは全然連絡を寄越さなかった。
まあナルトのことだ、きっと元気にやっているだろう、と連絡がないことに対して取り立ててどうこうということもなかった。

そんなナルトが一時帰国をする、とシカマルから連絡をもらったのが昨日だ。
今から出発するからよろしく、とメールが来たらしい。
突拍子もないところは相変わらずだ。

いざとなったら都合をつけて不思議と面子が集まるのが俺達の常だった。
だからナルトが帰国するなら飲み会するぞ、と都合のついた連中と集まることになったのだ。



下りかけた階段を上り、俺はナルトが座り込んでいる傍まで近付いた。
「他のやつらは?」
俺の顔をにこにこしながら見上げているナルトが嬉しそうに俺の問いかけに答える。
「あー、シカマルはー酔っ払ったキバを送っていったってばよ〜」
「サイとシノは?」
「サイはー、あー多分女のところに行ったと思う。シノは、…あれどうしたんだっけ?」
ナルトは俺の言葉に一人で首を捻って考えて、急にわっかんねーってばよ、とへらへらとまた笑い出した。まさしく酔っ払いの特徴そのものだ。
きっとマイペースなシノは一人で帰ったのだろう。キバは相変わらず酒に弱いから、家が近いシカマルがいつも面倒をみるはめになる。サイも自由気ままだ。
まったく久々に会ってもそれぞれが相変わらずで、思わず溜息が出る。でも気が置けない連中だから互いに気兼ねしなくていい。

「で、適度に酔っ払いのお前は置いてかれたのか」
「違うってばよ!サスケ待ってたんだって」
俺の軽口にいつになくムキになってナルトが訴える。
待っていたという言葉がぴったりと当てはまるように、座るナルトの姿はまるで忠犬のようにも見えた。
でかい忠犬だ。
しかしこうして見てみると、数ヶ月会わなかっただけなのにナルトはまた身体がでかくなったような気がする。
中学では俺よりチビだったくせに、高2になって背を追い抜かれたときはむっとしたものだ。
でもいくら身体がでかくなっても、子供のように笑うナルトの顔は今も昔と変わらない。

「サスケェ、もう一軒行こうってばよ〜」
「お前飲みすぎだ。ほら、帰るぞ」
あれだけ飲んでもこの程度の酔っ払いですんでいるナルトは、やっぱり酒には強い。というか、まだ飲むつもりか!?と俺は半ば呆れて座り込んでいるナルトの腕を引っ張り、立ち上がらせようとした。
すると俺のTシャツの裾を掴んだナルトが、気持ち悪いくらいに瞳をうるうるさせ、
「私…今日は帰りたくないの」
とTシャツをぎゅーっと引っ張って訴えかけてくる。
お前は彼氏を誘う女か!?と、俺は酔っ払いの戯言にうんざりする。
「ったく、ふざけてんじゃねえ。帰るぞ」
シャツを引っ張るナルトの手を引き剥がし、くるりと背を向けて俺は歩き出そうとした。するとふいに後ろからナルトの大きな手が俺の手を掴んできたのだ。
急に手首を掴まれて、俺は驚いて後ろを振り返る。
ナルトは、酔っ払いだったのが嘘みたいにしっかりとした足取りで立ち上がっていた。思わずナルトの顔を見れば、先ほどまでの陽気さとはうって変わっていて、もうふざけた表情もすっかりと消えていた。
「まだ帰りたくねぇ」
酒が入っているせいなのか、ナルトの目は少しだけ赤く充血していた。
ナルトに熱の篭った眼差しを向けられて、その瞳の真剣さと声の甘さに俺の心臓がどきりとした。

「俺、お前と一緒にいたい。まだ帰りたくないってばよ」

ナルトは、らしくない縋るような声でそう言うと、掴んだ手に少し力を込めた。
ぐっと俺の手首を掴んでくるナルトの手が驚くほど熱かった。
突然俺ははっとして、何故どきりとしなくちゃならないんだ?と自分自身に問いかける。
普段より飲んでいるから酔いが回ってきたんだろうか。
それよりも、コイツはいったい何を言い出すのだろうか、と俺はナルトの顔を見る。
帰りたくない、まだ飲みたい、そう言うのはまだわかる。
だが「一緒にいたい」って…と何故そんなことをナルトが言うのかわからないでいると、先ほど向けられたナルトの熱い眼差しと、甘い声にどきりとした感覚が蘇る。
そして、今と同じ熱の篭った瞳を向けられた記憶が俺の中ですっと浮かび上がってきたのだ。

あれは…いつ、どこでだったか。
一度や二度ではない、何度か。
あれは――

と、おぼろげな記憶を辿っていたら、いきなりナルトに手を引っ張られて思考が途切れてしまった。
「もう一軒行くってばよー!」
大声を上げ、急にまた酔っ払いのテンションに戻ったナルトがいきなり歩き出した。
「てめぇ、こら、待て!」
俺はつんのめりそうになりながら階段を下り、ナルトに手を引っ張られながら文句を言う。
「今から行ったら終電に乗れなくなるだろうが!そうだ、お前、今日はどこに泊まるんだ!?ここからどれくらいかかるかも考えないと…」
今日帰国してそのままナルトは飲み会にやって来ていた。
一時帰国と聞いていたし、元々ナルトが住んでいたところも売って処分してしまっていたから、ナルトはどこに泊まるんだろうと思っていたのだ。
「泊まるところなんて決めてねえもん」
俺の手を相変わらず引っ張って歩くナルトの言葉に驚く。
「親父を拝み倒してやっと飛行機代出してもらったのに、どっかに泊まる金なんてねえってばよ」
そう言ったと思ったら慌てて俺の方を振り返って、飲む金はまだあるってばよ、と暢気にナルトは笑っている。
そんなナルトを見ていたら、俺は猛烈にむかついてきた。

だってむかつくだろう。
何の連絡も寄越さず突然帰ってきて。
いや、正確にはシカマルには連絡をしてきて俺には何も寄越さずに。
しかも突然帰ってきて泊まる場所もないと言う。
それなら、何故俺の家に泊めてくれと言わないのだ。
互いの家には何度も行き来していたのだし、俺達はそんな他人行儀な関係だったのか。
仲間の中では、ナルトとは一番喧嘩をしたが、少なくとも俺は誰よりも信頼している。べたべたとつるんだりする関係ではなかったが、気がつけばお互いいつも近くにいた存在だった。
だから、きっとナルトも同じなのではないかと俺は思っていたのだ。
それがこんなときにも頼りにもされないとは。
一番近い存在と思っていたのは自分勝手な思い込みだったのか、と俺はらしくもないショックを覚えていた。
それでいて何故「一緒にいたい」などとナルトは言ったりするのか。
突然帰ってきたり、わけのわからないことを言ったり、もう俺にはナルトの考えていることが全くわからなかった。
意外性では片付けられない無計画さと、ナルトらしくない言動に俺はだんだん腹が立ってきて、気づいたらナルトの腕を振りほどいていた。
強い力で振り払ったので、ナルトが驚いた顔をして俺を見ている。

この心の中のもやもやを何もかもはっきりとさせなければ気が済まなくなってきていた。
突然、しかも無理矢理帰ってきた理由だけじゃなく、様子がおかしいことも、わけもわからず一緒にいたいという言葉も全部だ。
どうしてこんなに腹が立つのかわからなかった。
俺はきっと酔っ払っているんだろう。

俺はきつくナルトを見つめると、
「帰るぞ」
とくるりと背を向けた。
すたすたと歩き出す俺の後ろから、ナルトが慌てて声を掛けながら付いてくる。
「ま、待てってばよ、サスケ!俺まだお前と…」
「一緒にいてぇんだろ?」
俺は歩む足を止めて、ちらりと背後のナルトを見遣る。そして、俺の言葉に驚いているナルトにきっぱりと言ってやった。
「だったらついてこい、宿無しのウスラトンカチめ」
声にやや怒りを込めていった俺の言葉の意味がわかったらしく、ナルトは一瞬瞳を伏せるとふっと口元で笑った。
ナルトが立ち止まっている俺の横に並ぶ。
少し目線が上にあるナルトの顔を見る。やっぱり身体が大きくなった気がする。
「ありがと、サスケ」
静かにそう言って笑うナルトの顔が、何故だか悔しいくらい大人びて見えた。



           ◇            ◇            ◇



俺の家に着くと、「一日半風呂に入ってねえかも」というナルトを先に風呂に入らせた。
ナルトはかなり飲んでいたが、シャワーだけなら大丈夫だろう。
その間にナルトが寝られるよう、いつもの客間に布団を出しておいた。
リビングに戻ると、ナルトがもう風呂から出てきていた。
「なあ、にーちゃんはいねえの?」
「アニキは今単身赴任中だ。時々帰って来るけどな」
俺が中学に入る前に両親は交通事故で亡くなっていて、それからは7歳離れた兄が親代わりだった。
ナルトは何度も俺の家に来ているので、兄のこともよく知っている。どこか人を寄せ付けない雰囲気がある兄だが、ナルトとは話が合うらしく、来るとよく話をしていた。

「おい、座れ」
俺は立ったままそわそわとし出したナルトに向かって不機嫌に言った。
ダイニングの椅子にナルトを座らせると、俺は冷蔵庫から缶ビールを4本出してテーブルの上にどん、と置く。
「ビールはこれだけしかねえ。あとは日本酒だ」
俺は座ってビールのプルを開けてごくごくと飲んだ。
ナルトはというと、俺を見ているだけで、ビールを開けようともしない。
「おい、飲まねえのか?まだ飲みたいんじゃなかったのか」
「…ああ、うん」
俺に促されてナルトはビールを開けて飲み始めたが、どうにも様子が変だった。
やっぱりおかしい。
ナルトが俺の家に来て、こんなに落ち着かない様子だったことは一度もない。
一緒にいたいと言いながら、一緒にいるのが気まずいとでも言うのか。
ナルトの考えていることがまったくわからない。
わからないことだらけで、俺はますます腹が立ってきた。
だがここはひとまず冷静に、と言い聞かせ、ナルトをじっと見据えたまま俺は口を開いた。

「俺はお前に山程聞きたいことがある」
俺がそう切り出すと、ナルトは俺の顔をじっと見つめてくる。
「何だってばよ」
幾分元気がないような言葉に、俺もナルトの顔を見ながら問い質すように言った。
「お前、何で帰ってきた?」
「だから…こっちが夏休みだろうから帰ってきたって言っただろ」
もうそれがでまかせだと俺はわかっている。だいたいそんなわけのわからねえ理由があるか。
「そんな理由じゃねえだろうが。つか、そんな理由が信じられるか」
冷静に聞き出そうと思っていたのに、すでに俺はケンカ腰だ。蓄積されたイライラが、勢いよく流し込んだビールのせいで膨れ上がってきているようだった。そんな俺の言い方にナルトもむっとして言い返してきた。
「な、何だってばよ!そういう理由で帰って来たらだめなのかよ!?」
あくまでしらばっくれるつもりなのか。
俺はますますむかついてきて、ビールをぐびぐびと飲んで、飲みきった缶をテーブルの上にがん、と置いて、ナルトを睨みつけた。
「お前さっき言ったよな?親父さん拝み倒して飛行機代出してもらったって。そこまでして帰ってきたのは、本当は何かあったからじゃねえのか!」
「ただ帰って来たいから親父を拝み倒して出してもらったっておかしくねえだろう!?」
「だから、その帰って来たい理由が何なのかって聞いてんだろうが!」
俺が声を張り上げてナルトを追及すると、ナルトは目を伏せて黙ってしまった。ナルトのそんな態度がますます俺のイライラを増長させる。
これ以上飲むとまずいとは思いながら、俺は2本目のビールに手を伸ばした。
じっと黙ったままのナルトを見つめながら、俺は自嘲するように呟いた。
「そうか、俺には話せないってことか。そんなに話したくないっていうのならいい。どうせ帰って来る連絡さえ俺に寄越さねえんだからな。俺はお前に信頼もされてねえってことなんだろうしな」
開けたビールを俺はまた勢いをつけて喉に流し込む。
「……!サスケ、それは違う…!」
「どこが違うって言うんだよ、ウスラトンカチ!」
俺の自棄みたいな言葉にすぐナルトが反論してきたが、納得などできるはずもなく、俺はさらに声を荒げて言い返していた。
もう自分でも何を言い出すのかわからなかった。頭に血が上った状態で酒を飲んだせいなのだろうか、頭もくらくらしていた。
「突然帰って来たと思ったらお前の様子がおかしい、それでどうかしたのかと心配してみりゃ泊まる場所もないって、だったら何で俺に頼ってこねえんだ!?俺はお前にとって何だ?ダチじゃねえのか?何にも言わねえだけじゃなく、頼りにもされねえって、それはお前に信頼もされてないってことじゃねえのか!」
どうしてこんなに俺はイラついているんだろう。
溜まっていた不満をぶちまけて俺はどうしたいというのか。
こんなことを言いたいわけじゃないのに、ナルトを問い詰める言葉が止まらなかった。
「それで『一緒にいたい』って…、何考えてんだよ!わけわかんねぇだろ‥っ!」
俺は残っていたビールを煽るようにして飲み干した。

まるで飲みすぎで絡んでいる酔っ払いみたいだった。
いや、元々酒が入っていたところにバカみたいに勢いをつけて飲めば、酔っ払うに決まっている。
我ながらみっともない姿だと思う。
連絡を自分に寄越さなかったことに腹を立て、頼られなかったことにショックを受けて。
ダチだと言うのなら、何かがあったらしいナルトを気遣ってやるべきなのに、俺は…。
女々しい考えしかできない自分が情けなくて仕方がなかった。

俺はただ、ナルトが何を考えているのかを知りたかった。
どうして様子がおかしいのかも――知りたかっただけなのだ。


互いに視線を合わせることもなく、しばらく無言だった。
「俺はサスケとケンカするために帰ってきたんじゃねえってばよ」
俺がぶちまけた言葉を黙って聞いていたナルトが、俺とは反対に冷静な口調で俺に向かって言った。
2本目のビールを俺は飲みきってしまい、缶をテーブルに置く。酔っ払って手元が狂ったのか、缶がカランと倒れて残っていたビールがテーブルに少しだけ零れた。
「…お前がそうさせてんじゃねえか…」
テーブルの上の零れたビールをぼんやりと見つめて、俺はナルトの言葉に力なく言い返した。
もう酔いが相当回ってきているのが自分でもはっきりとわかっていた。
このままここで潰れてしまいそうだった。もう自分のこの酔っ払いな状態では無理だと、俺はふらつきながら立ち上がった。
「…もういい。寝る」
何も解決していないこのままでナルトと話を終わりにするのはよくないと思ったが、ナルトとこれ以上話をするのも無駄のような気がしたのだ。それよりも、もうどうしようにも酔いで俺は頭が回らなくなっていた。
「…布団はいつもの部屋に出しておいた。後は好きにしてくれていいから…」
ナルトから顔を背けて何とかそれだけを言い、俺は数歩歩いてナルトの横を通り過ぎようとしたところで、ナルトに手を掴まれていた。
居酒屋の外で掴まれたときと同じように、やっぱりナルトの手は熱かった。
「…離せよ」
酔いで思考が鈍った頭で、俺はぼんやりと掴まれた手を見る。
「いやだ」
きっぱりと語気を強めて言ったナルトの顔に視線を移せば、表情が怒っているようにも見えた。
「座れってばよ、サスケ。話が終わってねえだろ」
ナルトは俺の顔を見上げて俺の瞳を覗き込んでくる。ナルトの言うとおりだったが、俺は酔いと眠気に襲われて、もうこれ以上ナルトの話を聞く余力がなかった。
手を離そうと引っ張ると、さらにナルトに強く手首を掴まれる。
「…離せ‥っ!」
手を思いっきり引っ張りナルトの手を引き離そうとしたら、足がよろめいてリビングの方へと身体が傾くような形になった。すると、その俺の動きに引っ張られて立ち上がったナルトが、反対に俺の手を引っ張り、自分の方へ俺の身体を引き寄せようとしたのだ。
「…何する‥っ、は‥なせっ!」
ナルトの速い動きに一瞬驚いたが、俺はすぐに反対の手でナルトを押し返し、俺達はその場で揉み合いになった。だが、酔いの回った俺の身体の動きをナルトは簡単に封じ込め、そのままリビングの方へ追い詰められた俺は、どん、と身体を壁に押し付けられてしまった。
強い力ではなかったが、壁にぶつかった背中が痛かった。
揉み合っているうちに、いつの間にかスイッチに触れたのだろう、リビングの電気が消えてしまっていた。
「な…んだよっ…!てめえは!離しやが‥れ…っ!」
キッチンから漏れる蛍光灯の光が逆光のようになり、影になったナルトの顔の中で、瞳だけが蒼白く光っているように見えた。いつもは綺麗に煌く瞳が、俺の知っているナルトとは思えないほど獰猛に光っていて、俺は一瞬身体が竦む。
「俺がどうして帰ってきたのか、知りたいんだろ?教えてやるってばよ」
顔を近づけて、俺の瞳を覗き込みながらナルトが低い声で言う。
掴まれ壁に押し付けられた両手首がびくともしなかった。
いきなり何なのだ。
あれだけ問い詰めても言わなかったくせに、何故急に言う気になったのかまったくわからない。
しかも何故こんな力で捻じ伏せるようなことをされなければならないのか。
力ではナルトには敵わないことを見せ付けられたようで、一気に俺の怒りに火が点く。俺は間近にあるナルトの顔をぎりっと睨みつける。
「離せっ、ナル‥ト‥っ!!」
「お前が聞きたいって言ったんだかんな、逃げんなよサスケ」
手が駄目なら脚で、ともがいてみても、脚の動きも押さえ込まれてしまう。もう酔いの回った身体では思うように抵抗もできず、完全に動きを封じ込まれた俺は呼吸を乱しながらさらにナルトを睨みつけて怒鳴ることしかできなかった。
「話をするのに、こんなことする必要ねえだろう!離せっ‥!」
掴まれた手が痛かった。
身動きもできず、これではまるで襲われているみたいではないか。
何故ナルトがこんなことを、と俺は頭が混乱し必死にもがくしかなかった。

明かりの消えた部屋の暗さに慣れてきた目が、ナルトの表情をはっきりと捉える。
瞬間にびくり、と俺は身体の動きを止める。
獲物を捕らえ、ぎらぎらとした追い詰めた獣のような表情が目の前に迫るのを捉えて、俺の身体に震えが走っていた。

こんなナルトは、知らない――

「…ナルト‥っ!!」

ぎゅっと目をつぶり俺は逃れるように顔を背けて、ナルトに向かって叫んでいた。


俺もナルトも呼吸が上ずっていて、互いの呼吸音だけがしばらく聞こえていた。
顔を背けてしまった俺を、ナルトがじっと見ているのを目を閉じていても感じる。
呼吸を整えているうちに、痛いほど掴まれていた手の力が次第に緩んでいくのがわかった。押さえ込まれていた圧迫感も弱まる気配を感じて、竦んで緊張していた身体の力が抜けていく。
俺は顔を背けたまま、ぽつりと呟くようにナルトに問いかけていた。
「…なんで、帰ってきたんだよ…」
ホッとしたせいなのか、俺の口から出た言葉は弱々しかった。俺の耳元にはナルトの落ち着いた声が流れ込んでくる。
「帰ってきた理由のひとつは…、どうしても行きたいところがあったからだってばよ。明日、行って確かめてきたいんだ」
やはりちゃんとした理由はあったのだ。
でも、どうしてそれを隠す必要があったのだろうか。
隠してまでナルトが行きたいところとはどこなんだろう。目を開け、伏せていた顔を上げて俺が訊ねようとする前にナルトが話を続ける。
「もうひとつの理由は…」
力なくナルトを見ると、またあの熱い瞳と間近で視線がぶつかった。先ほど見た獰猛な光は消えていて、ナルトの蒼い瞳が切なく揺れていた。
ナルトは何故こんな熱くて切ない目で俺を見るんだろう。
俺の心臓がとくん、と跳ねる。

「…お前に、会いたかったからだってばよ」

胸の奥から搾り出すように言った言葉は、俺の唇を塞ぐと余韻を残して消えていった。


一瞬何が起こったのかわからなかった。
俺は目を見開いたまま、ナルトとキスをしているのだとわかっても、動くことができなかった。
いや、動けなかったのだ。
ただ合わせるだけの口付けが、奪うのではなく、自分の想いを必死に伝えたい、と祈るようにナルトに触れられている気がした。それを感じたら俺は何も抵抗することができなかったのだ。

どれくらいそうしていたのだろう。
ゆっくりとナルトが口付けを解く。キスの間詰めていた息を吐く間もなく、ナルトは押さえ込んでいた手首を離し、俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。

「…サスケが、好きだ…」







またまた中途半端なところまでですみません><
やっとちゅーまでこぎつけました(ぜぃはぁ)
初々しいのを目指していたんですが、あんまり初々しくないよーな…。
私が書くから仕方がないのかもしれぬ_| ̄|○