眠りに就いてからどれくらい経っていただろう。
目を閉じていても、外の空気は夜明けがもう間もなくだと告げているのはわかっていた。
そして、間違えることのない気配をわずかに感じ取り、眠っていた俺の意識がすっと浮上した。

本当に『宣言通り』帰ってきやがった。

身体はまだ眠った状態のままなのに、俺の口元にわずかに笑みが浮かんでいるような気がした。




Only your holiday




それは10月に入ってすぐのことだった。

昨夜の内に里外任務の命が下りていた俺は、朝から任務に出かける支度を淡々としていた。
里外といっても1日半もあれば片付く任務だ。準備は簡単に済み、荷物を手にしてリビングの扉を開けた。
と、その時だ。
ふと向けた視線の先にあったカレンダーに、しるしがついているのを見つけたのだ。俺は荷物を持ったままカレンダーのある壁に近付いていく。
いびつに歪んだ赤い丸に目を留める。
その赤い丸は、紅葉のイラストが綺麗な10月のカレンダーの『10』のところをぐりぐりと何度も囲んでいた。どう見ても『気付け気付け』と主張しているとしか思えない。
昨日9月のカレンダーをべりりと剥がした時にはなかったはずだ。一体いつの間に、とカレンダーの掛かったリビングの壁の前で佇む。歪んだ赤い丸を見ていたら、俺の口元は自然と綻んでいた。

いつもは清々しいくらいの自己主張を見せてくれるナルトが珍しく回りくどいことをしている、と不思議に思う。これは何か企んで…いやいや何か思うところがあるのか。
一体何を、と今日は俺より後に出るらしく、のんびりとソファーに座ってテレビを見ているナルトの様子を背中越しに探る。
すると探りを入れた瞬間、カレンダーをじっと見ている俺に気付いたナルトが俺の後ろ姿をじーっと見てきた。見られている視線が背中にチクチクと刺さってくる。

10月10日。
そう、ナルトが産まれた日だ。

コイツには言ってはいないが、ナルトがこの世に生を受けた日を俺が大切に思わないわけがなく、もちろん忘れるわけがない。ただ、いつもこちらが口に出す前にナルトが主張をしてくれるので俺のこんな想いをナルトには伝えたことはない。
伝えた方がナルトが喜ぶとわかってはいても、伝えなくてもわかっていて欲しい、と思うのは俺のただの我が儘なのだろうか。
何事にもストレートに想いをぶつけてくるナルトとは違い、俺は素直になれない損な性分だから仕方がないとも思う。
だが今回の回りくどい意思表示は、ストレートが信条のナルトらしくない。理由もそうだが、まあ取りあえずはこれを聞いてやらなきゃならないだろう。

「…で、何が欲しいんだ?」

ナルトの方に向き直り、ちゃんと祝ってやりたい気持ち半分、だが気恥ずかしさ半分で、俺はぶっきらぼうに訊ねた。
すると、まるで『待て』と言われてじっと待つ忠犬のように俺の様子を窺っていたナルトが、俺の言葉に待ってました!とばかりにソファーを下り、本当に犬のようにだだだだーっと俺に近寄ってきた。
「サスケの時間を…俺にくれってばよっ!」
「時間…ってどういうことだ」
相変わらずの唐突な物言いに、どういうことかさらに聞いてやらなきゃならない。座ったまま俺を見上げるナルトの頭にぽん、と手を置いて続きを促すように金の髪を撫でる。
「最近、忙しくて全然サスケとゆっくりできてねえから…サスケと一日ずっと一緒にいたいんだってばよ」
今それしか欲しいものがないんだってばよ、と澄んだ空色の瞳を真っ直ぐに俺に向け、切ない想いを滲ませているナルトの表情に、俺の心臓がトクン、と鳴る。

物とかではなく、ただ俺と過ごす時間が欲しい、と。

そう言われて嬉しくないわけがない。
この世で誰よりも惚れ抜いた相手に真っ直ぐに求められている、それは俺にとってはある意味『快楽』のひとつだ。現にじわじわと甘さを含んだ感情が滲み出している。
確かにナルトの言うように、ここのところナルトと一緒にゆっくりとした覚えがない。どちらかが里にいなかったり、帰って来たとしてもすれ違いが多くて、それでも限られた時間を一緒に過ごして、足りない分をセックスで満たして密度を深める――
そんな繰り返しだったように思う。
「この間も遠征から戻ってやっとサスケに会えると思ってたのにサスケいなくて。一人でサスケの部屋にいたら、俺モーレツに寂しくってさ…」
ナルトから向けられる切ない想いが俺にも乗り移ってくる。いい大人なくせに、子供みたいに寂しさをいっぱいにしたこんな顔をされるのが、俺は本当に弱い。
かつてナルトの心も身体も散々に傷つけた事実を、今さらながらに思い知らされるからなのだろうか。
俺はただナルトの髪を静かに撫でる。
「お互い忙しいのはわかってるってばよ…。だからもうこうなったら無理矢理にでも一緒にいる時間を作るしかねえ、って。サスケは甘ったれんなって思うかもしれねえけど、誕生日くらい我儘言わせて欲しいんだ」
そう言ってナルトが訴えるような眼差しを俺に向ける。
我儘だと十分わかっているからこそ、どうしても聞いて欲しい。
だから目立つように赤い丸をつけ、俺が気付いて誕生日のことを訊ねたら、真剣に聞いてもらえるまで頼む気でいたと――。
そう言うことか、と俺はこれがナルトらしくない行動の理由か、と悟った。


ナルトはわかっているのだろうか。
それほどまでに想われ求められることで、俺をどんどん独占欲の沼に貶めてナルトなしでは生きられなくさせているのだ。さらに始末が悪いのは、逆巻く烈情に翻弄される自分を嫌悪するどころか、言い知れようのない狂喜な感情を育てていっているのだ。

何もナルトだけが寂しさを感じていたわけじゃない。

寂しさに気付かないように、あえて考えないように意識に蓋をして、俺自身も足りない何かを抱えていた。慌ただしさの中で零れだしてしまいそうな想いを隠して毎日を過ごしていたのだ。
所詮ナルトを甘ったれてるなどとは言えないのだ、俺も。
ああもう、どうしようもない、ここまで囚われているなんて、と自分自身に呆れるしかない。
そうじゃなくても、ここまでいじらしいことをされたらさすがに俺だって断ることはできない。
やっぱり俺はどんどんナルトに甘くなっているのだろうか。

「…で、俺に休みを取ってくれ、ってそういうことか?」
ナルトの意図を読み、語りかけながら触り心地のいい髪に指を潜らせ、蒼の瞳を見つめる。
「…だめ?」
ナルトは顔を上げて必死な面持ちで俺を見つめる。
ナルトの望みを叶えてやるにしても、まずは休みが取れなければどうしようもない。
まあ、ここしばらく休みなしで働いているんだし、1日くらい何とかなるだろう。
「…わかった」
「いいのか!?本当に!」
俺がすんなりとOKしたのが嬉しいのか、弾けるような声と表情でナルトが喜びを訴える。
「ただし」
ナルトの喜ぶ様子に顔も心も緩みそうになるが、ここで釘は刺しておかなきゃならないだろう。
数年前の惨状を思い出す。

「一日中『ヤる!』とかはなしだからな…」

有り余る体力と精力で、いつだったかの誕生日に俺は好きなだけ食われ尽くされた。そりゃあ見事なくらいに。
そのナルトの暴走の結果、俺がどうなったかと言えば――
翌朝起き上がることが出来なかった俺は、任務に穴を開けてしまったのだ。
そのことでナルトとは大喧嘩をし、挙げ句の果てには壁に作ったでかい穴と全壊した窓の修理代を支払うハメになった。(もちろん、ナルトに半分以上払わせた。当然だ!)
よくそれだけで済んだ、というか、俺がいかにダメージを受けていたかわかるだろう。本気で喧嘩になったらこれだけじゃ済まない。
今となっては微笑ましい思い出…なわけねえだろ!!
わかってんのか、ゴラァ!ときっちりと言い含めるつもりの俺の言葉など、ナルトはわかっているのかいないのか。
「一日一緒にいてくれるだけで十分だってばよ!」
そう言って飛び上がるように立ち上がったナルトが、子供みたいに顔を輝かせて嬉しいってばよー!と抱きついてきた。
のし掛かるなーーー!
でかい図体ごと体重を掛けられ、足元がよろけ、手にしていた荷物がどさり、と落ちる。
体格差を思い知らされるようで全くおもしろくなかったが、ナルトの腕からは逃げられず俺はがっちりホールドされる。そのまま頬や額や唇に戯れるようにキスを落とされると、身体の中にほこっりとした温かさが生まれる。
しばらくそのまま抱き締められほぅ、と息を吐けば、祝ってやる側なのに、まるで自分が幸せの欠片をもらったみたいな気分になる。
うなじに頬を擦り寄せるようにして、ナルトがもう一度深く俺を抱き直す。
ナルトの力強さは変わらないのにただ心地良さに包まれていって、俺はゆっくりとナルトの背に手を伸ばす。
そのまま抱き締めれば、ナルトがまた抱擁を深くさせて全身から嬉しさを滲ませる。自分がナルトをそうさせていることが嬉しくなり、俺は口元をふっと緩ませる。
「…サスケ」
「何だ」
耳元で囁かれるナルトの低めの声が心地良い。
この声にも弱い俺だが、ヤってる最中とはまた違ったさざ波が俺の中に立つ。快楽に向かう波じゃない、身体が解放されていく至福の波とでも言うのだろうか。
全く朝っぱらから何を目の前の相手に浸ってんだか、と呆れそうになっていると、
「全くナシってのも寂しいからさ」
とナルトがごにょごにょと呟く。
「?」

「できればエッチもオプションで入れて欲しいんだけど」

一緒にいられればいいんじゃなかったのか、おい!

「…仕事行ってくる」
するりとナルトの腕から逃れ、再び荷物を手にして俺はすたすたと玄関に向かう。
「うわあ、ちょ、待ってくれってばよ!」
追ってくるナルトを無視して玄関まで行った俺は、振り返りナルトに言う。
「10日」
「え?」
「お前も休暇取るの忘れんなよ」
「もっちろんだってばよ!」
満面に笑みを浮かべたナルトの嬉しそうな顔を見て、やっぱりこいつには敵わない、と俺は僅かに笑みを浮かべていた。




翌日の夕刻近くに里外の任務から戻った俺は、アカデミーの受付で帰還手続をすると、休暇の申請書を持って任務報告のために火影室へと向かった。
任務報告をした後で休暇届を五代目に出すと、ずっと無休で働いていたお陰か、すんなりと休暇はもらえた。
ただ俺の休暇届を見て「ふぅん」と呟いた五代目の視線が意味ありげで気味が悪かった。あまりの居心地の悪さに、俺は早々に立ち去ろうと一礼をして扉に向かった。すると扉を開けて出ようとした間際に「あのバカが帰ってくればいいけどな」と五代目の呟きが聞こえた。

ああもう、バレバレだ…。

俺は扉のノブを握りしめて項垂れそうになる。
っていうか、ちょっと待て!
俺は一度開けた扉をばたんと閉め、再び五代目の元に近寄った。
「帰ってくれば、ってどこか遠方の任務に出たんですか、あいつは!」
「あいつ、って誰のことだい?」
わかっているくせににやにやと笑ってからかうように逆に聞かれ、言葉にうっと詰まる。この女傑と言い合っても絶対に負ける、勝てる気がしねえ。っていうか、勝とうと思うことが間違ってる。
不機嫌丸出しで返答に詰まっていると、五代目がからかうのに飽きたのか、今度は不敵な笑みを唇に乗せて話し出す。
「ナルトは始末書のつけを払い終わるまで休暇なしで働く約束なのに、お前と同じように休暇をくれ!と来たんだよ。でもどうしても欲しい、くれくれ!と煩いから、休暇をやるかわりに使いに出した」
一体何をしでかしたんだ、あいつは…。相変わらずのウスラトンカチぶりに呆れるしかない。つーか、そんなこと黙ってやがったのかナルトのヤツ!
「…どこにですか」
帰ってくれば、と言うからには遠方なんだろう、と俺はとりあえず聞いてみた。
「風の国の都だ」
そして、ちなみに今日行かせたからね、とご親切に五代目は付け加えてくれた。
風の国の都って、砂隠れの里のもっと先じゃねえか!木ノ葉からじゃ往復で10日はかかる。
今日は2日だから、10日かかるなら…誕生日は完全にアウトだ。
それにだ。ただでさえ砂の国では移動するにも天候に左右され、予定通りに帰ってこられる保証がないのだ。
「10日かかるところを早く帰ってきたら休暇は一日だけやると言ってある」
俺の考えの先を見越して五代目はそう言うと、またにやりと笑う。
全くなんてウスラトンカチなんだろう。
誕生日に休みが取りたかったくせに、結局誕生日には間に合いそうにもない任務を引き受けるなんて。
休暇が取れればいいけどな、と楽しそうに話す五代目の言葉に、俺は片手で顔を覆って脱力するしかなかった。

休暇は取り直しかもな、と思い俺はひとつ溜息を吐くと、五代目が何かを思い出したようだった。
「全く火影の私が何でこんなことを頼まれなきゃならないんだよ」
一体何のことかと思い、五代目に視線を向けると、呆れたように言う。
「『10日には必ず戻るから!』…ナルトからの伝言だ」
五代目の言葉に俺ははっとする。

そうだった。
あの『意外性ナンバー1』のナルトなのだ。
ナルトが言うからには本当に実現させてしまうかもしれない、とそう思ったことは一度や二度ではない。
いや、本当に実現させてしまうのだ、あの男は。
そう、この俺が今こうしてここにいることが――
何よりもナルトが曲げない信念と意志を貫き通した結果じゃないのか。
あの時俺の心に刻まれた想いが身体の内側から揺さぶりをかけてきて、トクン‥と鼓動を打つ。
誰もが本当にナルトを信じてみたくなるのだ。もちろん俺も――

いや、誰よりも。
俺はナルトを信じている。

「ということでだ、サスケどうする?休暇を取り消すかい?」
俺の顔をじっと見据えている五代目は、俺の答えをもうわかっているみたいでどこか楽しそうだった。
「ナルトは帰ると言ったんでしょう?なら心配には及びません」
俺は期待通りの返事を口の端に笑みをのせて返す。
「そうか」
失礼します、と退出の礼をして、俺は火影室を後にしたのだった。



◇     ◇     ◇



慣れた気配がより近付いてくる間、俺の意識はふわふわとしたまま気配を追っていた。
何も警戒することがないのだから、ただまどろみの中で想う相手を待つだけでいい。
これを幸せと、やはり思わずにはいられない。
半分覚醒したままでそんな甘い気分に浸っていると、急にどさり、と物音がして、俺の意識が完全に浮上した。
ぱちと目を開けて、俺はベッドから起き上がる。
カーテン越しに夜明けの明るさが差し込んでいて、部屋の中は薄っすらと明るくなっていた。
ナルトが帰って来たのはリビングから伝わってくる気配でもちろんわかっている。
何かあったのだろうか、と不審に思いながら俺はベッドから抜け出し、リビングへの扉を開けた。

リビングにも朝の光が差し込んでいて、部屋の中は寝室より明るくなっていた。
ふと視線を移すと、俺の立つ位置からはリビングのソファーからはみ出ている片脚だけが見えた。その下には荷物が放り出されたように転がっている。
感じ取れる気配からは、どこにも怪我も異常も見当たらない。ただ疲れているだけだろう。俺は小さくほっと息を吐く。
俺は見えている足元からソファーの前に回りこむ。ソファーに窮屈そうに納まり寝息を立てているナルトを見て、俺はふっと笑った。
俺はその場でしゃがみこんでナルトの顔を見る。金色の髪は何だか埃っぽかった。顔も薄汚れているような気がする。
きっと相当無理をしたんだろうと思う。恐らくほとんど休みらしい休みも取らず、走り続けたに違いない。
自分の誕生日の日を一日俺と過ごす、そのためだけに。
俺はナルトの髪にそっと触れて、起きないのを確認してそっと撫でる。

絶対に無理だと人に思われようが、自分の信念を貫き通すその心。
いったいこの男をそこまでさせるのは何なのだろう。
でも誰もが、ナルトならやり遂げるのではないか、そう思わせるのだ。
そしてナルトを信じてみたくなるのだ。
結果として、誰もが諦めてしまうことをナルトはやり遂げてしまう。
本当にたいしたヤツだよ、お前は、と俺は心の中で呟いて、ナルトの髪を撫でる。ふと指に伝わる髪の感触に違和感を覚えてじっと目をこらす。ナルトの髪の後ろのところが、何かに焼かれたのか少しチリチリになっていたのだ。これは火遁でも食らったのだろうか?と確かめていると、ナルトが薄っすらと目を開けた。
「サスケ…ただいま」
恐らく相当疲れて眠いのだろうが、ぼんやりと目を開けてナルトは嬉しそうな顔で俺を見つめる。俺はナルトの頬へと手を移しそのまま頬を包む。ちゃんと帰って来た挨拶を忘れないナルトに俺もおかえり、と答え、言葉を続ける。
「よく間に合ったな…」
労わるように声を掛けると、ナルトは笑う。
「だってサスケが俺の我儘聞いてくれたんだってばよ…?俺がサスケとの約束、守らねえわけねえだろ…?」
ナルトの言葉に、俺は本当にコイツには敵わないな、と苦笑する。
『10日には必ず戻るから!』と言うとおり、帰ってきやがったのだから、たいしたウスラトンカチだ、お前は。そんなウスラトンカチなお前に俺はどうしようもなく惚れている。
俺はナルトに顔を近づける。
近くで見るとやっぱりナルトの顔は薄汚れていた。髪が埃っぽいのも、顔が薄汚れているのも、何もかもが愛しくて仕方がなかった。俺は手で頬を包んだまま、ナルトの唇に小さなキスを落とす。
「サスケ…今日一日は俺のモンでいて」
頬に置いた俺の手にナルトが手を重ねてくる。甘えが許されるのは誕生日の特権だ。その特権も俺と一緒に過ごすことを選んだのだ、コイツは。

約束どおり、ちゃんと聞いてやる。
俺と過ごす時間が欲しいと、それしか欲しいものがない、そう言ったナルト。
俺の一日と言わず、俺の全部お前にくれてやる。

「ああ、わかってる…。それよりもお前、少し寝ろ」
「せっかくの一日なのに、寝るのもったいないってばよ…」
「ちゃんと起こしてやるから」
そう言って俺がもう一度ナルトにキスをすると、安心したようにナルトは目を閉じて寝息を立て始めた。
もうここでこのまま眠らせてやるしかない。俺は寝室に行き毛布を手に戻ると、ソファーで眠るナルトに掛けてやる。
ナルトの頭にもう一度触れて撫でる。起きる気配はない。まだしたままになっている額宛に手をかけて、頭から外してやる。額宛を傍にあったテーブルに俺はそっとテーブルに置くと、俺ももう少し眠るか、と寝室へと戻った。





どれくらい眠らせてやればいいのかわからなかったが、少し朝寝坊した時間くらいにナルトを起こすことにした。最初はぐずっていたが、俺と一日過ごすんじゃなかったのか、と言うと、ナルトはがばりと起き上がった。
そのまま俺の用意してやった風呂に入って、すっかりと数日分の汚れを落としてナルトがリビングに戻って来た。
「ああーさっぱりしたってばよ」
首から下げたタオルで頭をがしがしと拭くナルトは、ご機嫌そのものだ。
俺の家に置きっぱなしになっているTシャツと短パンをナルトは身につけている。冷蔵庫を漁り飲み物を探しているナルトを見て、その格好じゃちょっと寒いか?と思いながら、俺はベランダから声を掛ける。
「ナルト、ちょっとこっちに来い」
ベランダに椅子を出して、布を手にしている俺を見て、ナルトが不思議そうな顔をする。
「サスケ?何してんだってばよ?」
「いいからここに座れ」
わけがわからない顔をしているナルトを椅子に座らせると、大手の布をナルトの首周りに掛ける。
「サスケ?」
後ろを振り返って問いかけようとするナルトの頭を掴んで正面を向ける。
「お前、火遁か何か食らったのか?ここ、髪の毛が焦げてるぞ」
まだ湿り気の残るナルトの後頭部の髪に触れて、俺はナルトに訊ねる。今回の任務はただの使いと聞いていたが、戦闘する場面があったのだろうか。
ナルトにそれを訊ねてみると、
「何か知らねえけど俺が使いで砂の都に入ることがうまく伝わってなかったみたいでさー。んで、向こうの大名の居住区に入った途端、火遁が飛んできたんだってばよ」
サスケのよりは威力がなかったけど、すげえでかくってさーとナルトは楽しそうに笑っている。
「完璧に避けられなかったのか、お前は」
「いやだって、使いで行ってんだし、警戒なんてしてなかったからさ、不意打ちだったってばよ」
仙術も扱え、九尾までコントロールできるヤツのくせして、ウスラトンカチなところは相変わらず変わらない。まあ休みなく走り続けていたのだから、しょうがないのか。そう思ったが、そこはそこ、だ。
「ただの使いっていって、甘く見てたんじゃねえのか、まったく」
俺のいつもの小言に、相変わらず口悪りぃの、とナルトは苦笑する。そしてナルトは自分の頭の後ろに手を触れて、自分の髪の毛の焦げ具合を確かめている。

「なに、サスケ、髪切ってくれんの?」
「ああ。動くなよ」
俺はハサミと櫛を手にして、ナルトの髪を切っていく。
「サスケ自分で髪切ったりするのか?」
「髪切りに行ってる暇がねえしな。自分でやった方が早い」
ふーん、器用だよなあ、サスケって、とナルトの髪を切りながら、他愛もない会話を二人でする。
なんてことのない時間がただ流れていく。こんなにもゆったりとした気分になれる、それがとても心地良かった。
「焦げたところだけじゃなくて、他も少し切った方がいいな…」
金の髪に触りながら確かめていると、ナルトが嬉しそうに笑うのがわかった。
「どうした」
「何かサスケがすげえ優しい」
喜怒哀楽の何事も大げさに騒ぐナルトだが、本当に心の底から嬉しいときは決まって大人しくなる。まるで泣いているんじゃないかと思うほどにだ。
小さい頃からのトラウマなのか、人に優しくされることにナルトはもの凄く敏感だ。これはナルトとこういう関係になって、俺が初めて気づいたナルトの弱い部分だ。
今では里の皆に信頼され、英雄扱いをされたり、人々が好意を寄せてくれている。
だが親の無条件の優しさと愛情を一緒にいて注がれなかったナルトは、人の優しさに慣れていないところがあるのだ。
俺はナルトのこんな弱い部分を知って、また愛しさが増した。そしてさらに愛した。

二人で一緒にいることの大切さ。
俺もナルトも互いによくわかっている。

そう、誰よりも俺はわかっているからな、ナルト。

「誕生日だからな。特別だ」
ナルトの髪に櫛を通し、髪をすくってまたハサミを入れていく。
素直じゃない俺は、それでもやっぱり恥ずかしさから本当の気持ちを誤魔化してしまう。
すまないとは思うが、たとえそんな俺を許してくれと言わなくても、ナルトには見透かされている。
ナルトの望んだ二人だけの時間。
ただ穏やかに過ごしている時間を、俺もただ噛み締めていた。



ナルトの髪をすっきりと整えた後、首に巻いた布を外してやる。
俺が落ちた髪を片付けていると、ナルトは手渡した鏡を見て、髪の具合を確かめてすごいってばよーと喜んでいる。
「で?これからどうする?何がしたい?」
俺はナルトの両肩に手を置いて、鏡を覗き込んでそこに写っているナルトに問いかける。
「んー、じゃあキスして」
言われるまま、ナルトの頭をくいと上に向け、逆さま状態でちゅっとキスをしてやる。
「他には?」
「何か食いたい」
すげえ腹が減ったってばよ、とナルトがちょっと情けない顔をして腹のあたりを押さえている。
「わかった。何かリクエストはあるか?…ラーメンはなしだぞ」
「もーサスケの作るのなら何でもいいってばよ」

二人してなんだかんだと話をしながらリビングへと入っていく。
急に後ろから抱きついてきたナルトが「サスケを食わしてくれてもいいんだってばよ?」と耳元で擽るように『誕生日のご希望の1つ』をねだってくるから、「それは後回しだ」と俺はナルトの腕を振り払ってキッチンへと向かう。

何でもないくだらない会話。いつもの二人。

ナルトを今日はせいぜい甘やかすことになるだろうが、今日くらいは叶えてやりたい。
俺にもこの二人で過ごす時間は、俺にとっても本当に貴重で大切なものなのだ。
後はナルトはどんなことを望んでくるだろうか。
今日だけは何でも受け止めてやろう。

でも今日だけじゃない。
お前のすべて。
俺が受けて止めてやるからな、ナルト。

少しだけ髪が短くなったナルトの、俺の好きな、俺だけに見せる笑顔を見て、俺は心の中でそっと呟いていた。

         後でWORKS部屋にUPすると言っておきながらそのままにしていたものを1年越しで再UPです。お恥ずかしい…。