幸せの海
鳥のさえずりが聞こえる。
跳ねて、踊って。
まるで嬉しそうに会話をしているような、賑やかな鳥の声。
(いやに楽しそうだなぁ・・・。何かおもしろいことでもあるのかってばよ・・・?)
睡眠と覚醒の間で暢気に思う男の瞼はまだ閉じられたままだ。
賑やかな朝を告げる声は、不思議には思っても特にうるさくは感じなかった。
ふいに、ピ、と高い声を上げて1羽が飛び立ったようだった。つられるように複数のさえずりも遠ざかっていく。
一瞬で気配を断つと、ナルトはぱちっと目を開けた。
任務中ではないにしろ、気の変化には敏感だ。
上忍にもなったのだ。これはもう習性になっている。
鳥たちが飛び立った周りを探ったが何もないようだった。どうやら招集の知らせでもないらしい。
何もないことにホッとして、ナルトは消した気を元に戻す。
夜はもう明けていて、部屋の中も徐々に陽の光が差し込んで来ていた。
まだ薄暗い部屋の中で天井を見て気づく。
自分の部屋ではないことに、ああそういえば泊まったんだっけ、とナルトは頭を巡らす。
綺麗に整えられ必要なものしかない、部屋。
この部屋の主そのものを表しているようなそんな様子に、ふっと苦笑なのか微笑みなのかわからないものが浮かぶのがわかる。
そんな相手を思い浮かべた途端。
昨夜の狂態がナルトの脳裡に蘇ってきた。
蘇ったら――血の気が、引いた。
そうだった。昨日の夜。
1週間ぶりの素肌に。
・・・我慢ができなかった。いやできるはずがない。
触れたが最後。
浴室で暴走し、そのままベッドに縺れ込んで――何度果てたのかも覚えていない。
(またやっちまった・・・)
そこまで記憶を辿って、ナルトは、はあぁ〜っ、と溜息を吐く。
無茶をした自覚は思いっきりある。
最後には意識を飛ばし、崩れ落ちるように眠りについていた彼を思い出す。
彼の目覚めが恐ろしい。
完璧無視か、あるいは部屋から叩き出されるのか。
それだけで済めばいいけど・・と瞳を緋色に変えた怒りMAXの姿が浮かび、ナルトは冷や汗が流れるのがわかる。
だがこればっかりはどうしようもない。
相手を慈しみたい気持ちはある。負担をかけてしまう分、めいいっぱいあるはずなのに。いったんスイッチが入ると欲望だけで突っ走ってしまうのだ。
ああも〜頼むから許してくれよ、と好きで好きでたまらない相手の身体に手が伸びていく。そこにあるはずの温もりへと手が伸びて――
(・・・??・・・あれ??)
いるべき愛しい存在が。
いない。
「・・サ、サスケェェーッ!?」
叫びと共にナルトはがばりと起き上がった。
慌てて布団をめくり上げ、自分の隣を確認する。
本当にサスケの姿がないことに、一瞬パニックになりそうになったナルトの目に映ったそれは。
足下の不自然に盛り上がった布団のかたまり。
ナルトは気配を消して、そっと足下の方まで布団をめくり上げる。
(・・・・サスケ・・・)
何もそんな端っこに、と思ってしまうくらいベッドの下の方に、縮こまって眠っているサスケがいた。
ナルトよりは華奢な、それでも若木のようにしなやかに成長した身体を不釣り合いなくらいに丸め、まるで胎児のように眠る姿。
疲れて眠りについたサスケを、この腕に抱きしめて眠ったはずだった。それがどうしてこんな風に寝ているのか。ナルトは苦笑混じりでホッと溜息を吐く。
数年経った今でも、サスケの不在はナルトを不安の感情に陥れることがある。
上忍のナルトと暗部のサスケでは当然任務も違い、重なることはほとんどない。別々に里を離れることだってある。忍びとして仕事をしている以上、仕方がないことで、それはナルトもわかっている。
ただ、不在に理由がありさえすればいいのだ。
しかし、いるはずのサスケの姿がないときに、ナルトは未だにひどく動揺する。
ナルトは上忍にもなったくせに、とこんな自分を心底情けないと思う。だが、やはり拭い去ることはできないのだ、あのことは。
いつまで経っても。
すっかり熟睡しているサスケの髪に手を伸ばす。
布団に潜り込んで寝たためか、ただでさえハネぎみの髪が寝癖で凄いことになっている。
サスケの髪をナルトはそっと撫でた。サスケはまだ眠ったままだ。
普段、サスケは眠っていても気配に敏感ですぐに目を覚ます。
ナルトがハメをはずしたせいで深い快楽に墜ちた時に、たまにこんな風に眠る。
任務中にこんなことでは忍び失格だろうが、ナルトが傍にいることに安心してのことなのだろう。ナルトも安心して眠ってくれて構わないと思う。
何よりあのサスケが自分に身を預けてくれる。
ナルトにとってはそれがすごく誇らしい。
太陽の光が差し、部屋の中が次第に明るさを増していく。
朝の柔らかい光がサスケの姿を包んでいく。
取りあえずはサスケがいたことにホッとしたが、こんな風に丸まって眠るサスケの姿は、表情が無邪気な子供みたいに見える分、余計にナルトは胸が締めつけられるような思いがした。
以前同じように眠っていたサスケに『なんか夢でも見てたのか?』とナルトは聞いたことがあった。サスケは考えるようなしぐさをしたあと、『よく覚えてない』と答えた。
たぶん小さい頃の夢だと思う、と呟いたサスケが、その後『何だか幸せだったような気がした』と言っていたことを思い出す。
今、彼はどんな夢を見ているのだろうか。
まだ両親が生きていた、あの幸せなままの夢なんだろうか。
失ってしまったあの頃の幸せを、夢の中でしか感じることができないサスケに、ナルトは自分ではどうしようもできないことがひどく悔しい。
それでも時折、うなされてあの悪夢のような一族の悲劇を思い出すことよりは数倍ましだ。
暗部に配属されてしばらくはうなされる夜が多かった。
暗部の任務の性質上、本人の気づかないところで暗い記憶が蘇るのかもしれない。
うなされ興奮するサスケを抱きしめて眠る夜は、ナルトも辛い。
眠るサスケが、たとえ失ってしまった夢でも、それでも幸せを感じられるのならいい――
ナルトはそう願いながら、まだ深く眠るサスケのこめかみにそっと口づけた。
こう思うことは傲慢だろうか。
自分が暴走してしまうのは、サスケを安心して眠らせるためなんだ、とナルトはもっともらしく理由を唱えてみる。
(あー・・・、そんなこと言ったら絶対にヤバイな、俺が・・・)
瞳を緋色に変え、キレたサスケの姿が目に浮かぶ。ナルトもさすがに写輪眼は怖い。
自分の所業を棚に上げた理由など、サスケに通用するはずがない。
素直に土下座して謝るしか方法がないことを、わかってはいてもナルトは悪あがきをする。
だがそれは。彼が目覚めてから考えることにしよう。
今はまだ。
ナルトも感じたいのだ。
幸せに満ちた穏やかな海に眠るサスケと、共に過ごすこの時を。
縮こまって眠っていたサスケの身体を抱き上げ、ナルトが再び胸の中に収めると、うっすらとサスケの目が覚めたようだった。ぼんやりとした黒い瞳を覗き込み、ナルトは目を細めて見つめ「まだ寝ててもいいよ」と安心するように言った。
ナルトの言葉に、サスケは目の前の胸に甘えるように無意識に頭を擦り寄せた。
サスケのらしからぬ行動にナルトは思わず破顔する。
嬉しくなったナルトはサスケの耳元に囁きを落とす。
「俺にも幸せな夢見させてくれってばよ」
サスケにその声が聞こえたのかどうかはわからない。
ナルトが再びサスケの身体を引き寄せると、サスケの手も――
ナルトの背へと伸びて。
身を寄せてくるサスケの温もりを包み込むように、ナルトはその身体を抱きしめた。
要するに寝ぐせの髪で丸まって眠るサスケってのが書きたかっただけなんです(汗)
サスケがいないと焦るナルトなんですが、端っことはいえベッドにいるんだから気配で気づくだろ!?
ってツッコミがありそうですね。
変わらない気配があるからこそ「姿がない」ことにびっくりしたってことにしておいてください。
詰めが甘くてすみません〜・・。