伝えたい、言葉





『今日、任務終わったら家にいて』


帰りがけにナルトに呼び止められ、そう言われて。
いつもはお構いなしにやってくるくせに、と思いつつも家にいれば。
やってきたナルトにいきなり出掛けるぞ、と引っ張られて来た場所。
「あ」「ん」が目印の里外へとつづく木の葉の門が、もう目の前だった。

「おい、どこに行くつもりだ」
前を歩くナルトに、問いかける。
日が暮れ始めた里は夕焼け色に染まり始めていた。
ナルトの横顔もオレンジに染まっている。
「ん?火の国の街」
視線を前に向けたままのナルトの意外な言葉に、俺は僅かに動揺する。
夕刻以降は、任務など余程のことがない限り里外に出ることはできない。
それに俺は――
一度里を抜け、未だ監視つきの身だ。いや、監視だけで済んでいるのが奇跡だと思っている。今は任務もこなしているが、それでも里外には出ることは許されていない。
それをナルトは知っているはずなのに、と俺は歩む足を止める。

今更なことなのに、こういう時、自分の置かれている状況に居たたまれなくなる。
自分のしでかしたことへの罪の意識からではない。犯した罪は一生背負っていく覚悟はできている。
ただ。
こうして許されて何事もなかったかのように木の葉にいる。そのことに、ナルトを始め、どれだけの人の温情や情けで生きているのかと――
ここで生きると、一度決心したことなのに自分の存在を消してしまいたくなるのだ。
でもそんなことをしたら、俺は。
俺を一生許すことができない。

俺の暗い気配を察したナルトが立ち止まってしまった俺のところに近づいてくる。
「大丈夫だってばよ。ちゃんと許可もらったから」
にかっと笑ったナルトが、穏やかな声で俺に話し掛けてくる。
いつの間にか俺の心情を機敏に察することが上手くなり、今まで見せなかった表情で俺を見つめる。
どうしてだ、ナルト。どうしてお前は俺にそんなに関わろうとする?
血みどろで決裂したあの時も、里に戻って俺が死を望んだあの時も、どうして・・。
あの時から俺はずっと問い続けている。今も・・・。
結局俺は――ナルトにもう一度問いかけることが怖いのだ。
問いかけることもできないまま、ただ、ナルトの屈託のない笑顔が俺の心の蟠りを溶かしていく。
そして、ナルトの大人びた顔が俺の心をざわつかせる。
そのことだけが事実だった。

「ああもう、時間がないってばよ。こっから走るぞ、サスケ」
門の監視係と話をしていたナルトは、もう一度俺の元にやってきて声を掛ける。
はっとして俺は、暗い思考を打ち切る。
2人で門の外に出ると、俺の身体に一瞬緊張が走った。
それでもすぐ走り出したナルトを追って、俺も地を蹴っていた。


木々の間をすり抜けるように小一時間ほど走った頃。
俺たち2人は火の国の中心街から少し離れた街の入り口へと降り立った。少し小高い丘になった場所から下を見下ろせば、麓の方がやけに明るかった。
ここから下った位置にあるところが街の中心なのだろう。そこから人々の喧騒に混じって祭り囃しの賑やかさが聞こえてきた。今夜は祭りでもあるのだろう。
ナルトは祭りに来たかったのだろうか。
ここから麓へと歩いて降りていくのかと思えば、こっちこっち、と手招きされて麓とは逆の険しそうな道を上っていくナルトに、ますますこんなところまで来た意味がわからなかった。
一般人では登り切れない崖を軽々と辿り、上へ着くと急に見晴らしの良い場所に出た。
街が湖を中心に広がっているのが個々の建物から漏れる明かりでよくわかる。今日は祭りがあるためなのか、街の中心部がことさら明るい。夕陽が沈んでまだそれほど経っておらず、湖の向こう側にまだ茜色が滲んでいる景色はとても綺麗だった。

「サスケ、こっち」
ナルトが俺の手首をそっと掴む。急に触れられてドキリとしたが、悟られないように平静を装う。
「この辺がいいかな」
そういってナルトはしゃがみ込む。俺の手を引き、サスケも座って、と促される。俺が大人しく座ると、ナルトの手がゆっくりと離された。自分の肌から離れた熱にどこか寂しさが付きまとう気がした。
横をそっと伺えば、ナルトと目が合う。にしし、とガキの頃と変わらない、まるでワクワクしているような顔だ。苦笑しそうになって、慌てて目を逸らす。
「良かった〜。まだ始まってなかったってばよ」
もうそろそろ、理由を聞いてもいいだろう、と俺はナルトを見て不機嫌に聞いた。
「俺をこんなところまで連れてきて、一体何なんだ?」
「ん?え〜っと、あ、そうだ。コレ・・・」
そう言ってナルトがごそごそとポケットの中から取りだした紙切れ。
手渡され、広げてみれば。

『龍神湖 花火大会 
 7月23日 午後7時〜』

一体どこで貰ってきたものなのか。花火、と聞いて俺は目をぱちくりさせる。
「今日、サスケの誕生日だろ?」
そう言うナルトの視線がチラシを見る俺を捉えている。ナルトに言われて初めて、俺は今日が自分の誕生日だと気づいた。
俺は顔を上げることができないまま、黙ってナルトの言葉を聞く。
「誕生日には何かプレゼントするもんだってわかってるけど、何も思いつかなくってさ。去年ここで任務があって、ちょうど花火大会でさ。花火ってのを俺ってば初めて見て、すげえ感動したんだ。
今年は今日あるって知って、だからどうしてもサスケを連れてきたかったんだってばよ」
静かに、でも真摯に言葉を綴るナルトを見ることが出来ない。
どんな顔を、俺はしたらいいのだろう。
嬉しい以上に胸が苦しい。何故なんだろう。
「サスケ」
噛みしめるように名前を呼ぶ声に、俺はゆっくりと目線を上げナルトを見た。
「誕生日おめでとう」
俺を見つめるナルトの瞳が、夜でも本当に綺麗に輝いて俺の眼に映る。
なんて表情で、ナルトは俺を見るんだろう。
慈しむような、それでいて切ないようで、最近見せるこんなナルトの表情に俺は戸惑いを隠せない。
自分を祝って言ってくれているのに、言葉が出てこない。耐えきれなくなって目線を外して、やっとの思いで、口を開く。
「・・あ―」
ありがとう、と言おうとした言葉はドーンという音に掻き消されてしまった。
「うぉ、始まったってばよ!!」
目を輝かせてナルトが花火を見る。
大きく、小さく、色とりどりに咲いた花火がどんどんと夜空に上がっては消えていく。放射を描き幾重にも重なる赤やオレンジや青の光が、俺たち2人の上に降り注いでいるようだった。
夜空を染める光と、空気を轟かせ破裂する音。
空を見上げる俺たち2人の間には、ただそれだけが流れていった。
言葉もなく、ただ流れていく時を、感じていた。

これを俺に見せたいと言うナルトの気持ちの源は何なんだろう。
ナルトの大人びた眼差しに心が揺さぶられるのは何故なんだろう。

俺にとって、ナルトの存在は一体――

かつて知らず知らずのうちに強くなっていた結びつきを無理矢理断ち切った俺たち。
それがまた、こうして隣に立ち、綻んでできた隙間を埋めようとしている。

ナルトも、そうだ――俺も。

遡ることができない時を互いに埋めようと。
何よりも強かったはずの繋がりを、俺たちは今、結び直そうとしているんだ。

そう思った途端、俺を想うナルトの温かさが胸にじわりと染み込むような気がした。


「すっげえ綺麗だってばよ〜」
子供のようにはしゃぐナルトが、なっ、と俺を見て笑う。
まるで自分が楽しみで仕方がなかったみたいに見えて俺の口元が僅かに緩む。
ふと小休止なのだろうか、花火の音が止んでいた。あたりが元の静けさに包まれる。
俺は、さっきちゃんと言えなかった言葉をもう一度伝えたかった。
「ナルト」
「ん?何?」
「ありがとう」
嬉しかった、とナルトの瞳を見て、俺は真っ直ぐに自分の気持ちを伝えた。自然に微笑みが浮かんでくるのがわかった。
ナルトはというと、俺のそんな顔を見て薄暗がりの中でもわかるくらい、顔を赤らめている。俺が不思議な顔をすれば、ナルトは慌てて大声を上げる。
「さ、サスケがそんな素直に喜んでくれてっ、お、俺も嬉しいってばよっっ」
「そんなこと言って、ホントはお前が花火を見たかっただけじゃねえのか?」
ガキみてえに喜んで、といつもの調子で言ってやれば、途端にナルトもいつもと同じく言い返してくる。
「だぁ〜!お、俺が、どんなに苦労して・・」
ナルトの言葉を遮るように、また花火の打ち上げが始まった。
「おおおおぉ〜、でっけぇ〜〜ってばよ!!」
一際大きな大輪の花が夜空に浮かんだ。言い合っていたことをすっかり忘れてまた花火に見入ってしまったナルトを見て、俺の頬には笑みが浮かぶ。


不器用な俺たちには、まだ伝えられないことがたくさんある。
それでも、こうして一緒にいることが心地良いと。
今はそれだけでいいのかもしれない。
そしていつか。
後悔しないようにすべてを伝えられることを願って。








サスケが暗いオトメになってしまいましたが、来子さん宅にもらったいただけました。
サスケスキーの来子さんにどうか愛でていただけますうに!
この後いろんな紆余曲折の末、「kiss more」に続く感じになります。
来子さんご所望の「初エッチ」、その内頑張ってみます!
このヘタレた話と素敵話と交換とは、私がとっても得した気分です(笑)
どもどもありがとうございました〜。