夢の先に
夢を、見ていた。
夢だと意識しながら夢を見ていることはあまりないような気がする。
でも目の前にいる自分をまた別の自分が見ている不思議な感覚に、これってやっぱり夢だよな、と思うしかなかった。
夢なんてそんなものか、とぼんやりと考える。
しかも目の前にいる自分はまだ幼かった。
小さな背中。
青とオレンジの服を着ている。額当てをしているから、ちょうど下忍になった頃なんだろうか。
チビでひょろひょろとした身体をいっそうちぢこませてひたすら歩いている。
背中しか見えないが、俯いた顔は元気がないのかもしれない。
そう思うのは、よく自分がこうやって歩いていたのを覚えているから。
そんな意識だけが妙に強く、小さな姿を見る自分の中に流れ込んでくる。
でもどうしてなのかはわからない。
「俺」は里のはずれに向けて歩いているようだった。
幼い自分が歩いていく景色は、昔よく見た風景だった。
しかし風景には色がなく、ただ空だけがやたら蒼くて目に染みるようだった。
ふいに、ぱちんとスイッチが入ったみたいに景色が変わった。
今度は蒼い空に映えるような、一面銀色のススキ野原を「俺」は歩いていた。
風が吹くたびにススキの穂が揺れ、どこまでも広がる野原が波打っている。
肩の高さまで伸びているススキの中を「俺」はどんどん歩いていく。
何を目的に。何処へ。
もしかして何かから逃げたいのか。
走り出したいのに走り出せないのか。
やがて傾きかけた太陽がススキの穂に色をのせ、だんだんと色が染まっていく。
銀色から黄金色へ。
服の色に太陽の色が近づいていく。
黄金色の海の中で、幼い「俺」は見えなくなりそうだった。
そう思ったとき。
黄金色の頭が後ろを振り返って立ち止まっていた。
何かを諦めたような顔をした「俺」は、後ろを見て呟いた。
『なんでついてくるんだってばよ』
誰に言っているんだ?
しかも怒っているように。だが怒っているはずの顔は何故だか泣きそうな顔だった。
『別についていってるんじゃねえ。歩きたいから歩いているだけだ』
突然聞こえてきた声にはっとする。
聞き覚えのある声。いや忘れるはずのないこれは。
(・・・サスケ)
「俺」の後ろから随分離れたところに、ポケットに両手をつっこみスカした顔のサスケが立っていた。
あ、と思った瞬間、俺は幼い「俺」の目でサスケの姿を捉えていた。
サスケは俺をじっと見たまま何も言わなかった。
俺はサスケが嫌いだ。
女の子にきゃあきゃあ言われてスカしてて、生意気で。
俺のことをドベだのウスラトンカチだの言ってはバカにする。
サクラちゃんはどうしてこんなヤツを好きなんだろう。
同じ班じゃなきゃ口も聞かないくらい、大嫌いだ。
でも何故、サスケはここにいるんだろう。
こんな里のはずれに。こんなところに来ても誰もいやしないのに。
だって今日は――
『おい』
再び歩き出した俺に向かって、サスケが少し強い声で俺を呼ぶ。
『この先に行ったら森しかないぞ』
『だからどうしたってんだよ』
サスケの言葉に足を止めて、俺はまた振り返りギッとサスケを睨む。
サスケは俺をじっと見る。俺もサスケをじっと見返す。
風にさらわれ、サスケの黒い髪が風になびいている。前髪が流れ、形のいい額が現れると黒い瞳が白い顔の中
で殊更目立つような気がした。
うねる黄金色のススキの波の中で、サスケは俺だけを見ている。
何故。どうして。
サスケは俺を――
俺は。
帰りたくないから、今日は里にいたくないから。
だから逃げるようにここまで来たのに。
サスケの瞳の中にある、いつもと違う感情を見つけて俺は叫び出しそうになる。
俺に、構わないでいればいいのに。
こんな俺に関わっちゃいけないのに。
『もうじき日が落ちる。これ以上行ったら帰れなくなるぞ』
いつも「ウスラトンカチ」と言う同じ口が、俺に言い含めるように静かに話しかける。
『ナルト』
―― 帰ろう ――
耳からではない、意識のどこからか声が聞こえた。
そこで目の前が白く霞んでいく中、今のこの時をこのまま、と願う俺がいた。
はっ、として急に意識が浮上する。
目に映った夜明け前の薄暗い部屋に、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。
(・・・ゆめ、か)
無意識に目元を覆った手は、大人の「今」の自分の手だった。はっとしてそれに気づいた後、はぁ、と溜息を吐く。
子供の頃の夢は久しぶりに見た気がする。
幼い頃の記憶は辛いものが多い。けれども、その記憶が俺の中に残っているからこそ、今の自分があると、そう思っている。
しばらく見なかったのに、と思ったら、理由に思い当たった。
(そっか、今日はそうだったな)
今日は年に一度の慰霊祭がある。
そして、かつての里を襲った災厄で亡き人となった人々の魂を弔うこの日は、俺の誕生日だ。
「・・・・ん」
起きてしまった俺に気づいたのか、腕の中に収めていた温かな身体が身じろぎをした。
「ごめん、起こしちまったか」
サスケ、とうっすらと目を開けた顔を覗き込み、耳元でそっと囁く。
昨日はいつも以上に攻め立て疲れさせてしまったはずなのに、相変わらず気配に敏感な彼に苦笑してしまう。
「・・・どうした」
掠れた声が色っぽくて、心配までしてくれるから俺は嬉しくなってしまう。見上げて俺を見つめるサスケの額にちゅっとキスを落とす。
俺の様子がいつもと違うことを、聡い彼はすぐにわかってしまうので、ここで誤魔化すことはせず俺は素直に答えることにした。
「子供の頃の夢を見てたんだってばよ」
「子供の・・・?・・・どんな夢だったんだ?」
もう一度サスケの身体を抱き直すと、サスケは俺の胸に顔を擦りつけて訊ねてきた。
「んー、ひとりで歩いててそれで、サスケが出てきた」
「・・・俺が・・?」
「そう。まだ俺もサスケも子供でさ」
小さいサスケってば可愛かった、と俺は笑いながら付け加えた。
「・・・嬉しくない」
心底嬉しくなさそうに、サスケは可愛くないことを言う。頬に手を滑らせサスケの顔を覗き込めば、可愛いと言うよりは今は綺麗と言った方がいい顔で俺を見つめてくる。
そのまま頬を掬い上げ、柔らかく唇にキスをする。俺が唇を離すと、今度はサスケの方から啄むようなキスを俺にくれた。
幸せが俺の中に溢れてきて、俺は泣きそうなくらい嬉しくて仕方がない。えへへ、と笑うとサスケもうっすらと微笑んだ。
「それで俺が出てきて、どうしたんだ・・・?」
もう一度身体を寄せて抱き締め合うと、ぽつりとサスケが呟いた。
問われるまま答えても良かったが、俺はこのまま自分の記憶の中にしまっておきたくて「そこから先は覚えてない」ともう一度眠るためにサスケの身体をいっそう深く抱き込んだ。
サスケもその先は訊ねてくることはなく、そうして2人でまた眠りの中に落ちていった。
幼いころ年に一度の慰霊祭の日は、俺は里の中にいられなかった。
家の中でじっともしていられなくて、いつも里から遠く離れた場所でただその時が過ぎるのをじっと待っていた。
慰霊祭で賑わう里を逃れてひとり歩いていた俺。
サスケがどうして俺の姿に気づいたのか、それはわからない。
ずっと孤独だった俺と、孤独になってしまったサスケ。
人の温かさに慣れていなかった俺は、人の温かさを忘れてしまったサスケの、本当の優しさになかなか気づくことができなかった。
―― ナルト、帰ろう ――
夢の中の小さな「俺」に、伝えられる術があるのなら。
今の俺は、こんなに幸せなんだと、言ってやりたい。
そして。
目の前のサスケの差し伸べる手を――
決して離すんじゃないと。
一日遅れだけど、ナルト!誕生日おめでとう〜!