シフク ノ キザハシ
さて、どうしたものだろう。
ふぅん、と小さく鼻を鳴らし、腕組みをしたままベッドの傍に立つ。
俺は目の前にある「かたまり」をじっと見下ろした。
顔を覗き込んでやろうにも、布団に潜り込んでいて端から金色の髪が覗いているだけだ。
・・・・・・・・・・・。
・・・これでいいのか、コイツは。
俺がここに立っていることに気づきもしない。
しかもぐーすかと気持ちよさそうな寝息まで聞こえる。
忍者だろお前!気付かねえでどおする!?
そんなツッコミをしたくなったが、昨日帰ってきた時のナルトの様子を思い出したら、よほど疲れているんだろうと思い直す。
それにまあ、俺の気配しかしないから安心して眠っているのだと思えば、悪い気はしない。
昨日の夜。
おお、3週間ぶりに帰ってきやがった、と扉を開ければ、目の前にはひどく疲れ切っていて、おおよそこんな姿は見たことがないくらいにヨレヨレなナルトが立っていた。
「メ、メシ、食わせて〜」と寄りかかるナルトを叱りつけ、風呂へと放り込んでやった。
フラフラとした足取りで風呂から出てきた後、簡単なありあわせで作ったやった食事も、半分眠りながら食べる始末だった。
寝るのか食べるのかどっちかにした方がいいんじゃねえか?と言いながらナルトの話を聞けば、殆ど休憩も取らず、まる3日間走って里に戻って来たらしい。戦闘後でかなりチャクラを消耗した状態でのその苛酷さに、さすがのナルトも堪えたようだった。
それに―。
いつもの任務帰りなら帰って来た途端サカるってのに、なんと昨日はそのままベッドに潜り込んで眠ってしまったのだ。
びっくりしたというか、何と言うか。
ナルトが帰ってきた→3週間ぶり→ヘタしたらオールナイトコース?と半ば覚悟していた分、拍子抜けだった。
・・・・別に期待していたわけじゃねえぞ・・・。
まあ怪我もなく、無事に帰ってきたことだけで十分だ。
そんなナルトをもう少し寝かせてやりたかったが・・・。
時刻はもう昼といっていい頃だ。
それに「コレ」を後で知ったら、コイツが後悔するだろう。
いや、「何で教えてくれなかったんだってばよぉぅ!」と文句を言うに決まってる。
「おい、ナルト。そろそろ起きろ」
肩を揺さぶり声を掛ける。
「う、う〜ん、もう少し・・・」
とそう言った後、ナルトはまたすやすやと寝息を立て始めた。
ダメだ、埒があかねえ。俺はガバッと布団を思いっきりめくった。
「起きろ」
俺はナルトの腹の上にどかっと座ってやった。
「ぐえぇぇっ!!」
蛙が潰れたような声を出し、ようやく起きやがった。
「な、なんだってばよぉっ、サスケ!」
「起きねえからだろうが」
ナルトの腹の上に腕を組んでどかりと座ったまま、ナルトを憮然と見下ろす。
「疲れて帰ってきたダンナが休んでるのに、もうちっと優しくできねえの・・・いでででででぇっ!!」
「・・・・誰がダンナだ・・・」
ナルトの左右のこめかみにグリグリとげんこつをかましてやった。
「目が覚めたか」
涙目になったナルトの顔を覗き込み尊大に聞いてやる。そうしたら、そんな俺の態度に刃向かってきやがった。
「あれだろ、お前!!昨日の夜、可愛がってやらなかったからその仕返しだろ!?」
「・・・・てめえ、殺されてぇのか??」
地を這うような声を出して、瞳を紅くしてやれば、うわわわ、待てそれだけは勘弁!とバタバタと暴れて両目を慌てて覆うナルトをしっかりと腹に乗ったまま俺は押さえつけてやった。
ばったりと脱力し、はぁ〜と盛大な溜息を吐いて、ナルトが今何時?と呟く。
「もう11時すぎだ」
「11時・・・。わかったってばよ・・。起きますからサスケさん」
どいてくれますか、重いです、とうつろな目をして言うナルトの言葉に、俺のこめかみがぴきっと音を立てた。
重いだと???
てめえはいっつも喜んで腹の上に乗せて俺をいいようにしやがるクセに、よくも言いやがったなこのウスラトンカチがぁっ!!
腹の中で怒りの荒波がどどどど・・・・っ、と押し寄せるが、ここでそんなことを言おうものなら、こいつのペースだ。
それにこんなことしてる場合じゃねえし、いつまで経っても「本題」に辿りつかねえ。
腹からは降りてやることはせず、そのまま座った状態で怒りを抑える。
「今日は何の日か知ってるか?」
「あぁ〜?今日??」
何かあっただろうか、と考えるナルトがチラリと壁に掛かっているカレンダーを見る。
「どっちの誕生日でもないだろ?・・うん、と、両思いになった日でもねえし、あ!あれか!初めてエッチした日!って、あれ?違うな」
いちいち覚えてんじゃねえ!ウスラトンカチィ!
あれだこれだと放っておけば好き勝手にいろいろと喋り始めるナルトをがしっと殴る。
「いってー!殴るこたねえだろうっ!」
「お前がくだらねえことばっか言ってっからだろうが」
「くだらなくねぇってばよ!俺たちの愛のメモリーだってば・・・ぐぉっ!!」
黙れ、この恥知らず。腹の上にもう一度どかっと座り直した。
「ううう・・・、じゃあ、何の日なんだってばよっ!!」
「てめえの好きなモノはなんだ??」
「へ?好きなモノ??」
脈絡のない話の振りに、ナルトは蒼色の瞳をぱちぱちとさせる。が、突然にかっと笑ったかと思ったら、すっと伸びてきた大きな両の手のひらが俺の腰を優しく撫でた。
「サスケ」
蒼い瞳で見つめられ、そう言われた途端、俺は固まった。
好きだとことあるごとに言われているし、今さらなのに不意打ちを食らって、俺の心臓がとくんと打つ。
「サスケが一番好きに決まってるってばよ」
そう言った後、途端にナルトの顔が男の表情を見せ、蒼の瞳に慈しむような優しさを滲ませる。
しかも始末の悪いことに格段にオトコノイロケを増して全身に纏い付かせるのだ。
最近見せるナルトのこの表情に、俺は弱い。俺のナルトを求める五官が身体の内側から揺さぶられるのだ。
身体の温度が上がったような気がして僅かだが動揺してしまった。
こいつは――
これは素なのか、わかってやってるのか。
それとも誰に対してもこうなのか??
こんな顔を他の誰かに見せたりすんじゃねえぞ、と嫉妬心にも似た独占欲でいっぱいになる。
「・・・俺はモノじゃねぇ」
不覚にも動揺してしまったが、何とか平静さを保ち憮然と言い放ってやる。
「モノだろうが何だろうが、俺の中の一番はサスケだってばよ。・・・あ、もしかしてラーメン??」
俺が一番と言っておきながら結局すぐに思いつきやがった。話を振ったのは自分だが、何となくおもしろくねえ。
「あぁ〜、忙しくて一楽行ってねえってばよ〜」
「今日はその一楽の20周年記念の日だ」
「へっ!?そうなの??」
俺はズボンのポケットに入れていたチラシを出し、ナルトの目の前にかざす。
「お前が任務でいない時に、わざわざテウチさんが持ってきてくれた。この日は特別なラーメンを振る舞うからぜひ来てくれってな」
「うぉお、ホントに!?『一楽ラーメンスペシャル』って、すげえ!」
さっきとはうって変わって子供のような表情でナルトは瞳をキラキラと輝かせる。
おい、俺が一番じゃなかったのか?とマジで突っ込みたくなった。
だがコイツにとって、一楽のラーメンは別の意味で「特別」だから、仕方がないかと俺は苦笑する。
「なあなあ、サスケ、一緒に行くってばよ!!」
さっきまで起きるのにダレていたのが嘘のように、ナルトが元気よくガバッと起き上がった。
「ああ」
無邪気なナルトの様子に俺の口元に笑みが浮かぶ。そんな俺の表情が嬉しかったのか、腹の上に乗ったままの俺をナルトがぎゅっと抱き締める。
頬と首筋にかかるナルトの髪がくすぐったい。
少し低い位置にあるナルトの頭のてっぺんは、寝癖でご愛敬のように跳ねていて、ふっ、と笑みが零れる。
俺は寝癖がついた髪に頬を擦り寄せるようにして、ナルトの身体に腕を回す。
昨日の夜、抱き合っていなかった分、この抱擁は俺をひどくほっとさせた。ナルトが任務に出る前にさんざん抱き合ってはいたが、この感触を確かめるのは3週間ぶりなのだ。
変な意味ではなく、身体が寂しがっていたみたいだと、触れ合ってみて気付く。
肉欲だけがすべてじゃない、と俺たちはもうちゃんと解り合っている。
時には抱き合うだけでは満足できず、セックスで互いを貪り合って昇りつめ、どこまでも相手が欲しくて仕方がないこともある。
特に10代の頃は欲望にただただ忠実で。
20歳を超えて、セックスだけじゃ得られない至福を、お互いに手に入れているのだ。
傍にいて、たとえ言葉を交わしていなくても互いを高め合い、認め合うことができる、こいつが唯一無二の存在だと知るその瞬間。
俺たちはそれを知っている。
でももっと知りたくて、やっぱり抱き合ってしまう俺たちは、まだまだ未熟なんだろう。
これが、今の俺たちだから。
触れ合う体温と呼応するように重なる鼓動が、これでいいのだと教えてくれているような気がして、俺はナルトを抱く腕に力を込めた。
・・・・・・・・・・・・おい。
「てめえ、何してる??」
いつの間にかシャツの裾から忍び込んだ手が、俺の身体を撫で回し始めていた。
せっかく人が肉欲からかけ離れた気持ちで心地良く浸っている傍からサカるなっっ!!ウスラトンカチボケがぁ!! 「いやだって、昨日の夜シてないじゃん。せっかくだからさ、な?」
「な?じゃねえ!!やめろ、昼間っから!あっ、・・んっ・・」
俺の拒絶の言葉をまるで無視して、ナルトが絡みつくキスでもって仕掛けてくる。引き込まれて舌を吸われると、身体の力が途端に抜ける。俺がどうされれば感じるのかわかっていて攻め立ててくるのだ。
ナルトのくせに、と無性に悔しくて身体を引き剥がそうと肩を押しても、結局は縋り付くようになってしまう。
俄然ヤル気になったナルトは、俺のうなじにかぶりつき、不埒な指を俺の胸と俺自身へと伸ばしてきた。
「・・あっ・・!やめろ、っつってるだ、ろ・・っ」
「サスケだって俺の上に乗っかってヤル気満々じゃねえか」
ちがーーうっ!俺は起こそうとしただけだろがぁ!良いように解釈するな!!
背筋に覚えのある震えが走り、欲の扉をこじ開けようとするのを必死に堪える。
昼間っからサカられたら、休みがまるまる潰れるに決まってる。
冗談じゃねえ。って言うかだな、ウスラトンカチ!!
「・・ナルト、て、・・めえ、こんなことしてる・・あ、場合じゃねえ、ぞ・・」
「んん〜♪どういう意味だってばよ」
嬉々として俺の身体を貪り始めたナルトは、後少し押せば俺が落ちると高をくくってやがる。
そうはいくか!
「一楽ラーメン、・・スペシャル、限定50、食だ、・・っ」
「へ?げんていごじゅっしょく???」
蠢かしていた指と舌をぴたりと止めてナルトが俺を見上げる。
ふぅ〜と俺は息をつき、止まったまま俺の身体に貼り付いていたナルトの手をばりりと剥がす。
俺はうっすらと微笑み、ナルトに聞いてやる。
「・・一楽の開店時間は何時だ?」
「・・・11時半」
ナルトばっと振り返り、ベッド脇に置いてある時計を慌てて見る。
「もう開店だってばよっっ!!!」
食い損ねる〜〜!!と俺の身体をひょいと抱き上げ、ころんとベッドの上に転がすと、ナルトは恐ろしい勢いで洗面所へ駆け込んでいった。
お前、やっぱり俺が一番じゃねえだろ??
ナルトの手から逃れたのはいいが、ぞんざいに扱われて非常に面白くない。
洗面所から漏れてくる騒々しい水音を、転がされたまま肘をついて憮然と聞く。
それでも聞いているうちに、この騒々しさがナルトがここにいる証だよな、と思えてきて、改めてナルトが帰ってきて嬉しく思っている自分に苦笑する。
一楽の記念日にちゃんと帰ってくるのも、運の強さか。
でも教えてやった俺に、感謝しろよ、こら。
そう心の中で呟けば、俺の心も表情もやっぱり綻んでしまうのだ。
こればかりはもう、どうしようもない。
愛しのウスラトンカチのために、さてと、付き合ってやるか、と俺はベッドから起き上がる。
わたわたしながら適当な服を身につけるナルトを尻目に、俺はさっさと玄関へと向かう。
「早くしろ。置いてくぞ」
「待ってくれってばよ!サスケェ!」
部屋を飛び出した俺たちは、いっせいに駆け出す。
本日も快晴。
愛でて止まない蒼の瞳に似た空が広がっている。
雲1つない空のもと、競うように走る俺とナルトの、くだらなくて何て事のない日常。
でもこれも、俺たち2人にとっての「至福」になるのだろう。
1つ、また1つと重ねて。
こうしてもっと高みにある至福の在処へと、一歩一歩上っていくのだ。
一万打、ありがとうございました〜〜!!!