出産レポ
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2004/3/17(水) |
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ついに出産のための入院をすることになった。 「今の時点で週数に対してかなり成長していること」「巨大児の疑い及び羊水過多」「この妊娠を継続することで母体と胎児に悪影響を及ぼす可能性がある」これらを考慮して、予定日は40週(4月9日頃)だけど正産期の37週(3月20日頃)に入ったら赤ちゃんに出てきてもらいましょうということだった。説明が長いがそういうことだった。だったん豆。 妊娠中期に糖尿病の疑いが出てしまい、それまでお世話になっていた産婦人科(先生が優しくて親切で丁寧で設備も美しくて静かな雰囲気で患者層も良くてああもうとにかく好きだった)から大学病院に回されたわしはぷりぷりとすねていたが、ネットや本で調べてみるとなるほど自分の状態はそれなりにハイリスクなようで、医大にまわされるのもおかしくないのねと納得した。悪態ついてどうもすみませんねぇ(←)。 荷物と共に病棟まで送り届けてくれたお父ちゃんとはここでばいばい。「人一倍暑がり(すこやかデブ)」「協調性がない(人に合わせようとしない)」「ぱんつ一丁で尻と腹をぼりぼりしながら寝たい(露出癖)」「他人に気を遣いながら寝食を共にするなんて考えられない(考えたこともない)」そんなわしは個室をチャーター(どこ行くねん)。外はコートに身を包んだ人ばかりだというのに窓を少しあけ、常に新鮮な空気と入れ替え、人さまにとって寒いぐらいがわしにとって快適な室温。それを理解してもらうまでの数日間は様子を見に来るスタッフ全員に「寒くないですか?」と心配されていた。こんなわしが大部屋に入った日にはひとりで汗をだらだら流してふうふう息をしているに違いないのだ。 個室に入り着替えを済ませてもまだ「これから産む」という実感がとてもやないが湧いてこず、あたまの中は窓から空が見えないだの携帯の電波が入らないだのベッドが固いだのお父ちゃんと離れて眠るなんてだの、およそ出産とはかけはなれたことばかり。似合わないパジャマで両のほっぺをだらんと下げて荷物をいじる姿をはたから見れば、それはそれは気合の入っていないぼんくら妊婦だったろう。
でもなぁ先生、空が見える見えへんて、結構たいせつやん。 |
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2004/3/18(木) |
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陣痛促進剤(陣痛誘発剤)の点滴をうける。副作用やその危険性、使用するにあたっての説明や同意書への署名捺印など事務的な作業を終え、採血や注射や血管確保で何度も針を刺される。ただでさえ血管が出にくいわしにとっては苦痛でしかない。一度血管確保に失敗したスタッフは交代することになっているらしいが三人も入れ替わり立ち替わり注射器持って「ばばーん」と登場された日にゃあんた。ぷすぷすぷすぷすなんべんもなんべんも刺されて漏れて腫れて痛んだ日にゃあんた。 最終的に先生に針を刺してもらい点滴開始。おなかにNST(胎児心拍数と陣痛を測定する機械)をつけて様子をみる。が、ちょっとした張りが数十分おきに来るぐらいで痛みというほどのものは無い。ベッドに座り巨大漢字ナンクロをべろーんと広げて遊べるほどである。それにしても部屋に来て処置してくれるスタッフが皆そろって「うわー大きいですねー」と言うのが気になる。個室なので他の妊婦さんのおなかと直接対決とはいかないが、トイレや廊下でちらと見かける妊婦さんと比べるとなるほどわしが一番でかかった。しかし喜んでる場合やない。 これといった強い苦しみもなくこの日の点滴は終了。「これでええのか?」という感想ぐらいしかなかった。お父ちゃんも入院したらすぐに産まれるんやないかと思っていたらしく仕事を終えてすぐさま飛んできてくれたが、ケロッとしているわしの顔を見て入口でこけた。 わしは病院食お父ちゃんはコンビニ弁当を仲良く食べ、ベッドに転がっておなかの中の赤ちゃんとひとしきり遊んだ。個室ってべんりー(ぼんくら)。 |
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2004/3/19(金) |
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昨日よりも少し強い促進剤を流し込む。昨日のナニがアレだっただけに点滴が始まっても「よゆーよゆー」と漢字ナンクロのマス目を埋めていたが、二時間ほど経ったころ急に張りが強くなり、陣痛とおぼしき痛みがぎゅうぎゅうとやってきたので真顔でペンを置いて横になった。NSTからつるつると吐き出される用紙には不規則ながらも陣痛を示す山が記され、デジタルで表示されている数値も昨日より高い。赤ちゃんはげんき。出るのか。今日出てくるのか。 寝ている体勢もしんどくなってきたのでNSTをはずしてもらい痛みをやり過ごしつつ点滴をコロコロ連れトイレに行くと出血があったので内診してもらう。結果 子宮口3センチ大、出血はおしるしだそうだ。看護婦さんに「とろーんとした良いおりものが出ていて良い感じです」と言われたので、とろーんとした良いおりものが出ていて良い感じなんだろう。「じゃあちょっと刺激しときますねー」と先生が言い、はいと返事しようとしたが 「は いぃぁっ!(白目)」 ぐりぃ!グリゴリグリィ!と!!!まるで! 「ぎゅうっと固くつぐんだ口を錆びた鉄製の靴べらで無理矢理こじあけられる」ような! 「家族全員で食べ散らかして数時間経ったちらし寿司の木桶にへばりついた味海苔のカスを木しゃもじでゴルルリンゴルルリンとこそげ落とす」ような!て長いわ! そんな猛烈な痛みが走り思わず悲鳴をあげてしまった。ついでに涙も出た。もしかしたら屁も出ていたかもしれない。出ていてもおかしくない。それほど痛かった。目と鼻を赤くしてふらふらと処置室から出ると通 りすがりのスタッフに「痛かったの?うふふ」と笑顔で言われたので睨みをきかせながら無視して(何わろとんじゃいこのボケ!)と心の内で思った。部屋に帰って痛みがひいたあと「ごめんなたい」とつぶやいた。
生理痛をひどくしたような子宮の痛みにぐったりしながらも更におなかの張りとにらめっこ。にも関わらず、昼過ぎに点滴がひと袋おわると「今日はこれでおしまいだそうです、お疲れさまでしたーん」と、ちゃっちゃかちゃーんと装置を外されてしまった。うそん。さっさと片づいていく器具をながめていると、この数時間の痛みとつらさがパアになったような気がして苛々した。しかも点滴が終わった途端に嘘みたいに痛みが去り、夕食前にはすたすた歩いてトイレに行けるほどに回復。さらには「土日は処置をしないので外泊しても良いですよーリラックスしてきてください」ときたもんだ。そんな拍子抜けな話があるんかい。 お父ちゃんに連絡して迎えに来てもらい、「もうすぐ赤ちゃんに会えるな!」「な!」とはしゃいでいた入院前とはうってかわり、はにわのような顔をしてお外で食事を済ませ、尻と腹をひっつけて横になった。たった二日しか離れていないのに懐かしくて安心して2秒で眠りについた。 |
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2004/3/20(土)〜21(日) |
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初めて出会った店で食事をしたり海沿いをドライブしたり部屋でごろごろしたり、ふたりきりはこれがホンマに最後やなーと感慨深げに週末を楽しんだ。赤ちゃんが産まれたら三人家族になるっちう事実が未だに信じられんし実感も全くない。おなかの中でぐにょぐにょと動きまわっとるこの子が外に出てくるなんて。いったいどんな顔しとんやろ。どんな声で泣くんやろ。鼻ティッシュしたらくしゃみするんやろか。まあ生後一ヶ月までがティシュり時やな!な!などとくだらない話をして日曜の夜に病院へ戻った。 |
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2004/3/22(月)〜24(水) |
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今日も朝から促進剤の点滴を流し込む。しかし今日は分娩用の服(強めの紙でできた変な小花柄の寝間着みたいなやつでノーパン)に着替えさせられたり、器具を持ってくるスタッフに「がんばりましょうね澤口さん!」と声を掛けられたりと皆の動きが先週と違う。ちょ、ちょっとやめてよ。なによあんたたち。 不安に思ってたずねると今日は促進剤ふた袋いくらしく、ひょっとするといい陣痛がつくかもしれませんよーとのことだった。
つくかもしれませんよーどころの騒ぎとちゃうがな。
ぎゅおおおおおおおおと子宮の ああもう文字では表現できないぐらいの痛みの波が次から次へと押し寄せる。このままではどうにかなってしまう助けて早く! と思っていたのに、様子をみにきた先生は「うん、まだ顔が余裕やね、じゃっもうひと袋」と追加させる。待って待って、これ以上強くしたら死んでまう、死んでまうて。 こんなに痛いのに先生の言う「本格的な陣痛」はまだきていないらしく夕方には点滴を外され、痛みが引いた頃にぐったり疲れて夕食、テレビ、就寝という身体的にも精神的にも最悪なサイクルが数日間続いた。痛みはもちろんだが、点滴やNSTにつながれている間は寝返りもできないので、腰が痛いしストレス溜まるし全然時間が経たないし良いことは何ひとつない。胎動すら痛みにかわってしまう。もう腕や手首も点滴の跡で内出血だらけだ。
つらい。 |
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