扉の向こう側

 

 

 

 

「千尋が望む事、全て叶えてあげる」

 

「だから―――――――」

 

「千尋が―――……欲しい」

 

 

 

 

 

「おーい、いつまでつかってる気だ?」

 体を洗い終わったリンが、さっきからずっと湯船に入ったまんまの千尋に声をかける。

 仕事上がりで、ほーっと一息つくお風呂の時間。

 いつもだったら一番安心する時間だけど、今日はチガウ。

 

 夜返事ヲ聞カセテ――――――。

 

 夜…つまり、ここを出たら…ということで。

 まだ、返事どうしようか悩んでるから、出られなくって。

 千尋はぶくぶくと湯船に顔を半分うずめる。

 

「あんまり入ってるとのぼせちまうぞ?」

「う〜〜ん…ね、ねぇ…」

 リンさんはどうしたらイイと思う―――?

 

 そんなコト。やっぱり訊けない。

 

「何だ?」

「ごめん!なんでもない!!

 もう少ししたら出るから、先寝てていいよ」

 

「おう、そうか?ンじゃ先上がってるからな」

 そう言って、リンは湯殿から出て行ってしまった。

 遅く入りに来たせいか、残るは千尋のみ。

 これでのぼせて倒れたら、冗談ですまないからなーと、一度お湯から出て簡素な腰掛に腰を下ろした。

 ちょっとだけひんやりとした空気が、熱った体に気持ちいい。

 

 どうしたらいいんだろう…

 ハクのことは大好きだし、いつかは…って思ってたけど。

 胸だって大きくないし、恥ずかしいし、ちょっとだけ怖い。

 でも―――少しの好奇心。

 

 前にガッコで見たビデオでは、「大人になってから」と言ってたのが、きっとネックになってる。

 本当にいいの?って、心のどこかで思ってる。

 

 後戻りできないところまで…

 最後の扉を叩いてもいいのか、幼さ故に躊躇ってしまう。

 

 だけど…「本当に好きな人と」って方はクリアしてるから。

 きっと10年後の自分にも、ハクを想う気持ちは負けてない。

 そうなっても、後悔はしないと思う。

 彼女はちゃぷんと足でお湯を蹴る。

 すると水面は今の自分の気持ちのように、ゆらゆらと揺れた。

 もし―――今日断っても、ハクは自分を責めないだろう。

 ただ、「次」は多分当分来ない。

 そしてがっかりしたとしても、絶対顔には出さないで、やさしく微笑むのだ。

 

 

 

 ―――ココでずっと悩んでても仕方ないよね。

 千尋は結局、賭けに出ることに決めた。

 

 

 もし…もしね、ハクがわたしの望む答えをくれたなら――――――。

 

 

 

 

 

 

 

「千尋…」

 お風呂から上がって、髪を乾かして。

 決心が鈍らないうちにハクの部屋を訪れた。

 ハクが答えを待っているのが、嫌と言うほど伝わってくる。

 ハクは……ハクの気持ちは聞いたんだから。

 今度はわたしが伝える番。

 

「い、一個だけ訊いてもいい?」

「なんだい?」

「さっき…わたしが望むこと、全て叶えてくれるって言ったけど…

 もし何も望まなかったら…ハクはわたしに何をくれるの?」

 

 これは賭け。

 わたしが望むことなんて。一つしかない。

 

「―――私……私自身を。

 千尋を私にくれるのなら―――私の全てを千尋に捧げることを誓う」

 

 そう言ったハクの顔は、ホントに真剣で。

 千尋は、そのままハクの胸に体を預けた。

「ち、千尋…?」

 ぎゅっと抱きつくと、ハクの鼓動が伝わってくる。

 たぶん自分もどきどきしてる。

 顔も赤い―――…どきどきで顔が上げられない。

 ハクの手が、千尋を押し返そうとする。

 しかし、千尋は更にぎゅっとしがみつく。

「……頼むから…このままだと返事を聞く前に」

 

 千尋を奪ってしまうかもしれない。

 

 ハクの。かすれた声が耳に響く。

「いいよ…」

 彼女は更に強く彼にしがみついた。

 自分の決心を伝えるように―――。

 

「わたしをハクにあげるから、ハクをわたしにちょうだい…?」

 千尋のその言葉に、ハクは彼女から体を離し、言葉通り奪うように口付ける。

 許可が下りた―――もう止まらない。

「ん…んんっ……ハ、ハクっ…」

 ハクの手に翻弄されて、 だんだん息が速くなっていく。

「わ、わたし…どうしてたらいい…?」

「―――私を感じていて」

 だんだん頭の中が、何も考えられなくなっていく。

「んっ……」

 やっぱり、ちょっとだけ怖い。

 自分がどうなっちゃうのかわからないのが――怖い。

 

「ハクっ…ゃんっ!」

「もし…辛かったら言って…

 私を抑えられないかも知れない」

 

 やっと触れられる。やっと…

 ずっと焦がれたいた彼女の全て。

 優しくしたい。

 自分で染めてしまいたい。

 

「あ…あの…ねっ……!っ…さ…き訊いたとき…」

「う…ん?」

「ハクを…あんっ!!…くれるっ……て 言ったから…」

 流されそうな意識の中、千尋は言葉を繋ぐことで意識を保とうとする。

 ハクはそんな彼女を見て、更に愛しいと思う。

 自分のものにしてしまいたいと思う。

 もっと――――――自分を感じてほしい。

「わたしが欲しいのは……ハ…クだけ…だからっ……」

 

 何ともいえない感覚が、自分の中で溢れていくのを千尋は感じていた。

 でもそれを上回るのは、ハクを好きだと思う気持ち。

 胸が締め付けられて。

 頭に血が上っていって。

 無意識のうちに、顎がのけぞっていく。

 

 ずっと固く閉じていた瞳を少しだけ開けると、ハクが滲んで見えた。

 彼女の体と心が自然に流す涙を、ハクは優しく唇で拭った。

「だ…から……」

「もう…黙って……」

 静かな、でも深いキス。

 奪うのではなく、全てを与える……そんなキス。

 そっと、最後の扉をノックする。

 

 連れてって……後戻りできないところまで。

 

「ハク……」

 彼を確かめるように、ハクの背中に回した手に力を入れる。

「千尋―――好きだ…」

 アイシテル……

「わ、わたしもっ……」

 

 

 そして。

 最後の扉をくぐると、扉は消えてしまった。

 もう戻れない。

 

 でも。

 

 扉の向こうには――――――――――――ハクがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひんやりとした感触が肌にまとわりつく。

 少しだけ目を細めると、部屋は明るい。

 目の前には自分よりも白い肩があって。

 腕枕されてるんだと、意識が覚醒した途端に千尋は真っ赤になった。

 

 と、とうとう一線を超えてしまいましたーっっ…

 

 でも…後悔はしてない。

 少しだけ顔を上げると、愛しい人の寝顔が飛び込んでくる。

 

 …昨日…未来の自分も、今の自分も。

 ハクを好きだと思う気持ちは変わらないって思ってたけど…

 実は違ってしまった。

 昨日より―――――ハクを『愛しい』って思う。

 

 少しだけ体を動かすと、その感触でハクも目を覚ました。

「おはよう…」

 そっと髪を撫でられる。

 そんなちょっとした事も、嬉しいと感じる。

「お、おはよう」

 照れくさくてハクの肩に顔を埋めた。

 ハクはそんな千尋の体を、自分に引き寄せ抱き込んでしまう。

「ハ、ハクっ……」

「感動しているんだ。千尋が私の腕の中にいることを…

 だから、もう少しだけこのまま――――――」

 

 うん…

 

 

 扉の向こうは、怖くなかった。

 とても心地いい風が吹いていた。

 

 ハクに駆け寄って、手をつなぐ。

 

 

 

 ずっと離さないでね―――?

 

 

 千尋はそっと、ハクの体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

リンクお礼で泉野せりさんに捧げさせていただきます。
「初えっち」というリクエストでした。
初のときのあの初々しい感じ…とのことだったんですが…
できるだけ表現なしで進めてみたんですが…はう。
所詮クサレ外道なので、このくらいが限界でした。(死)
できるだけ他にないシチュエーションにしたかったんです。
お初は良くネタになってるからなぁ…と…
「何か理由があって」とか「流されて」とかだと、
他と比較されそうで怖いじゃないですか!!(絶対こてんぱにのされるから)