満月の誓い

 

 

 

 

「結婚しよう」

その日ハクが唐突に言った。

「言霊と心の絆のものだけれど…

 私はそなたを妻にしたい」

 

 まだ早いって判っていても。

 確かなものが欲しかった。千尋の全てを自分のものだと確認したかった。

 

 

 ホントは…まだ自分が結婚なんてできないって知ってても。

 その時の言葉が嬉しくて―――――。

 千尋は泣いてしまった。ひたすら首を縦に振りながら…

 

 

 

 

 

 

「セーン、おーい!千ってば!」

「どうしたの?リンさん」

 リンが廊下の曲がり角で手招きをして、千を呼ぶ。

 油屋の廊下は長いので、小走りで駆け寄っても、やっぱり少し時間がかかってしまう。

 ぱたぱたぱたぱた

「なーに?料理なら全部出したけど…」

「いーから、ついて来なって」

 そう言って、リンは従業員棟に向かっていく。

「まだ仕事少し残ってたよ?」

「ああ、オレたちはもう上がって良いんだとよ」

「?」

 

 控え室まで来たところで、リンは箪笥をあさりはじめる。

「えーと…たしかこの辺だったよなぁ…」

 ごそごそ箪笥をあさっているリンを手伝いたいのは山々だが、何を探しているのかも判らないので、千尋は、入り口にぽつんと立っている。

「あー、あったあった。これだ!」

 ずるっと箪笥から白いものが引き出され、そのまま千に向かって投げられる。

「ほら、早くコレに着替えろよ」

「う、うん…」

 とりあえず何だか判らないまま、千尋は言われた通りに水干を脱ぎ、白い着物らしいものに着替えた。

 振袖というには袂が短く、帯もなく、ただ腰紐の下は袴のようにスカート状になっている。

「ハクに頼まれたんだ」

 千尋は、今着た着物をまじまじと見ていたが、『ハク』という名前を聞いて、リンをじっと見る。

「やっぱり、花嫁って言ったら白だろ?」

 リンさんは知ってたんだ。

「あーあ、千、とうとうお前、結婚しちまうんだなぁ…」

 複雑な顔をして、リンは千の着物を直してやる。

 気分的には、娘を嫁に出す父親のようだし、妹が先に嫁いでいってしまうような感じだった。

 

「何言ってるの、何も変わらないよ。今までと」

 

 戸籍の名前が変わるわけでもない。

 法で認められるわけでもない。

 

 ただ、今よりももっとはっきりした絆が欲しいだけ。

 

「わたしはわたしだよ、リンさん」

「……そっか…。 そうだよな」

 

 大人びた笑みを浮かべる千を見て、やっぱり変わったよって思う。

 きっと、アイツのせいだし、アイツのおかげなんだろう。

「さ、出来上がりだ」

 リンは千の髪に、簪代わりに真っ白な芍薬をさした。

 

「ありがとう」

 

 これ以上ないくらいの笑顔を残して、千尋はハクと待ち合わせた、油屋の前の橋元へと急ぐ。

 油屋の営業は終わったらしく、廊下はシンとしていた。

 玄関を出ると、月明かりの中、橋の袂に人影がある。

 

「ハク!」

 

 彼は月を見上げていた。

 見事なまでの、大きな大きな満月。

 彼の纏っている直衣のような黒い着物が、月明かりで彼の白さを引き立てるように、一層黒く光っている。

 それはすごく神聖なもののようで―――――。

 

「千尋」

 

 ハクは真っ白な千尋の姿に目を細め、微笑み、彼女に向けて手を差し伸べる。

 一歩一歩逸る心を抑えてハクに近づき、千尋は差し出された手を取った。

 

 グイッ

 

 そのまま強く手を引かれ、一瞬でハクに肩を抱かれる形になる。

 

 

 誰も居ない、夜明け前の闇の中。

 聞こえてくるのは木々の声、風の声。

 二人を照らすのは月と星の光。

 

 

「万物に宿る精霊と、万物を司る神々よ。

 我々の誓いを聞き遂げ給え。言霊として叶え給え。

 そして許しを」

 

 鎮まりかえった空間に、凛としたハクの声が響く。

 ハクは、千尋を正面に据え、言葉を続ける。

 

「私は千尋と一生を共にする。…千尋を生涯の伴侶とすることを誓う」

 

 改めて言葉にされると、ふいに心がいっぱいになって、自然と涙が溢れ出す。

「…千尋は…?」

「わ、わたしも…」

 自分を見つめる翡翠の瞳に、吸い込まれそうになりながら、千尋も想いを声にする。

「ハクとずっと一緒にいたい…

 ハクのお嫁さんになりたい」

「千尋―――――」

 二人は誓いを立てるようにキスをした。

 

 二人だけの結婚式。

 お父さんにも。お母さんにも内緒で。

 誰に認められるわけでもなく―――。

 

 法律や指輪、紙が示すものでもないけれど。

 それでも、わたしたちの心には、はっきりと刻まれた、それ。

 気持ちだけはホンモノ。

 

 

「愛してるよ、千尋―――――…」

 そしてキスが繰り返される。

 

 それはわたしと、ハクと。

 星と木々と。

 

 満月だけが知ってる事実―――。

 

 

 

 

 

555を踏まれた音さんに捧げさせていただきます。
「『結婚しました』な感じ」というリクエストだったのですが。
なんだか思ったよりシリアスになってしまいました…
書き出す前は「結婚って言ったら、初夜〜」とか喜んでいたのに…(死)
このあとを入れたかったのですが、なんか入れたら入れたで、
そこから先がギャグになりそうだったので、割愛…
そのうち要望があったら、その後を書きたいです。