休暇の予定

 

 

 

 

「あー、もうそんな時期か」

「何が?」

 仕事上がりに、廊下の掲示板に貼られた紙を見て、リンは顔を綻ばせる。

 千尋がリンが見ていた告知を見ても

 

  ”大・湯釜洗い”

 

 と書かれているだけで。

 …下には明後日の日付が示されているのだが。

「千は初めてだっけか、大・湯釜洗い」

「うん……すごい名前だけど…」

 いつもの湯釜掃除とは違うのだろうか?

 『大』だけが別なのを見ると、大湯の掃除ではなさそうだし。

「大・湯釜洗いはな、消毒専用の薬湯を湯釜の中に二日入れっぱなしにして、三日目、思いっきり洗い流すんだ。

 で、今まで手洗いじゃ落ちなかった汚れを落とすのさ」

 千尋は、ふーん…とリンの話を聞いていたが、ふと一つ疑問が生まれた。

「―――――…ってコトは三日間…」

「そっ。油屋は休みってコトだ」

 …お婆ちゃんのことだから、年中無休かと思ってたけど…

「休みってあったんだ…」

「ただオレたちの休みは、薬湯を入れている間の二日間。三日目は地獄のような量の仕事が待ってるからな」

「ははははは」

 どんな仕事が待っているやら…わからないだけに空笑いしか出てこない。

「で。逆に釜爺の休みは、二日目と三日目ってワケだ」

 

 ―――…あれ?

 でも、何か忘れてるような…

 明後日…あさって…

 

「千にとっちゃ初めての連休だもんな、どっかつれてってやるよ。

 一日じゃ行けない街とか、買い物とか…」

 

「あーーーーーーーーーーっっっ!!!」

 

 リンの言葉を聞いて、千尋は思わず大声を上げる。

 周りにいた湯女たちは、何事かという視線を向ける。

 でもまぁ、いつもがいつもなだけに、近寄ってくるような人はいなかった。

 あまりにイキナリでびっくりしたリンは、どきどきした胸に手を当てる。

 

「なンだよ…いきなり」

「明後日って…ハクにのせてもらう約束した日だ」

「のっ……☆

 千…お前ずいぶんダイタンなコト、さらっと言うようになったなぁ…」

 リンはちょっとだけ寂しそうに、千のことをまじまじと見る。

 しかし、千尋はなにがダイタンなのかわからずに、小さく首をかしげる。

 そして自分の台詞を反芻してみて――――――。

 反芻してみて――――――。

 反芻してみて――――――……

 ―――急に真っ赤になる。

「な…なっ…!!そんなんじゃくて、竜のハクに乗せてもらうの!」

 

 

 それはつい昨日のこと。

「千尋……何か言いたいことがあるのなら、言ってごらん?」

「え……」

 仕事前にハクを呼び止めた―――まではいいが、実際口にするのはどうかなーと、躊躇って他愛のないことを話していた最中、ハクの方から切り出された。

「な、なんで…」

「千尋を見ていればすぐにわかる」

 そんなにわたしって、わかりやすいかなぁ…

 リンさんにも言われるし。釜爺だって、すぐわかっちゃうし。

 まぁ、ハクの場合。すぐにわかるってよりは、ずっとわかってる…ってところだろうか。

「えっとね……一つお願いがあって…」

「お願い?」

 そう聞き返すハクの顔が、急に嬉しそうになる。

 千尋の願いなら、いくらでも叶えてあげたい―――。

 そう思うのはホントに彼女だけなのだ。

「うん……その…竜になったハクに、また乗りたいなって……」

 別に無理難題を言っているわけでもないのに、やけに控えめな千尋。

 その姿に思わず笑いが洩れる。

「なんで笑うの!?」

 『ダメ』か『イイヨ』のどちらかしかシミュレートしていなかった千尋は、急に笑い出したハクを見て、逆に慌ててしまう。

「いや…別にそんなに改まらなくっても、乗せてあげるのに…」

「ホント!?」

「今日・明日は忙しいから…そう、明後日の夜。仕事が終わったら部屋においで。

 折角だから遠出でもしようか」

「わーい!ありがとう!!楽しみにしとくね!」

 その時は純粋に喜んだだけだったのだが……

 

 

 そんな会話をしたのを思い出し、『遠出』できるのは休みだからなのか…と理解する。

「…アイツなら大・湯釜洗いの日程も先にわかってるだろうしな…

 ったく、スキがねぇっていうか、なんつーか…」

「ごめんね!せっかく誘ってくれたのに…」

「いいって。また次の時、どっか連れてってやるよ」

「うん!」

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 あっという間に次の日の夜。

 ――――――そう、ハクと約束した日。

 

 千尋はハクの部屋へと向かっていた。

 …最初は高いところって怖いかなって思ってたけど…

 逆に高すぎると、気持ちいいって感じるんだなって実感したのがこの前。

 ジェットコースターとかとは違って、すっごい速いわけでもなくて。

 体を切る風が心地良かった。

 本来だったら絶対必要なベルトや、命綱がなくても、なぜだか安心できる。

 

 …ハクだからなんだろうな…

 

 千尋が部屋にたどり着くと、そこには既に竜の姿になったハクが待っていた。

「ハク!」

 部屋に明かりはなく、暗いはずなのに、月明かりで彼の鱗が光って。

 すごくキレイ。

「…竜のハクってすごく久しぶりな気がする!」

 そう言って、ちょうど彼女の腕回りくらいの首に抱きつく。

「やっぱりハクの鱗って気持ちイイ☆」

 しばらく頬ずりをしていたが、ハクに自分に乗るよう促される。

 千尋は促されるまま、ハクの背に乗って。

 角を掴むと、ハクは体の向きを変え、そのまま開け放ってある窓から夜空に向かう。

 

 

 夜中というよりは、夜半過ぎ。

 夜中よりも暗い、一番闇が深い時間。

 空には星が瞬いて、普段見るより大きく感じる月が、銀色に輝いている。

 下には雲海が広がっていて。

 すっごい神秘的。

「月が大きい………銀色に光って、ハクみたい…」

 こんな景色。きっと滅多に見られない。

 多分「ハクと」だから景色も何割増かなんだろうけれど。

 

 ハクはしばらく雲の上を飛んでいたが、少しだけ下降しはじめた。

 いきなり広がった下界は、昨日できた海と。

 いつも湯屋から遠くに見えている街で。

 

 初めて近くで見る街に、千尋は胸を躍らせる。

 

 

 

 

 いつもより長く飛んで、ハクは街のはずれに降り立った。

「……ここが街……」

 確かに油屋があるあたりに比べて、建物は高く、通りもしっかり舗装されている。

 千尋があたりを見回しているうちに、ハクは竜から人型になっていた。

「ハク!ありがとね!

 ……大丈夫?疲れてない??」

「大丈夫だよ。普通に飛んでる分には、そんなに疲れないから」

 ハクはくすりと笑って、千尋の頭にぽんと手をのせる。

「だって……急に降りるから。疲れたのかと思った…」

 ――――――わたし、軽くないし……

 そう言い終わる前に、ハクは千尋の手を取って歩き出した。

「折角ね、湯屋が休みだから千尋を連れてきたかったんだ」

「……どこに?」

「もうすぐわかるよ」

 ホントに大して歩きもせず、一軒の…軒並みのしっかりした建物に入っていく。

 すると中から、人……ではないけれど。

 人らしいヒトが出迎えてくれた。

 

 中は油屋とそう変わらないかも……

 

 それが千尋の感想。

 木張りの廊下を進んで、ちょっと急な階段を上がって。

 通されたのは、大きくはないがしっかりと整えられた和風な部屋だった。

 千尋たちが中に入ったのを確認すると、案内してくれていたヒトは、ぺこりとお辞儀をして下がっていった。

「千尋、こちらから見てごらん」

 ハクが窓辺から千尋を呼んだ。

 彼の隣に立って窓をみると、そこはずっと海で。

 どういう仕掛けなのか、崖下にあるはずの海に、街の明かりがそのまま反射している。

「あれがね、果てだよ」

「……果て?」

「この世界の果てと言われている。この先は海しかないそうだ。

 ……夜と昼で表情も変わる。休みでないと、両方見せられないから」

 なんで今日だったのかとか。

 なんでココだったのかとか。

 ハクの台詞に、やっと色々な辻褄が合っていく。

「ありがと……すごいね。やっぱり、不思議なことがいっぱい」

「知らない者の方がほとんどさ。知らなくても日常に変わりはないからね」

 それでも。

 やっぱり知ってたほうが、得してるような気がするのは、現金なんだろうか?

 

 ――――そういえば…。

 

「ねぇ、ハク、そういえばここは?」

「宿屋だよ。千尋の世界にもあるだろう?」

「あるけど…………でも高そう…」

 しっかりとした部屋は、落ち着いていて、いかにも千尋たちの世界では「高そう」な感じを醸し出している。

 ハクは千尋の可愛らしいコメントに、思わず笑いを漏らす。

「大丈夫だよ、湯屋のほうには色々な贈り物やおひねりがあるのは千尋も知っているよね?」

「うん」

「その中の一つだと思っていいよ。この部屋はいくら使ってもお金はかからないから」

 そ、そういうモノなのだろうか??

 でもそれってなんか……

「油屋の皆も知っているし、街に来た時は前もって伝えておけば、誰でも使えるようになっているんだ。

 ―――まぁ、街まで来れたら……の話だけど」

 一瞬千尋が微妙な顔をしたのを、見逃さなかったハクはそう付け加える。

 

 

 

「千尋……」

「ハ、ハク…?」

 急にハクの声に艶が含まれたような気がして、千尋はびくっと体を揺らす。

 やはり、気配は当たっていて。

 ハクの指が顎にかかり、そのまま抱き込まれるようにキスされる。

「んふ……」

 いきなりの深い口づけに、だんだん立っていられなくなり、千尋は窓枠に寄りかかった。

「ハク…ちょ、ちょっとストップ…」

「まだ……足りない」

 それからどのくらい経っただろう。

 息も上がり、体も熱くなって。ようやくハクから解放される。

「……いきなりっ……な、な……っ!」

 千尋が既に潤んだ目で、ハクに抗議をする。

「いきなりではないよ。

 ――――――そのつもりで連れてきたんだから」

「え……?」

 

 なんだか恐ろしいことをさらっと言われた気がして、一気に熱が下がる。

 ここは宿屋。

 しかも湯屋までなんて一人じゃ帰れなくって。

 そんなトコにハクと二人っきり。

 ――――――……イコール。

 

「千尋の願いを叶えた換わりにね。私の願いも叶えてくれるかい?」

 もう、あとちょっとでキスされちゃいそうなくらいぎりぎりの位置。

 ハクが千尋を覗き込む。

「お、お願い……?」

 既に窓枠に寄りかかっていた千尋は、それ以上さがれずに、上半身だけをハクから離していく。

 それでもやっぱり限界があって。

 

 普通にコトに及ぶんなら、きっとこんな風に問い掛けてはこないだろう。

 いつもみたいになし崩しになってるはずだし……

 

「い、今じゃなきゃダメ…?」

「そのために、此処に連れてきたんだし」

 イヤというほど辻褄が合っていく。

 

 誰の邪魔もなくて。

 明日も明後日も仕事はなくて。

 ……計画的に仕組まれてた……

 ――――――……イコール。

 

「〜〜〜〜〜〜……ダメって言っても、ムダなんでしょ?どうせ…」

「だいぶ解ってきたみたいだね」

 特にまだ何もしていないというのに、千尋は顔を真っ赤にして目の前の彼を見る。

 悔しいなって思うのは、ハクは余裕な顔で笑っているコト。

 …でも、自分に余裕なんてないから、「悔しい」って思うことしかできない。

 ――――…それもまた悔しい。

「で…な、何?」

 どうせスルことになるんなら、ナニをするのか早く知りたくて。

 何を言われるんだろう…とどきどきするのは、もう耐えられそうもない。

 

「――――― 一度ね、限界まで千尋を感じていたいと思って

 コレばっかりは千尋に協力してもらわないとね。どうにもならないし」

「っ!!ム、ムリ!!協力云々の前にムリ!!

 いつものでいっぱいいっぱいだからっ……」

 ハクの「お願い」は叶える叶えないの前に、絶対できないと千尋は首を横にぶんぶん振った。

「駄目と言っても……聞けないかな」

 ハクはそう言って、千尋を抱え、隣の部屋へと進んでいく。

 千尋ごときがバタついたところで、放してもらえるわけもなく。

「ダメなんじゃなくて、ムリ!!絶っっっ対持たない〜〜〜〜!」

 でも、少しでも思い留まってもらおうと、抵抗は止められない。

 そしてささやかな希望も、どうやら存在しないらしく、既に敷かれている布団に横たえられてしまう。

 

「ハク!!」

「安心していいよ。毎回千尋の体力と体は、回復してあげるから」

「!!!!!」

 

 ―――『無理』という最後の砦も難なく壊されてしまった。

 そして、その後はいつもと同じでハクを感じることになる。

 唯一違うのは、いつ終わるのかわからないってことで。

 

 

 

 本日休暇(実質)0日目。

 ―――――休暇は始まったばかり☆

 

 

 

 

 

MAYMOONさんにお誘いいただいた、同ネタ企画
「湯屋の休日」に参加させていただいたものです。
前振り長すぎ…すみません。よく判らなくて…
実はこれ、会社の30分休み(実質20分くらい)に、1週間近くかかって
書いたものだったりします(死)
だから、だらだら書いてたものだから、なかなか目的(死)に
辿りつけなくて……やっぱり勢いで書かないといけないんだなと
痛感いたしました…はう
きっと一人ういてるんだろうなぁ……涙。
ホントはこの後があったのですが…時間が合ったらそうち…