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いつもと違う一日
千尋がいつも通り仕事場に行くと、やけに周りに落ち着きがなかった。 落ち着きがなかったって言っても、皆がみんな同じリアクションをしているわけでなくて。 驚いている人。 喜んでいる人。 慌ててる人。 微妙にみんな、反応が違っている。 「ねぇ、リンさん…なにがあったのかなぁ…」 「そーだな…」 ちょっと遅めに来た彼女たちは、仕事場のこの雰囲気の理由がわからない。
「よし!ちょっと聞いてくるから待ってろ!」 「うん」 そう言ってリンは近くの蛙を捕まえて話を聞きはじめた。 千尋は、とりあえずリンが戻ってくるまで、彼女を目で追っていたが…
あ、リンさん驚いてる…やっぱりびっくりすることなのかなぁ… でも!今度は笑ってる…嬉しいこと…?蛙さんも笑ってるし…
そんなコトを考えている間に、リンがやはり嬉しそうに千のところに戻ってきた。 「ニュース、ニュース!」 「何だったの?」 「…っと、千にとっちゃ嬉しくないかもなぁ…」 「わたしとリンさんで違うの…?」 「いいから聞けって! なんと!!あの帳簿係りが熱出してぶっ倒れたらしいぜ!」 帳簿係=ハク ……ってことは… 「ハクが倒れたの!?」 千尋はもっと詳しく話を聞こうと、リンの前掛けを引っ張る。 ―――もしそれが本当だったら…… 「なのに!なんでリンさんは嬉しそうなのっ!?」 「嬉しいぜぇ?うっさいのがいないんだもンよ。 周りだって喜んでるヤツ多いだろ?」 そういってリンは、ホラ…と親指を立てて自分の後ろを指した。 確かに…喜んでいる人が半分以上なような… そしてあからさまに心配している人は誰もいなくって。 「!みんなひどいっ!!ハクが倒れたってのに……」 千尋は涙目になって、リンに…と言うよりは独り言を言った。
……アイツに散々嫌味を言われたやつは、間違っても心配はしねーよな…
しかし、本当にハクが心配そうな千を見て、言葉にするのはやめておいた。 「でな。兄役からの伝言だけど…」 「……伝言…?」 「今日、どうせ千は奴が心配で仕事になんないだろ?」 「うん……」 「それで、千にはハク『様』の看病をお願いしたいんだとさ」 リンのその一言に、千尋はホント!?と、ずっと握っていたリンの前掛けをもう一度引っ張る。 「ああ、結局は帳簿握ってるのは奴だから、長く休まれると困るんだろ」 「する!しに行く!! 今行っちゃってもいいの!?」 「おう!兄役たちには伝えておいてやるよ」 「ありがとう、じゃ、行ってくる!!」 そう言って千尋は、手にしていた襷と雑巾をリンに渡して、今来た階段を駆け上がっていった。
―――オレ的には、長引いてくれたほうが嬉しいんだけどな。
本音は決して千には聞かせられないな…と、リンはやれやれと溜息をついた。
コンコン コンコン ……返事はない 「ハク…?入るね」 千尋は少しだけ躊躇いがちに、ハクの部屋に入っていった。 するとやはり部屋の真中に敷かれた布団に、ハクが横になっていて。 できるだけ起こさないように…と、千尋はハクの枕もとに近づいた。 ハクの部屋に来る途中に、従業員部屋の薬箱から持ってきた、釜爺が調合した薬を枕元において。 まかない場からもらった氷と布巾入りの桶をその隣において。 ハクの額にそっと触れる。
……熱い…
やっぱり冷やさなきゃ… 桶に入った布巾をきゅと絞ってハクの額に乗せる。 するとその感触に気が付いたのか、ハクがうっすらと目を開けた。
「……千尋…?」 「ハク!…ごめんね、起こしちゃった?」 ハクが顔を横にしたときに落ちてしまった布巾を拾って、千尋はもう一度彼の額に乗せなおす。 「いつからいたんだい?」 「今来たばっかりだよ…ホントにびっくりしたんだから… ハクが倒れたって聞いて」 「……倒れた…?そうか…そういえば…」 なんだか体が重いなと思いつつも仕事場に行き、父役と兄役を呼んだところで―――― 記憶はブッツリと切れている。
「ハク…お薬持ってきたんだけど…」 千尋は心配そうにハクをのぞきながら、クスリを彼に見えるように手にした。 「……千尋…嬉しいのだけれど…多分、私には効かないと思うよ」 「やっぱり?」 前になんかのときに聴いた覚えはあった。 竜に効く薬はほとんど存在しないと言うことを。 …逆に竜を犯す病自体も、ほとんど存在しないと言われているからなのだが。 じゃあ、今回はどうしたの?って突っ込みは取り合えずおいておいて。
「千尋がそばにいてくれるのが、何よりの薬だ」 「――――――〜〜〜っ」 さらっと…なんでこうもさらっと、コンナコト言えちゃうんだろう… 千尋は顔を赤くしつつも、嬉しいと思ってしまう自分を感じていた。 そしてハクは、布団の中から手を出して、千尋の手のひらに重ねる。 …やっぱり……熱い。 「……こうしていてくれるかい?」 少しだけ熱で潤んだ瞳を向けられて、千尋はどきっとしてしまう。 「うん…布巾変えるときはちょっとだけ外すけどね?」 千尋の返事に安心して、ハクは軽く笑ってから目を閉じた。
千尋はといえば。 ハクに手を握られているため、特に何もすることができず。 ハクの顔をじっと見ていた。
やっぱり……キレイ。 カッコイイなって思うときもあるけど、それはどっちかって言うと、態度のほうで。 こうしてまじまじと見てしまうと、キレイだな…と思ってしまう。 ―――ハクに言うと、あまり嬉しそうな顔しないんだけどね… しかし、今日のハクはまた違ったキレイさで。
熱のせいで上気した頬。 息苦しさのせいか、薄く開かれた唇。 そして時々、眉をしかめるような表情。
――――……一言で言うと、色っぽい。
そこまで考えて、千尋は自分の考えに顔を赤くする。 考えちゃだめ!!って自分を戒めても、一度浮かび出した考えは、そう簡単に消えなくって。
いつも、自分のほうが先にワケわかんなくなっちゃうけど… ハクも、こんな表情してるのかなとか。 自分が素なのに、ハクの息が熱いコトとか。 いつもひんやりしているハクの手が、自分の手よりも熱いこととか。
気にし出したら、止まらなくなっちゃって。 体中が熱くなっていって。 熱で赤みを帯びた彼の唇に、目が止まってしまい、離せなくなる。
「早く、良くなってね……」 そっと、キス。 顔を離すと、自分を見ているハクの眼と…目が合った。 「…千尋…?」 「ハ、ハク……」 勢いでキスしちゃったけど…やっぱり恥ずかしいっ…と千尋は胸をドキドキさせる。 それでも……何故だか顔を逸らすことはできなくて。 「千尋…そんな目で見ないでおくれ。 ――――――我慢できなくなる」
そんな風に言われても。 心のどこかで、具合が悪いんだから…と思ってたのかも知れないし、 いつも、そんなコトしないくせに…と思ってたのかも知れない。
「いいよ……」
そのまま、屈んでもう一度千尋からキスをする。 キスをしながら触れてくる手も、頬もいつもより熱くって。 千尋は、自分の心も、熱くなっていくのを感じていた。
「……ったく……何やってんだか…」 女性従業員用の部屋。リンが布団で寝込んでいる千尋に薬を用意してやる。 「ミイラ取りがミイラってね… 奴に入り込んでるよりも、千の方がいいってフウジャも思ったんだろうよ」 「う〜〜〜〜…ちゃんと予防用に薬飲んどいたのになぁ…」 「薬のんだって、風門閉めとかなかったら、風邪は入って来るんだよ」 ……だからね…風邪はウィルスで…… そう言おうとしたけれども、「ウィルスってなんだ?」と聞かれたら、それはそれで答えるのが面倒だな…と、千尋は敢えて黙っていることにした。 もう、あとちょっとで仕事時間。 部屋には寝込んだ千とリンだけ。 「リンさん、仕事いって? …ごめんなさい…休んじゃって…」 千尋が布団から顔を出して、リンに言う。 「大丈夫だって。千のおかげで奴の機嫌が悪くないんだしな〜 みんな感謝してるって」
「……誰の機嫌が悪くないって?」 「そりゃ……」 第三者の、しかも女性の声でない返事に、リンは入り口を振り返る。 「なンでお前がココにいるんだよ! この部屋はな、オンナ専用!」 「千が寝込んでいると聞いてね。 此処よりは、私の部屋のほうが落ち着くだろうと思って、連れに来た」 「……ハク?」 ハクはリンの言葉なんかよそに、千尋の脇へと近づいていく。 「お前の部屋にいたせいで風邪に入り込まれたんだよ」 「だから、私が責任を持って払おう」 掛け布団ごと千尋はハクに横抱きにされる。 「……………千!オレはもう仕事に行くけど!! ち・ゃ・ん・と!払ってもらうんだぞ!」 そう言って、リンは部屋から出て行ってしまった。 ……だから風邪は…… 今度ちゃんと説明しないとなぁ…
「千尋…すまないね。私のせいで……」 「ううん。ハクが元気になってよかった… わたしが仕事休んでも、誰も困らないかも知れないけど、ハクが休んだら大変だもんね」 「私は千尋が元気でないと、色々困るよ?」 「本当?」 「ああ、昨日みたいなこともできないし」 「……っハク!」 千尋は、熱で赤くなっていた顔をもっと赤くする。 「今日は私が千尋を看病するから…私の部屋に行こう?」 ……それでも。 確かに風邪のときのハクは優しいから。 「うん」
今日は目一杯甘えてしまおう。 そんなコトを考えながら、ハクの腕の中で千尋は眠りに落ちていった。
8989を踏まれたさきさんに捧げさせていただきます。 「「風邪」のハクバージョン」というリクエストでした。 結局ハクだけじゃなくなってます…ごめんなさい。 そして今回、ハクが寝込んでるってことで、奴動きませんでした… 書いてて「何が違うんだろう…」と思ってたら、ハクがおとなしかったのねと… まぁ、めずらしい。(死) ……余談なんですが、ネタ考えるのって、電車の中で寝る前とか。 会社で仕事に行き詰まったときとか。そんなときが多いのですが、 そう考えると、最近フキンシンなことばっかり考えてるよなーと ちょっとだけ自己嫌悪。だって。最初に思い浮かぶのって……(涙) |