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謀―ハカリゴト―
「あ……っ…ふ…ひああああぁっ…!!」 一際高い声を上げ、千尋は向かいあうように自分を支えているハクに、ぐったりとした体を預ける。 ハクはそんな、彼に倒れこんできた彼女の体を受け止め、彼女の髪を一房梳いた。 「ん……」 そっと頬を手で包み、彼女の息が落ち着くまで、浅い口づけを繰り返す。 ついばむようなキスを繰り返しているうちに、まだ彼女の中にある自身が、再び熱を取り戻しはじめる。 「……っ…ハクっ」 千尋はハクの変化に気付き、少しだけ身を捩った。 「ハク…今度はわたしが…」 「千尋?」 そう言って自分から離れていく千尋を見つめていると、不意に彼女は、ハクのそれに手を寄せる。 「っ千尋…」 そして彼女は一瞬の躊躇いの後、そのまま彼を口にする。
普段は無理でも言わない限り、彼女からすることなんてない行為。 慣れてもいない初な動きを、ハクは目を閉じて全てを感じようとする。
「千尋――――――――――――」
そして目を開けると、嫌というほど見慣れた、自室の天井が視界に入る。 窓から差し込む光はまだ弱い。 完全に日が昇りきっていない―――早朝。
「夢にまで見るとは……だいぶかつえているな…」 自虐的に笑って、一人呟いた。 飢えてる。そんなことは判っている。 しかし、まだ駄目なのだ。
―――…まだ目的は叶っていない。
あ、ハク。 料理の後片付けをしている最中、千尋は廊下の向こうにハクの姿を見つける。 仕事中だから、こちらから要がなければ話し掛けられない。 一瞬立ち止まって彼を見ていると、ハクも千尋に気付き、微笑を投げる。 千尋もハクに向かって笑みを浮かべ、まかない場へと向かっていく。
最近、ハクがヘンだ。 前はちょっとしたスキや、時間を見つけては会いに来てくれたのに。 そう、さっきみたいな場合。 言葉遣いは堅いけれど、何かしら声をかけてくれていたのに。 …この頃、ハクから会いに来てくれることがすごく減った。 それに… 千尋から会いに行っても、何もしないのだ、あのハクが。
最後にキスしたのって、いつだっけ…
たとえ二人っきりになっても触れてすらこない。 最初のうちは、千尋もほっとすることが多く感じられていたのだが――――――。 こんな長い間、キスもしないなんて。 今までだったら考えられなかったのに。
千尋は、最近そんなコトばっかり考えてしまう自分を叱咤する。 それでも。 湧き上がってくるのは一つの不安。
――ハクはもう、わたしのコト、好きじゃなくなったのかも……
そう考えるたび、胸がきゅっとなる。 不安で、心臓が痛くなる。
キス…して欲しい。 ぎゅうって抱きしめて欲しい。 そのあとだって…。 別にするのがイヤ!って訳じゃなく、ただ恥ずかしさに耐えられなくなって、抵抗してしまうだけで。
千尋は一つ決心する。 今日ハクに聞こう。 なんでこの頃冷たいのか―――。 もう、わたしのこと、好きじゃなくなったのか―――。
最悪の答えを恐れないといったら、嘘になる。 それでもこの生殺し状態よりはいいはずだ。
そして、千尋は今夜もハクの部屋を訪れる。 ただ、いつもと違うことは、「今日こそはっきりさせるんだ」と意気込んでいるせいか、微妙に緊張しているところだろうか。 案の定、ハクは千尋の話に合わせてはいるが、ハクから何かしてくる気配もなく。 「ねぇ、ハク……」 「なんだい?」 切り出そう!!と思ったはいいが、何て切り出したらいいのかが判らずに、千尋は言葉を詰まらせる。 「えっと…その…………ぅぅ… な、なんでこの頃キスしてくれないの?」
千尋の一言に、ハクは目を細めて微笑み返す。 あと、少し。
「そうだっけ?」 「そう!!」 「別に千尋の方からしてくれてもいいのに」 彼女が想像していたよりも簡単に流されてしまい、う"っ…と言葉をなくしてしまう。 でもっ…!ここではっきりさせなくちゃ!!と千尋は一生懸命言葉を捜す。
「……ハクは、もうわたしのこと好きじゃなくなっちゃったの…?」 思ってもいなかった台詞が、彼女の口からこぼれる。 千尋もそう口にすると、急に悲しくなってしまい、瞳から涙が溢れ出す。 「……だからキスもしてくれなくなっちゃったし…会いに来てくれる回数も減っちゃって…」
ハクは心の中で舌打ちをした。 完全にしくじったと。 まだ、早かったのだ。 千尋にこういった駆け引き求めるのは――――――。
千尋は、一度流れ出してしまった涙を止められず、えぐえぐと泣きつづけていた。 そんな彼女の姿を見て、ハクは自分の浅はかさを呪う。
「千尋……」 そっと彼女に覆い被さるように抱きしめると、腕の中でびくっと反応するのを感じた。 「ごめんね、千尋。私が千尋のことを愛しく思わなくなるなんて、ありえないよ。 ちょっとした駆け引きのつもりで…… ……いつも私から千尋を求めるだろう? だから、次は千尋から私を求めるまで、何もしないでいようと決めていたんだ」
だから、口づけだって我慢していたんだよ……
そう囁きながら、久々の彼女の唇の感触を味わった。 抱きしめて、口付けて。 ハクも久しいその感覚に、もったいないことをしていたな…と思う。 どうせなら、我慢していた間もこうしていればよかったと。
「……ハク……」 やっと涙が止まったのか、彼女はじっとハクを見据えた。 ハクは、千尋の髪をあやすように撫でながら、彼女の次の言葉を待つ。 「ハク…のばかっ…わたし本気で悩んでたのにっ……」 たくさん泣いたせいで潤んだ目を向けながら、ぽすぽすとハクの胸を叩いた。 そして。
「…っ!」 彼の水干をぎゅっと握り締めて、そのまま千尋からキスをする。 唇を重ねるだけの、でも一生懸命なキス。 たったそれだけのことなのに、ハクは今まで感じたことのない感覚を覚えた。 「―――わ、わたしだって…ハクとキスしたいって思ってるのに…」 「千尋、もっと……」 「…え?」 さっきの感覚をもう一度感じたくて、ハクは千尋の顔すれすれまで、自分の顔を近づける。 最後の数センチは、千尋に縮めてもらいたかった。
千尋はどきどきしながら、そっと彼の唇に自分の唇を押し当てる。 しばらくそのままでいると、軽く開かれた唇の上側にハクの舌の感触。 「もっと…」 唇は離さずに。 ハクのくぐもった声が、耳に響く。
千尋がおずおずと舌を伸ばすと、そのまま彼の口の中に招き入れられた。 こんなに奥を探るのは、きっと初めてで。
ハクの歯…冷たい…
そんなコトを考えているうちに、うまく誘導され、千尋がハクの口内を弄るように仕向けられる。
ハクはハクで、さっきの感覚を追っていた。 『千尋』に『されている』。たったそれだけのことなのに。 首筋のあたりがゾクゾクする。 いつもより熱くなっていく。
しばらくしてから唇を離してやると、千尋の息は既に上がっていた。 「今回は……今のキスで、私の負けを認めるよ」 そっと頬に何度も唇を落としながら、ハクは「もう我慢しないから…」と千尋に告げる。 「ハ、ハク……あのね」 さっきから真っ赤になったままの千尋は、ハクの胸に顔を埋めながら、かすかに聞こえる声で囁いた。
ワタシモ、ハクガ欲シイヨ――――――?
「千尋……」 「でもね!」 そこまで言って、ちょっとだけ顔を持ち上げ、ハクの顔を見上げる。
まだ……よくわからないんだけど…… やっぱりね、女だからかも知れないけどね…… ――――――求められる方が――――――――スキ……
その言葉を聞いて。 ハクがこれ以上ない笑顔を浮かべたのは、言うまでもない。
リンクお礼で黒猫ミアさんに捧げさせていただきます。 |