風邪

 

 

 

 

「千!こちらに来い」

「え?……は、はいっ」

 

 仕事中にハクに呼ばれるのはすごい久々で。

 この頃は仕事中に目配せをすることはあったが、口をきくことはあまりなかった。

 それはあくまで『仕事中』。

 その分仕事前や後に、時間を合わせるようになったので、会話自体は増えている。

 そんなワケで、千尋が「千」とハクに呼ばれるのも、すっごい久々。

 

 ……べ、別に失敗とかしてないよね…?

 …………ハクの機嫌が悪くなるようなこともしてないはずだし……

 

 そんなことを考えつつハクに近づくと、そのまま腕を取られ、人の少ない通路に連れて行かれる。

「どこに…行くんですか…?」

 ハクはさっきから、何も言わずに千尋の顔も見ないので、千尋はだんだん不安になっていく。

 いきなり視界が暗くなった。

 どうやら、通路の隅の一角に連れ込まれたらしい。…というか詰め込まれたって感じ?

「ハ、ハク…」

 まわりに人が居ないことを確認して、千尋はハクの名前を呼んだ。

「やはり熱がある…フウジャに入りこまれたか…」

 そのまま千尋を壁に押し付けるようにして、彼女の額に掌を当てて、ハクが呟いた。

「熱…?」

 確かに今日は、元気なんだけど、ちょっとぽ〜っとしてたかも…

 それでも指摘されるまで、全然。気付いてもいなかった。

 

「今日はもう、寝てなさい」

 そう言ってハクは、再び千尋を引き摺って湯屋の廊下を練り歩く。

「で、で、でも!まだ仕事あるし、元気だし…」

「このあとフウジャが風府にまで入り込んだら、今よりももっと辛くなる。

 そうなったら、周りの者に迷惑がかかるだけだ」

 …言い方はキツ目だけれど、心配してくれているってコトがわかる。

 

 だけど…。

 

 何かが自分に入り込んだ…?

 それって…悪霊のようなものなんだろうか?

 『フウジャ』が得体が知れないモノだけに、恐怖心がどんどん膨らんでいく。

 

 

 

 

「千尋、フウジャを払ってしまうから、水干を脱いでそこにうつ伏せになって」

 ハクの部屋まで来てしまうと、いつもの…二人でいるときのハクに戻っていた。

「ああ、小袖も脱いだ方が良い」

 とりあえず、何だか大変なことになってるような雰囲気なので、千尋は彼の言うままに千尋は水干と小袖を脱ぎ捨てる。

 ……ま、まぁ、まだ一枚残ってるからいいか…

 千尋は腹かけだけになり、ハクが手早く敷いた布団にうつ伏せになった。

 

 でも……

 さっきからひとつ気になってることがあるんだけど……

 

「ねぇ、ハク、さっきから言ってる『フウジャ』って…?

 そんなに恐いものなの?」

 布団の脇に座りながら、ハクは軽く笑った。

「早いうちに払ってしまえば、たいしたことはないが、体内に留めたままだと死ぬこともある」

 死―――――。

 その言葉に、一気に恐怖心が増す。

 

 ……が―――――――。

 

「フウジャは六淫のひとつで風(フウ)の邪気なんだけれど…」

 こう書くんだよ…とハクが指で床に字を書く。

 

 『風邪』

 

 か、カゼ…?

 

 ただの風邪!?

 …確かにそう言われればそんな気がしてくるし、

 ……風邪……フウジャ…

 ま、間違ってないけど!!!!

 

 千尋は「どんな恐いものかと思ったのに!だから恥ずかしいけど小袖だって脱いだのに!」と言おうとしたが、言うより早く、ハクが素肌の背中に手を這わした。

「ハク!」

「黙って…今風門を封じるから…

 これで風邪(フウジャ)はこれ以上入って来れなくなる」

 

 …どうやらふざけているわけではないようだ。

 ひとまず千尋は、ハクの言うことを聞いておとなしくしていることにした。

 ハクは千尋の首から背骨を辿っていき、真中よりちょっと上で手を止める。

 

 しばらく掌を同じ所に当て、今度は強く指で押した。

 

「痛い!」

 

「ごめんね。

 これで風門は閉ざしたから、今度は風池にいる風邪を払ってしまうよ」

「風池ってどこにあるの?」

「ここ…」

 今度はハクの手が上へと上がっていき、両耳の下の首に近いところを左右からつまむようにした。

「ここに風邪が溜まるんだ…風池に溜まった風邪は、次にここ…風府に行く。

 そうすると頭が痛くなったり、更に熱が上がったりする」

 

 現代の『風邪』を知っている千尋からしてみれば、かなり非科学的なことなのだが、首に触れるハクの冷たい手が心地よくて。

 そんなにすぐ風邪が治るわけじゃないって判っていても。

 だんだん楽になっていく気がするから不思議。

 

「はい、これでいいよ」

「あ、ありがと…」

 

「!!」

 千尋が起き上がろうとした瞬間、ハクがさっきの『風門』のあたりを、ペロっと舐めた。

「きゃぁ!」

 がばっと上半身を起こすと、そのまま背後から顎を掴まれてキスされる。

「ん〜〜〜〜〜〜」

 

「だめ!!ハクに移っちゃうでしょ!?」

「大丈夫だよ。風門を閉じているから」

 

 だから!風邪はウィルスなんです〜〜〜〜!!

 

 もう一度キス。

 

 しばらくして、とりあえず満足したのか、ハクはつっと唇を離す。

 

「後は暖かくして寝ていれば、明日には治ると思うから…

 あとで釜爺から、薬湯をもらってきてあげるよ」

「う、うん……」

 

 はい、と小袖を渡されてそれに腕を通す。

「今日はこのままここで寝てしまうといい。リンには言っておくから」

 その言葉に千尋は思わずびくっとする。

 

 くす

「そんなに警戒しなくたって、具合が悪いんだから何もしないよ」

「け…警戒なんて…っ」

「その分元気になったときに期待しておくから」

「しなくていいのっっっ!」

 

 ハクはくすくす笑いながら、千尋を横たえて、布団をかけてやる。

「おやすみ。じゃあ私は仕事に戻るから」

「うん……」

 

 ハクが部屋から去った後、千尋は一人で考えていた。

 

 へへへっ。

 たまにはこーゆーのもいいかもしれない。

 

 

 ハクが戻ってきたときのために…布団を半分開けておこう。

 そんなことを考えながら、千尋は熱のせいもあって、いつのまにか寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 ここで終わればいい話…のはずなのだが――――――。

 やはり世の中そう甘くはないらしい。

 

 

 

 朝目を覚ました千尋は、気分はすっきりしていたが…

 何か違うという違和感を感じた。

 別に隣にハクが寝ているのが気になるんじゃなくて……

 

 なんだろう…何かがちがう……

 

 体を起こして初めて気付く。

 ……小袖の色もサイズも違う…

 

 は、腹かけしてないし!!!

 

 キョロキョロと腹かけを探していると、すぐ隣から声が聞こえる。

「何を探しているんだい?」

「ハク!わたしの服……昨日と違うんだけど…まさか・・・」

「ああ、汗をかいていたから着替えさせただけだよ。

 もう夜も遅かったので、私のやつを着せたんだが…?」

 

 ―――――やっぱり……

 

「なんで腹かけがなくなってるの!!」

「私は持っていないからね」

 いけしゃあしゃあ。

 

 あ〜う〜…

 ……つまり……寝ているあいだにパンツ一丁にされてしまったと……

 ……っ…わたしのためにしてくれたことだし、忘れることに……

 

 ……パンツ…?

 

 何か変だと思ったらっ!!

 ………パンツの感触がないっ!

 ―――――今わたし、直ズボン(?)って状態!?

 

「きゃぁ!!!

 ハっ…ハ…ハク!!!わたしの下着って……」

「ああ…汗をかいてたから、ついでに……」

 

「ついでにじゃなーーーい!!!

 …何もしないって言ったくせに……」

 

 

「ハクのバカーーーーーーーーー!!!!」

 

 

 

 

 結局。

 千尋の風邪は一日で治ったのだが。

 

 ハクが千尋に許して(何を?)もらえるのは当分後のことらしい。

 

 

 

 

 

3000を踏まれたにゃにゃみあねさんに捧げさせていただきます。
「風邪」というリクエストだったのですが。
タイトルそのまんまです…使えないよ。私…
中で使っている風門と風地とかは、名前は合ってますが、その他は
かなり記憶があやふやなので深く突っ込まないでやってください…
ハクって「カゼ」を知らなそう…と思うのですが。
どうなんでしょう…