とら・とら・とら

 

 

 

 

 「―――――…千?」

 

 ハクがリンに連れてこられたのは、まかない場の脇の小さな休憩所だった。

 そこには、青蛙を両手で抑え、その緑の頬に口づけしている、千尋の姿があった。

「はははははっ、緑なのに赤ーい」

「は、放せ――――!」

 千尋はケラケラと笑い、じたばたと暴れる青蛙を、放そうとはしない。

 そして入り口に立つ、ハクにも全然気づいていない。

 

「……どういうことだ?これは…」

 あーあ、怒ってるよ…

 リンは、ハクの声がぐっと低くなったことに気づいて、溜息をつく。

「どういうことかと聞いているんだ」

 八つ当たりに他ならないのだが、ハクはリンをギロリと睨む。

 

 おーこわ。

 

 他の者だったら、ビビって話どころじゃないかもしれないが、そこはリン。そんなコトじゃ動じない。

 彼女はやれやれと肩をすくめて説明する。

「千がな、酒を飲んでみたいって言うからよ。

 ちょっとばかし飲ませたらこんなんでさ」

 そこまで言って、リンは千に近づいていく。

 そしておもむろに、千が手にしている青蛙を奪い、ぽーんと遠くに投げてしまう。

 

「ほら、千!ハクが来たぞ」

「あー、リンさん」

 どうやらリンの言葉を、千尋は理解していないらしい。

 自分に向かってかがんでいる、リンの肩に手を寄せて。

「こんどはリンさんーーー」

 

 ちゅ―――――――

 

 そのまま顔を上げて、リンの頬にキスをする。

「あーはいはい、それ以上するとな、ハクの機嫌が悪くなるからやめてくれ」

「……ハク?」

 千尋は焦点の合わない目をきょろきょろさせると、入り口に立ってるハクを見つける。

「あー、ハク!」

 ホントはもう、怒りのオーラが見えるんじゃないかってくらい、ハクは機嫌が悪いのだが、千尋はそんなコト気にせずに、よたよたと笑いながらハクに近づき、そのまま抱きつく。

「へへへへへー」

 かなりできあがっているようだ。

「へへっ、ハクにはねーーーー…」

 

 ちゅ―――――――

 

 さっきの蛙やリンにしたほっぺたのキスではなく。

 ちょっとだけ背伸びをして、ハクの唇にキスをする。

「きゃーハクの唇、つめたーい」

 そのまま彼女は、ハクの首にぶら下がるようにもたれかかる。

 何だったんだ、一体……

 よくわからない状況と、初めての千尋からのキスで、ハクの怒りはうやむやになっていく。

 

「まさかこんな大トラだとは、思わなかったんだけどな…

 ま、このままそのキス魔をほっとくと、被害が拡大しそうだし、

 そんなコトになったら、お前だって嫌だろう?

 あとは頼んだぜ」

 

 リンはそう言って、まかない場に戻ってしまう。

 青蛙も早々に逃げたのだろう、休憩所はハクと千尋だけになっていた。

 ハクは仕方なく、千尋を横抱きにして立ち上がる。

 

「…どこいくの?」

 

 とろんとした目で千尋がハクを見上げる。

 一瞬なんて言おうかハクは躊躇う。

 

 千尋の布団まで運んでやるべきか―――

 自分の部屋に連れて行ってしまうか――――

 

 答える前に、千尋はきゅっと彼の服を掴む。

 

「…わたし、ハクの部屋がいい…」

 思いがけない言葉に、一瞬耳を疑うが―――…

「…わかった」

 据え膳食わぬはなんとやら―――――。

 ハクは千尋を抱えたまま、彼女に深く口づける。

 

「―――…ん……はっ…」

「……こういう事になるけど、わかっているかい?」

 名残惜しそうに唇を離しながら、焦点の合っていない千尋に問い掛ける。

 

 ―――…もっとも、今更嫌だと言われても、諦めるつもりは更々ないのだけれど。

 

 …そんなハクの心を見透かしてか、千尋はコクンと小さく頷いた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――――――…明るい……もう朝…?

  

 千尋はうっすらと目を開ける。

 

   ―――――いつの間に寝てたんだろう?

   ……昨日どうしたんだっけ…リンさんとまかない場に行って…

   お酒を飲んで……

 

 だんだん記憶を手繰り寄せるうちに、視界もはっきりしてくる。

 

   …あれ?いつもの部屋と違う…わたしの部屋でもない…

 

 目をはっきり開けると、見慣れた天井があった。

 

   ……ハクの部屋……?

 

 その一瞬で、一気に意識がはっきりする。

 隣を見れば、やっぱりハクの顔がすぐそこにあって。

 

「きゃああああああぁぁぁ…………ったぁ……」

 

 がばっと跳ね起きた勢いと、自分の大声が頭に響き、千尋はぐわんぐわんする頭を抱え込む。

 こっこれが二日酔い……?

「大丈夫かい?」

 ハクも起き上がって、彼女の後頭部に手を乗せる。

 そうしていると、だんだん頭の痛みが引いていくのを、千尋は感じた。

 これもハクの魔法なんだろうけど。

「お水飲みたい…」

 頭の痛みが引いていくと、今度はのどが渇いていたと気づかされる。

 ハクは、ちょっと待っておいでと、机の上の湯飲みを手にとって、そのまま千尋に口移しで水を飲ませた。

  

 ―――――コクン。

 

「ハ、ハク!自分で飲めるってば!」

 ハクの手から、湯飲みを奪おうとするが、ハクはそれを千尋が届かないよう遠ざける。

「……つれないな。昨夜こうして飲ませたとき、「もっと…」と言ってきたのは千尋なのに」

 ハクのその言葉に、確かにそんなコトがあったかもと記憶を手繰る。

 そしてだんだん、昨日のまかない場からあとのコトがはっきりしてくる…

「それだけじゃない。いつもだったら……」

「きゃーっっ!!もういいっ!言わないでってば――――――っっっ」

 

 …もう、お酒飲みたいなんて言うのやめよう…

 苦いだけで、飲んだあと辛くって、そのあげく……

 ああああああああっっっ……

 

 

 真っ赤になって耳を塞いでいる千尋を見て、ハクはハクで考える。

 

 

 いつもの千尋も可愛いけれど、たまには昨日みたいなのも乙だなと。

 積極的な千尋が見たかったら、酒を飲ませればいいらしい……

 そのために、飲みやすい酒を用意しておこうか。

 ……お酒と気づかないけれど、強いやつを。

 

 

 後悔の真っ最中の千尋が、ハクのたくらみを知る由もなく。

 

 後日、彼女がまんまとハメられたことは、言うまでもない……

 

 

 

 

 

777を踏まれた雪さんに捧げさせていただきます。
「お酒に酔うハクセン」というリクエストでした。
なんだか、何度書き直してもすっきりしなくて、1から書き直してみました。
書き直したからって、読みやすいものになるわけじゃないんですよね…
すみませーん…
ホントは最初、お酒飲んでたのはハクだったのです、が……
「酒に酔うような情けなさ男じゃ嫌だ!!」という勝手な思い入れで、
千尋になってしまいました。
やっぱり男の人は笊じゃないと☆(超勝手な言い分ですが…)