誰もが『まさか』と思ったはずだ。
 その噂が実しやかに囁かれ、耳にしたときに。
 けれど噂は噂に留まらず、よほど優秀な人材がヘッドハンティングされてきた時以外ありえないような時期に、当人は至って能天気にその部署に現れた。



 営業に席を置くものが、ほぼ例外なく一番就きたいと望むであろう、商社における花形とも言える部署。海外事業部。さらに言えば、その中の社内でも生え抜き揃いの海外営業課。
 珍しく、重役エリアから階下にある海外事業部の中央に陣取る海外営業課に、部長自らがその人物を連れてやってきたのは、重役出勤とも言える午前十時。フレックス制で海外とのやり取りも多いのでこの部署は例外的に二十四時間営業とは言え、ほとんどの社員は九時前に出社している。
 飄々と、一目でブランド物のオーダーと思しき濃いグリーンのスーツをすらりと着こなした青年。背はさほど高くないが、細身でなおかつやたらと顔がいい。
 神様は時々ものすごいえこひいきをして、たった一人に二物も三物も与えることがあるが、現時点で少なくとも顔、スタイル、そして苦労なく生まれたときからその手の中にある恵まれた背景。羨(うらや)んでも羨みきれない。嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい反面、ただ歩いている姿だけでもサマになる様は、殆どの男性社員が明後日を見ながら舌打ちしても咎められないはずだ。
 そして、そんな男性社員とは対照的な反応を示しているのは実力至上主義的なこの部署にて、バリバリと仕事をこなす女性社員の面々だ。仕事にのめり込むがゆえにか、はたまた個人の問題なのか、配属されたら行き送れる確率ナンバーワンの部署と言われているが、希望者は後を絶たず女性もそれなりに在籍している。
 その女性職員が、部長に声を掛けられるより先に手を止め動きを止めて、有り体に言えば仕事だけでなくいろいろな面において男性に全く負けていない彼女たちが、完全に沈黙してガラス張りとは言え個室になった課長室へ向かう彼を視線で追っている。
 何事か会話のあと立ち上がり、部下のいるフロアに出てきた課長の声に、ぼぅっと見ていた彼女らがはっとしたように再起動して、対する男性陣の多くは言われるまま、しぶしぶの者も席を立ち、そちらを向く。
 ご承知の者も多いと思うが、と言う前置きで始まった部長の紹介の後、挨拶を振られた青年が、その端正な顔に、いっそ無邪気としか言いようがないようなくらい完璧な笑顔を浮かべて一礼する。
「はじめまして。今日からこちらでお世話になる、氷川廉です。よろしくお願いします」
 にこにこと、他人に拒否されることなど一ミリも想定しておりませんと言った顔で、型どおりの挨拶をした彼を引き渡されたからなのか、それとも彼の置かれる背景の作用か、課長が自らフロア内をご案内されるらしい。まさしく、特別待遇。
 部長が悠々と去って行き、課長の各自仕事に戻れとの号令に、おのおの止めていた作業を再開する音がガタガタとオフィス内に響く。
「……あーあ。社長はこんなことするような人だと思ってなかったんだけどな、俺」
「んなこと、結構みんな思ってんでしょ。グチってないで仕事しましょう、仕事」
 デスクトップ用のペンタブレットをとがらせた唇に乗せたまま器用につぶやいた隣席の遠藤に苦笑しながら、山本も一定時間放置したためスリープしている己のデスクトップ画面を人差し指でつついて起こす。
 メールに添付されたデータを目で追いながら、昨夜の同期会と言う名の飲み会を思い出す。色々な課の者が十数名。ココだけの話だけどと彼の所属先を漏らしたのは人事課の女の子だ。守秘義務が必須の部署に所属するのに口の軽い人間がいるから、噂が流れるわけだが、ある程度の情報流出は会社の歯車として働く社員の潤滑油である。
 息子ってだけで特別待遇かよとジョッキ片手にグダグダと管(クダ)を巻いていたのは、国内販売営業の益子。前回の飲み会までは毎回、俺だって四ヶ国語話せるんだと鼻息も荒く山本に絡んでくれていた人物だ。とにかく自分の現状が実力とかみ合っていないことを不満に思っているらしい。実際のところ、山本は英語とドイツ語と日本語しか話せないので、一ヶ国語分彼よりスキルは低い。自分でさえ、何かコネがあったわけでもないのになぜこんな花形事業部に配属になったのか自身が首を傾げるより他にないので、何でお前がと言われても答えようもないのだが。
 その点、課長にくっついて歩いて説明を受けている彼はわかりやすい。なんと言っても現社長の息子だ。さらに言えば一人っ子長男だ。どんな放蕩者だろうが、社会的落伍者であろうが、鶴の一声あればどうにでもなってしまう。
 山本の思っていることも遠藤とそう変らないだろう。
 現社長。長々と一族経営されていたこの会社のしきたり、それを根本から改革、四十代で社長職について十年足らずで体勢を整えて己は会長職も顧問職も受けずにさっさと引退してしまった伝説のような人物。その人が今なぜまた社長をしているのかと言うと、一族外から起用した新社長があっと言う間に我が物顔で社内を牛耳り始め、勝手な人事で業務に目に見えて支障が出て、株主総会にて更迭されたためだ。その株主総会で満場一致で新社長に押されたのが、一度は身を引いたその人で、ぐちゃぐちゃの人事を一切の私情を持ち込まずイチから立て直して、社内紛争もようやく落ち着いた今、どうしてまたこんな人事が行われるのか、また同じような事態に陥るのかとみんなガッカリ……そう、失望感さえ漂っているのだ。
「えええッ!? 君、外国語、英語しか話せないの?」
 そんなことを思いつつも送られてきた取引相手が出してきた数字の整合性を確認していた山本のはるか後方から、課長のすっ飛んだ声が聞こえる。
「あー……うーん……唯一まともなのは英語だけかも。日本語も……ここ五年ほどほとんど使ってなかったから結構あやしいし」
 絶望感ありありの課長の声に、緊迫感のかけらもない答え。しかも敬語のケの字もないタメ口……なんだこのおぼっちゃんは……と、ペンタブを咥えたまま遠藤がつぶやいたのが聞こえる。
「五年もどこにいたんだよ」
「さあ? 高校卒業して大学行ってないらしいですよ。スキップもしてないみたいだから正真正銘高卒。履歴にはその間、空白」
「お前詳しいね」
 離れた場所での会話を聞き取ろうかとするように、ギッと背もたれを軋ませるように身を預けた遠藤が山本に少し近づく。
「人事のお嬢様がペラペラ喋ってくれましたから」
「明原のお嬢様かよ。そんな口の軽いの、人事に置くなよ……まだ粛清されてなかったのか」
「さすがに取引先はばっさり切って捨てるわけにもいかなかったんでしょ。なんて言うか、お嬢本人がただ単に興味があるんでしょうよ。彼女が人事課でなきゃヤダって言う理由は、いい経歴の男を探す為なんだし。とりあえず高校まではきちんと学歴があるのに、その後が真っ白だったらしいですよ。日本語通じないとこにいたんですかね」
 指先で画面に触れながら、指摘箇所にマーキングしながら山本が素朴な疑問を返すと、ニヤニヤ成分を多分に含めて遠藤も切り返してくる。
「ただ単に、引きこもってたのかもよ? 女の子は『家事手伝い』って立派な肩書きあるけど、男はなぁ……」
「自宅警備員? ……にしては彼、日焼けしてない? 山本君、これの訳、チェックお願いね」
 キュッとイスを転がして、隣の島の田口女史が参戦してくる。
 回覧用にも使われるA4タッチパネルに移したデータをひょいと山本のデスクに置いて、田口はタイトなスカートから伸びた足を組みなおす。
「かわいいわよね。幾つ?」
「二十三。今年誕生日が来て、二十四」
「わっかいなー」
「若いわねぇ」
 人事の情報を渡しなさいと言わんばかりの田口女史に、山本が素直に応じると、遠藤と二人異口同音で嘆息している。
「田口さんこそ、秘書課に同期いるでしょ。なんか情報ないの?」
「んー なんで海外営業課(ココ)なのかって誰かに聞かれて、社長が『なんとか使えそうなのがそこだけだから』って答えてたらしいわよ。でもねぇ 英語だけじゃねぇ……喋れないよりはマシだけど」
「英語はネイティブらしいですよ。履歴じゃ日本(こっち)よりNYに住んでた期間の方が長いって言うか、生まれたのもあっちで日本にいたのは小学校の頃と高校生の頃で合わせても三年にも満たないとか」
「なるほど、日本語が英語より不自由かもしれんな、それ。しかし高卒だろ? 他じゃ使えないって意味みたいだし。課長もいい加減貧乏くじだなぁ」
 田口女史に渡されたドイツ語訳文を指でなぞってチェックしながら、きちんと答えた山本になぜか遠藤が納得したように腕を組んで咥えたペンタブをピコピコ上下に振っている。
「ま、かわいいマスコットが来たってことでいいんじゃない? 多分、彼の席、山本君の隣だろうし」
「エエッ!?」
「ナニ今更驚いてんのよ。空いてるのここだけでしょうがよ。遠藤さんがキミを飛び越えて物置にしてたからなんとなく人の気配があるだけで。ほら、片付いてるでしょ」
「……今朝の違和感はコレか……」
 短期の出張後は細かいところに変化があっても軽い違和感でしかないので気にも留めていなかったらしく、愕然とした表情で訳文から顔を上げた山本に、背後から計ったようなタイミングで課長が声をかけてきた。その時にはもう、集っていた遠藤も田口女史もさっさと自席に舞い戻っており、山本だけがなんとなく中途半端に通路を向いて座っていると言う、マヌケな状態になっていた。
「山本君、ちょっといいか?」
「はぁ」
 追っ手の迫る中、共に逃げていた仲間がちゃっかりフライングセットを背負っていてさっさと飛び去ってしまい、一人高層ビルの屋上に取り残されたらこんな気分かもしれない……と思いながら山本は空気が抜けるような返事をした。



 おごったところもなく、また卑屈なところもない。人当たりもよいし、思ったよりも仕事が出来る。第一印象はともかく、想像したほどひどい訳ではないらしい。時々常識を疑うような行動はあるが、外国育ちならまあ目をつぶろう。それが、氷川廉に二週間付きあった山本の本音だ。
「んじゃ 廉君、コレ頼める? できれば一時間以内に」
「了解デス」
 現在廉が請け負っているのは、一番下っ端のこなすべき雑用一切。パソコンによる翻訳の下訳チェックなどは『ただし英語のみ』だが最初のころに注意したら、それからはビジネス文書の下訳も完璧にこなす。今日も朝からぽんぽんと仕事が舞い込んで、本人はご機嫌っぽい。
 苗字では会社名と一緒だからという本人の申し出で、みんな名前で呼んでいる。それがまた親しみやすさの一因なのかもしれない。
 山本を挟んで、遠藤が遠慮なく様々な質問をしているので、多少なりとも情報が山本にも入ってきているが、しかし肝心な部分が色々曖昧にはぐらかされている気がする。
「あれ? 遠藤さんお休みなんだ」
 席にいるときは大抵ペンタブを食べながら無駄話をしていていつ仕事をしているのか知れない遠藤だが、アパレル関係のかなり気難しい取引先やら、とにかくアクの強い個性的な顧客から大変気に入られており、他で替われない事案が多いので、実はとても忙しい。実際、月の半分が出張なんてこともザラにあるのだが、今日は正真正銘、お休みだ。何かに中ったとかでトイレから出られないとわざわざ山本にもメールが届いていた。おそらく本当にトイレから。
「なんか用だった?」
「んー たいしたことじゃないけど、頼んでることがあって、ちょっと。あ、山本さんも食べる? さっき総務のミキちゃんからお土産もらったの。九州限定なんだって」
 昼を過ぎても出社しないまま空っぽの遠藤の席を見て、ボリボリとハムスターのようにかじっていたスティック型のお菓子が入った袋を山本に向ける。敬称は一応『さん』だが、本当に敬語が使えないらしく、課内の誰に対してもざっくばらんにタメ口である。本人の言い分としては、小学校を卒業するくらいまではきちんとした日本語を話すよう親からも躾けられていて、正しいかどうかは別にして敬語も使えていたらしいのだが、そこから数年思春期の真っ只中に、親の手を離れている間にこうなってしまったのだそうだ。課長がスルーを決め込んでいるのに、御曹司君相手に指摘するほど山本も他の人間たちもチャレンジャではない。今のところは甘んじて受け流す決意をしている。
「もらう」
 総務のミキちゃんと言えば、今年入社の女子の中でもかわいいと評判の上玉女子社員じゃないかと、ちらりと視線をそらしているコンマ三秒で無音のまま愚痴ってから、袋から数本頂いてまとめてかじりながら昼食の為席をはずしていた間に届いたメールをチェックしていると、山本の向かい側にいる星野がたまたま取った電話口でなにやら怒鳴られている。
 相手は相当な音量で喚いているらしく、山本の後ろの席の田口女史も何事かと振り向いている。テレビ通話ではないのだから分からないのに、運悪く電話を取っただけらしい廉が来た事によって下っ端からワンランクアップした最年少の女子社員、星野が必死になってぺこぺこしながらも助けを求めて視線がさまよわせている。
 手持ちのパネルにでかでかと『どうしたの?』と書いて田口女史が持ち上げてやると、酸欠の金魚のように口を開閉したあとそれでも電話口を押さえて落ち着くためか吸って吐いての深呼吸の後。
「フランス語! 興奮してる上にすごい訛り強くて電話だからもうナニ言ってるか分かりません! おそらくAffectueux(アフェクテュウ)のオーナーです!! 遠藤さん休みだって伝えたんですけどなんだか全然通じてなくて、もう訳分かりません!!」
 泣きそうになっている星野も、一応フランス語は話せたはずだ。が、同じ日本語だって東北訛りは全く分からなかったりするのだから、それはもう、仕方がない。あの紙一重を突破したオーナーと意思疎通が出来るのは遠藤のみなのだ。どうにか納得してもらって、体調を崩して休みのところ悪いが遠藤に直接コンタクトを取ってもらうようにするより他にないのだが、なんだか電話の向こうはものすごくエキサイティングな状況らしい。他にもフランス語が堪能なスタッフは大勢いるはずなのに、あのオーナーの激しさを知る面々はどうにも及び腰だ。以前、遠藤をライバル視していた者が似たような状況にしゃしゃり出てオーナーの猛烈な怒りを買ってしまい、ヘソを曲げたオーナーのご機嫌取りに結局遠藤が奔走して何とか取引は続けられることになったものの、その者が地方支社に島流しに遭ったことは山本の記憶にも新しい。
「Affectueuxってリヨンのオートクチュールのトコ? ならなんとかなるかも。遠藤さんが休みってこと伝えたらいいんですよね」
 一瞬の間のあと、廉が菓子を持った手を上げている。
「折り返し本人に掛けさせるってのも付け加えて」
「了解デス」
 田口女史のフォローに答えて、受話器を受けたまま泣きそうになっている星野に手を差し出して、声にリズムがあるのならば釣り立ての魚のように跳ねているだろう受話器を廉が受け取る。一同の視線が集まっているが、当人は気にした様子もなくむしろ陽気にallo? なんて言っている。コイツ、フランス語話せたのか? と、チラチラと視線を交わしながらフロア内の誰もが思っていた。
「俺が遠藤さんに連絡いれるから」
 廉にそう言って、山本が別の受話器を取って遠藤の端末に連絡を入れている間も、相手に同調するようにものすごいテンションで掛け合う。Excellent !(エクセロン)くらいならフランス語に疎い山本にも意味が分かったが、おそらくそれと同義語らしき単語を表記すれば幾つエクスクラメーションが付いているのかと思うほど大げさにとっかえひっかえ使って相槌を打ち、最後はyeahを繰り返してなんと言うか丸め込むようにして相手に電話を切らせた。
「なんて言ってたかわかったのか?」
「なんか、いいアイディアが浮かんだとかでとにかく遠藤さんとその感動を分かち合いたかったって。そんな感じ。あのおっちゃんすんごい田舎で育ってるから冷静さを欠くと訛りが出ちゃうって聞いてたけどホントにすごかったー 多分なんとなくそんな感じ。自慢したい空気だったからとりあえず知ってる単語連発して褒め称えといたら満足したっぽい」
 また緊迫感なくボリボリと菓子を食べながら、廉が席に座る。
「まさか聞くけど知り合い?」
「んーん。何回かパーティで見かけただけ。『誰?』って聞かれたからマリアンヌのとこに居た廉だよーって言ったらちょっと間があったけど。覚えてるかどうかは微妙な感じ」
「誰よ、マリアンヌって」
 おそらく誰もが口に出さなかっただけで、心の中で誰だよって突込みをしたであろう質問を、代表して田口女史が膝を突き詰めて問う姿勢らしい。
「僕、半年くらいフランスに居たんだけど、そんときおいしいゴハンあったかい寝床、提供してくれた人」
「あー……そう。って言うか、廉君、キミ、フランス語話せたの?」
「んー あんまり。微妙。ヒアリングはだいたいできるけど、喋る方はイマイチ。読むほうはなんとなく。覚えた時の会話の相手が女性だから、結構いろいろ、女言葉で覚えちゃったし」
「なんでそれ先に言わないのよ」
「えー だって。話せるかって聞かれたし。英語以外はホント、話すのはイマイチだし」
 その受け答えに、コイツ本当に日本語もイマイチだったんだなと山本がしみじみ噛み締める。課長の認識では『話せるか?』は『会話が可能か』と言ったニュアンスで、イマイチだろうが込み込み何が出来るのか聞きたかったはずだ。
 さらに付け加えれば、こちらの先入観として、この部署で働くのなら多少背伸びをしても出来る限り自分の能力を高く売り込むのが普通だと思っていた、と言うところにもあるだろうので、廉ばかりを責めることは出来ないのだが。
「フランス語の他に何がイマイチなの?」
「他ー……フランス語よりわりとできる方なのはスペイン語とイタリア語とー ポルトガル語? あとはドイツ語、フィンランド語……かな。日常会話くらいなら聞き取れるのは」
 指折り数えてウンウン頷いている。騒ぎを聞きつけて個室から出てきた課長の顔に『何だとー!?』と書いてあるのが読める。ポルトガルやフィンランドとも少ないが取引はあるのだ。比例して通訳できる職員は少ないので、かなり重宝する能力だ。
「……えーっと、もういい?」
「いいわよ。課長にも聞こえてただろうし。用があれば呼びに来るだろうしね」
 田口女史の許可が下り、質問攻めから解放されて、さらっと机に向き直ってしまうあたりの切り替えの速さは少々物足りないが、未だに謎も多い青年が、さらに突っ込んだことを尋ねても標準装備の笑顔ではぐらかされるだろう。
 二週間付き合ってみて、廉が一般職に向かないフリーダムな性格であることは山本にも把握できた。それを親である社長が気付いていないわけはないのだ。さらに一応の語学力があるのならば、確かに廉はココでしか使えない。
「なんなのよ、この完全放し飼い状態は。息子の能力くらい正確に下に下ろしてくれたらもっと有効活用できたのに」
「俺に聞かれても。当人に悪気があったわけでもないし、何とか場も収まったし」
「悪気がないのが一番性質悪いわよ。本人気付いてないんだから。あ、そうだ。遠藤さん捕まったの?」
「まだトイレにいるらしいですよ。下してる以外はヒマだからって端末持ち込んでくれてて助かりました」
 やっぱりご機嫌で菓子を食べながら頼まれ仕事をこなしている廉の横で、田口女史と二人堂々と山本の両隣の人物の噂話をしていると、課内の個人端末からほぼ一斉に受信音が流れ出す。
「うわぁ なんなの、これ」
「あー 廉君は初体験か。みんなに給与明細が届いたのよ。そう言えば給料日だね、今日」
 何十年も前からペーパーレスとは言え、あまりに軽い。そして届いたからすぐに確認する人間はあまりいないのだが、廉はいそいそと個人端末を引っ張り出して履歴を見ている。
「うわーい 初給料だー」
「廉君、今までどこかでバイトしたこととかあるの?」
「バイトは一回もナイよ」
 さらっとした答えに、田口女史も腹の中だけで納まらなかったらしく、声には出さないまでも口が動いている『このおぼっちゃまが!』と。ココで『働いたことあるの?』と聞いていたら、また別の答えが返ってきたかもしれないのだが。
「うひゃー すごい。会社員ってこんなに貰えるんだー」
 以前、山本が廉に残業をした場合の時間のつけ方をレクチャーしようとしたところ、廉のIDが役員仕様で残業についてはノーギャラだった。きっと相応の額が支払われているのだろうなと思いながらも、浮かれている廉がちょっとうらやましい。山本にしても、海外事業部でそれなりの仕事をしていて、他の部署の者よりほんの少し昇給も早いので同期の中では多めだが、役員には敵わないだろう。
「んー? どれどれ? オネエサンにみせてごらん?」
 ソレはちょっとまずいだろうと止める間もなく、田口女史が廉の端末を覗き込んでいる。その顔が不自然に固まった。
「ナニ? そんなに法外だったんですか?」
「あー ある意味、法外かも」
 ふっと視線をそらす田口女史を不審に思いながらも、廉に見せてと頼めばなんの衒いもなくハイドウゾと画面が振られる。
「え……」
「やっぱり貰いすぎだよね?」
「いや、まあ、別に……そのくらいは働いてるんじゃね? 廉君も。ね、田口さん……」
 額を見て絶句した山本に、浮かれていた廉がなんだかすまなさそうにしているので、ぎこちないけれど何とか田口にパスを送る。
「そうよね。これからがんばればもっともっともらえるから!」
 小さく多分。と、付け加えて。
「へー そうなんだー」
「だからほら、頼まれた仕事、ちゃっちゃとやっちゃって!」
「了解デス」
 再びデスクトップの前でお仕事モードに入った廉から二人してそっと距離を置く。
「アレって、私の記憶が確かなら、ウチの高卒の初任給設定より安い気がするんだけど……ギリで最低賃金じゃない? 各種手当て欄も空白だったし」
「多分……俺、三年前入社で一応四大卒ですけど、アレよりはもう少し多かった気がしますよ、初任給。彼、役員待遇だから残業付かないし」
「マジで?」
「大真面目にです」
 ちょっと、いやかなり、不憫だ。そんな賃金で、先ほど明らかにされた能力によってきっとこれから彼にしか出来ない仕事もどんどん背負わされるだろうこともだが、この額で喜んでしまっているあたりが、憐憫を感じる。着ている物も持ち物も、現在一人暮らしだという住まいも一級品だろうのに、一体どういう金銭感覚があったらこんな風に心の底からこの金額で喜べるのか。そんな脳内が最高に不可解だ。



 後に田口女史が秘書課の同期から仕入れてきた情報によると、社長曰く、とにかく今まで好きなことをしてきたのだからと、これからはキリキリ会社の為と言うよりも社会の為に働いてもらうべく、家族でないのなら裁判沙汰になりかねないような『名ばかり役員』として初めから息子をこき使うつもりだったらしい……こんなコネ入社なら、普通の者なら真面目に仕事に当たる訳がなさそうだが、隣には一応の定時である午前九時にいつも通りの笑顔で氷川廉がやってきて今日も今日とて昔流行った歌を口ずさみながら上機嫌な彼を見ると、なんだか色々とどうでも良くなって来る。
「なに?」
 じっと見ていた山本に、ひょこんと廉が小首をかしげている。
「いや、なんて言うか。楽しそうで何より」
「うん。やってみると割と楽しいね、仕事って」
「だよなー 仕事は楽しくなきゃなー」
「だよねー」
 イスごと割り込んできた一回りは年上の遠藤に廉はいつも通りの笑顔を浮かべてタメ口で返している。対する遠藤はいつの間にやら呼び捨て状態だ。
「そういや廉、お前Affectueuxのオーナーと知り合い? この前の電話取ったのお前だって? なんかその時はピンとこなかったらしいんだけど、後から『マリアンヌのとこに居た東洋人かー』って思い出したって言ってたぞ」
「知り合いってほどじゃないよ。あっちにいた時かわいがってくれてたのがマリアンヌで、彼女の従兄だったの。一族の集まりとかでちらっと挨拶はしたけど、あの一族ってみんな保守的で封建的な人が多くて公の場で一緒にいると彼女の風当たりがきつくなるからあんまり関わらないようにしてたんだ。親しかったって訳じゃないよ。電話だって、星野さんがすごく困ってるっぽかったから替わってあげただけだし。あんな対応、誰だって出来るじゃん」
「そうなの? ウチの社長の息子だよって言ったらびっくりしてたけど、今度来る時はお前も連れて来いとか言われたからてっきり親しいのかと思ったけど」
 本当になんでもないことの様にサラリと廉が答える。確かに、廉は相槌を打って『遠藤に折り返し電話を掛けさせます』と伝えただけだが、他のものはその簡単なことさえ及び腰だったのだから、どれだけ難しい相手だったかを察して欲しいものだが、そんなことは露ほども感じ取ってはくれないのが氷川廉という人物だ。
「ふーん。来いってんなら行くけど……」
「お前もいい加減無意識に上から目線だな、オイ」
 あからさまにいやそうな顔をした廉に、遠藤がやれやれとでも言いたげな、肩をすくめる動作をする。
「えー だって、いい印象ないしなぁ 今更返せとか言われたら困るし」
「何を?」
「僕の大事なもの」
 意味深に言い切って、廉がニッコリ笑っている。この顔は武装中を意味しており『大事なもの』が何なのか聞いても答えないつもりらしい。大概において不遜な遠藤だが、成果の出ないと分かっている努力はしない主義なので、ふうんと曖昧に返事をして頭の中にある『いつかする質問』ボックスに収納するに留めて切り替える。
「ま、行くか行かないかは上にお伺いしてからだな。と言うわけで廉、下訳」
「了解デス」
「いっつも思うんだけど、なんでそこだけ敬語でアンドロイドっぽいの?」
「仕事ウケタマワリマスってカンジしない?」
 アンドロイドっぽいと言われたせいか、カクカクした動きで原稿を受け取る廉と、その動きに受けている遠藤。
「あー お前ならそんな感じかも。作りもんっぽいもんな。ヒゲとか生えるの?」
「生えるよー コレでも毎朝剃ってるよー」
「信じられねぇ」
「なんでさー これでも成人男子なのに」
「んじゃそのまま生やして来いよ、証拠に」
 廉の顎を触ろうと伸びてきた遠藤の手を軽い動きでいなしている姿はどう見てもじゃれているようにしか見えない。
「似合わないからヤダ」
「そう言いながらやっぱ生えないんだろ?」
「生えるし」
 なにやら不毛なやり取りを続けている二人に田口女史が嘆息している。
「廉君はともかく、遠藤さん、アナタはもっとちゃんと仕事する!」
 賞味期限が数年前に切れていたコンビーフに中ってトイレとお友達になったあとすぐにAffectueuxのオーナーに呼び出されたとかで日本を発ち、フランス出張から帰ってきたばかりの遠藤のイスをひっぱって、田口女史が強制送還していく。何で俺だけと言いながらも、デスクトップの前でペンタブ咥えてお決まりの体勢を取ると言うことは、仕事をする気はあるらしい。
「そう言えば、どうして遠藤さんってペンタブ咥えてるの? おいしい?」
 せっかく仕事を仕掛けていた遠藤に、廉が下訳の文章を立ち上げながら問うてしまうので、元の木阿弥である。
「美味くねぇけどこのほうが楽だろ、いちいちキーから手ぇあげて画面触るよりもさ」
 言いながらキーを打ち込んで、咥えたペンタブで画面のタッチ液晶をつついている。
「あー 確かに」
「真似するなら使用料とるからな」
「楽そうだけどカッコ悪いからしなーい」
「なに!? むしろ真似ろ。金やるから」
「貰ってもイヤ」
 楽しそうも度を越したら鬱陶しい。挟まれていたら尚のこと。
「どうでもいいけど黙れ。二人とも」
「あ、ゴメン」
「うわ! 山本までタメ口かよ!?」
「ああすいませんねどうも。お黙り下さい」
「なにそのぞんざいな言い方……あのかわいかった山本が……」
 遠藤がショックを受けたように肩を縮めて両手を口元に重ねている。
「そのポーズ、気持ち悪いからやめて下さい。これでいいですか?」
「あー 敬語ってむずかしー」
 相手が遠藤だったと諦めて言い直した山本の言葉に、廉がため息をついている。
「いや、廉君はちゃんと勉強しなさい。ビジネスの基本。いくら海外事業部でも国内のクライアントと関わることもあるから必須。昔は敬語使ってたならなんとかなるだろ。ココに来たときの挨拶もちゃんとできてたと俺は記憶してるぞ」
「あー あれはテンプレがあったからで。って、えええええー 今僕、ポルトガル語お浚(さら)いさせられてる上にフィンランド語詰め込まれてるから無理」
「無理言うな、やれ。語学はいくつも並行するとよりよく身に付くもんだ」
「……遠藤さん、それはなんか違う気がする」
 いかにもと言った風に言い切った遠藤に、廉が突っ込む。
「そう言えば前にフランス語教えてくれって言ってなかったかお前。いつがいい? 今からか?」
「フランス語なんて後、あとでいいっ ここ、喋れる人大勢いるしっ」
「廉、お前歌好きだろ。なんかいつもふんふん歌ってるし。よし、フランス語の歌教えてやるから」
 言い終わるや否やで遠藤がペンタブ片手にフランス語の原詩で『クラリネットをこわしちゃった』を歌いはじめた。さすがに発音は完璧のようだが、如何せんリズムが脱走している。山本が耳を塞ごうがお構いなしで当人は至極真面目に歌っているつもりらしいが、言語が分からなくても日本でもポピュラーなメロディだからか、悲しいかなオンチだと分かってしまう。
「そのくらい歌えるし知ってるしー」
 変な調子で歌う遠藤から廉がフレーズを掻っ攫って歌いだす。
 完璧なメロディライン。どこまでもわが道を行く遠藤さえ一瞬ぽかんとして歌うのをやめてしまうくらい、圧倒的に上手い。
「うわ、コノヤロー、発音も完璧じゃねぇかよ。ったく、総合的にカッコよくて御曹司で歌が上手いとか、なんか一つよこせよ俺に」
「遠藤さん、部分的にはなんとか標準で、一応有名商社に勤めてるんだから、歌が下手なくらいどうってことないですって」
「山本のクセにナマイキだなコラ。廉も、なんで途中でやめるんだよ。ちゃんとsiまでうたえよsiまで」
「7番までとかメンドクサイよ。音階以外全部同じだもん。なんか、田口さんが睨んでて怖いし」
 そう言われて、遠藤と山本もちらりと田口女史を窺う。睨むと言うより蔑んでいる様な目つきでこちらを見ている。
「よし、わかった。じゃあ今晩は田口も誘ってカラオケ行くぞカラオケ。と言うわけで、廉、田口を誘って来い。敬語で」
「え。僕が? 敬語で?」
「練習だ練習。お前そんな喋り方じゃ将来彼女の父親に挨拶行けねぇぞ」
 茶化すようにけしかける遠藤を横目に、廉なら相手から挨拶に来るだろう、と言うのはさすがに飲み込んで、いい機会なので『やるの?』と目で聞いてくる廉に頷いてやると、しぶしぶと言った風で廉が立ち上がり田口女史に歩み寄る。
 距離的に聞こえていないはずはないのだが、無視を決め込んでいるのか、田口は廉の気配にも振り向かない。ちらちらと助けを求めるように廉がアイコンタクトを試みているが、遠藤はニヤニヤ笑うだけだし、山本は口の動きで『早く』と繰り返しているだけだ。援護を諦めて、廉がそっと恐る恐る田口女史に話しかける。
「えーっと、あの、なんだっけ。田口さん、カラオケ行く? じゃなかった。んー カラオケ行かない? でもないし、あーっと。カラオケ、行かないデスか?」
「廉君」
 ギッと、──一応どこかのデザイナがボディメカニクスを研究して作り上げたイスなのでもちろんそんな音は実際にしないのだが──心持ちデスクにナナメにイスを動かして、田口女史がふふんと不遜な笑みを唇の端に浮かべている。
「…………ハイ」
「この前、秘書課とカラオケ行ったそうね?」
「うん。先週だったかな、秘書課の人たちと行ったの。アレ? 月曜? ……庶務と行ったのが先週の木曜でー……」
「で? ヨソの課の子達とは軽々しく遊びに行くくせに同じ課で色々よくしてあげてる私を誘うのが今日だと?」
「え、いや、えっと。だって僕から誘ったわけじゃなくて誘わ……」
 ブツブツと課名を挙げて指折り数えている廉の言い訳を、冷気をまとった田口女史の言葉がさえぎる。
「だまりなさい」
 ピシリと一刀両断されて廉だけでなく一挙一動足見ていた嗾けた二人組まで思わず背筋が伸びている。
「じゃあ今晩は遠藤さんのオゴリで。山本君、人を集められるだけ集めなさい」
「えええええー 俺、出張帰り……そんな大勢無理……」
「Tais-toi ! この課の女子社員に呪い殺されたくなかったら言うこと聞きなさい」
 年齢はもちろん、入社も先だった遠藤に容赦ない一撃を加えた後、にっこりと山本に向かって笑顔を向けているが、目が笑っていないので怖い。
「えーと。女子全員の確認、了解しましたッ」
「山本の卑怯者ー」
 さっさと机に向かって、引き出しから個人所有のパッドを取り出し、この騒ぎだしみんな聞こえているだろうと見出しはあえて打ち込まずに指先で出欠名簿の罫線を引いて、赤字最優先回覧で前の席の星野に渡す。
「ヨロシク!!」
「え。あ、ハイ。女子だけ回したらいいんですか?」
「男は会費取るぞ、会費!!」
「じゃあ、名目は廉君の歓迎会ってことで?」
 氏名・出欠の欄があるだけの罫線だけが引かれたパッドを眺めて星野が確認するように聞いてくる。
「そう言えばしてなかったっけ?」
「してなかったですね、そう言えば」
「そう言うのあるの?」
 田口女史に睨まれて珍しく威圧されていた廉は、さすがの立ち直りの速さで混ざってくる。
「ウチは原則四月入社、四月移動だからな、その時期に歓送迎会とかはするけどお前はイレギュラーだったからなぁ 時期も存在も」
 時期はもちろんのこと、廉の置かれている立場、状況を考えて、誰も気軽に音頭を取る人間がいなかっただけなのだが。
「女子はみんな遠藤さんのオゴリで、時間は何時からしますか? 場所は? 男子の会費額は?」
「時間は七時、場所は角のアミューズメント。予約は山本が取る、と。男子の会費はかかった費用ワリカンだ」
「予約はしますけど、それだと遠藤さんのオゴリにならないじゃないですか。カラオケだけなら男子千円で」
 我ながら名案だと笑う遠藤に、山本が個人端末で予約を入れながら切り返す。
「三千!」
「千二百」
「……二千七百!」
 もう一声! だとか、遠藤の呻き声だとか。張り上げているのは遠藤のみだ。こういった勝負は、冷静なほうが勝つと相場が決まっている。
「……千五百……ッ!」
「手を打ちましょう。星野さん、大部屋取れたんで、打ち込み後、回覧お願いします」
「わかりましたー やったー 他の課の子達がみんな自慢するんですよねー 廉君と飲みに行ったとか、カラオケに行ったとか。あ、廉君ってRENの歌がすごい上手って本当?」
「歌えるよー」
 ウキウキとした様子で見出しその他を打ち込んでいる星野がいろんな曲のタイトルを出してアレはコレはと廉に聞いている。
「そっか、廉が鼻歌ってるの、RENの歌だよな」
「え。そんなの歌ってる?」
 山本に指摘されて、無意識に口ずさんでいたらしい廉の方がびっくりしている。
「歌ってるだろう。自覚なし?」
「廉が廉の歌ってなんだよそれ」
「えー 遠藤さん、REN知らないとか?」
 パッドに入力して、隣に回しながら星野が信じられない! と遠藤を凝視している。
「いるだろここに」
「廉君じゃなくて! RENですよ、歌手のREN。十年くらい前にドーンと売れて、三年くらいで引退しちゃった女の子!! ホントに知らないんですか!?」
「だって俺、そのころフランスにいたし」
「俺はアメリカいたけど知ってますよ。向こうの日本人向けのチャンネルじゃ毎日みたいに歌も流れてたし。俺たちの年代で知らないヤツ探すほうが大変なくらいじゃないですか? 遠藤さんってホントは幾つ?」
「てめぇら、人をジジイ扱いしやがって……」
 星野と山本に呆れられて、遠藤がいじいじと拗ねてみせる。
「廉もそのくらいのころって日本にいなかったんだよな?」
「ん。でも山本さんと同じで知ってる」
「チクショー 俺は真面目に留学先でがんばってたんだチクショー……」
「ホラ、あなた達、課長がじーっと見てるわよ。漫才してると」
 本格的にヘソを曲げた遠藤に、若手三人がどうしたものかと顔を見合わせていると、さっさと机に戻って振り向かないままの田口女史にひそっと指摘されて、ちらりとガラス張りの向こうに囲われている課長を見るとあからさまに視線を外された。他の社員がこの調子ならこの時とばかりにガツンと関係ないことまでひっくるめてお小言を頂く為にお呼び出しがかかるが、廉が混じっているおかげか、遠藤も山本もついでに大目に見ていただけているらしい。
「よし、廉! 課長も誘って来い、課長も! さっきの調子で敬語で」
「ダメだよ、遠藤さん、自分の出費を課長にかぶせようって魂胆ミエミエ」
「バカ者。コレは廉を早く敬語に慣れさせようと言うありがたい年長者としての配慮だ」
 収拾も付かずに再び始まった漫才のようなやり取りに、勝手にドウゾとばかりに、田口女史が背中で大げさに嘆息して見せる。どうにでもなれと思いながら山本も仕事を再開する。
 結局、楽しい職場なのだ。廉が来てからは、尚更のこと。









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