黄昏の告白 前編
本日、アカデミー(忍術学校)は休校日である。
普段であれば、忍を目指す多くの子供達で賑わっている教室も…今は誰もいない。
そんな誰もいない教室の座席に腰掛け、頬杖を付きながら独り呆然と佇む俺。
無論、これには理由がある。
先日の任務に於いて、俺の受け持つ班で一つの不祥事が発生した。
事の切欠は、俺と共に任務に当たった(名は覚えてない)なりたての中忍野郎。実力もなく実践経験も浅い癖に、ソイツがでしゃばってくれたお陰でターゲットの一人を取り逃がしてしまったのだ。
今回の任務は5人の合同任務。その5人のメンバーの中に、俺はリーダーとして加わっていた。
不祥事を起こした責任は、全てリーダーである俺に圧し掛り…五代目火影直々に始末書の作成を命じられ、今に至る。
自慢ではないが、俺はこう言った作業がすこぶる苦手だ。
机の上に置かれた紙は、真っ白なまま一行たりと書かれていない。
「帰りてぇ〜」
ふと、教室の窓から覗く青い空へと目を向ける。
空の真上に輝く太陽。
生い茂る木々から落ちる木漏れ日。
緑溢れるその美しい光景に、俺は思わず目を奪われた。
今日は約1ヶ月ぶりに取れた休日だったのだ。
その貴重な休日に始末書作成など、全く持って不幸な事この上ない。
俺は何をするでもなく、窓の外へと視線を向けたまま暫く放心状態でいた。
しかし、頭を空にしようとすればするほど…如何しようもなく、先日の出来事が思い出される。
ナルトとの共同任務。
任務を終え、二人肩を並べて歩いていると…ふと、足を止めるナルト。
突然、歩を止めたヤツを不審に思いながら、俺は背後に佇むナルトを見やる。
ナルトはその場に立ったまま、瞬きもせず黙って俺を見詰めていた。
その顔は酷く真剣で、何時もと違う雰囲気を纏うナルトの蒼い瞳に見据えられ、俺の心臓は知らず大きく鼓動する。
何時までも、ナルトは黙ったまま。
だが、軽々しく口を挿める雰囲気ではない。俺は、ヤツが話し出すのを唯ひたすら待っていた。
夕日を受けてキラキラと輝くヤツの黄金色の髪。
痛いぐらいに目に焼きつく。
そして…永遠のように長く感じられた沈黙の後、ナルトが俺に伝えた言葉。
『好きだ…サスケ』
今更な告白だと思った。
だが、こうして真剣な面持ちで面と向かって言われたのは初めての事だ。
そこで、俺は考える。
『俺達の間にあったモノのは一体何だろう?』…と。
ただ何となく、友達の延長のような形で存在していた俺達。
何時も一緒にいて…時には、恋人同士のように触れ合う事もあった。勿論、ナルトから『好き』と言われた事だって、今までに何度もある。
だけど、何気ない戯れの中で口にされる『好き』と言う言葉を、俺は適当に聞き流していた。だから、今まで俺の口から同じ言葉をナルトに返した事はない。
早い話が、俺達は“恋人”として正式に付き合っている訳ではないのだ。
今回のこの告白は、俺から答えを貰う事で『“本当の恋人同士”として付き合いたい』と言うナルトの決意の表れなのだろう。
ナルトは、俺からの返事を待っているようだった。
しかし、俺はヤツの告白に対し何も答えらぬまま硬く拳を握り締める。
何か口にせねばと思うのだが、焦れば焦るほど言葉が喉に絡まる。
何故か、顔が火照って酷く熱かった。
きっと紅くなっているであろう頬を、俺はナルトから隠すように俯く。
『何だよそれ…バッカじゃね〜の』
思ってもいない言葉が、己の口から零れ落ちる。
だが、出てしまった言葉は元には戻せない。
俺のこの心無い言葉に、ナルトは深く傷付いているかもしれない。
そう思うと、顔を上げてナルトを見るのが怖くて…俺は、俯いたままヤツに背を向け走り出した。
その後、俺はナルトと一度も顔を合わせていない。
俺の言葉を、ヤツはどう受け止めているのだろうか?
「止めだ・止めだっ!!」
何も書かれていない白い紙片を両手で丸める。
提出期限は今日の夕方までなのだが、こんなモノを書くより直接お叱りを受けた方が気が楽と言うものだ。
始末書作成に見切りを付けると、俺は早々に席を立つ。
その時、そんな俺の行動を諌めるかの如く教室の扉がガラリと開かれた。
「ああ…サスケ先輩」
扉から顔を覗かせたのは、この状況を作り出した諸悪の根源。
俺の姿を見付けると、ヤツは慌てて俺の元へ駆け寄ってきた。
「すんません、サスケ先輩…俺の所為で」
「…」
「怒って…ますよね?」
ヤツは、俺の顔を下から覗き込む。
捨てられた仔犬のような潤んだ瞳で見上げられると、如何にも居心地が悪い。
「別に怒ってない。だが、軽はずみな行為は己の生命だけでなく、周りの仲間にも影響を及ぼす事になる…これからは、良く考えて行動しろ」
「ホンとスミマセン。俺、猪突猛進型で…良くミサオさんからも叱られるんっス」
「ミサオ?」
「ああ…俺、孤児院育ちで、そこで皆の母親代わりをしている人が“ミサオさん”って言うんですよ」
そう言われれば、聞いた事がある。
木ノ葉の外れに立つ、嘗ては白く美しかったのだろう古びた建物。
そこには、親が死んでしまった又は親に捨てられた子供達を集めて育てている人がいるらしい。
「スマン…余計な事を聞いた」
「イヤだな〜…俺が先輩に謝りにきたんっスよ」
ケラケラと明るく笑うソイツは、“孤児”などと言う暗い背景を背負っているようには思えなかった。
天真爛漫な表情は、どこか昔のナルトを思い起こさせる。
「俺、ご迷惑を掛けたお詫びに、先輩に昼飯をご馳走させてもらおうと思って…」
「バカだな…そんな気を使う必要はない」
「でも、それじゃ俺の気がすみませんっ…お願いですから、俺の顔を立ててやって下さいよ」
必死になって訴えるその姿に、俺は渋々ながらも頷く。
途端に、パッと顔を輝かたヤツの姿は喜怒哀楽の激しいナルトと本当に良く似ている。
「あ…そう言えば、オマエ名前は?」
「え…俺の名前…覚えて下さってないんすか」
途端に、ヤツは泣きそうな顔で俺を見詰める。
「いや…その…スマン…人の名前を覚えるのは苦手なんだ」
本当の事を正直に告白する。
俺は人の名前を覚えるのが、すこぶる苦手なのだ。
『覚える気がないからだ』と怒られた事があるが…まさしく、その通りである。
「蒼井です“蒼井そら”って言います…簡単でしょ、ちゃんと覚えて下さいね」
「“そら”か…良い名前だな」
綺麗な響きだと思った。
印象深い名前なので、幾ら俺でももう忘れる事はないだろう。
「俺、スッゴク美味い店知ってンすよ…ソコ行きましょっ♪」
そう言って、ヤツは強引に俺の腕を引く。
俺は、馴れ馴れしい人間が何よりも嫌いだ。
普段なら、そらの態度に顔をしかめている所である。だが、何故か嫌な感じはしなかった。
「解った解った…一緒に行ってやるから引っ張るなよ」
苦笑しながらも、その場から立ち上がる俺。
スキップでもしそうな勢いで前を歩くそらに続いて、俺達は教室を後にする。
俺の座っていた机の上には、忘れ去られたように丸められた紙片が転がっていた。
目の前に佇む、一軒の店。
その店のドアには『本日休業』の札が下げられていた。
「あっちゃ〜…何てこった」
額を手で押さえ、天を仰ぐそら。
結構な距離を歩かされて、そうしたいのは俺の方だ。
「休みなら仕方ねぇ…別んトコ行こうぜ」
俺は慰めるように、ガックリと落とされた彼の肩に手を乗せる。
涙目で俺を見上げるその姿は(先ほども同じように感じたが)本当に捨てられた仔犬のようだ。妙な罪悪感を抱かせる。
「そんな顔すんなって…この店は、また今度行こうぜ」
俺の言葉に、そらの瞳が輝きを取り戻す。
一体、今までの悲壮さは何処へ行ったのか?
俺の両手を握りしめて、ぶんぶんと激しく上下に振った。
「本当ですかっ!…約束ですよ。絶対、また一緒に飯食いに行きましょうねっ!!」
しかし、その動きがふと止まる。
心なし俯く彼を、俺は怪訝な顔で覗き込んだ。
「でも、今日は如何しましょう…折角、こんな所まで足を運んでもらったのに」
“しょんぼり”という言葉がピッタリな小さな声。
俺は苦笑交じりに、言葉を紡いだ。
「別に、またアカデミーの近くまで戻れば良いだろう…俺達の足ならたいした事はない」
「そりゃそうですけど…」
顎に手を当て、そらは考え込むように唸る。
「そうだっ…俺の家に行きませんか?」
良い案を思いついたとばかりに、彼はバッと顔を上げる。
いきなりの展開に、俺は些か面食らった。
「オマエにの家って…孤児院にって事か?」
「ええ…俺ンとこ、人も多いから飯の量も多いんでえすよ。作るのにも時間が掛かるから昼飯の時間は通常より遅いんです。でも、沢山作るから一人や二人増えたところで大丈夫…ミサオさんの料理は美味いんですよ」
話が勝手に展開して行く。
俺は、そんなヤツを慌てて止めた。
「しかし…いきなりお邪魔するわけには」
「大丈夫ですってっ!!」
『行きましょう』と、そらは俺の背を押す。
本当に強引なヤツだ。
「解った…解ったから」
何故か、コイツの強引さには逆らえない。
まるで、出来の悪い弟が出来たようだ。
こうして、俺はそらに背を押されるまま彼の住まいである孤児院へと向かったのである。
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