ケース3−6 駿壱の場合


 開いた戸が跳ね返るほどの勢いで引き戸を開けて、入ってきたのは、まあほかに人間はいないから華菜以外にないんだけど。
「華菜? どうか、したのか?」
 いつも元気によく動く瞳がすわっている。
 顔も無表情だ。それに異様なくらい殺気がみなぎっている。
「か……」
 ごづっ
 もう一度名前を呼ぼうとした時、腰の後ろで鈍い音がした。
「ってー……」
 腰が、洗面台の角がッ……
「もうやだ!!」
 見下ろしたら、色素の薄い長い髪、頭。
「こんなのならもとのままがよかった!」
 離すまいとがっちり回された細い腕。
「変わらなかったらよかった!!」
 それなのに、小さく震えるからだ。柔軟性に富んだスウェットをはさんで、伝わる心音。
 柔らかいその感触。俺の意思に反して反応しようとする下半身。さっき抜いたのに……じゃなくて!! ヤバイ。トランクスとフリースのズボンじゃごまかしきかんッ!!
「大好きなのに、昨日より今日のほうがずっとずっと好きなのに、昨日までみたいにできないの。こんな風にするの、すごい勇気がいるの。今までこんなことなんとも思ってなかったのに怖いくらいどきどきするの。ずっといっしょにいたいのに、くっついていたいのに」
 見上げてくる瞳。入ってくるまでの威勢のよさはそこにかけらもなくて、ただすがるようなその瞳を見たら、メンタルな部分の何かが刺激されて、こみ上げるモノがすとんとどこかに落ちた気がした。
 いや、溜めっぱなしだったらこうは行かないだろうけど………
「何でかなぁ……こんなにいっしょにいたいのに」
 頭をなでて、無理な角度に曲げられた首をそっと元に戻させると、素直にことん、と胸に頭を預けてくる。なるべく、出来るだけそっと、柔らかく小さな体に腕を回す。
 しばらくそのまま、何も言わずに抱き合う。
「聞こえる? 華菜だけじゃないよ。俺の心臓もすごく早いだろ?」
 小さく頷く微かな反応。
「華菜が触ると俺はいつもそうだよ」
 全部奪ってしまいたい衝動を、どうにか押さえることに必死だった。
「ごめんな。怖がらせた」
 華菜の頭がはっきりと横に振られる。少し湿った長い髪が俺のわき腹に当たって揺れた。
「華菜から見て、俺はどんな風に見える?」
 裸の胸にあたる、柔らかい頬の感触。首をかしげるような仕種。
「かっこいいよ。勉強もスポーツもできる。なんでもできて……やさしいし、背も高いし、顔もきれい。私、駿兄の隣にいてもほかの人に笑われないように、絶対いい女になるって決めてるもん」
「そう? 俺はね、華菜が生まれたときに思ったな。かわいくて仕方なかったよ。歩けるようになったらいつも俺の後をくっついてきてさ、華菜が喜ぶなら何でもできた。華菜が「すごいね」って笑ってくれるたびに、次もがんばろうって思えたから、今の俺がいるんだと思う」
 いつも無邪気に笑って、誉めてくれる相手がいるってのは、子供にとっては何よりも励みになる。牛乳なんて大嫌いだったけど毎日飲んでたから。背が高くなりたいって言った俺に、由紀さんが次の日から吐くほど牛乳ゼリー作ってくれたっけ。
「でも、そのうち優等生として作り上げた自分を手放せなくなった。華菜の前でも自分を作るようになって、ホントの気持ちを隠して、なるべく冷静を保ってた。いいお兄ちゃんをやめたとき、華菜が俺をどう見るのか怖くて隠してた」
 妄想の中ではあんなことやこんなことやそんなことやってることは、さすがに自主規制。
「今まで我慢してたからかな、今日後楽園で華菜がすごいうれしいこと言ってくれた上に家には親はいないしこりゃもうダメになれって言う神様の思し召しかも知れんとか考えちゃってさ。結局こんな風に華菜を悲しませてるんだから、何やってんだろうな、俺。あと十二年くらい待てるなんてカッコつけといて、もうあんなことやってんだから」
 そっと髪を掬って、こぼす。さらりと指の間からほどけて落ちる髪。
 何度かそうやって、長い髪をもてあそんでいると小さく、華菜がつぶやいた。
「いいよ。じゃあ、だめになってよ」


ケース4−1 華菜の場合
------------さーいよいよっすか(ほんとか?)
ケース5−0 ここで天の声
------------そう言うのは読まないと言う方は
------------飛ばしてください。

ケース3−5 華菜の場合



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