AFTER DAYS 04−B 草野キリカの視点


「うわ」
「笑ってる」
「笑ってるっしょ?」
 ばれたらカスミに巻き上げられるから、隅っこでひそひそと。
「本人さ、気付いてないんだけど、カスミの話振ると笑ったよ、先生」
「どこで振ってたんだよそんな話」
「先生の家」
「草野、お前……」
 呆れた? 呆れてる? 滝本君の言葉がそれ以上続かない。ひひひひひ。楽しいよ、アノ家。
「ホントにお前、いつから知ってたんだ?」
「ん? 去年の六月」
 付き合い始めたのは二年に上がるくらいだって。どうしてそうなったのか聞いても絶対教えてくれないんだよね。今もそこら辺のコトは『ひみつー』『ないしょー』って笑ってごまかすし。いつか聞き出してやろうと思うんだけどね。
「渡辺の家の人も、よく許したよな」
「え? カスミ、家族いないよ」
「は?」
 ほら、生徒名簿。カスミの保護者、苗字違ったでしょ。
「両親は三つくらいのとき死んじゃって、おばあちゃんも高一のとき亡くなったんだって。親戚はいるらしいけど、絶縁状態だから文字通り天涯孤独」
 滝本君も茅家君も、まずいこと聞いちゃったなぁって顔。家族が揃ってて、そうと知らなくても幸せに暮らしてる人間は、他の人も同じように、いまそうあるだけで幸せだってことが一番幸せって気づかない平凡な暮らしをしてるんだって思うものだもの。かく言う私もそうだったし。私が大学合格しちゃって、クソ親父はまだブツブツ文句言ってるし、母さんは母さんでいつ世界が終わるんだろうとか言うし、何でか分かんないけど、ねーちゃんは家を出てくとか言うし、下の二人はまだ合格したこと疑ってるし………ホント、ろくでもないけどやっぱり家族は家族でしょ。ケンカしかしないけどやっぱりねーちゃんには家にいてほしいし。でないと我が家の家事当番、順番早く回ってくるじゃん。
 なんてね。正直な気持ちは絶対言えないけど、物理的にも精神的にもやっぱりそういうのって、無くしたら悲しいでしょ? それはつまり、今が幸せってこと。だからね。
「今は平気なんだって」
 すごくね、幸せーって顔して言うの。
 『先生がいるから』って。だから平気だって。強がってなくて、ホントにそう思ってるんだなって分るから、ハイハイそうですか、って感じなんだけどね。
「ってことはつまり、井名里はそこに付けこんだんだな」
 茅家君……私もそう思うけどさ……
「渡辺さん……またすごいの着てるな……」
 ページをめくりながら、茅家君が話題を変える。そうなんですよ。ミニですよミニのウエディング。これがまた似合ってるからすごいよ。
「これって」
「カスミの趣味じゃないことは確かだよ。あの子普段着ジーンズばっかりだもん」
 こんな足きれいって知ってたら、絶対一緒に買物行ったときミニスカ買わせたのに。今まで惜しいことしてたわ。
「井名里の?」
「先生の?」
 茅家君と滝本君が異口同音。それしかないってば。
「あのオヤジ……」
 うらやましい、って続いて聞こえた気がするわ。茅家君もオヤジ入ってるよ、その発言。
「井名里、仕事どうなった? やっぱりクビ?」
「まさか、フツーに学校行ってるよ」
 甘いよ茅家君。あの先生がそのくらいで辞めるわけないじゃん。
「だろうな。ほら、新聞載ってただろ? あの政治家、絶対井名里の父親だよな。顔ソックリ」
 滝本君が納得したよ、って顔で言う。でもびっくりしたって。
「うん。今日確かめてきた。父親だって。でも前にカスミが先生は次男だって言ってたから、あんまり関係ないみたい」
 そうよ。何のためにチャリで片道三十分かかる新町の『Luxury』まで行ったと思ってるの。この写真もらうのもあったけど、そのこと確かめるためでもあったのよ。あの店長、先生と同級生だから。
 そこで写真見ながらみんなで笑って喋ってたら時間無くなっちゃって必死でチャリこいでたらチェーン外れたんだよ。アレは焦った。
 で、どうしようかなーって思ってたら先生のあの『若やくざ』な車が見えたわけ。地獄じゃ悪魔だって天使に見えるって言う素敵な体験させてもらっちゃった。
「卑怯な」
「大人って汚いよな」
 いろんなものを含んだ二人のセリフ。
「他にもいっぱいコネあるらしいよ。そうでなきゃ一緒に暮らすなんて危険なことできないでしょ」
「え!?」
 あ、シマッタ。
「お前ホント、どこまで知ってるんだ!?」
 ぎゃーシラナイ。もう知らない。なんにも知らないっ!!
 逃げる私。追う滝本君。ぎゃーもう。逃げる女のあと追うなんて、イイオトコのすることじゃないよ!!
 ばたばたグルグルそんなに広くない会場走り回って逃げる。いやーしつこいオトコは嫌われるってば!!
「ホントに知らないってば!! 知りたかったら本人に聞いてよ」
「本人って?」
「あ」
 コーナー曲がって一気に直線っ! って走ってたら、前方にカスミが。いやん。なんか怒ってますか? その手に持ってるものは!? ぎゃーそれどうしてカスミが持ってるのっ!! 茅家君が持ってたんじゃ……
「まだほとんど見てないのに!!」
 いや、私はもう堪能したんだけど、他の人見てないでしょう。当の茅家君は、少し離れたところで部外者のフリしてるし。覚えてなさいよ。アンタの彼女のあずみちゃんにあることないことふきこんであげるからっ
「見なくていいっ! こんな恥ずかしいものどこから持ってきたのよ!? 地味目の選んで持ってきた私の苦労はどうなるの!?」
「ドコからって……『Luxury』の一ノ瀬さん。今日逢うよって言ったら、ついでだから渡してねって」
 私の苦労って……自主検閲かい……
「じゃあすぐ渡して。私に渡して」
「ゴメンナサイモウシマセン」
 怒ってる。
「……私、キリカの『ごめんなさいもうしません』って何回聞いて、何回いいよって許したか覚えてないんだけど?」
 怒ってる……
「いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもっ!!!」
 うわ。
「どうしてこんなくだらないことばっかり思いつくの? 毎回毎回同じようなこと繰り返して。神経シナプスがどこかで堂堂巡りしてるでしょう? 一度繋ぎなおしてあげましょうか?」
 ぎゃーもう。オッシャルトオリデス。って言うか、最近のその舌の回りっぷり。
「渡辺……」
 私が反撃しようと思ったとき、追っかけてた滝本君がつぶやくみたいに。
「なんか、付き合ってたって言われて気付いたんだけどさ」
「なに?」
「そう言えば、似てるような気が、する」
 滝本君、そんな歯切れの悪いセリフじゃカスミにはちゃんと伝わらないよ!! ここはがつんと男らしく言っちゃいなさいって。多分誰も異を唱える人いないから!!
 小首傾げてるカスミに、実に言いにくそうにしながら滝本君がもごもご口を動かしている。じれったいなーもう。キミが言わないなら言っちゃうよ。
「先生に」
「キーリーカー」
 小声、と言うか、ひそって声は逆に音域の関係でよく聞こえたりするのよね。もちろん今のはその効果狙って言いましたとも。きひ。ニヤリと笑いながら私がトドメをさすと、カスミが低い声で私の名前を呼ぶ。逃げたいけど、ここで走って逃げたらドツボにはまるから、ここは開き直って笑顔を貼り付けて切り返さねば。
「カスミ、先生といるときはそうでもないけど単独でこうやってると結構言動が先生みたいになってるって、気付いてなかったでしょう?」
 よし、これで話は逸れた。
「お生憎さま。これでもわりと気をつけてるの。似ないように。どーしてだかキリカ相手にするとモードがオンになるだけよ! それとこれとは話が別!!」
 うわ。オンになりっぱなし? コレ、ってところで手にもったポケットアルバムをずいっとこちらに示す。わかってるもん。そんなこと。
「だからーもうしないってば。ごめんなさい、このとーりっ!!」
 両手を合わせて拝み体勢。もちろん上体は六十度くらいの角度でお辞儀。
 最近カスミ、賢くなってきたのよね。頭がいいのは前からだけど、揄(からか)い甲斐がなくなった、っていうか。
「それにさ、結婚式なんてもの、新郎新婦が見世物になってナンボのもんじゃない」
 これは受け売りだけど。
「キリカ? あなた本当に反省なんか口先ほどもしてないでしょう?」
 あ、ヤバイ。また口が滑った。

                                        2002.4.24=up.





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