AFTER DAYS 27 草野キリカの視点


 あーもうっ大学。何でこんなに始まるの早いの? 高校より一週間も始業が早いってのはどういう了見なのかしら。
 卒業からほとんど毎日毎晩、朝までゲームしてる自分が悪いんだけどさ、一緒にやってた弟や妹が、きっとまだ寝てるんだと思うとすごくムカつくわ。シロかキミ、どっちか嫌がらせに起こしてから来たらよかったわ。そう言えばやつら、今年入学だから普通より一日春休み長いんだよね。ああ、ほんとに、嫌がらせしたい。
 とりあえず今出来るのは、どっちかの担任が井名里先生になるように呪うくらいか。あとは数学の担当が井名里先生になるように。シロは多分ついて行きそうだけど、キミは無理だろうからできればキミで。
 なんてバカなこと考えてないと、ほんとに寝そうだったの。明日は学校だから寝なきゃって思っても、体が休みに慣れちゃって眠れないから遊ぶ悪いパターンが身についちゃってさ。
 昨日の入学式も眠いかったけど、今日あったガイダンスも眠くて死にそうだったわ。そのあとそのまま、ガイダンスを受けた教室で、同じ学科の仲良くなれそうな子たち……って言っても女の子が少ない学科だから、なんとなく同じ学科の女の子全員と同じ選択することにして、情報収集。
 大抵、同じ地区内の高校からなら毎年一人や二人入学生が居てもよさそうなもんだけど、なんと私が受けた学科には去年もその前もまたその前も、新城東からは誰も入っていないのだ。頼みの綱だった仰木樹希(おうぎたつき)(一応この大学のこの学部の某ゼミの助手で今のところまだカレシ)は『リカだけ贔屓するようなことはしません』とかいいやがって、聞いても教えてくれない。贔屓してよバカ。だから私にはどの先生の授業を取ったらいいのかなんてサッパリ。要領のいい子はちゃっかり教科書とかも先輩に譲ってもらうらしい。ほんとに、教科書代もバカにならない額。これもバカ樹希に職員割引ないのって聞いたけど『あるわけないだろバーカ』と言われてしまった。バカを伸ばされると本当にバカにされてるみたいでハラ立つわー。思い出しても。
「あ」
 取りたい授業をチェックしてどの先生が女の子に甘いかとか、厳しいとか、雑談をしてたらジーパンのポケットに入れた携帯がガタガタ震えながら『キリカちゃんっ! カスミちゃんから電話だよ!!』と若手俳優の声で繰り返している。この声メロもいい加減変えないとここではちょっと恥ずかしいかも。高校生っていう生き物だった頃は何してもヘイキだったけど、もうこの場所は同じ『学校』でも『高校』じゃなくて、みんなおそろいの制服を着ていないってだけでなんだかこう言う些細なことでも変えたくなっちゃうからフシギ。
「はいはーいっ」
『あ、キリカ? 終わった?』
「終わったよー疲れたよぅカスミは? そう。んじゃなんか食べに行こう。おなか空いたよぅ」
 待ち合わせを正門にして電話を切る。
 お先にって立った時うしろから声をかけられた。
「ちょっと待って。今電話が言ってた『カスミちゃん』ってもしかして昨日新入生代表やってた渡辺夏清さん? ……えっーと……ああ、僕、青谷清一(あおたにきよかず)」
 で、声をかけた本人、私の名前知らないんでやんの。そうそう。人に名前聞くときはまず自分から。あからさまにアンタダレ? ってにらむ私も私だけれど。
「草野。草野キリカ。私が電話してた相手がなにか?」
「えっと、うん。多分僕、同じ中学だったと思う。彼女と」
 なんとなく胡散臭くて、邪険に見下ろすみたいになっちゃった。私、今日はちょっとばかりかかとの高い靴をはいている。彼の方が若干……十五センチくらい、頭の位置が低いものだから、その差だけのプレッシャーでたじたじして視線を逸らしながら、最後は口の中で含むような聞き取りにくい声でそう言った。
「え!? アオタニ君ってカスミと中学一緒だったの!?」
「ああ、クラスは違ったんだ。彼女は一組で、僕は三組。それにあの頃と雰囲気がすごく変わってて、別人だったとき恥ずかしいから、本人には聞けなくて」
 そのあと確認するようにアオタニ君が卒業した中学の校名を言ってくれたんだけど、そう言えば私、カスミが出た中学の名前知らないわ。聞いても全然分らない学校。こっちが高校名を言っても、今度はアオタニ君が知らないから確認にならなかった。
「なら本人に聞けば? これから逢うから。カスミの方が覚えてるかもよ」
 リュックを担ぎなおして、今度こそ女子にバイバイを言ってから、アオタニ君従えて歩く。
 あーもう大学っ!! どうしてこう無駄に広いの?
 その無駄に広い校内で、たまたま偶然、男子と歩いてる時に、廊下の向こうからなぜかバカ樹希が歩いてきたり。声かけようとしたのに、全然見えてないみたいな顔してすれ違われた。むかつく。中途半端にあげた手をどうしろと? 今度されたら追いかけて誰が居ようが抱きついてちゅーしてやるから覚えてなさいよ。
「草野さん?」
「え? ああごめん」
 突然立ち止まってあげかけて止まった手を握りこぶしにして震わせてた私に怯えたようなアオタニ君の問いかけ。半径五十センチより少しはみ出してしまった怒りのオーラを範囲内に引っ込めて、歩き出す。
「行こう」
 別にね。動揺しろとか、そう言うのはないけど。挨拶くらいいいじゃんか。シカトすんなバカ。
 大またでずかずか行ったらそれでも遠いと感じていたはずの正門に到着。したのはいいんだけど。
 どーして、あの子はああも集られやすいんだろう。今集ってるのは多分クラブの勧誘だな。いい男ばっかりだもん。勧誘要員と見て間違いないね。
 顔は美人の部類に入るし、笑ってるとかなりかわいいし、手足長いし、スタイルいいし、髪が長くてサラサラだし、胸でかいし。わぁ数え上げたら私が男でも声かけるかも。さらにスキも多いし。でもねー……
 アンタ人妻でしょうがよ。男どもも気づけ。薬指の指輪は本物だぞ。
 戸籍上はもう井名里夏清だけど、学校では渡辺夏清のままにするんだって。変更に手数料かかるから。入学前に申請しても手数料は変わらずかかることを知って、井名里先生がみみっちく怒ってたわ。二千円くらいなんだから払ったらいいのに。
「あ、キリカキリカっ遅いよ、もう」
 隙間から身を捩って、私をやっと見つけたらしいカスミが小走りでやってくる。
「ごめんごめん。だって私の学部の方が遠いんだもんココ」
 言いながら、こっちをみた勧誘要員に笑顔を向ける。去りやがれ、ってな感じで。今ちょっとむかついてるからとってもラクに怖い顔できるわ。無言でそいつらを蹴散らし終わったとき、アオタニ君と私を交互に見ながら『ダレこの人』って聞いてるらしいカスミと目が合う。この子は……もしかしなくても覚えてないのね。同級生の顔を。
 戸惑ったような顔をしているカスミにアオタニ君がまた自己紹介。こっちは別に、カスミが覚えてないことなんか全然気にしてない様子。
「クラスも小学校も違ったし、多分喋ったこともないから、覚えてないと思うんだけど」
 ああ。それじゃ覚えてるわけないよ。と言うより、アオタニ君はよく覚えてたね……
「なにか、用?」
 アレ?
「うん、あのさ、再来週の土曜日なんだけどこっちに進学したり就職したりしたやつらと集まろうって話があるんだ。もしよかったら渡辺さんも来ない?」
「行かない」
 え? オイ。即答ですか。しかも『行けない』じゃなくて『行かない』突き放すみたいに、冷めた言い方。こんな喋り方のカスミは、初めて見た。
「何か用事とかあるの? なかったらおいでよ。高校から一緒の子もいるから、みんな顔見知りってわけじゃないけど、同じ中学だったやつら、結構みんな渡辺さんに会いたいと思ってると思うよ」
「…………」
「実はさ、高校行ってからとかも、同じ中学のやつらと集まったらよく渡辺さんの話題になってたんだよ。隠れファン多かったって言うか」
 いつの間にか拝むような体勢になってるアオタニ君。
「頼む。昨日代表挨拶で見かけて、渡辺さんのこと気になってたってやつに言ったら本人なら話したいから絶対連れて来いって言われたんだ。みんな懐かしいだろうし、ね?」
「……行ってあげたら?」
 無言のまま答えないカスミと、両手を合わせて頭を下げたままのアオタニ君。見かねて口を出したら、カスミが長いため息をついた。
「………考えとく」
「頼むよー ちらっとだけでもいいからさ。一人でくるの嫌なら、草野さんも来てもらって」
 遠まわしにお断りの返事をしたカスミに情けない声でそう言って、アオタニ君が救いを求めるようにこっちを見た。私はグリコのオマケか? いや、価値があるのはカスミだから、私がキャラメルか?
 うーん。カスミは行きたくなさそうなんだよね。でもアオタニ君のほうは、お付き合いで誘ってる雰囲気じゃない。是が非でも来て欲しいってカンジ。
「どうする? ダンナに聞いてからにする?」
「別に……聞かなくてもいいけど……じゃあ……キリカも来てくれるなら、少しだけ顔出すよ」
 行き渋ってる原因は井名里先生かなって聞いたら、そうじゃないみたい。
「いいの? 私も」
「いいよ。来て来て。じゃあ詳しいこと決まったら電話する。番号教えてくれる?」
「携帯は……」
 番号を教えることにものすごく拒否反応を起こしたカスミに、アオタニ君が不思議そうな顔。
「え? 僕、別に誰かに教えたりとかしないけど……」
「あーじゃあ私のでいい? 私から連絡するから」
 いや、君自身がアウトなんだよ。
「ワケはまた今度教えてあげるから、ムリ言うと行かないって言い出すかもよ?」
 それは困るのだろう、私が番号を言うとあたふたと自分の携帯電話のアドレスに入れて、私の携帯に着信が入る。
「今入れたのが僕の電話。なるべく来て欲しいけど、どうしてもダメだったら連絡して」
 ハイハイ。アオタニ、と。
「それじゃあ。ゴメンね。時間取らせて」
 彼自身も時間を気にしているのか、携帯の時刻を確認して手を振ってから行ってしまう。
「ご飯。なに食べる?」
「……なんか、さっきまでものすごくおなかすいてたけど、今はもう何にも食べたくないかも」
 げんなりって様子でカスミがまたため息をついた。さすがの私も、カスミの反応見てマズかったかなと思ったり。すぐ逢うからいいかと思ったけど、電話で確認したらよかったな。逢うか逢わないか、カスミに。なんか、本気で逢いたくなかったっぽいもん。昔の知りあいに。
「そんなに嫌なら今から断ろうか?」
 携帯を取り出して、さっきの着信にリダイヤル。
「だめだ。話中。つながんない。後からかけなおすか。私は現在進行形でおなかすいてるんだけど、ご飯食べに行っていい?」
 問いかけにカスミが頷く。
「んじゃモスでいいか。ほら、行くよ」
「んー」
 手を引いて歩き出す。モスは駅前だから、ちょっと歩かないといけない。
「誰か逢いたくない子がいるとか?」
「んー……」
 手を引かれるまま、生返事。
「じゃあ外してもらったら? 誰が来るか聞いて、その子がいたらいかないって言えば」
「………そう言うわけじゃ、ないんだよ」
「アオタニ君のカンジなら、ほんとに逢いたいから誘ってるっぽいじゃない? 冷やかしとかでもなくて」
 わりと真剣っぽかった。誰かに言った手前連れて行かなきゃ何か言われるからかもしれないけど、つまりそれは、アオタニ君じゃなくても誰か他にカスミに逢いたがってる人がいるってことでしょ。
「うん……青谷君は、多分いい人だから」
「思い出したの?」
「二年と三年のとき、三組のクラス委員だったと思う。彼」
「へー。じゃあ一緒にやってたんだ?」
「ううん。私、中学のときは図書委員しかしてなかったから」
 ハイ?
「カスミ、委員長じゃなかったの?」
「うん。そう言うのはもっとクラスで人気がある子がしてたから」
 人気……確かに、頭いい子ばっかりしてたわけじゃないんだろうけど……
「一回も?」
「うん」
 うんって、アナタ……
「中学のときって、なんかあったの?」
 思わず足を止めて振り返った私にカスミが笑おうとして失敗したみたいな、なんていうか、うん、すごく微妙な顔をした。
「んーまぁ、いろいろ」
 ……そのイロイロは、やっぱり話したくないことなんだろうなぁ。
「キリカは、そういうのなかったでしょ? 中学のころからキリカは今のキリカと変わってなさそう。いい意味で」
「性格は、変わらなかったからねぇ」
 人間人生ひっくり返るようなことがあっても、結局性格なんてものはそうカンタンに変わらないもんだと、つくづく思ったよ。
「でも生活は、中学のときと高校のときは全然違ったよ。中学のときは、私の持ってる時間のほとんどがソフトボールに費やされてたから」
「ソフトしてたの?」
「うん。小学校のときは野球。で、中学に入ってソフト。これでも一応中学生選抜で県のチームにも入ってて全国大会とか行ったことあるんだよ」
「すっごい。知らなかった」
「うん。中学から一緒だった子達もさ、そのことは言わないでくれてたから。気ぃ遣って。中三の秋にはもう、スポーツ特待で行く高校も決まってたんだ。でも決まった直後にね」
 ああ、多分私、今ものすごく情けない顔してるだろうな。
「……事故に遭ったの。運が悪くてさ、他はどこもヘイキなのに、一番大事な左肩だけ。動くけど、それまでみたいな球はもう投げられないって。実際ね、十球全力投球したら、肩から腕までしびれて、右手で押さえてもわかるくらい指が震えて、ボールも握れなかった。
 その時はもう、ホントに、人生終わったと思ったり、したよ。十五で。今思ったら、笑っちゃうけどあの時はほんとに、ソフトボール取った自分に何が残ってるか分からなかったもん」
 そのあとはもう、パターンだよね。
「特待は取り消しになって、何にもやる気がなくなって、それから中学も行ったり行かなかったり。家のお金持ち出してお金がなくなるまで家にも帰らないで遊び歩いたり、何日も部屋に閉じこもったまま出てこなかったり。われながらよく高校受かったもんだと思うんだけど、高校行けたのも、二年への進級できたのはやっぱり、中学からのトモダチたちが、みんなで家に来てくれたり、気ぃ遣いながらだけど話しかけてくれたりしたお陰だと思うよ。あとは家族と」
 バカ樹希。うわ、なんでだろう、ヤツの顔浮かんで来たら泣きそうだったのに。あの時のことは今でも思い出したら時々泣くのに。なんていうか、ほっとするっていうか、心が緩むって言うか、自然と笑えて来る。ちくしょう、めろめろみたいじゃん、自分。
「私が今、昔と同じように笑ってバカみたいなことしてられるのは、結構たくさんの人に優しくしてもらったからだと思う。
 そんでもって、肩壊さなかったら、きっと分からなかったことだと思うわ。優しくされることも、それがうれしいことも」
 誰かに優しくできることも。きっと気づかなかった。
「恵まれてたんだと思う。そういう意味では。私って。うん、自分が、恵まれてるんだってことも、助けられてることも。分かる人間になれて、今は、肩壊したことも、悪いことじゃなかったはずだって思えるようになったの。自分ではね、カナリ、進化したつもりなんだよ」
「恵まれてた、か……でも、それって、キリカがキリカだから、それまでのキリカが、それを引き寄せることができる人間だったからだよ。私はなんていうか、今思ったら、そういうのは……助けてくれようとするものを自分で跳ね除けてたところがあって……人生後ろ向きだったなぁ。そうすると、悪いことばっかりみたいに思えちゃって、悪循環ばっかりだった」
 何にも言わないで聞いてくれてたカスミが、二回深呼吸したあと、まだあの泣きそうな笑い方で、小さな声でつぶやくように言った。
「なんて言うか、中学では面と向かっていじめられたり、そう言うことはなかったんだけど……」
「いじめ!?」
「……ってほどじゃなかったんだってば。でも、友達はいなかったから」
 そんなさらっと、なんでもないことみたいに言うけど、三年間トモダチがいないってのは、キツくない? 親友がいない、ってのとトモダチがいないってのは、ちがうでしょ?
「なんで」
「公立の中学だから、ほとんど小学からそのまま来るでしょう? 小学校のときいじめられっ子だった子は、やっぱり中学でも、なんとなくその延長線上にいるの」
 それは、分らなくはないけど。
「どうする? そんなんなら断ろう」
 大体分ってきた。アオタニ君はそうじゃなくても、きっと他の人たちには面白半分くらいでカスミを見たいって人もいるんだ。なんて言うか、どう変わってるか。
「ううん。行かなかったらなに言われるかわからないもん。顔さえ見たらみんな満足するだろうし」
 行くよ、って携帯を出しかけた私にカスミが言う。
「……でもさ、半分シカトみたいにしてたくせに、今更逢いたいって気が知れないんだけど」
「ああ、それはねー……多分、みんなそう言う風にしてたとは、思ってないんだよ」
 はぁ?
「『被害者の敏感、加害者の鈍感』って言うんだって。被害者は、事実よりもずっとひどいことをされたって傷ついてるし、加害者は、事実よりずっと自分のしたことはひどくないって思ってるものだって。だからね、どっちの記憶も間違ってて、間違ってるから溝が出来て意識がズレるの。向こうは普通に接してたつもりだから、元クラスメイトなら来て当たり前。私が行きたくないって思うこと自体、分らないんだと思うよ」
「でもなんかそれ、ムカツク」
「そんなもんでしょ?」
「そもそもイジメって行為自体がむかつくわ」
「キリカはそういうの嫌いそうだもんね」
「うん。キライ。したことないもん。そう言う風になれたことは母に感謝」
 天音サン、そう言うの一番嫌いだったから小さい時から徹底的に仕込まれたもん。
 それからカスミがされてたみたいな消極的なイジメも。逆にそう言うののほうがタチ悪いよ。カスミが言うとおり、罪悪感も少ないだろうし。
「そう、それ。キリカのそういうところが、まわりにいい影響を与えてて、キリカが困ってるときに助けてあげたいって思う原動力になったんだよ。私は逆に、和を乱すタイプって言うか、異分子だったんだと思う。なんでも一人でできたし、できない子をバカにしてたつもりはなかったけど、なんとなく、他の人とは違うと思ってたから。なんていうか、やっぱりいじめのターゲットにされる子は、本人にも原因があるんだよね」
 確かに生理的に合わない子や口も利きたくないくらいキライな子はいたよ、でも誰かがいじめるから私もとか、気に入らないからシカトしようとか、そう言うのはゴメンだったわ。周りに流されるのは一番イヤ。
「私が悪いわけでも、相手が悪いわけでもないんだろうけど、どっちもよくはなかったんだよ。なんていうか、扱いは腫れ物みたいだった。あんまり、いい思い出はないな。中学までは」
「もしかして、それで新城東にきたの?」
「うん。折角誰も昔の私を知らない高校に行くから、今度は変わろうって思ってたんだけどちょっと出だしから躓いて、なんて言うか、人間不信に拍車がかかっちゃって自分で作ってたバリアみたいなの、強化してたと思う。
 でも一年のときは中学の頃より学校来るの楽しかったよ。おはようとか、バイバイとか言わなくても声はかけてもらったし、言ったら返ってきたし、それなりに会話もしたし」
 挨拶は……それって普通……だと思ってるのは普通にそうしてきた人だけか。
「授業で分らなかったところは聞かれるし?」
「そうそう。特に数学とか」
 そう言って、やっとカスミがちょっと見慣れた顔で笑った。
「でも気が付いたらもう仲良しグループとか完成されてて、誰からも嫌われない代わりに親しい人が出来なくて、ああ高校でも仲のいい友達とかできないかなって諦めかけてたところにね、キリカと同じクラスになったでしょ? で、キリカはなんかあるといつも私も誘ってくれたでしょ?」
 巻き込んでたとも言う。アオタニ君じゃないけど、隠れファンが多かったと言うか、私を筆頭にカスミと仲良くなりたがってた子は大勢いたから、カスミを巻き込むとオマケもたくさんついてきて大騒ぎできて楽しかったんだよね。
「それまで学校の行事以外のことで、校外でクラスメイトと遊んだり、そう言うのは全然なかったからほんとに楽しかった。キリカともっと親しくなれたらきっともっと楽しいだろうなって思ってたけど、友達になってって言うのも変でしょう? 頼んでなってもらうって言うのはなんだかちょっと違う気がしたし」
「まぁねー ちょっと嫌かもって人に言われたらすごーく嫌だけど、カスミならいつでも言ってくれたらよかったのに。って言うか、言えばよかったそんなことなら。私はねぇ、どうにかカスミと仲良しになって『委員長』じゃなくて、名前で呼んでやるって、そればっかり狙ってた」
「そんなこと狙ってたの?」
「そうだよ! だってものすごく無機質じゃない? 肩書きで呼ぶのって。もう、だから三年になったときカスミがいやだって言っても委員長の座から引きずりおろしてあわよくばファーストネーム、それがダメでも全国の渡辺さん御用達あだ名の『ナベ』って呼ぶか、さらにダメでも最終なんとか苗字くらいにしようと思ってたのに、あっさりクラス委員じゃなくなってくれたのに、なんでかみんなそのまんま『委員長』なんだもん。タイミング一回逃すと次が中々見つからなくて、一人名前呼ぶのもなんかアレだし、どうしてやろうかと思ってたの」
 ほんとに。笑ってるけどっ!! ものすごく切実な悩みだったのよ。
「私はアナタと友達通り越して親友になりたかったのっ!」
 あああああああっ!! なんだかもう、恥ずかしいなぁ告ってるみたいじゃん。そこでびっくりした顔して固まらないで。
「…………なんで?」
 なんで、って。
「だって、キリカは他に大勢友達いたでしょう? 別に私じゃなくても、それこそもっと誘いやすい人が大勢」
 いるわよ。自慢じゃないけど友達は多いわよ私。でもね。
「………言わない」
 もうこれ以上、恥ずかしいことは言わない。
「なんで!? 教えてっ!! 知りたい!」
「ヤダ。カスミがどーして井名里先生と付き合いだしたか教えてくれたら考えなくもない」
「………卑っ怯ー それは言えないって言ってるじゃない」
「そっちこそなんで言えないのよう。やーらーすぃいー」
「やらしいのはどっちよ!!」
「カスミ」
「ちがうでしょー!? ちょっ!! 待ちなさいっ」
 反射的に伸びてきたカスミの手から逃げたて、走る。当然追いかけてくるわけなんだけど。
「待たない。モスまで競争っ!! 負けたほうが勝ったほうにモスチキンおごってね」
「フライングでしょうっ!! どうしてキリカはそうやっていつもズルするの!!」
 だって、ズルしないとカスミに足で勝てないんだもん。あっという間に追いついといて、なに言うんですか。
 自動ドアの前でリュック掴まれて、引っ張られて、その反動を使ったカスミとほとんど同着。大声だして叫びながら入ってきた私たちに店内の人がびっくりしていた。
「あーいむ、ういん」
「私のほうが早かったでしょう!!」
 どさくさでごまかして、ちょっとだけ走ってテンションあげて。よしよし、元気になってきたね。
「ハイハイ。んじゃ今日はおごってあげるよ」
「またそんなこと言って人に……え? おごってくれるの?」
「たまにはね」
「うーん。じゃ、チキンだけでいいや」
「………私、やっぱりカスミのそう言うとこ好きかも。はぐはぐしていい?」
「は?」
 カスミが反応する前に問答無用で抱擁。なんていうか。ぎゅーって訳でもなくて、べったりでもなくて、はぐはぐ。後に回した両手でカスミの背中をぽんぽんってするカンジ。相手が抵抗したらすぐ離れるくらいの軽いヤツ。
「………全部おごってもらってたら、私なにされてたんだろう」
「そりゃやっぱりちゅーでしょ」
「ほんともう、それだけはやめて。この状況だけでなんだか誤解されてるのにキリカが言うとシャレに聞こえない」
 いやーん。ナニそのあきれたみたいなため息。離れるわよう。
 確かにねぇなんとなく、見て見ぬフリされてるわ。私たち。これも制服着て高校でしてたらヘイキなのに、着なくなったら妙なカンジ。ああ、場所も場所か。みなさん男同士じゃないだけマシだと思って。
「ひひひひひ。いつかしてやる」
「丁重にお断り。ほら、キリカも頼まなきゃ。私先に座ってるよ」
 あああっ! 悦に浸ってる間に会計まで済ませてるしっ ひどい。私のほうがたくさん頼むのに。
「って、アナタ、そんなにたべるの? 食欲なくなったとか言ってなかったっけ?」
 カスミのトレーに今乗ってるのは、サラダとホットのミルクティーのみ。でもいつもはそれだけなのに、今日はしばらくお待ちくださいの番号札。レシートにバーガー。
「チキン食べるんでしょ?」
 そう。いつもなら、チキンかバーガーどちらかだけのはずなのに。
「うーん。ダイエットしようと思ってたんだけどなんかね、最近おなか空くの。ほんとはおなか空いてるの、走ってたら体が思い出した感じ。おごってもらうから出費もそのまま」
 ああ、そうですか。チキンは食べられなくても持って帰られるしね。
「たくさん食べるのはいいことだよ」
 ってことで、私はいつもどおりのオーダー。どのくらい頼んだかはナイショ。カウンターのお嬢さんがかわいかったから笑って頼んだのになんか引かれてる? やだなぁそんな節操なさそうに見えるかしら。
「あの……お持ち帰りですか?」
 なんか、ダブルで引かれてる? たしかにいくら図体でかくても、女の子が食べる量じゃないかもしれないですけど。と言うより、女かどうかも疑われてるかも。お嬢さんの顔に『もしかしてニューハーフ?』って書いてあるよ……ちょーしょっくぅー 生まれたときから女の子だもん。世間様の女の子定義から、ほんのちょっぴり外れてることは認めるけど。どのくらいちょっぴりかって言うと、今日の食欲くらい。丸呑みしたりはしないから安心してください。
「ううん。全部ココで食べるから」
 これからちょくちょく来るから、覚えといてね。

                                        2002.8.12=up.





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