ばれんたいん きす


 ねえどうして世間様ってなんでこんなにイベント好きなんですか?
 なんていうの? クリスマスとか誕生日とか、バレンタインとか。
 別にね、私は、買ったらいいやって思ってたのに、なんかみんな『本命には手作りよねー』みたいな雰囲気?
 草野さんとかまで手作りするとか言うじゃない? どうなのかなどうなのかな? やっぱり先生も手作りとかのほうがいいのかな? で、本人に聞いてみることにしたの。
「は?」
 新聞ばさって畳んで先生まぬけな顔してるよ。いま。
 だって私、今までバレンタインで人に何かあげたりとか、したことないんだもん。そりゃさ、クリスマスは約束どおり連れてってもらったよ、ディズニーシー。実冴さんが株主専用のパス大量にくれたから、全部回れたし。すごい楽しかったけど、ああなんで、私、欲しいものあるか? って聞かれて、連れてってくれるだけでいいなんて言っちゃったんだろう。なんかもらっといたら良かった。あげたのよ? 手編みじゃないけどマフラー。そんでなんももらわなかったの。ちっ…うわいやだ。なんか先生のクセ感染っちゃってるよ。
「え、だから、いいよね? 買ったやつで。そっちの方がおいしいし」
 うわあ、嫌そうなカオ。作ってくれないのかってカオしてるよこの人。
「だって私、作ったことないし。チョコなんて。絶対変だよ? 形とか。味の保証もないし」
 溶かして固めるだけだってコトは分かってるのよ。味なんて変わらないってコトも。だから余計おいしいって評判のお店の、おいしいののほうがよくない? いいよね? 私はそっちが食べたいわ。
「お前が食うんじゃなくて、食うのは俺。買ったやつにしてみろ、返しも誕生日もないと思えよ」
 うがー!!! ひどいっなんてこと言うのこの人? なんかホントにくれなさそう。しかたないな。実冴さんとかに聞こうか…作り方とか。どうせだから向こうで作っちゃうとか? あ、そっちの方が絶対いいよね。うんうんと一人でプラン練ってたら、そんなことお見通しって感じで先生が言う。
「言っとくけどココで作れよ。ココで」
「え? ヤダ」
 即答。してからすぐに今居た場所から三歩後ろに逃げる。ふっ分かってるのよ先生のやりそうなことなんて。私のことを捕獲し損ねた先生が悔しそうな顔してるよ。
「ほほーう。なんかお前、最近やたらと察しがいいな?」
「あたりまえじゃん。もう一緒に暮らしだして一年経つんだよ? 先生、行動ワンパターン過ぎ」
 いいながら逃げる。テーブルをはさんで右や左にフェイントかけたり。くぅ…唯一の誤算は先生の背後に私の部屋の入口があるってことだわ。
「絶対絶対クリスマスのときと同じことしようと思ってんでしょう!?」
「悪いか?」
「悪い!! あの時家中クリームべたべたになって撒き散らしたの先生なのに全部私があと片付けたのよ?」
「そりゃお前が逃げるからだろ」
「逃げるわよ普通!!」
 そう。この目の前の人、なにしたと思う? この家にはオーブンがないし、作り方も良く分からなかったからクリスマスのケーキは実冴さんと、北條先生のうちで焼いたの。でもデコレーションしたやつを壊さずに持って帰る自信もなかったし、ホイップしたクリームと生地、飾り用のいちごとか別々に持って帰ってきたの。家で飾りつけようと思って。
「そのあと三日ほど体中あまかったんだからね!?」
 もうホントに。そんなことされると思ってなかったからわりかし素直にキスして服脱がされたりしていつも通りな感じだったのにっ!!
「どこに人の体にクリーム塗るバカがいるのよ!?」
「いるだろ? ほれ、注文の多い料理店だっけ?」
「日本を代表する文学作家の名作と自分の変な趣味、一緒にしてないでよ!!」
「おんなじだって。最後は食うつもりだろ?」
「ちっがーう!! うぎゃ」
 力の限り叫んでたらいつのまにか間合い詰めてた先生に捕まる。
 絶対違う、絶対違う、絶対違う!! 絶っ対!!
 ああもう宮沢賢治先生ごめんなさい。私、次からあの話、読むとき平常心でいる自信がないです。
「別に俺はジャムでもバターでもはちみつでもいいけど?」
 いいながら、先生の手が服の中に入ってくる。だからなんで、この人こんなに手が早いの?
「却下! 全部ヤダ!!」
 いやーもう!!先生は舐めてるだけでいいだろうけど舐められる側になってみろー!!
「どうしてそんな変態なの? 一回脳みそリセットしてきれいに初期化してみたら? 真人間になれるかもよ?」
「うわ。傷つくな、その言い方」
 うそばっかり。その嬉しそうな顔はなによ? 自分じゃ見えないだろうけど。
 あっという間にあっさりと、背中を這う手にブラのホックなんかとられてる。さわさわ動く大きな手。
「ほれ、手ぇあげろ」
 うう。素直に従ってしまう自分がいや。でもここで逆らったらまた変なことされるもん。前なんかね、言われて動かなかったら服切られたんだよ? 信じられないよホントにっ!!
 人の腰、後ろから両手で掴んで抱えたまま引きずって冷蔵庫の前。こうなったら最後の抵抗。
「お前な」
 冷蔵庫のドアを片足で踏みつけて…横にだけど…開かないようにしてみる。
 ふっふっふ。これで開けられまい。
 ニヤリと笑って見上げたら。ニヤリって笑い返された。ヤな予感。
「んじゃ氷でいいや」
 いいながら、先生が上段の冷凍庫を開ける。いやうそまじ!?
 開けられた庫内からひやーん、って冷気が剥き出しの肩に下りてくる。
 両手が拘束されてるわけじゃないから、必死で動かして冷凍庫を閉める。
「お前忘れてるだろうけどな」
「な、なにを?」
「夏に作ってた冷凍バナナ、奥にあるぞ、まだ。この際だから…」
「いっやー!! もうバカ変態っ!! そんなことするために作ったわけじゃないわよぅ」
 純粋に、純粋に食べるために作ってたのっ! それを食べ方やらしいとか言うから食べる気失せてそのままになったんじゃない。悪かったわねぇ私の夏のおやつはちっちゃいころからそれだったのよぅ!!
「ジャムとはちみつと…お、ピーナッツバターあるな。どれがいい?」
 いつのまにか足のほうがお留守になっちゃって、先生が今度は冷蔵庫の方を開けて覗き込む。
 やだやだやだやだ。どれもやだぁ
「俺が決めていいのか? そうだな、わさびとかからしとかは無理として…マヨネーズは?」
 言いながらもう手、伸ばしてるの。
「いやーマヨネーズも甘いものもっ!! 先生、最近おなかの回りとか気にならない? なんかお肉ついてきたなーとか、思わない?」
「思わない」
 ぎゃーもう、さすがに口からでまかせじゃだめか…
 ハイ持って、って。持ってる自分がいや。このまま全部床に撒いちゃおうかしら。ああだめだ。そんなもったいないことしたらもったいないお化けが出てくる。これからの使い道も同じくらいもったいない気がするけど、それをするのは先生だから、お願いもったいないお化け、たたるなら先生だけにして。
 あ、そうだ。
「ねえねえ先生」
 私にマヨネーズ持たせたまま人のジーンズの留め具外してファスナーおろしてるそこの人っ!
「ナニ?」
「えっと、あのね、今日こういうの使わないでくれたら、十四日はちゃんとウチでチョコつくる。約束する」
 むむ。手は止まったけどよしとは言わない。
「じゃ、じゃあね、それのほかに、先生の言うこと一個だけ聞く。その日だけ限定」
 ああ、我ながら不幸の先送りだってことは分かってるのよ。分かってるけどもうホントに、マヨネーズなんかヤダ。
 黙りこんで考えてるよ。多分すごい高速で動いてるよこの人の脳みそ。
 一緒に暮らして分かったんだけど、先生ってめちゃめちゃ頭いいの。なんて言うのか、情報処理能力が高いって言うか、こっちの考えてることとか、次の行動とか、カンじゃなくて計算で割り出してるようなところがある。俺は頭いいんだぞって絶対言わないし、普通のフリしてるけど、普通にしててもいろんなこと考えてるよこの人。
 その使い方間違ってるし、その代わり人のことバカにするけど。
「…しょうがないな。なら今日のところは許しといてやるよ」
 むか。何ですかその言い方。でも言いながら私が持ってたマヨネーズ、ひょいって取り上げて冷蔵庫の上に置いちゃうの。こういうとき無駄に背が高いのって便利よね。
「や、ちょっ…ん」
 するんって右手が下着の中に入ってくる。恥ずかしいけど気持ちいいから、無意識で少し足開いて。触ってってカラダが言ってるのがきっと聞こえてるよ。左の手に髪をかき上げられて、肩にキス。ああ、なんかも、ほんと、流され易いなぁ私。来るべき日の対策を練らなきゃならないのに、全然アタマまわんなくなってきた。
 んー。ま、バレンタインまでもうちょっとあるし、いいか、今考えなくても。
 首を真横に回されて顎を上げられて、ちょっと苦しいキス。
 つづき、ベッドの上の方がいいなとか言っても絶対聞いてくれなさそ。
 ホントもう、こう言うのさえなかったらもっともっといいのにな。
「ん、ふ」
 キスと、手の動き。それだけでダメになっちゃうの。ああ、ダメになりそう、って思ったらそのままダメになっちゃわないとダメなの。うー……わけわかんないな。自分でも。やっぱりもうダメになってるのかも。先生とするのは好き。気持ちいいのも好き。言わないけど伝わってたらいいな。カラダがスキスキって言ってるの。先生に触られて、音がするくらい濡れちゃうのも。胸がどきどきするのも、その先端が硬くなっちゃうのも。顔が真っ赤になっちゃうのも、目がとろーんってなっちゃうのもみんな。
 どこもかしこもぜんぶ。
 カラダぜんぶ。
 せんせいがすき。


 ためいきがでちゃうよ。


 ああほんと。これでへんたいじゃなかったらもっといいのに。

                                       2002.2.9=up.





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