LOVE GAME  3


「……んっや……っはぁ……深ッ……!」
 向かい合って座ったままで繋がって。
 キスの合間に息をして。
 奥まで届いてナカから押し上げられる。
「……ふぅんっ……っんぁ……」
 この体勢、わりと好きかも。私が寝てると、覆いかぶさってる先生は体勢維持するのに、片手は絶対ふさがっちゃうでしょ。私が上になっちゃうと、くっつきたいけど重いかなって遠慮しちゃうんだもん。なんていうか、コレが一番くっついてる感じがして好き。
 先生の首に回した手を、肩に肘をつくみたいにして戻して、先生の顔にかかってる髪をかき上げる。頬に触って顔をあわせる。微妙に足で支えながら、あんまり奥まで来ないようにして、でも挿れたままで動きを止める。
 視線がちょうど。同じ高さ。
 見下ろされるわけでもなくて、見上げるわけでもない。自然に揃う、視線。
 せんせー………じゃなくて。
「……礼良」
 でもねぇなんか、名前で呼ぶのは……照れくさいって言より、いいのかなって思っちゃう。先生と私は歳もすごく離れてて、ほんの三週間くらい、その差は縮まるんだけど、その間だって十歳違うんだよ? こうやってるとき『先生』って呼ぶと意地悪されるんだよねぇ。だからって今更、さん付けなんて余計照れくさくてヤダ。
 普通にしてるときは『先生』って呼ぶのが一番ラク。でも、大事なときに名前で呼んでもらうのは好きだから、私も呼ぶの。どきどきしながら。
「……大好き」
 えへ。
 見詰め合ってコンマ五秒。そんなことを考えてから。
 笑ってからおでこくっつけるの。そのまま唇を求め合うようにもっと近づいて角度を変えながら何度もキスを繰り返す。キスの速度が速くなっていくに連れて、腰から下も動き出す。ゆっくり混ぜるような動きから、徐々にスピードを増して、小刻みに上下に揺れていく。
「んは……ん……んんっ!」
 大きな右手が肩甲骨を添ってするすると背中を動きまわったあと、わきを通って前の、お互いの体の隙間に入っていくいく。手のひらにおなかを撫でられて、それまで一緒に動いてたのが、私のタイミングが少しずれた。
「……あ……は……ぅん」
 予測された刺激と、不意打ちのそれは、同じ動きなのに全然違う。反応して体が跳ねて、予想外の振動がさらに重なる。
 先生の両手が胸を覆う。逃げるわけじゃないけど、ほんの少し自分の背中が丸くなって、先生の肩に顔が沈む。
 耳に熱い吐息。薄い唇の感触。柔らかい舌。
 下から押し上げるようにしながら胸の上で動く手が一つ離れて、私の膝のうらを通って腰の下、最後の背骨の辺りを撫でる。
「はッ!! あぁんっ」
 撫でるのと同時に先生が腕を上げた。そうすれば浮きかけた私の足も引き上げられて、バランスが取れなくなったところで追い討ちに大きな手が腰を掴んで引き戻す。
 悲鳴と水音が一緒に響く。丸くなった背中が、一瞬で反り返って、ナカが勝手に動いてるのが分かる。こういうときちょっと止まっててくれたらいいのに、先生は構わずに何度も下から突き上げてくる。息と悲鳴が一緒になって、吸う時にさえ音が付く。
「ふっ! ひゃ……っっく! あ、や……もっ……」
 反っていく体をつなぎ止めたくて、必死でしがみつく。揺さぶられながら。
「俺も」
 うしろに落っこちそうな頭が、ぐいっと引き戻される。
 唇と頬を掠めた唇が、耳元で動く。
「好きだよ。その気持ちよさそうな顔とか、特に」
 仕方ないでしょう。気持ちいいもん。
「してるとき、ほんとに幸せそうなところとか」
「やっ……ほかっ……の、とき……もっ」
 幸せだもん。このときだけじゃないもん。
 見えないけど、耳の横で先生が笑ったのが分かった。
「もう、イキそう?」
 聞かれて、頷く。イキそう、って言うより、ほとんどさっきからギリギリその境界線だから、イキ続けてるみたい。早くラクになりたいような、このままずっといたいような。
「やっ」
 唐突に、先生が止まる。揺すられてたと思ってたのにいつの間にか私も動いてて、動き続けてるとなんだかすごくいやらしいみたいだから慌てて、でも少し遅れて、止まる。やだって言いかけちゃったよ。呼吸はしていてもすごく浅くて、やっとの思いで深呼吸みたいに息を繰り返す。
「あんっ」
 胸の先端をいじる手に力が加わる。ひとさし指と中指の間で挟んだり、つまんだり、周りをなぞったり。耳を攻めていた唇がうなじに吸い付いた。ぞくぞくした快感が、体全体駆け巡る。
 頭を支えてた手が離れて、長い腕が腰に絡まった。
「っひゃっ!! やめっ」
 腰を回った手が、するりと前に侵入して、いつもみたいに、私の一番敏感な部分をあっさり探し当てて、押しつぶす。
 同時に逃げて浮いた腰が追いかけられて、胸をいじってた手が私の肩をつかんで押し下げる。さっきよりもっともっと、ものすごく速くて激しくて深くて全部かき回されてるみたい。
 がくがくする。くらくらする。やーんもう、じゅぐじゅぐ言ってるよう。そこ触られてスイッチが入ったみたいに自分自身からどんどん溢れていく。先生が出入りするたびに空気が混ざって、ヤバいくらい濁音が漏れてくる。
「いっ!! は……っく……!! も。だめ。ごめ………イっちゃいそっ!!」
 やり過ごそうと思ったら、動いちゃダメって分かってても、止まれない。全力疾走の百メートル、テープの向こうが断崖絶壁だから、ゴール手前で止まれって言われても、そんなの止まれたもんじゃない。加速つけられてる分、もう、全然ダメ。
「あッ!! ぁあっ……イっちゃうっ!! んっ……」
 力が抜けそうになった腕が掴まれる。力が抜けてるのは腕だけじゃなくて、もう体全体、べったり。汗をかいた肌と肌が密着して、あったかくて気持ちいい。
 はー。
 肩に頬のっけて、首筋におでこつけて、目を閉じて。
 首の動脈から聞こえる先生の鼓動が、心地いい。
 んー。
 髪を撫でてくれる手が、やさしくてもっとくっつきたくて擦り寄っちゃうのは無意識。
 すりすりしながら、ぼーっとしてるとすぐ眠くなってくる。でも寝ちゃダメだよねぇ。うん。だって先生、まだ終わってないもん。ええ。分るよ分かりますよ。だっておっきいままで入ったままだもん。内側から圧迫される、って言うのはなんだか日本語がちがってるんだけど、そうとしか表現できない状態。なんだかソレさえも、私のことを眠くさせる。繋がって、溶け合って。意識まで。
 んー……………
「寝るなよ」
「寝てない」
 ……多分。
「あのね、先生の音が聞こえて、なんだかもう、すごく眠くなるの」
 くっついてるとね。心臓のリズム。規則正しい音。
「車の揺れに似てるかも。だから眠くなるんだわ。寝たのに、なんだか、まだ眠いの。意識を手放すだけで、本当の意味で眠ってないんだよ。浅いところで、幸せな夢をみているのかも」
 疲れを取るんじゃなくて、その逆の癒しってのも、あっていいんじゃないだろうか。少なくとも、心は、こうやって体温を確かめ合えると、落ち着くもの。この虚脱感だって、いやなものじゃない。
「俺は乗り物か?」
 うーん。今は間違ってない。かも。
 そのまま、顔をうずめたままくすくす笑ってると先生も笑ってるのがわかる。見えなくてもくっついてると、そういうの、全部分るよ。
「ねぇ先生」
「ナニ?」
「………やっぱり、もう一回するの?」
「もうイヤ?」
「イヤって言うか、次やったらほんとに立てないかも」
 正直に白状すると。
 今もう、ダメかも。
 確かにね、毎晩してますけど。してるけど、三回もイっちゃったのは久しぶりです。もう当分いいです。こんなにはしないでいい。
 自分でもえっちくさいかっこう、とか思うんだけど、最初は控えめに自分で自分の体重支えるために膝から下ついてたのに、なんだかいつのまにか、両足しっかり、先生の腰にからんでたり、してる……んだけど。下手に動くと支えがなくなってへにゃーんってなりそうで。
「大体どうして、先生はそんなヘイキで元気なの?」
 若くないのに。口にはしないけど思ってみる。
 そんなこと思いながら、同時に心の中でせーのって、掛け声かけてべったりと預けていた上半身を離す。
「そりゃ鍛え方が違うからだろ」
 ………どこの?
「ぃやん」
 両わきの下に腕を入れられてくすぐったくて笑っちゃう。反射的に体を捩ろうとした私を、ひょいと持ち上げて、先生がナカから出て行く。
「…………」
「ナニ寂しそうなカオしてんだよ」
「し、してないっ!!」
 先生の長い指が、あごを捉えて、ふとんのうえにぺたんと座った私の顔を上げさせる。逆らわずに見上げたら……なんて楽しそうな顔してるのかしら、この人。
「俺は寂しいけど?」
「うそばっかり、うれしそうな顔してるよ。また変な事たくらんでるでしょ?」
 ホントにもう、って顔して言ったら、先生の唇の端がちょっと上がる。ほんとに、それ、悪党の笑い方だよ。
 その笑顔が近づいてきて、唇が重なる。
 柔らかいキス。何回しても、もっとしたくてやめたくないのはなぜだろう。
 たったそれだけで、気持ちいいのはどうして?
「ナニ企んでるか、分ってるだろ?」
「んー。じゃあ当てたら、しなくていい?」
「お前、時々ナニゲにひどいこというようになったな。このままでいろってか?」
 うーん。させようってヒトはひどくないのかしら? 自分でするって方法は思いついてもさすがに、ひどいから言わないでおこう。
 先生の親指が私の唇をなぞる。
 もう片方の手が、私の右手を取って目的の場所に誘う。そのまま逆らわずに、そっと触る。触ったらいつもみたいに、ほんのすこしだけの反応と、熱が手のひらに伝わる。いつもよりぬるぬるでべたべたしてるのは、気にしないでおく。
「こっちでして」
 先生の指が、唇の上で軽くとんとんと動く。
 もう何回目か、数えてないんだけど、仕方ないなーって顔を作って、それでもなんだか、笑ってるからダメなんだろうけど。私も。
 じゃあもう一回キスして、って目を閉じる。唇と唇でキスをして、そこからゆっくりいろんなとこにキスしながら降りていくのは、オプションと言うか……なんとなく、そのままがつっと行くのも……アレでしょ。
 キスしながら近づいていって、次に先生に触れるとき到着……しないで帰ってしまったり。
 じらそうって思ってるわけじゃないのよ。
 ただね。
 こう、何回やっても近くに行くとドキドキするの。
 いつもこのパターンだから、いつか直で行って驚かせちゃおうかとも思うんだけど。
 できません。それやったら、折角自分の中に還ってきたいろんなものまた無くしそうだわ。
 一回ね、触れたら、そのあとは大丈夫なんだけど。
 躊躇したら最後。自然に流せばいいんだろうけど、この場合、どんなのが自然?
 顔を上げて、見上げて、視線を逸らして。
 タイミングって難しいよね。
 はぁ。しなきゃダメですか。
 空いた手で髪をかきあげて耳にかける。なんとなく、目を閉じて。ご挨拶みたいに先端に一度キスをして。
 始めちゃったら、やっぱり大丈夫。触ってた時より熱くなって大きくなって勝手に動いたりするけど。
 いつも、してるとき思っちゃうんだけど。
 座り込んで体丸めて、そこに顔うずめてる姿ってのは……死ぬほどやらしい構図なんだろうな、と。見えなくてよかった。
 頭を動かしてるから、どうしても乱れてくる髪を、先生の指が梳く。
「ッ……ん」
 あ。
 息は確実に上がってたけど、声、全然聞こえなかったのに、言葉をかんだような先生の声が落ちてきた。
 口の中に溜まってきた液体、飲み込もうとしてほんの少し、角度が変わっちゃって、歯が……当たったかも。ごめん。舐めとくから許して。
「うっわ。ちょっ! おまえっ!」
 あら。
 イイのかな? イかせるだけの作業なら、知ってるんだけど、やっぱり好きなヒトにする限り、気持ちよくなっていただきたいなと思うから、マニュアルで覚えてることはなんとなくしたくない。
 慌ててる? でも、どうせ口の中、味が変わってくるからそろそろかなーって、分っちゃうんですけど。
 なんか、早い? いつもより。一回してると長いんだよねぇ。ああでも、私なんかその間二回もイかされてるし、それまでが長いから、仕方ない? じゃなくて、早いほうがラクでいいなー……とか。頭押さえられても止めないで続けちゃえ。手も使っちゃえ。
 口の周り、べたべたにしながらちょっと加速。息を吸う音と吐く音と、いっしょに聞こえてくる短い声。全ての間隔が狭くなっていくの。
「……っぅく。ヤバ」
 もう一回同じあたり舐めちゃえ。
「!! っ……コラッ」
 引くような息。ちょっとかすれた声。コレしてるときしか聞けない声。普通にしてるときと、ちょっとトーンの違う声。この声は、すごく好き。
 声だけじゃなくて、口の中のソレから全部ダイレクトな反応が来るもん。だんだんね、感覚マヒしてくるのかも。イロイロヘイキになってくるから。舐めてからめて、反応確かめて、そろそろかなーって、口の中の密度、変えてみる。
 きゅ。って感じ? 擬音使うと。きゅきゅってしてみたら、どう?
「い……っく!」
「んっ」
 だくん。
 一瞬、口の中で跳ねて、そのあとはちょっとずつ。おもしろがってやってたら、口外すタイミングが無くなっちゃったわ。うにゃ。
 顔を上げながら口元をぬぐう。吐きに行こうと思ってから、まだ腰から下に力が入らないことに気づいてしまった。
 洗面所に連れてって、って頼もうと思って先生を見たら、終わって脱力してべったり後ろに倒れこんだりして。なんかもう、ほんとに、ご満悦? もしかしなくても、動きたくなさそう。
 どーしよう。

 !!!

 あ♪

 先生先生っ♪
 ぽんぽんひざ叩いて、こっち見てって。んで、にっこり笑って、先生の上、這って行って。
 コレしたあとにキスするのはひさしぶりかなぁ。先生は全然気にしてない様子だし、終わってから、先生からキスされるのも結構あるんだけど、私からはなんとなく遠慮してしまって。
 でも、しにいったら、別に何の躊躇もなく応えてくれるから。
 ─────
「っ!!!」
 覆い被さって、ちゅーって。
「きゃ」
 直後に先生が、声も出さずに叫んで思い切り起き上がる。上にかぶさってた私ごと。
「っ! お前はっ!! ナニいれやがるんだ!?」
 この動きは、確かに鍛えてないと無理かも、なんて、どうでもいいところで感心してた私に先生の、珍しく焦ってる声が聞こえる。
 えー。
「ナニって」
 さすがに全部はムリだったわ。残りはやっぱり自分で飲むしかないのね。
「先生のせー……」
 ……えき。
 言い切る前に唇、上下からつままれた。聞きたくないなら聞かなきゃいいのにぃ。
「だって。全部飲むの、結構大変でしんどいんだよ?」
「だからってなぁ……」
「ほら、今日神父さん言ってたじゃない。どんな苦楽も二人で、分かちあいましょうって。だからもう、ぜひ」
「違うだろう、それは。ナニがゼヒ、だ?」
 いやーん。怒らないでよう。笑ってるけどちょっとだけ本気で怒ってるでしょう?
「だってだって。私なんか、自分のだって、舐めてるし。じゃあ先生だって、一回くらいやってみてもいいでしょう?」
「…………」
「……うー。ごめんなさい」
 またするかもしれないけど。忘れた頃に。
「覚えてろよ」
 いや。やっぱり忘れます。すっぱり。
 そう言って、先生がベッドから降りる。
「口洗ってくる」
「待って。私も連れてって」
 両手上げて、連れてってのポーズ。
「まだ立てない」
「ハイハイ」
「いつもみたいじゃなくて、横向きがいい」
 そう。先生、ヒトのこといつも荷物みたいに担ぐのよ。今も、同じようにされそうになったから、慌てて抱き方に注文をつけてみる。
「『初めてのとき』みたいにして?」
 思い出したらどうも、あの時限りなの。俗に言うお姫様抱っこしてもらったのって。
 えへって笑いながらお願いしたら、返事なしでひょいと抱えあげられた。こんな簡単にして貰えるならもっと前からしてもらったらよかったな。
「……重くなっただろう」
「先生ひどい。女の子になんてこと言うのよ」
「五キロ……」
 当てないで。確かにあの頃よりそのくらい増えました。体重。でもっ! 身長も伸びたのよ!? うー分ってるもん、さすがにソレ全部、胸にまわったわけでもないし。全体的に丸くなってきたかもって。他のみんなはそのくらいでいいからダイエットなんか考えるなって。でも、さすがに、これ以上は、太らないようにしよう……
「……腰痛めたら面倒看ろよ」
 ワタシ的には構わないどころかちょっと歓迎です。それ。いくらでも看てあげるから。
 あ。でも。
 自分、動けないから口でとか、上でとか言われるのはヤダなぁ。先生って、そう言うのヘイキで言いそう。出来るだけ健康でいてください。でもね。
「ボケようがなんだろうが、ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」
 それに先生、鍛えてるんでしょ? それなら当分心配ナイナイ。今だって、全然ヘイキそうに歩いてるもん。
「……ほら、最後の『死が二人を分かつまで』って」
 コレもちゃんと、誓いましたから。
 どう考えても、平均余命の男女差とか、年齢差とか考えたら、先生のほうが先にいろいろガタついてくるんだからさ。そんな先のこと、わかんないけど、生きてる限り絶対あるお別れとか、まだ考えたくもないし、考えてもないんだけど。それまでは絶対離れないって、誓ってるから。自分に。
 洗面所到着。しばらくぶりに足の裏、地面に着地。ちぇーっ。もうちょっとくっついてたいのに。
 後ろに立ってる先生の手が伸びてきて、蛇口のバーを上げる。お先にドウゾ、ってジェスチャー。だから、おいてあったグラスに水入れて、先に濯ぐ。上半身の体重移動でナナメにずれて、タオルハンガーにかかったタオルの上に背中を乗せる。カベ、タイルと漆喰だから冷たいんだもん。空いたスペースに体を入れて、流れ出る水を手ですくって、おもいっきり、あっという間に口の中濯いだ先生が、水滴を手の甲でぬぐってから、私をみて笑う。
「俺としては」
 顎に指。そのまま顔を、くいってあげられるのは、いやじゃない。そうやって、ギリギリ、唇と唇が触れない場所で、先生が言葉を続けた。
「『まで』じゃなくてそれからもそのつもりだけど?」
 触れるだけのキスが、すぐに、噛み付くようなキスに変わる。水の味なんて普段気付かないのに、このキスは水の味がした。
「うん。私もね」
 首に手を絡めて、先生にぶら下がるようにしながら見上げる。
「先に死んだら絶対、先生に取り憑こうと思ってるから」
「それは……ちょっと違うだろう」
「うーん。でもね、私は絶対、先生のこと想ってるから」
 この間、北條先生と、ちょっとまじめに……いや、北條先生にはわりといつもまじめにしてるんだけど……話してた時に『本当の死』ってどういうことか北條先生の考え方を聞いたり、自分で考えたりしたの。死んじゃうってことじゃなくて、なんていうのかな、死をどう考えるか。そういうこと。
 死んじゃうこと。体が動かなくなって、魂が無くなっちゃう、物理的な、避けられない死と。
 誰からも忘れられちゃう、死。
 どっちが悲しいかっていうと、忘れられちゃうことかな。逆に、誰かが覚えててくれるだけで、もしかしたら、本当には死んでないのかもしれないの。
 抽象的で、そう言う話を突き詰めると宗教的になってしまうかもしれないのだけど。もしもそうなっても、悲しくても大丈夫なくらい、絶対先生のこと、覚えてて、想うの。そして先生にも、想ってて欲しいの。
「じゃあ、誓いの言葉換えなきゃね」
「なんて?」
「んー……そうだなぁ」
 目と目を合わせて。何がいいか考えてるのに、またキスが降りてくる。顔中に。
『死が二人を分かつとも』
 うーん。これでよかったっけ?
 小さい声で言ったら、でもちゃんと聞こえてたみたいで、先生が同じコトを言う。
 他の誰でもない、鏡の向こうにいる自分たちを証人にして、もう一回どちらからともなくキスをした。

                                        2002.7.24=up.





まえふりだったのかも ←    → そしてあとがき


Copyright © 2002 JUL Sachi-Kamuro All rights reserved.
このページに含まれる文章および画像の無断転載・無断使用を固く禁じます
画面の幅600以上推奨