カウンターテーブルに置かれた充電器。そこにささったままの携帯電話が、軽やかなメロディを奏でている。少し昔に流行った女性ボーカルが歌うその曲は、Aメロのサビがそろそろ終わろうかと言うところ。そこで一旦切れて、間を置かず再び、同じメロディが流れ出す。
 持ち主は、先ほど財布を握り締めて近くのコンビニに行ってしまって不在だ。一緒に住んでいて、なおかつその電話の使用料を己が支払っていようと、それは歴然と人のもので、扱いに迷ったものの、四度目、読書を中断させられて、哉はしぶしぶ本を置き、無意味に枕代わりにしていたシャチのぬいぐるみを振りながら電話を手に取る。
 樹理の電話にかけてくる相手は大体決まっている。樹理の母か、小姑よりも小うるさいあの娘か、己の親友の彼女か、自分自身か。
 沈黙した電話を開き、着暦を確認して。
 そこに新着で四つ並んだ名前は、哉の知らない人物のもの。ただカタカナで名前が、そして君付け。苗字もなくただ、画面に並ぶのは『マサキ君』。
 履歴に名前が出ると言うことは、すでに先ほどからしつこく電話を掛けてくる主は、登録されていると言うことだ。さすがに、アドレス帳まで消してしまうことはできないが、その着暦を右手の親指が勝手にサクサクっと消去。更に電源ボタンに当たる通話終了ボタンを長押しして電源を落とし、電話を充電器に差し込む。いつもの哉を知る人間が見たら、びっくりするほどの早業で全ての作業を終えて、左手に持っていたシャチで肩を叩くような動作をしながら、ソファに戻り、先ほどと同じように……ではなく、シャチを定位置である頭の下に置かず、仰向けの体の上に抱えてごろりと横になった。



 薬味の生姜と、誘惑に抗えずに買ってしまったアイス。小さな袋を提げて帰ってきて、いつも通りに、出たときと同じようにソファに転がっているであろう哉にだたいまと声をかけたら、返事なのかソファの背もたれからにょっきり手が現れて、ヒラヒラ揺れて消えた。
 言葉が返ってこないのはいつものことなのだが、動作と言うアクションが返ってきたことに驚いて足を向けてソファの背側から覗き込むと、本ではなくシャチを片腕に抱いて軽く眉間に皺を寄せて不貞寝のように目を閉じている。
「どうかしたんですか?」
 問いかけても無言で、動かない哉を見つめたまま去らない樹理に哉が前髪さえ揺れないくらい小さく首を振る。
「じゃあ、もう少ししたく、残ってるから……出来たら呼びますね」
 その仕草に疑問は残るものの、なんでもないと言いたげな態度に樹理はキッチンへと戻り、途中で置いてしまった調理を──とは言っても、沸かしかけていた湯を再び沸騰させて素麺を湯がき、先ほど買ってきた生姜をすりおろせば終わりなのだが──調理を続け、盛り付けてテーブルに皿を並べる。
「氷川さん、ごはんできましたよ?」
 しゃべらない代わりに最近は大体の空気を読んで、呼ばなくても勝手にやってくるのに、今日は動こうとはしない哉に、樹理が小首をかしげながら近づく。
「お素麺は伸びませんけど、やっぱり湯がきたてがおいしいと思うので、起きて下さい」
 いつも枕の代わりにされて、かわいそうな状態で折れているシャチが正常な状態なのはいいのだが、なんだか様子がおかしい。
 夏が始まる少し前に食べた素麺がいたくお気に召したらしく、この夏は週に一度は素麺か冷麦か。しかしそれだけではあまりにも食卓が寂しいので、毎回定番の薬味の他に、細切りのしいたけを甘辛く煮付けたものやゆでた鶏肉、きゅうりや薄焼き玉子などの具材も豊富だ。
「氷川さん?」
 重ねて呼ぶ樹理に、哉が目を開け、気だるそうに緩慢に起き上がって、シャチと樹理を置いてテーブルに行ってしまう。
 何か気に障るような事をしたのだろうかと、樹理は首をかしげたままその背中を追ってテーブルについた。



 暫く無言で、ただズルズルと素麺をすする音だけが響く。
「あの、氷川さん?」
 いつもなら無言でも空気はふんわりとゆるい。会話がなくても間が持つのだが、なんだか目に見えない空気がギスギスしている。
 不安そうな顔をした樹理に、哉が肺の空気を少しだけ吐いて、なんでもないと首を振る。
「なんにもないならいいんですけど……あの、実はちょっとお願いがあって……」
 お願いと言う言葉に、哉の表情がピクリと動く。
「その、来週の土曜日、夕方……」
 小さな変化に、樹理が少し緊張したような顔をして恐る恐る言葉をつむぐ。
「実家の近くの神社でお祭りがあるんです。お母さんが来ないかって……誕生日にもらった浴衣の話をお盆に帰ったときしたら、見たいって言われて、その、せっかくいいものなのに、あんまり着てないし……いい機会だから、行きたいなって」
 じっと見つめたまま、返事をしない哉に、樹理がおたおたと言葉を続ける。
「えっと、お祭りって言っても、小さなものだし、花火もあがらないんですけど、いろいろ露店も出て、子供のころからよく行ってて、その、あの、えっと……」
「別に……行ってきたらいい」
 両手を頬に添えて徐々にしどろもどろになっていく樹理に、短く哉が答えた。その言葉に一瞬樹理の顔がぱっと明るくなって、すぐにしゅんとした表情になる。
「あの……」
 哉の目が『誰と?』と問うているのを見て、樹理がため息をつく。
「……氷川さんがいけないんなら一人で行っても仕方ないので、いいです。土曜日だし、お祭りは夜からだから、大丈夫かなと思ったんですけど、やっぱり仕事、ありますよね……今週は今日もお仕事だったし」
 ふわふわとした長い髪が、しゅんと垂れる耳のようにうつむいた顔を隠す。
 一応、一部上場企業なので、年末年始、ゴールデンウイーク、そして夏も盆を挟んで大連休になっているのが企業カレンダーだ。しかし、そんなものは哉には関係ない。ゴールデンウイークは篠田にいっぱい食わされて休まされたが、そんなものは日本だけのものだ。大体、夏休みを一定の期間に一斉に取るのは日本人くらいで、諸外国では夏の期間に各人がバラバラに長期休暇を取っている。日本人がふるさとへわらわらと大渋滞の高速道路上の車や乗車率が百パーセントを軽く超えた超過密な新幹線、全席埋まったローカル空港向けのエアバス機で大移動している期間だって、国外では普通にみんな働いている。哉が管理する部署は事業の大方を海外依存しているので、カレンダーの日付が赤いので、なんて理由で長期で放り出せるものではなく、よって哉は閑散とした本社にほぼ毎日出勤していたにもかかわらず、結局ほとんどの社員が取っていた長期休暇の皺寄せで本社事務処理がすこし滞りがちだ。今週は日曜である今日も午前中、月曜から始めなくてはならないプロジェクトの決済をおろす為に出社していた。
「……来週……は、空いてる」
 するするっと素麺をすすって、咀嚼して、更にしばし誰か他の人間と行くわけではないのかという思考の間をもって、哉が最低限界言葉をつむぐ。
「ホントですか? じゃあ一緒に行けますか? あんまり遅くならないようにしたいので、五時くらいにこっちを出たいんですけど大丈夫ですか?」
 ぴょこんと頭を上げて、先ほどとは打って変わってぱぁっと輝くような笑顔を向けて樹理が問う。携帯を見てなおかつ履歴を消去して電源を落とすという後ろ暗すぎる行動をしたため、先ほどの電話の主の事は聞くに聞けない。まっすぐ笑みを向ける樹理に、心の中でぐるぐると黒くとぐろを巻く疑問に囚われて、てっきり誰か他の人間と行くつもりなのだと結論付けていた哉は、居心地悪く目をそらして頷く。
「よかったぁ」
 心底ほっとした顔で、樹理が食事を再開する。その合間に、夏祭りの話を混ぜながら。
 哉がいつもより少し生返事加減が高いけれど、原因不明の不機嫌さがいくぶん和らいだので、樹理は結局、哉がどうして機嫌が悪かったかという根本的な理由に、その腕に抱かれて眠りについても気づかなかった。



 後れ毛を残しながら高い位置で二つに分けてまとめた髪に、以前も付けていた生花を加工したバラを挿してある。
 結局、空いていると言っていたのに仕事が入った哉は、先に自宅に帰って母親に着付けをしてもらって待っていた樹理を迎えに行くような格好になってしまい、浴衣の樹理に対して、上着を脱ぎ、ネクタイをはずしたものの薄い水色のカッターシャツと濃灰のスラックスにビジネスシューズの哉は、どこからどう見ても仕事帰りのサラリーマンのスタイルだが、さすがに勧められた樹理の父の浴衣は辞退した。
 歩いていける上に、駐車場もあまりないということで、車を置いて、午後六時を回ってもまだまだ暮れそうにない空の下、並んでお祭りをしているという神社へ向かう。暫く住宅街を歩けば、おそらく目的地が同じと思われる家族連れや友達グループなど、徐々に人が増えていく。
 やがてこじんまりとした緑の梢が現れてそこに埋もれるように鳥居があり、その中にほとんどの人が吸い込まれていく。樹理の言うとおり、小さな神社の参道にずらりと並んだ露店。日ごろは閑散としているであろう細い参道がどこから沸いて出たのかと思うほどの人出だ。
 一気に密度が増してただ並んで歩くことさえ、前から後ろからとあふれ出す人波にもまれて難しい。哉を気にして前方への注意が疎かになった樹理の肩が誰かの腕とぶつかる。弾かれた衝撃は反対側の哉に掴まる事で解消され、くっついたまま人に押されて前へと進んでいく。
 するりと手のひらを合わせて互いの指の間に同じタイミングで指を絡める。
「私、氷川さんと手を繋ぐの、好きですよ」
 押されるように歩きながら樹理が顔を上げて笑ってそう言って、少しぎこちない動きで下を向いてしまう。一瞬の笑顔のあとはきれいに二つに分かれた旋毛のあたりか。
 狭い地域の祭りだからか、顔見知りも多いらしい樹理がニコニコと笑いながら、挨拶を交わし、なにか囁かれて照れた様に軽く返している。
「このお祭りがくると、ああ夏休みおわっちゃうなぁって、いつも思ってました。帰るとき、宿題の写しっこの日取りを決めたり、市民プールに後何回行けるかって数えたり」
 露店を冷やかすように覗きながら、お祭りの楽しさのうれしさと、規模が縮小している寂しさを半々のせて樹理がつぶやく。
「私が小学生の頃は、毎年友達と来てたんです」
 きょろきょろと視線を動かしていた樹理が、隣に立つ哉が少しだけ顔を向けたことに気づいて同じく少しだけ首をかしげる。
「……氷川さん、もしかしてこういうの来たことない……? とか?」
「いや、中高の時に何回か。樹理は毎年来てるのか?」
「中二の年までは毎年。でも三年生のときは……受験もあったし……というより、受験がきっかけで仲のよかった子達と別れてしまって……高校に入ってからは来てないんです。だから久しぶりで。その頃はさっきの道までお店が出てて、歩行者天国だったんですけど、なんだか減っちゃってるなぁ」
 狭い境内なので、あっと言う間に一巡りできてしまう。程なくして、神社の敷地が終わり露店が途切れそうだ。けれども、行けば戻ってくるのか、クレープなどを手に笑いながら歩く中高生、ゲームをせがむ小さな子供を連れた家族など、人は絶えない。
 そんな人並みの向こう、別段ほかと違うようには見えない女の子の三人組が見えた瞬間、不意に樹理の歩みが鈍り、それまでのふんわりとした空気が固さを含んだような錯覚に、哉が樹理を見ると、無言の視線に反応するいつも通りの笑顔。ただ、違ったのは、いつもなら返される問いがなく、代わりに繋いでいる手、細い指がぎゅっと哉の手を握って、その行動に動いた哉の表情を見上げて、樹理も何も言わずにほんの少し泣きそうな笑って、その顔を、お互いに歩を進めて近づいた三人に向けた。
「こんばんは。久しぶりだね」
 にっこり。泣きそうだと感じたことが錯覚に思えるほど、隣で見ていても完璧に作り上げた笑顔で微笑んだ樹理に親しく話しかけられた三人の方は、なんだか居心地悪そうに視線を横に向けたり石畳を見たり、真ん中に居た少女がかろうじて笑っているような顔だが、これは笑顔というより引きつっているだけのような表情。気づかなかったが、他にも一緒に来ている男女が居たらしく、後ろから横から、こちらを伺う視線。誰? と問われてもごもごと歯切れ悪く口を動かしている。
「樹理ちゃん、来てたんだ」
「うん。早苗ちゃんたちは大勢で来てるんだね」
「あ、高校の友達とか……えっと、となりの人……彼氏?」
「うん。お付き合いしてる人」
 傾げた頭が哉の肩に触れる。そうなると腕を絡めるようにしているため表情は近すぎて見えない。だが、先ほど見えた笑顔とは裏腹に繋いだ手が震えるほどぎゅっと、すがるように強い握力が樹理の緊張を伝えてくる。
「友達?」
「え? あっ えっと……中学校まで一緒で……同級生、です」
 哉の問いかけに弾かれた様に樹理が顔を上げてなんとも歯切れの悪い答えを残して下を向く。その態度にこれはあまり会いたいと思っていなかった再会なのだと判断して、シャツの胸ポケットに携帯電話とともに入れている名刺を一枚取り出す。
「どうぞ?」
 取り出したままの動作ですっと名刺を差し出す。片手は樹理で塞がっているので、当然右手一本で。そうやって出してもきちんと名刺は相手を向くように入れてあるので最低限の相手に渡すには申し分ない。高校生でも氷川の社名位は知っているだろうし、哉の肩書きに書かれた日本語が読めないとは思えない。名刺は時折、社交ツールではなく武器になるのだ。
 普通の女子高校生だ、名刺など貰いなれていないのであろうが、窺う様におずおずとそれでも両手を出して先頭の早苗と呼ばれた少女が名刺を手に取る。回りの少年少女が興味津々と言った様子で覗き込み、目論見どおりその表面に書かれた文字を読んで、ひそひそと会話を交わし、あからさまではないが動揺を隠せない様子だ。
「樹理」
「はい? ああ」
 当然のように名刺を渡している哉をきょとんと見上げていた樹理がその真意をつかめないなりに頷いて食い入るように名刺を見ている少女に声をかける。
「……じゃあ、こんなトコにいつまでも止まってても邪魔になるし。行くね。バイバイ」
 あっと顔を上げて何かを言いたそうにしている相手を見て、一瞬留まろうとした樹理の手を引いて集団を迂回するようにすり抜ける。実際流れが滞っていてすれ違う人も迂回しているので、樹理の手を引いて人ごみを押しのけるようにその場を去る。



「あのカキ氷、おいしそうだと思いませんか?」
 無言でついてきていた樹理が、ぐいと哉の手を引いて、すぐ隣の露店を指差した。言われて見ると、昔よく見た紙カップに入った粗く砕かれた氷に毒々しいシロップをかけたものではなく、パフェの器のような形のプラスティックで出来た透明な容器に細かく白っぽい氷を入れて、上にフルーツが乗っている、見たこともないようなカキ氷を、そのかわいらしい食べ物と間逆のような、いかつい親父がせっせと作っている。
「氷川さんも食べますか?」
 短い列に並んでそう聞く樹理に要らないと首を振り、樹理が一つ注文したところで、手を繋いだままだと言うことに気付いたのか無意識のまま絡めていた指をどちらからともなく解く。丸く細い竹の持ち手がついたカバンを開こうとする樹理を制して支払いをすると、うれしそうに『ありがとうございます』と、哉と露店の店主双方に言ってふわりと盛り付けられた容器を受け取る。付いているスプーンは、ストローの先が申し訳程度平らなものではなく、ちゃんとしたものだ。
「あっち、裏の入り口にも石灯篭があるんです。ここよりゆっくり食べられると思うし、ちょっと歩くけどいいですか? え、あ、ありがとうございます」
 両手が空いている哉と、大きくはないがカバンを持った樹理なら、当然手ぶらの方が増えた荷物を持つべきだろうと氷を取る。哉が右手に氷を持ったまま左手を差し出せば、自然に重なる右手。ほんの少し歩く間、とても居心地のよい無言。
 表の入り口よりも少し幅の狭い参道の両脇に、高さが三メートルほどの石灯籠が立っている。入り口にあったものより低く見えるのは、あちらが道路との間に十段ほどの階段があったが、こちらは五センチほどの段差しかない為だろうか。哉の腰よりも少し高い位置までが台で、子供が遊ぶのに適当そうな幅を残してその上に灯篭が乗っている。神社の敷地側は自分たちと同じような理由なのだろう、他の人が屯して何かを食べている。片側一車線で神社側だけについた狭い歩道で二人並んで石灯籠に背を預け、氷を樹理に差し出す。
「ありがとうございます」
 樹理が両手で容器を受け取り、飾られたフルーツと氷をざっくりと掬ってぱくりと食べて小さく呻きながら目を閉じる。
「……っ 冷たっ でもおいしい」
 満足そうに微笑んで、再びスプーンを突き立てて掬って。
「この氷、細かくてすごくおいしいです」
 はいっとこんもりと氷の乗ったスプーンが差し出される。
 少し身をかがめて、スプーンを咥える。するりとプラスティックが唇の間を抜けて、氷の涼感が舌の上に乗ってすぐに溶けて消えた。白っぽい氷は何か甘みのあるものがそれ自体に加えられているのか、シロップをかけた様子もないのにサラリと甘い。
「もっと食べます? って言うか、買ってくれたの氷川さんだけど」
 幸せそうに食べる様子をなんとなくじっと見ていると、視線に気付いた樹理がくすくす笑いながらハイと再び氷の乗ったスプーンを差し出してくるので、逆三角形に細くなり、上を支えるには貧弱そうな底面のついた容器の中に溶けた水が残るだけになるまで一つのスプーンで交互に氷を食べて、樹理が石灯篭の台の空いたスペースに容器を置いた。
「……さっきの……なんですけど」
 じっと道路の向こう側をみて、樹理がポツリとつぶやく。
「中学の時の……同級生で。って言うか、幼稚園からずっと一緒だった友達だった子達なんですけど」
 ふぅっとため息未満の息を付いて、樹理が続ける。
「私、髪とかこんなで、実は結構上級生とかにナマイキだとか、目をつけられることが多かったんです。でも、あの子達が庇ってくれて私、ずっとイジメとかされたことなくて。
 いつも一緒にいて、みんな親友だと思ってて。だから、高校なんか別になっても大丈夫だと思ってたんだけど、三年の春になって私一人、あの学校を受けるって言ったら、次の日から誰も口を利いてくれなくなって……最初は何がなんだか分からなかったんです。
 そうしてるうちにクラス全体の空気が変わっていってどんどん孤立して。他の子たちも面白半分みたいに色々……持ち物が無くなったりもしたし、悪口も聞こえるように言われて……今通ってる学校、高校からの外部入学はすごく倍率が高いから、記念受験で受けて落ちてもみんなと同じ高校に行こうくらいの気持ちだったんだけど、さすがにもうあとに引けなくて、結構がんばって勉強したんです。落ちたら笑われるだけじゃすまないって思って、意地でも絶対受かってやるって感じ。それがなかったら私、きっと滑って別の高校に通ってました。他にもいくつか、女子校だけど滑り止めに受けてたし」
 口元だけふっと緩めて、けれど瞳はやっぱり遠くを見つめたまま。
「親友だって思ってた人たちが、ある日突然手のひらを返したように冷たくなって……すごく怖かったです。でも、あの時のことがあったから、最初から他人だった藤原さんのことはそんなに怖いと思わなくて……なんていうか、それがまた、悪い方に繋がってしまったんですけど」
 一度視線を落として、再び顔を上げて、更にゆがんだ口元を引き結んで、言葉を選ぶようにゆっくりと樹理が独り言のように語る。
「このお祭り、昔はみんなと毎年来たんです。あの後は顔をあわせるのが怖くて一度も来てません。でも、今年は……出会っても氷川さんがいてくれたら、大丈夫って思って。ううん、氷川さんのこと、見せびらかしてやろうって……誘ったんです。ごめんなさい。なんか、イヤですよね、こう言うの。強くなろうと思うけど、なんだか違う方向に強(したた)かで……」
 唇をかみ締めるように閉じた樹理の手をとってぎゅっと指を絡ませる。
 心が成長しない限り、過去と向き合うことは出来ない。成熟しない心にざっくりと付いた傷は、たやすく癒されることは無い。高校であの二人に出会うまで友達らしい人間がいないように見受けられたのは、進学問題という哉から見れば些細過ぎる理由で裏切られたことによるトラウマだったのか。
 傷は消えなくても、それを埋める存在として必要とされるのならば、乗り越える力になるのならば、樹理が謝る必要などない。
 手から伝わる温もりと、弱すぎない握力。ぎゅっと繋いだ指。察して泣きそうに潤んだ瞳がこちらに向けられて、無意識に感情が緩む。先ほど、彼女たちに向けられた作為的に完璧に作られた笑みではなく、樹理の表情も解ける。
「ありがとうございます。あの、もう一回参道通っていいですか? 両親にお土産と、クレープも食べたいで……」
「あんれー? もしかしてそこにいるの、樹理?」
 樹理の言葉をさえぎって、底なしに気楽そうな声が割り込んできて、二人揃って声のした方を向く。うっすらと暗くはなっていたが、人の顔を判別できないほどではない。と言うより、そこにふらりと立っている人物は、ものすごく悪目立ちしていた。一度色を抜いて染めないとならないくらいにキンキンの金髪は襟足だけが肩より長い。両方の耳にはたくさんのピアス。左耳たぶには、ドコの原住民かと問いたくなるくらい太い何かの牙が刺さっている。
 襟がくたくたになった、元は奇抜な原色オレンジだったのではないかと思われる厚手の、細身の体にざっくりサイズの合っていないTシャツは見事に色が抜けてさらには裾の辺りが何かに引っ掛けたのか裂けて破れている。故意なのか寿命なのか大小穴だらけで後ろの裾が擦り切れ、白く色が抜けたジーンズ、一応有名ブランドのロゴが付いているが、裸足につっかけているのは健康スリッパ。
「ひっさしぶりー 実際に会うの三年ぶりくらい? 電話じゃ元気そうだなと思ってたけど、なんかすんげー 美人になっててびっくり。お祭りだし実家に寄ってたんだけど、ふらっと見に来てだーいせいかーい」
「マサキ……君?」
 右手を上げて振りながら、ぺったぺったと足音を立てて二十歳をいくらか過ぎたくらいの、人物が近づいてくる。身長は哉より少し低いくらい。声はハスキーで、なんだか知れないがやたらとハイテンション。
「そうそう。久しぶりすぎてわかんない? 何回か電話したんだけど見てない?」
「……ごめん、見てない……って言うか、履歴残ってなかったけど……」
「あれー? 番号変えた? かけ間違った? すげぇ何回もかけちゃったよ。そう言えば電源切られたかも。相手大迷惑?」
 能天気にあっけらかんと自分の髪をかき回しながら笑っている。
「………それは、迷惑だと思う……」
「ああああッ! この人がもしかしなくても例の氷川サン? うわー 実物ー 写真とかで見てたイメージより頭ちっさー」
 樹理とマサキのやり取りに、思い当たる節がありすぎて、さりげなく目をそらして離れようとしていたのに、パーソナルエリアが狭いのか、ぐいぐいマサキが近づいてくる。哉が身を引くのを見て、樹理がぐいっとそのシャツをひっぱってやめさせる。
「あ、えと、氷川さん、この人、近所の人で、渡久山マサキ君」
「うわ、冷たい他人みたいな紹介」
「他人ですッ マサキ君もお祭り来たの? 一人で?」
 ちゃらちゃらしたマサキのペースに乗らないようになのか、樹理が珍しく声を上げて話題をそらす。
「うん。雪矢……相方誘ったんだけどさ、ドタキャンだよ、やっぱ来ないとか言い出して。でも何か土産は買って来いとかどこまでオレサマなカンジ? ってな具合で来たの。でも樹理に会えたからまあいっか。あーんなちっちゃかった樹理がこーんな美人になって彼氏とこの祭りに来てるとか。ああ年取ったなぁって思う」
「そんなちっちゃくなかったです。それにマサキ君まだ二十三くらいでしょう」
 こーんな、と自分の腰くらいの位置で手のひらを地面と水平にしているマサキに樹理が抗議しているが、聞いている様子はない。
「マサキ君は変わらないよね、頭の色も昔から」
「地毛だもーん」
「ウソばっかり……っあ」
 軽い掛け合いをする樹理とマサキに放り出された哉が不穏な空気を発しているのに樹理が気づいてそーっと哉を見上げる。
「うわー 睨まれてる? オレめためた睨まれてる」
 ふざけた口調でおびえたフリをしているが、言っているマサキはニコニコ笑っている。その態度が気に入らなくて、更にギッと睨んでも馬耳東風だ。
「やだなぁ 氷川さんの住所とか調べて樹理に教えてあげたのオレだから、二人の出会いって意味じゃ感謝されるべきだと思うのに」
「まっ マサキ君ッ!!」
 わたわたと慌てる樹理にも笑顔を向けて、再び哉に向き直る。
「氷川のデータって侵入(はい)りにくいんだよねぇ 重要な部分はみんな完璧にオフだし。結構大変だったのよ? ラインに乗ってるマシンで重役の住所閲覧データが残ってるのを探すの。年配の重役のマシンとか、結構管理甘いよね。まあ、それで助かったんだけど」
 睨んでいるのは変わらなくても、ざっと顔つきの変わった哉に、なんでもない様子でマサキは指をキーボードを打つように動かす。
「あ、大丈夫。オレが入ったルートは全部いちいちゲート立てて塞いどいたから、他のやつは入れないよ。カギもかけたからオレ以外は。大会社って情報管理、大変だよね、氷川の管理者はかなり性格悪くない? 捻くれ度が高いって言うかトリッキーなトラップ多いよね。でも人数多けりゃセキュリティ綻びやすいし、知らないで外とのゲート開けちゃうバカもいるし」
「お前は何者だ?」
「ん? オレ? 一応パソコンのセキュリティソフトとか作ってる会社の代表だよん」
 言いながらマサキがジーンズの後ろポケットからふちがよれよれになった名刺を一枚取り出し哉に渡す。白い飾り気の無い四角い紙には『Inc.SR CEO』と言う肩書きと『Masaki Tokuyama』と言う名前が二行印字されているだけだ。
「って言っても社員が数十人の始めたばっかりのちっちゃいベンチャー企業で、実際仕切ってんのはオレの相方。氷川サン覚えてないかもしれないけど相方君は氷川サンのこと覚えてるみたいだよ。中高と後輩だったんだって。名前はね、北沢雪矢(きたざわゆきや)。相方の方が一個下。あ、その名刺、最後の一枚だから返してね」
 言い終わるかいなかでマサキが手を伸ばしてぱっと哉の手から名刺を取り返して後ろのポケットに差し込む。
「……北沢……確か大学の時に大怪我して……」
「あ、覚えてた? そう、大学三年のときバイクで四トントラックとタイマン張って下半身不随になったの。今は車椅子生活。リハビリ兼ねて祭りに誘ったんだけど、やっぱり人ごみじゃ気兼ねするみたいなんだよね。邪魔そうにする人多いし」
 事故云々を差し置いても忘れないだろう。なにせ、哉の友人が悪魔のバトンとでも言うべき権限を譲渡したのが、その北沢雪矢に他ならない。哉のときも大概だったが、彼も彼で楽しそうに独裁者っぷりを発揮していた。
「今は真面目にやってるつもりなんだけど、昔のこと知ってる知り合いに昔の悪事ばらすぞとか脅されて時々コソコソ今でも悪事働いてるわけだけど」
「……脅してません……」
「うん、樹理のは泣き落としだよね。自分家のセキュリティソフトだと、相方も手を入れてるからオレでも入れないんだ。氷川みたいな大会社に採用してもらえたらボロ儲けなんだけどなぁ」
 想像しているのかにまにま笑っているマサキの傍らで、哉が手を口元に当ててブツブツつぶやいている。
「……ハッカー? アタッカー……マサキ……ユーオニマス?」
 いくつかの単語を羅列させて、行き着いて唇からこぼれた言葉に、軽薄そうに笑っていたマサキがはっと笑みを引っ込める。
「そう、Euonymusなかなかちゃんと読んでくれる日本人って少ないんだ。すごいなぁ 造園にも興味があるとか? 初対面で言い当てられたのは二人目かも。あ、一人目は相方なんだけど。フツーは知らないよね、学名なんて。結構安直でしょ?」
 一瞬で引っ込めた笑顔を引きずり出して、マサキが笑う。
 Euonymusとは、ネット社会が今ほど発達していなかった、まだウインドウズを起動させるのに『win』と打ち込まなくてはならなかった時代から、つい五年ほど前まで現役で大企業や政府組織はもとより、コンピュータ関連の新興会社にまで、セキュリティホールをついて、ホストコンピュータに入り込んでは足跡を残し放題やらかしていたハッカーのコードネームだ。ネット上の犯罪の扱いに法律が手を拱いているのをいいことに、その人物が一番派手に動いていたのは哉が大学生くらいの頃だが、ネット社会の黎明期に先見の明とまでは行かずともコンピュータ関連の会社を立ち上げた知り合い達は自信満々で作り上げたソフトの粗探しをEuonymusにされては頭を抱えていた。とにかく、ネット上にさえ繋がっていれば入れないところはないと言われたほどの伝説の人物……の、はずである。
 それが今ではネットセキュリティ会社の社長だと言うのだ。それもまだかなり若い。樹理の言うとおりの年齢ならば、マサキはそれこそ小学生の頃からパソコンを操っていたことになる。樹理は相手がその世界でどんな存在かなど全く分かっていないようだが、とんでもないのと知り合いだったのだ。どうして一介の女子高校生に自分の住所が知れたのか疑問に思っても気にかけていなかったが、そう言う理由だったのか。
「………世も末だな」
 短くは無い沈黙の後、己の想像に哉が短いコメントをつける。
「やだなぁ 新世紀なんだってば。オレの父親がね、もともとアメリカでマイコン関係の開発してたんだ。日本に帰ってきてこの町に住み始めたのが小学四年のとき。軽乗用車が買える位の値段がしたマシンをポンと子供に与えて合法非合法扱い方伝授しちゃうんだから、ウチの親ってどっかおかしいんだと思うんだけどね。おかげで青春時代、退屈しなくてすんだんだ。このスキルのおかげで高校中退だけどそれなりの職業についてるしね」
「え!? マサキ君高校辞めてたの?」
「やめちゃったよー 高校、五年通ったけど卒業できなかったんだよねー 単位制とかシステムがオレに合ってないのよ。就寝時間午前五時がデフォだったから午前の授業が出られないんだもん」
 あっけらかんと笑って言い放ち、先ほど名刺を取り出したのと反対のポケットから携帯電話を取り出して時刻を見ている。
 樹理とマサキはそれでも五歳程度は年が離れている。それだけの年齢差があって家が近所だっただけでここまで親しいものなのだろうか。その割に高校を中退したと言うことを知らなかったり、実際のところ、良くわからない。
「樹理んち帰るんならもう一回境内通るよね? んじゃ一緒にレッツゴー!」
 携帯を仕舞って自然に軽々しく樹理の肩に回ってきた手を叩(はた)いたのは脊椎反射。叩かれた当人もぺちっと気の抜けた殴打音に気付いた肩を抱かれそうになった当人もぽかんとした顔で哉を見ている。だからどうしてそう無警戒なのかとか、人のものだと分かっていて馴れ馴れしい態度を取るなだとか、勝手に割り込んできてずうずうしいなだとか。口がいくつあっても足りないくらいの文句が体内を駆け巡る。
「えーっと。あれ? 樹理、もしかしてオレ色々誤解されてる?」
「え。でも、名刺渡したし、名前見たら分かると思って……」
「ごめん、あの名刺、全部アルファベットなんだ。カッコ良さ重視で。そっか、そうだよね……特に今日、汚い格好してるし」
 なぜか無意味にホールドアップの体勢のマサキと、樹理がひそひそ会話を交わして、しばし無言になり。
「すみません、氷川さん、あのっ マサキ君って……」
「えー なんか誤解されたままでも面白いかもしれないんだけど、今んとこまだ絶対樹理より胸あるよ? ほら」
 言うが早いか、マサキが哉の左手と樹理の右手を取ってひっぱり、問答無用で自分の胸に押し当てる。ぎゅむっとした感触は……確かに女性特有の贅肉だ。
「ひやあああああッ!!」
「…………ッ!!」
 樹理と哉、同時に手を引っ込めた。
「なにー? 樹理って女子校行ってるんじゃないの? さわりっことかしない? 秘密の花園ってそう言うのニチジョウチャメシゴトってイメージなんだけど。オレ普通の都立で共学だったけどしてたよ?」
 右手を取り返してなぜか肩で息をしている樹理が、ぶんぶん首を横に振っている。確かに真里菜と翠は日常茶飯事にじゃれているが、樹理自身はこんな直接的攻撃はされたこともなければ目撃したこともない。
「逆セクハラ大成功ー」
 大きな目を潤ませて大混乱中の樹理と、なんとなく機能停止している哉に悪戯が成功してマサキは大喜びだ。
「あはははは。だよね、そうだよね。普通みんな勘違いするんだよねぇ なんでだろ」
「一人称が間違っている」
「あ、コレ? だってネット上じゃみんなオレのこと男だと思ってたみたいだし、何回書いても誰も女だって信じてくれないし、もうどうせだからチャットとか、全部『オレ』してたらいつの間にかオフまで染まってたんだよねぇ」
 脳みその重量を感じさせないくらいの軽さで笑いながらマサキが言う。
「……だから私も、全然気付かなかったんです。マサキ君の高校と、私の小学校、隣同士で……マサキ君のとこ、私服だったからいつもズボンだったし、マサキ君のお友達もみんな『マサキ君』とか『マー君』とか呼んでて、絶対男の人だと思い込んでて……氷川さんすみませんごめんなさい。私、ちゃんと言うの忘れてましたっ」
「うんうん。チョコくれたんだよねぇ」
 うああああ、っと呻きながら樹理が頭を抱えている。その元凶は自分には何の罪もないような顔で立っている。
 高校生の頃のマサキは、普通にモテていた。主に女子から。ユニセックスな環境でそだったからと言うより、もともとの性格がこんな感じなのだ。小学四年生の冬、ピアノ教室からの帰りに通る道沿いの家のよく吠える犬が、なぜかリードから外れて敷地外にでていて、唸る犬とご対面した樹理は、泣きそうになりながらも逃げることも出来ないで犬とにらめっこしていた。そこをたまたま通りかかって助けてくれたのが取り巻きの女の子を引き連れて帰宅途中だったマサキだったのだ。カッコよく登場して颯爽と去っていく、ずっと年上の男らしい人物。この状況で、誤解しない方がおかしい。
 しかし、さすがに、初恋の相手が女性だったと言うのは、出来れば誰にも知られてほしくない歴史だ。
「ごめんごめん、青い春のネタとしてはおいしくない?」
「おいしくないです……七年も前のこと、忘れて……私、いつもシーズンになったらママにからかわれるし、ホントにもう、紛らわしいのがいけないと思うんだけど、氷川さんごめんなさい。最初に説明して置いたらこんなことには……」
 ニヤニヤ笑っているマサキに、樹理が耳まで赤くして抗議している。哉の周りの空気が夏のものではありえないくらい下がったのに気づいたのは、どうやら樹理だけらしく、一般的日本人が会得している空気を読むと言うスキルが欠落しているらしいマサキはどこ吹く風と言った様子だ。
「いいじゃん、ほら、誤解も解けたところで仕切りなおしてレッツゴーでしょ」
 言葉より早く、有無を言わせないすばやさで立ちつくす二人の手をひっぱって、マサキが自分のテリトリーに引き込み、ペースを同調させてしまう。
「あっ! 金魚すくいだっ! やりたいけどすぐ死んじゃうんだよね……持って帰ってもきっと雪矢が飼ってるシロガネたちのエサになるだけだし……あ、シロガネってね、プラチナブラックアロワナ。アホみたいに高い肉食観賞魚。すんげー値段なのにあんまりおいしくなさそうなヤツ。番いでさ、もう一匹はヤマノテって言うの。おおうっ りんごあめが進化してる! なんか、イチゴとかブドウとかあるよ。みてみてっチョコが滝っ! あんなの部屋にほしいなぁ 年中無休でチョコ三昧だ。思うんだけどさ、露天の甘栗も剥いちゃえばよくない? おいしいけど手が真っ黒になるんだよねぇ うわぁ クレープ。クレープ食べたいクレープ!! 樹理はなんにする? オレはねー……とりあえず、全部入れて。えー できないの? ムリ? だって選べないじゃん、どれもおいしそうで。いいじゃん、一個ずつでいいんだからさ、乗っけてよ。そう、果物全部。そうそう、え? ソース? コレはさすがに選ばなきゃダメ? じゃあねぇ オレのはチョコでー 樹理のはマンゴーにして」
 引きずり回されて独壇場。完全に戦意を喪失している哉と樹理をひっぱりまわしてマサキがご機嫌に一人実況状態だ。
「うひゃー 全部乗せたら一つ二千四百円になっちゃった。え? おごってくれるの? ラッキー さすが副社長太っ腹ー」
「え? あっ ありがとうございますっ うわぁ 重っ……」
 具が入りすぎて重みでしなるクレープを両手で支えている樹理が、マサキの向こうで無言のまま支払いをしている哉に礼を言う。
 さすがに食べ物が口に入れば、マサキも打って変わっておとなしくなった。が、大きな口を開けてバクバクとクレープを片付けて行くマサキに対して、精一杯口を開けてもその半分も食べられず、歩きながら食べるにはどうにもバランスが取りづらいらしい樹理を気遣って、一同で露店の合間、境内の松の木の為に出来たスキマに入って人を避けながら立ち止まる。
「ふ、ふいまふぇん」
 かじれば横から溢れる黄色いソースと白いクリーム。不可抗力のように口の端につくそれらと格闘しながら、樹理が足止めしていることを詫びるが、嚥下しにくいホイップが舌にまとわり付いてろれつが回っていない。一生懸命食べているようだが、半分も進めば、甘さと食感にそのスピードが落ちている。マサキに会う前に食べたいと言っていたので、クレープは好物なのだろう。甘いものは年相応に好きなのだが、絶対摂取量が平均以下なのだから、ほぼ水分だったとは言え甘い氷を食べた後に、この重さは致命的な様子だ。
「え? 樹理食べられないの? んじゃ手伝っ……ええっ! ダメなのっ!?」
 四苦八苦しながらクレープを食べている樹理に、なんだか嬉々として助け舟を……口と同時に出てきたマサキの手を哉が叩(はた)く。
「ひゃー」
 じろりと睨まれてさほど怖くもなさそうに、痛くもない叩かれた手を反対の手で撫でている。
「あ、なんか分かった。雪矢が前に言ってたことが」
 樹理の手ごと掴んで、マサキほどのスピードでなくとも樹理よりも早くクレープを片付けていく哉を見て、マサキがぽんと手を打つ。
「なにが?」
「ほら、卒業文集とか作るでしょ? それにいろいろよくわかんないランキングがない? 代々の文集が図書館にあるらしいんだけど、氷川サンって同学年で一番怖い人差し置いて『怒ったら一番怖そうな人』ランキングでぶっちぎり一位だったんだって」
 哉に手ごとひっぱられて不自然な体勢のまま、樹理が視線をそらす。
「……」
「思い当たる節があるとか?」
「……ノーコメントで」
「ってか、食べるの早ッ! 独り占めしてないでオレにも頂戴よ」
 いつの間にか格段に減っている樹理のクレープに気付いたマサキが抗議の叫び声をあげる。残っているのは、樹理の口で約三口分ほどだが、マサキの一口分くらいだろう。手伝うと言う名目で分けてもらうにはギリギリ足らない。
「あの、そのくらいなら自分で食べられます」
 あー……と口を開けたままのマサキの目の前で、哉に開放された樹理が最後のスパートと言わんばかりの勢いで残りを食べてしまう。
「そんなに食べたいならもう一つ買う……?」
「………樹理のほしかったのに……」
 包み紙を丸めている小さい手を見て、名残惜しそうにあーあーとマサキが呻く。がっくり肩を落としてフラフラしていたくせに参道へ押し出したとたん、さっきまでの憔悴振りがウソみたいに、何かのいいニオイに誘われたのかぱっと顔を上げ、それ以前の元気さを取り戻してくるりと振り返ったその顔はご機嫌モードだ。
「樹理!! とうもろこし焼いてるよっ! バター醤油だって! なんかめちゃくちゃうまそうじゃない? ああでもソース系も捨てがたいなぁ やきそば、たこやき、お好み焼きー カラメル焼懐かしー 会社のみんなのお土産なににしようかなぁ」
 その切り替えの早さにパチパチと睫を上下させている樹理と、表情の変わらない哉。動かない二人の後ろに回りこんで肩を押すように人ごみの参道へ放り込む。
「冷めてもおいしいものにしないと今日日(きょうび)の若者たちは舌がこえてるからなぁ」
「あの、じゃあワッフルは? 表の入り口の方にお店があって、中のクリームも色々選べるみたいだったから。私も、お母さんや友達のお土産にしようと思ってて」
 忙しく視線をさまよわせて物色しているマサキをナナメに振り仰いだ樹理の提案に先ほどから目移りしまくっていたにもかかわらず何かひらめいたような顔で頷いている。
「ワッフルかぁ それでいいか。店どこ? 行こっ!」
「一番入り口のほうだったと思う」
 目的が出来たら一直線。ぐいぐい手を引くマサキに掴まれた手とは反対の手を、まるでそうすることが当たり前のように樹理が哉に伸ばす。
 その手をとって、三人連なって、けれど並列は出来ず、人ごみを縫うように体をナナメにしてすり抜けていく。然して長い距離があるわけでもなく、神社の敷地の入り口近くに他の店と同じ枠、前方三方に『ワッフル』と字抜きされた生地を垂らした店がすぐに目に付いた。
「樹理は何個買うの?」
「うーん、どうしようかな」
 中々繁盛しているのか、数人の客待ちの後ろに並び、先に立つマサキが振り返る。
 品書きは六種類。中に挟む餡やクリームの種類があり、目移りするのか人差し指を唇に当てて樹理が真剣な表情で悩んでいる。
「全部を二個ずつとかは? 十二個なら多すぎないし少なすぎないでしょ」
 選びきれずに煮詰まってきた樹理に、マサキが苦笑して助け舟を出す。
「樹理、先に買っていいよ。オレ全種類十五個ずつ買うから」
「え?」
 狭い露店で三人がクルクルと働いているおかげか、すぐに順番が来てマサキが当然のように樹理に順番を譲る。が、その口から出た注文数に樹理と、客の対応をしていた露天内の女性が異口同音で動きを止める。
「だって、みんなに買って帰らないとケンカするし。食べ物のことになるとお子様パワー全開なんだよ、オレんトコの社員。三年前のたこやきの恨みとかで未だにバトルだよ。一人二つは食べるだろうから最低そのくらいはないと食いっぱぐれていじけて仕事しないヤツがでるから……うがあ!!」
 止まっている女性に樹理の注文分と自分の分を改めて通してジーンズのポケットから財布を出したマサキが意味不明の呻き声を上げ、そーっと哉の方へ窺うような視線を向ける。
「………お金貸して? 実家寄って誰かに借りなおして返すから」



「あははははー 開けてびっくり三百二十七円しか入ってなかったよー」
 と言うことは、最初に買ったクレープ代すら持っていなかったことになる。
 結局もう一度境内を通って神社の裏手へ回り、そこから歩いて一分ほどの場所にあったマサキの実家に寄ることになり、マサキが持ちきれなかった大量のワッフルは哉の手にある。
「ただいまー 母さんへるぷみー」
 神社裏の静かな住宅街。その中でもひときわ目を引く大きな家の玄関を開けて、マサキが奥に向かって声を張り上げているのを、開けっ放しの玄関扉の外から見るともなしに眺めていると、何かブツブツ文句を言いながらぐずって泣いている小さな子供を抱いた人影がやってくる。
「真耶(まや)〜」
「真耶じゃないでしょう。すぐ戻るって言うから預かってたのに中々帰ってこないからおなか空いたのかと思ってミルク作っても飲まないし、さっきからずっと機嫌が悪くて……あら? お客様? あなた人がいるならいるでちゃんと言いなさいよ。あらあらあらあら! 樹理ちゃんじゃないの久しぶり! また一段と美人になって! 浴衣姿かわいいわねぇ 女の子はこうでなきゃやっぱりダメよね! うちのオバカにつめの垢ひと煎じ分でいいから分けてやってよ本当にもう……」
 泣いていたことがはっきり分かる顔でうれしそうに笑った子供がマサキに手を伸ばしているのをいいことに、子供をポイっと手渡して樹理に向かってマシンガンのように言葉をつむいでいる年配の女性に樹理が切れ切れに、えっと、あの、と割り込みを試みているが、全くそのスキを与えない勢いだ。
「えええー 子供産んだし、出る量減ったけど一日一回は母乳やってるし、胸とか今なら百三十パーセント増量キャンペーン開催中ってなくらい増えたし。一応すんごい女らしいこと現在進行形な気がするんだけど」
「子作りと女らしさは別でしょう! 胸なんか授乳してる間だけでやらなくなったらまたきっと元通りぺしゃんこになるわよ! ってあらまぁごめんなさいね玄関先で変な話して。真耶を見に来てくれたの? よかったら上がってゆっくり……」
「ああ、それなんだけどね、母さん、悪いけど一万円貸して。財布にお金無くってさー 樹理の彼氏に借りちゃった」
 渡された子供を危なげなく受け止めて抱きしめて、ああそうだと思い出したように、事態を能天気この上ない、ごまかそうとしているのではなく本気で迷惑をかけたと思っていない様子で説明した息子にしか見えない娘の金髪頭をガツンと殴りついでに引っつかんで何とか二人で頭を下げる形で、当人よりも申し訳なさそうに謝ってくれた。
「本当にもう、申し訳ありませんでした」
「母さん、真耶が落ちるっ」
「落としたら母親失格。ちょっと待っててくださいね、お金取ってきますから」
 そういい残して、ぱたぱたと奥へ消えていくマサキの母の後姿をしばし見送って。
「……マサキ君の、子供?」
「そう。去年の暮れに産まれたの。割と勝手に、ぽーんって。あ。オレ、樹理に子供いること言い忘れてたんだよねー ゴメンゴメン。去年電話くれたころはまだ腹の中にいたんだ。一番重たくなったころでさぁ もう早く出てくれって思ってたんだけど、産んだら産んだでそれ以上に大変なわけ。でもさすがにリバースするわけにいかないから放し飼い中。最近人見知り始まってきて大体こうやってくっついてくるから、ちょっと離れて一人になりたくて置き去りで祭り行ったの。いやー 会えない時間が愛を育てるってホントだったんだなー さっきよりなんかいとおしい感じ」
「……結婚してたの?」
「式? あ、入籍? してないよ。別にしなくても子供は産めるし。暫くは別姓でいたほうが経営者としてはメリットが大きいからこのままのつもり」
 まーまーとニコニコ笑っている真耶にすりすりほお擦りしながらマサキがこともなげに答える。
「抱っこする? もうしっかりしてるから抱きやすいよ、ハイ」
 ぽんと差し出されて、手を出してしまったのは条件反射みたいなものだ。出さないと落とされかねない勢いだったことも加えて。
「……かわいい……」
 髪の毛は、生え際が薄いもののそれなりに伸びていて、頭のてっぺんをヘアゴムで噴水になるような格好で括られている。ピンクのフリルのついたタンクトップと、テニスのスコートのようにお尻にフリフリがついたオーバーパンツ。
「あ、言っとくけどコレ、男の子だから」
「えええええ」
「だってかわいいじゃん、似合うし」
 居場所が変わってきょとんとした顔で樹理を見上げている真耶は、確かにかわいい。
「それからほら、大きくなって反抗期とかにこういうカッコの写真、見せたら効きそうじゃない?」
「……余計反抗すると思うから、やめてあげて……」
 泣き出すほどではないものの、機嫌が悪くなってきた真耶をマサキに返しながら樹理が呟く様に言う。
「えー オレ、昔の七五三の写真、アメリカに住んでたはずなのにどっかの神社の前で真っ赤な着物着てるのとか見せられて『この写真を撮るためだけに日本に帰ったんだー』とか父さんに言われて全力で反抗心が萎えた記憶があるんだけど」
「……それの写真は普通だと思うよ……」
 それこそ返す言葉を探す気も萎えた様子の樹理がため息をついていると、やっぱりブツブツ文句を言いながらマサキの母が出てきて、白い封筒を哉に渡しながらまたマサキの代わりに謝っている。その場で中を確認した哉が財布から千円札を取り出して返そうとするのを母親が両手で阻止しようとする攻防を見ていたマサキが、じゃあオレが……と、手を出してまた頭を叩かれている。
「全くアンタは社会人にもなって。せめて財布には万札の一枚いつも手つかずで残しておきなさいって言ってるでしょうが!! 今まで何回帰りの電車賃が無くて交番で電話借りてたか覚えてないの!? 毎回迎えに行っておまわりさんに謝るこっちの身にもなりなさい!!」
「えー だって。今はスイカがピッだから電車賃とか気にしなくていいし、とりあえず今日は真耶連れだから車で来てるし……」
「そう言う問題じゃないでしょう!! ああっ 真耶ったら何受け取ってるの!?」
 ボケと突っ込みのような会話がなされている間に、哉が無意味に手を伸ばしていた真耶に札を握らせている。無理に取り上げようにも、小さい手の握力は結構侮れない。
「お貸ししたのは九千円でしたので。では、これで失礼します」
「氷川サンも樹理もありがとー まったねー」
 長居は無用とばかりに手を引く哉に引きずられるようにしている樹理に、マサキが真耶のお金を握った手を持って振っている。のほほんと笑っているマサキを見て隣にいたマサキの母も一拍無言になり、それでも気を取り直してやっぱり最後まで謝っていた。



 また祭りの喧騒を抜けなくてはならないのかと思っていたら、神社の裏手を抜ければマサキの家から三分とかからず帰る事ができた。樹理の実家とマサキの実家と神社が、頭の中の地図でいびつな三角で結ばれる。
 樹理の母に土産のワッフルを渡して、それをつまみに樹理が少し興奮気味にマサキに子供がいたことを話している。近所とは言えそこまで交流が無かったのだろう、樹理の母もびっくりしていて、ついでのように昔話で樹理をからかっていた。
 短すぎず長すぎず。冷たい緑茶二杯分の時間を過ごして、行野家を辞す。樹理はそのまま浴衣姿で帰るつもりらしい。
 車を走らせて暫くして、樹理が独り言とも問いかけとも取れるような口調で呟く。
「マサキ君が母親とか……どう想像してもお父さんが二人って気がします。あっ マサキ君のこと、ちゃんと言ってなくてごめんなさい。先に説明しておいたらよかったですよね。何だかもう、私の中ではあの人、男でも女でもどうでもいいって言うか……マサキ君はマサキ君という生き物ってことで定着してて……どうやって調べたのか知らないんですけど、何回か携帯にも電話がかかって来たりしてて、世間話とか、してたのに、どうして子供がいることとか教えてくれなかったんだろう……」
 はぁっとため息を息継ぎにして、前を向いて運転している哉の方へ顔を向けている。
「……あの、氷川さんの住所とか……あの時はどうしても会いに行かなくちゃってそればっかりで……でも私一人じゃどうしていいか分からなくて……マサキ君がパソコンとかすごく詳しいの思い出して、さっきのお母さんにマサキ君の電話番号を教えてもらって、調べてもらったんです……えっと、個人情報、ナントカ法に触れるんですよね……なんて言うか、今更なんですけど、ごめんなさい」
 シートベルトをしているため、樹理がカクンと落とすように頭を下げているのと、歩行者用信号が点滅しているのを見てアクセルを離してブレーキをゆっくり踏めば、車線の信号が黄色になるのと同時にもともと制動のよい車はほとんど重力を感じないまま止まる。
「……いや、女性だと言うことに驚いたが……住所の件は別に構わない……会社のセキュリティについては……一考の余地があるが、むしろ……」
 マサキが哉の住所に行き着かなければ樹理と会うことも無かったのだから、この件について文句を言おうとは思わない。わざわざ口に出して言えば逆に感謝しているようなそぶりになりそうで、言葉を飲み込んで、どこと無く消化不良を抱えながらゆっくりと首を左右に振ってステアリングを人差し指で叩いて、赤いままの信号を見つめる。
 それよりも。むしろ、謝らなくてはならないようなことをしたのは、誰に指摘されなくても自分が一番よく知っている。
 ずっと前のことでもタイミングを逃さず謝ることのできる真っ直ぐさに、つい最近己が犯した過ちがさらに後ろ暗く圧し掛かるようで喉を塞ぐ。
 ちらりと視線を動かせば、哉の言葉の続きを待ってじっと見つめている大きな瞳とぶつかる。
 謝るべきか。否、謝るべきであり、許しを請わなくてはならないのだが。
 言葉を探して、けれど視線をそらすことが出来ず、じっとそのまま見詰め合う。
 交差点で並んでいた左折車が緩やかに発進して行くのを見て、青信号に変わったことを確認し、はぁと息をついて目を閉じ、視線を前に戻してアクセルを踏み込む。
 等間隔の街頭の光が一定の間を繋ぐように差し込んでは去っていく。ちらりとまた視線を樹理に向けると、両手を胸に当てて何か考え込むようにうつむいている。
 その様子が気になって運転しながらもちらちらと窺っていると、度々向けられる視線に気付いたらしい樹理が、運転席に座る哉をナナメに振り仰ぐ。
「…………え?」
 オレンジのナトリウムライトがすり抜ける一瞬、その瞳がにじむように濡れて光る。
「な、なんでもないですっ なんかちょっと、色々考えてたら、その……なんて言うか、いろいろ、自己嫌悪みたいな、カンジと言うか……でもですねっ 今はそのっ 浴衣だし、いつもより押さえてるから控えめなだけなんです」
「………?」
 じっと見ていた右手を左手で包むようにぎゅっと閉じて、再び開いて、自分の胸において。
「……授乳期間は、卑怯だと思うんです。マサキ君、そうじゃなかったら絶対私と変わらないはずなのに。フェアじゃないです。はぁ……でもやっぱり、ないよりはあった方がいいものなんですよね……いっぱいあったほうが断然やわらかい……」
 ブツブツとため息混じりに一人つぶやく樹理に、そんなことかと安堵して気を緩める。
「……っ いまっ! 笑いましたねっ!? ひどいです!! 女の子はみんな悩んでるんですよっ」
 笑っていないと言う意思表示に首を横に振っても、納得しないのか樹理が涙目で抗議している。
「……別に、気にしたことはないが?」
「……もう、笑いながら言っても信憑性に欠けます」
「すまない。樹理が樹理ならそれでいいから。樹理じゃないなら関係ない」
 落ち込んだ様子がウソのように、なにやらぷりぷり怒って窓の向こうを見ているのに、笑っていると断言されるのは心外だが泣き出しそうにされるよりは幾分ましだと思うことにして小さい背中にそれだけ伝えて運転することに専念しようと前を向く。
「……氷川さんは、なんて言うか、色々ずるいです。でも……」
 ゆっくりと言葉を選びながら樹理が首を巡らせる。
 少し向こうの交差点の歩行者信号が点滅を始める。アクセルを踏み込めば間に合って、このままの速度だと微妙なタイミング。珍しく逡巡して、ブレーキ。じっと哉が顔を向けるのを待っている様子なので、先を促すべく樹理を見る。微笑むその顔は、いつか見たように少しだけ大人びて。
「今日は許してあげます」
 ならばその許しが有効な内に、胸のうちに抱いたわだかまりを委ねられるかも知れない。

                          2010.01.18 fin






   あとがき


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