空高く。恋晴日和1−2


「忘年会?」
「ハイ」
「大学の?」
「っていうか、ゼミのです。一緒に飲むのは知ってる人ばっかりだし、わざわざ私に合わせて金曜にしていただいたし、最近貴巳君に言われたとおり私、合コンとか飲み会とか全部断ってあまりみんなとお付き合いしてないので絶対来てとか言われてっ あの、だから、今週だけ見逃してもらえないでしょうか?」
 十二月も半ばを過ぎて、日本全国こんな感じなのかと疑いたくなるほど浮かれたクリスマスムードが高まった季節。月曜日の夜、夕食のなべの最後にうどんを入れようとしていた貴巳に、ソラがものすごく下手(したて)にでながら貴巳に夜間外出依頼をしてきた。
「いいよ」
 カセットコンロの火力を上げてなべに残る出汁を再び沸かして浮いてきた灰汁を器用な手つきで取りながら、貴巳があっさりと答える。
「本当ですかっ!?」
「日付変わる前に帰ってくるなら」
「わかりましたですっ! ちゃんと帰ってきますよぅ」
「ホントにここんとこ飲みにも行かないでまじめに家にいたしな。合コンじゃないならたまには行ってきたらいいよ」
「やったー」
 箸を握った手を上にあげてうれしそうにガッツポーズをするソラをみて、そんなに飲めるのがうれしいのかと貴巳もつられて笑った。
 久しぶりに酒の席に出たソラが、貴巳の言いつけをちゃんと守るわけがないなんてことは、このときの彼は思ってもいなかった。


「えーっと、タカミ君? ソラちゃんの弟君の」
「は?」
 もう少しで日付が変わろうとする時間に鳴ったソラからの着信を伝える携帯電話に、迎えが必要ならもうちょっと余裕を持って電話して来いと思いながらもどう説教してやろうかと出た貴巳が、知らない女性の声に一瞬面食らう。
「ああ、私、ソラちゃんと同じゼミ受けてる遠藤真美(えんどうまみ)って言うんだけど、ごめんねぇ ソラちゃんの携帯勝手に使っちゃって。でもタクシーに乗る前は何とか起きてたんだけど、もう叩いても揺すっても起きないのよ……私、同じ方向だからタクシーで送ってきたんだけど、一緒に帰るときでもこの子いつも大通りで降りるから家がわからなくって。コンビニの前まで出てきてもらえない? あと五分くらいでつくと思うから」
 女性にコンビニの店名を聞いて、その距離から着替えているヒマはないと判断し、財布と携帯電話をダウンジャケットのポケットに突っ込んで家をでる。さすがにここまでのタクシー代を無視することはできないだろう。
 大通りの指定されたコンビニの前まで走って、しばらく待つと緑色のタクシーが止まった。運転席の後ろに座るいかにも面倒見のよさそうな真美に思いっきりもたれかかって、歩道側にソラが座っている。
「すいません、ありがとうございました」
 自動で開いたドアから体を突っ込んで奥の真美に声をかける。
「いいのよ。帰りに寝たらいつもならうちに泊めちゃうんだけど、帰る間際にうわ言みたいに何回も『タカミ君にしかられちゃうからお家に帰らなくてはならないのですぅ』って言ってたから、申し訳ないけど電話したの。君も乗って、家まで回してもらうから」
「あ、いいです。すぐそこなんで引きずってでも帰りますから。ソー……姉さん、起きろ。ほら」
 運転手に声をかけようとした女性にそう言って断って、真美からソラを引き剥がして車から引っ張り出す。
「大丈夫? あ、カバン忘れないでね。タクシー代はいっつもココまでの分ソラがだしてくれてるし、今日くらいいいから。じゃあね。
 運転手さん、ドア閉めてください」
 ソラを片手で抱えてポケットから財布を出した貴巳に真美が笑って手を振る。静かにドアが閉まり、タクシーは走り去って行った。
「ソラッ!! ソーラー? 起きろよ」
 コンビニの前に置かれたベンチまでとりあえずソラを引きずるように移動して、座らせてがくがく揺すると小さく呻きながらソラが半眼を開く。
「うえー やめれくらさいー せっかく飲み食いしらものが出れしまひますー あれー? 貴巳君がどうしてここにいるのれすかー?」
「どうしてここにいるのれすかじゃねぇ オマエ遠藤さんに送ってもらったのもおぼえてねぇのか」
「ああー そうれしたー たくしーにのったのれすよ、うん」
「オマエが起きないから電話くれたんだよ。ほれ、起きたか? 歩けるか?」
「らめれす。ソラは歩けません。ソラは貴巳君にまたおんぶしてほしいのですよぅ 貴巳君の背中は広くて気持ちいいのれすぅ」
 へらへらと笑いながら、そしてゆらゆらと上体を揺らしながらソラが両手をあげておんぶコールを繰り返す。その海草のような動きに思わず緩んだ頬を引き締めて、貴巳がダウンジャケットを脱いでソラに差し出す。
「おんぶはいいけどそれだとスカートの中丸見えだ。これ着とけ」
 この寒い季節に何事かと思うが、今日のソラはひざが丸々出るくらいの長さのミニスカートだ。タクシーの中が暑かったのかコートの前ボタンは全開で、首周りが大きく開いた白いニットは朝見たとき確か半そでだった。その上にそろいの上着をきているが、それも前ボタンは留まっていない。さらにこの季節には少し薄めのコートを羽織っているが、その長さはスカートのすそがわずかに覗く程度。さらに付け加えると今日も今日とてストッキングを履いていないので生足だ。
「貴巳君寒くないのですか!?」
 確かにジャケットの下は風呂に入った後でパジャマ代わりにしている長袖のシャツ一枚だが、厚手なのでここから家くらいまでならガマンできなくない。それより今日一日そんな格好をしているソラに言われたくない台詞だと思いながら、貴巳が背を向けてしゃがみこむ。
「寒くないわけねぇだろうが。さっさと着て乗れよ」
「わーい。貴巳君、こうしたらちょっとは寒くないでしょう?」
 外気に触れて徐々に酔いが収まってきたのか、口調が元に戻ってきたソラが嬉々として背中に体を預けてくる。貴巳の首にぶかぶかのダウンジャケットの袖に通したソラの腕が回り込み、前を閉じないでいた部分をその肩に掛ける。
 きちんと着込んでくれていたらいいものを。厚手とはいえシャツ一枚とそんなに厚そうにないニット二枚。ダウンジャケットがあればダウンの厚みで背中に当たるモノの感触もわからなくなったのに。肩にかかったダウンジャケットのおかげと言うより、その背中に当たる感触になんだか体温が上昇したような気がする。
「ったく。何でそんな飲むんだよ」
「だってー 貴巳君いるしぃ もちょっと大丈夫かなって思ってたら折り返し点を過ぎちゃった感じなのですよぅ」
 べったりと寄りかかって、背中でソラが答える。
「昔は反対だったのに、貴巳君勝手にぐんぐんでっかくなっちゃって。今はソラ、貴巳君おんぶできませんからコレまでの分お返ししてもらうのですぅ」
「ソラが無理やりしてたんだろうが」
「ウソですよぅ いっつも貴巳君が私のところに来てぎゅーってしたんです」
 ぎゅーっといいながら貴巳の首にさらにしがみつく。
「あの頃の貴巳君はもっと素直でかわいかったのにぃ」
「悪かったな可愛げがなくなって。って言うか十六になるような男がかわいくてどうする」
「そう言う意味ではなくて、素直さがなくなったとソラは言いたいのですよ。貴巳君がカッコよいのはおねーちゃんとしてソラだってうれしいのです。あー 貴巳君の背中ってあったかくて居心地いいですねぇ」
「寝るなよ。今日は寝るなよ」
「あいあーい」


 威勢の良かった返事はどこに行ったのか。
 家が見えるはるか手前。コンビニから数百メートルも歩かないうちに貴巳の肩にその頭を預けてさっくりとソラは眠りに落ちていた。
「赤子かオマエはっ」
 前回同様足で羽毛布団を蹴り飛ばしてソラをベッドに転がしてコートを剥ぎ取る。少々乱暴にしたのに、まるで起きてくる気配も無い。
 乱暴に下ろしたせいかミニスカートの裾がその下に付けた下着のピンク色のレースをギリギリ覗かせてめくれ上がっていた。ゆっくりと手を伸ばし、その上でほんの少し躊躇した後、そっとスカートの端をつまんでひっぱり下ろす。
「……学習能力ねぇのはオレもか……」
 諦め混じりにつぶやいて、化粧を落として化粧水をつける。
「何でこんなにスキだらけなんだよ。襲うぞ。オレは何回もタダ働きするほど甘くねぇんだよ」
 濡れたコットンを枕もとのゴミ箱に投げ捨てて、その顔に手を伸ばす。鼻をつまもうかとも思ったが、寝ている顔を見ると意地の悪いことをする気も失せて、そっと髪をなでる。
 しばらくただ髪をなでて。そしてゆっくりと体が傾ぐ。息が触れるほど顔を近づける。薄く開いた口から漏れる吐息は、ほんの少しアルコールのにおいがする。
 唇が触れるか触れないか。覆いかぶさったソラの体が引かれた。
「どさくさでそんなことしちゃ ヤだよ、貴巳君」
 開かれた青い青い水色の大きな瞳が潤んでいる。
「また逃げるんだ? 四年前みたいに」
 すぐ近くにある貴巳の顔を、瞳を見つめていたソラの瞳から涙が横に伝い落ちる。
「逃げてません。ソラが日本に帰ることは、ずっと前から決めてたことですよ? お父さんさえいいって言ってくれてたら、ソラはもっと早く……今の貴巳君くらいの歳にはこっちに帰っていたかったくらいで……」
 そんなことは知っている。ソラが根気強く父親を説得しようとしていたことも、母親がそれを応援していたことも。そして、その春についに父親が折れてソラの帰国は決まったのだ。
 その後、ソラの帰国に反対したのが貴巳だった。父親が駄々っ子のように反対していたうちはそこまで行動しなかったが、さりげなさを装って「家族が離れ離れになるなんてイヤだ」と言った趣旨の発言を繰り返した。ソラ自身にはもっと直接的に考えが変わらないか聞いたりもした。それでもソラの決意が揺るがないと知って、けれどもソラが自分のことを特別に思ってくれていると信じて疑わなかった貴巳は、ソラに思いのたけをぶつけた。
『オレはソラが好きだっ! 日本なんか行くなっ!!』
 目を閉じなくても思い出せるセリフと、たまらず目を閉じれば浮かぶ光景。
 両親が揃って出かけた夜。めったにない二人きりの時。作り置きの食事を終えて、いつものように取り寄せた資料を飽きもせず見ていたソラに向かって、もっといろいろと前置きを考えておいたのに、口をついて出たのはそんなストレートな言葉だった。
 強引にソラの肩を掴んで唇を重ねてきた貴巳の胸を押して引き剥がし、心底びっくりした顔で見つめ返していたソラ。今ならわかる。何の前置きもなくそんなことを言われて……されて、驚きすぎて何も言葉が出なかったのだと。けれどあのとき、精一杯の告白をして頭に血が上っていた貴巳には、長いその沈黙が拒否という答えに思えて、ひどく胸に痛かった。
 激情のままにリビングのテーブルに広げられていた帰国や受験の資料を全部払い落としていた。それを止めようとするソラの悲鳴。
 静かな家の中に、自分の荒い呼吸音と、ソラのすすり泣き。帰国のことを謝っているのか、その思いに応えられないことを謝っているのか泣きながらごめんねとソラはただ繰り返し、拾い集めた資料を胸に抱いて自室に走って帰ってしまった。
 逃げるその背中を追うことができないまま、貴巳はしばらく広いリビングで一人立ち尽くしていた。次の日の朝、ソラはほんの少しだけ取り繕ったような笑顔で、それでも何事もなかったようにおはようと言ってくれたのに、貴巳は何もいえなかった。
 ソラが何か言いたそうに貴巳を見ていたのを知っていたけれど、どう接したらいいのかわからなかった貴巳は、あの後結局ソラとほとんど会話らしい会話を交わせなかった。そしてソラは当初の予定より半年も早く日本に帰国してしまった。高校にも通いたいというのがその理由だと両親は困ったように話してくれたが、絶対それだけじゃないことは貴巳にはわかっていた。
 その後何度か、ソラは家に帰ってきていた。最初のうちは理由をつけてソラを避けていた貴巳だが、うやむやのうちに一緒に食事を食べるようになって、前のように話せるようになっていた。
 日本で今二人が住んでいる家は、ソラの父親が相続した土地に建てた大きな一軒家だ。昨今治安の悪くなってきた日本で大事な娘を一人暮らしさせる父親は大手セキュリティ会社に契約していたし、家事が全くできない彼女の為に通いの家政婦も雇っていた。広いおうちに一人は結構寂しいよと笑うソラに、父親がお決まりの『帰って来い』コールをして、ソラが困ったように貴巳を見ていた。
 母親が『それなら貴巳が行っちゃえば?』なんて笑って言って、ソラもつられて笑っていたのだ。
 あのときのことなど忘れたように『貴巳君がいたら寂しくないねぇ』なんて屈託なく笑うソラを見て決めたのだ。貴巳も日本に行くことを。そこにまだ可能性があるのかもしれないと期待して。
「そんなにオレのことがイヤかよ」
「ちがっ……そうじゃない。あの時はだって、私、貴巳君のこと弟にしか見えなかったから。だって、貴巳君まだ十二だったじゃない。そんなの思えるわけないじゃない。いきなりキスされたらだれだってびっくりするしっ 今だってそうだしっ」
 そう言われたら貴巳も反論できない。黙って体を上げた貴巳に向けられたソラの視線に、顔をそらす。
「ごめ……違うの、貴巳君。貴巳君が悪いんじゃないよ。悪いのはソラだから。ごめん。ごめんね、貴巳君」
「謝るなよ。ソラが悪いわけねぇだろうが」
 あの時だって、どこからどう見ても悪かったのは自分なのに、謝っていたのはソラだった。ベッドの脇に座っている貴巳の横に、ソラが起き上がって泣きながら首を振る。
「だって。知ってたもん。いつからかなんて覚えてないけど、ママとお父さんが再婚した始めの頃と、だんだん貴巳君がソラのこと違う感じで見てたの、わかってたもん。貴巳君が本気でソラと離れたくないって言ってるの、ソラは知ってて、知ってて……わかってて……ものすごく考えたよ。日本に帰るのはやめようかって思ったこともあったの。でも怖かったの。あそこに残ったらどうなるのかなって。私たち、変わっちゃうのかなって。だって、姉弟じゃなくなるでしょう? その時はよくても、その後はどうなるのかわからなくて。だから逃げたの。わからないから逃げたの」
 貴巳が首を回してソラを見ると、青い目にまっすぐ貫かれた。
「今もわからないよ。久しぶりに会った貴巳君は一番初めに会った頃の貴巳君みたいになってて、あのときのこと全然なかったみたいにしてて。そりゃあ避けられるのはものすごくつらかったけど、もう心が変わっちゃって、もうソラのことなんか全然気にしてないみたいで。なのに前、ソラにちゅーするし、でも朝はフツーだし。もしかしたら気のせいだったかなとか思ってまた寝た振りしたらしようとするし。ホントもう、貴巳君ソラのことどう思ってるの!?」
「どうって」
 ずいっと体を寄せられて、貴巳が無意識に体をそらせて、さらに顔を少しだけ右に向けて視線から逃げる。
「……なんなんだよ。じゃ どうしろって? そっちこそなんでもねぇみたいにしてたじゃねぇか。いっぺんフラれてんのに態度変わってねぇ女にまた正面からいけるわけねぇだろ。オレが一緒に暮らすの拒否もしなかったから、もしかしたらソラからなんか言ってくれるかもとか、結構いろいろ期待したりしたけど、やっぱソラは変わってねぇんだなとか、久しぶりに一緒にいてわかったし」
 頭をかいて少しだけ躊躇するように言葉を切って、ソラの両肩を押して体を離し、貴巳が立ち上がる。
「……まぁだからって、寝てたらいいとかじゃねぇし。悪かったよ。もうしないから。もう寝ろよ、じゃあな、おやす……」
「まってよ。行かないでよぅ 逃げたら悲しいよ? ソラはいっぱい悲しかったよ?」
 貴巳のシャツのすそを、白くて細くて小さいソラの右手が掴む。
「だって、離れてわかったもん。ソラはずっと貴巳君のこと弟だと思ってたけど、やっとできた家族って居場所が大事だったけど、でも、ソラだって貴巳君のことスキだもん。いっぱい後悔したもん。貴巳君が日本に帰ってくるって、また一緒に暮らせるって、聞いてうれしかったの。ねぇ貴巳君は知ってた? お父さんもママもずーっと前からソラの気持ち知ってたって」
 一歩踏み出す姿勢のまま貴巳が固まっている。貴巳の心のうちの動揺など構いもせずにソラが言葉を続けた。
「去年の夏にね、向こうに行ったとき、ソラ、ママに言ったの。もうその頃には貴巳君がこっちに帰ってくるのも決まってたでしょう? だから黙ってるのはダメだと思って、ソラ、貴巳君のこと弟だと思えないかもしれないって。だから、一緒には暮らせないって。そしたらママが笑ってね、そんなの知ってるからって。アンタの気持ちなんてダダ漏れだよって。気がついてないのは貴巳君くらいだって。なんでわかっちゃったんだろうって思ったけど、そのときママがね、ソラのことももう本当の娘みたいに思ってるし、ソラがイヤなら貴巳君を日本に行かせたりしないけど、そうじゃないでしょうって。もう一回向き合ってみなさいって。それでダメだったらダメで、いいじゃないのって」
「………あンの人は……」
 気が抜けた貴巳が再びベッドに腰を落とす。
 ダメだったらダメとか言いながら、きっと心の中でニヤニヤ笑っていたのだろう。離れて暮らしていたソラの気持ちがダダ漏れなら、貴巳は一緒に暮らしていたのだ、こっぴどくフラれて逃げられてもなおその気持ちを引きずっている息子の心情に気づいていないはずがない。なのに、ソラに言わなかったのだ。
 そのあたりは、うらむべきなのか感謝すべきなのか。あの母なら後者を要求するだろう。
「あ、あの、だからっ ごめんね、貴巳君。試すみたいにして。ママは貴巳君が来たその日に押し倒されるかもよとか脅すし、そんなのどうしようとか思ってたのになんにもないし。これはもう貴巳君はソラのことなんかどうとも思ってないのだなとか悲しくて。でもさすがにママには言えなくて、しょうがないから真実(まみ)ちゃんに相談したら寝たフリ作戦でいってみろとか言われて。でも試してみたもののなんというかその、ちゅーしただけでいなくなっちゃうし、余計わからなくなってしまったのですよ」
 ソラが右手で貴巳のシャツのすそを、そして左手で右袖を掴んで、こつんと肩に頭をくっつける。
 つむじを見下ろして、長い長いため息をつく。
 貴巳の左手がソラの髪を何度か撫でて、顔にかかる髪を除けるように後ろに流す。
 長い指があごに触れる。下を向いていたソラの顔を少し強引に上に向けるように。
「オマエもいい加減ニブすぎ。普通好きでもないヤツにキスなんかねぇよ」
 ゆっくりと顔が近づく。目を閉じていても、行き着く先なんて体が知っている。勝手に進んで、人の皮膚の中でも一番薄い場所、唇は、触れる先に唇を選ぶのだ。
 触れるだけの口づけを何度か繰り返して、唇を舐めるように出された貴巳の舌をソラがほんの少しだけ口をあけて受け入れる。ついばむようなおとなしいキスは次第に角度を変えていき、覆いかぶさるように重ねられた唇から吐息と粘度のある水音が漏れ出す。
 吐息の音が頭の中まで響く。お互いの唾液が絡み合って起こる水音に混じるブレス。
 舌を絡めて歯列をなぞり、噛み付くようにキスを繰り返しながら、貴巳の左手が服の上から胸を這ってブラのラインを探るように動く。右手はミニスカートの中に潜り込んで、内腿を撫でてその一番奥深くにたどり着く。
「んっ ふぃい……た、たかみくぅんっ ま、待って。じゃすともーめんとぷりーずなのですよっ っきゃう」
 ぐいと両手を突っ張って、ソラが体を離す。その腕を取って、軽く押すだけでソラがベッドに仰向けに倒れこんだ。
「待てるか。ってかなんだその日本訛り。オレとしてはここまでの話の流れをみてソラはキスだけでやめたらヤだって言ってると解釈したんだが。あッ! しまった」
 その体に圧し掛かって、手と足で動きを封じていた貴巳が突然体を離す。
「どっ どうしたのですかっ!? 貴巳君?」
 頭を抱えてうつむいて、ソラにはわからない言葉で悪態をついている貴巳の横で、起き上がったソラがおろおろとしながら顔を覗き込んでくる。
「ねぇんだよ」
「は?」
「だからっ そんなモン持ってたらいつ寝込み襲っちまうかわかんねぇから、オレなんも持ってねぇのっ すげぇヤりたいけどっ さすがに……」
 あせりと自分への怒りで顔を赤くしながら貴巳がそう言うと、それでわかったらしいソラが同じように顔を赤くしている。
「ご、ごめんなさい、ソラも持ってないです」
 いや、ここでカバンの中をゴソゴソさがしてハイと渡されるほうが、どちらかと言うとショックは大きいような気がするが、こんな願ってもない状況なのに。
「えと、でもあの、その……ソラ、向こうにいる頃から貧血とかひどくてお薬のんでるので……日本でも最近は結構簡単に処方してもらえるし、お仕事の日に立ち上がれないとかだといけないのできちんとのんでて、そんでもって多分あさってくらいにアレが来る予定で……ソラもさすがにアブない日はお薬飲んでてもダメだと思うのですが、えっと。だからその」
 ちらりと視線が重なって、すばやく離れる。
「つ、次からはちゃんとしてほしいのですけど、き、今日はやめないでほしいのです」
 目の周りも耳も真っ赤にして、ソラが貴巳のシャツの袖をきゅっと掴んでいる。
「それってソラも今すんごいヤりたいってこと?」
「っ! ちがっ ちちちっ ち……ちがわない、です」
 貴巳の手がソラのあごを捉えてくいと上を向かせる。指だけでなく、貴巳の意志の強い黒い瞳にまで捉えられそうで、なんとか視界に貴巳を入れないでおこうとするかのようにソラが斜め下に視線を固定したまま、否定しかけてやめる。大きな瞳が一度閉じられて、ゆっくりとまつげが震えながら上がる。
「え、えっちするの初めてなのにナシでしてって、言うような女、貴巳君はイヤですか?」
 底が見えそうなくらい済んだ青い瞳が、少しだけ潤んで揺れながら貴巳を見つめる。
「ソラは、ほんとはずっと貴巳君と……結ばれたかったです。ダメだって思えば思うほど、貴巳君がほしかったです。初めてするのは絶対、貴巳君じゃなきゃヤだっ……たんっ……」
 唇を合わせてすぐさま舌を絡めとる。顔がちょうどクロスするような角度で深く深く。キスをしながら抱きしめたソラの肩は、そのまますっぽりと抱え込めるくらいに細く華奢だった。
 そのままゆっくり、再びソラを押し倒して、キスをしながら服の上から横になってもなおたわんと揺れる胸を押しつぶすように揉みしだく。ニットのすそから入れようとした手をソラの手が止める。
「あ、あの」
「なに?」
「ソラも思い出しちゃったんですけど、ソラ、お風呂入ってないのです」
「別にかまわないけど?」
「ソラは構いますっ!!」
「ダメ。あんだけ誘っといてここで待ったはナシ」
 首筋に顔を埋めて、耳の下を舐めると組み敷いたからだがぴくりと強張る。
「やだー 入りたいっ お風呂入りたいですぅ 貴巳君はもう入ったからいいだろうけどソラはこのままはイヤですぅうううぅ 貴巳君は慣れてるかもだけど、ソラはこういうの初めてなのですからちゃんとしたいのですよぅ」
「ソラがオレのことどう思ってんのかちょっとわかったけどな、オレだって初めてだバカモノがっ」
「え? えええっ!? だって貴巳君、キス上手だし、しながら体触ってくるし、なんかものすごく手馴れた感じが……」
「ほう。誰と比べて上手い下手言えるんだ?」
「あ……」
 十センチと離れていないのだから、動揺は空気で伝わる。青い瞳を所在無げにウロウロさせて、じっとそのままの体勢で何も言わず黙っている貴巳を見上げた。
「初めては貴巳君でしたよ!? あのときのアレがソラのファーストキスだったのですよ? あの、えっと、こっちきてから酔っ払って何回か、その、うえぇぇんごめんなさぁい。でもキスより先はホントのホントに初めてなのですよぅ 貴巳君、顔、こわぁいぃい」
「……オレはずーっとソラ一筋だったのに、オマエは遊んでたんだな? 何回かって何回もか! ……っとに、夜遊び禁止。合コンも忘年会も新年会もっ もうオマエ外で酒飲むな」
「はいぃいぃっ わかりましたですよ。ハイ。だからあの、お風呂入ってきていいデスか?」
 泣きそうな顔でソラが貴巳を見上げる。数秒間ソラを見つめて、貴巳が小さいため息をついて体を退けた。
「そう言えば……」
「……?」
「オレ、ソラと風呂入ったことないな」
 親が再婚したのは日本でのことだったが、その後すぐ仕事の都合で向こうへ渡った。ビジネスパートナーとして出会った二人は事業を起こし毎日忙しく働いていた。再婚して三年くらいの間ほとんど二人きりの生活だった。食事や洗濯掃除は家政婦を雇ってくれていたが、日々の生活は親ではなくソラが、貴巳の面倒を見てくれていたのだ。
「ないですねぇ だってお父さんたちが再婚した頃私もう結構オンナノコの体型だったし、さすがに貴巳君がちっちゃくてもはずかしかったのですよ」
「あー そうだった。あの頃はちょうど顔が突っ込む高さにコレがあったあった」
 起き上がったソラが、貴巳につつかれた胸元を押さえて思い出し笑いをしている。
 言われて思い出した。そうだ、あの時すでにソラは今ほどではないにしろ胸も軽く揺れるくらいにはあった。あのやわらかさが好きで、初めの頃はよくソラに抱きついていたのだ。
「そうですよ! ではちょっとイッテキマス!」
 ベッドから勢いよくぴょこんと立ち上がって部屋を出て行こうとしたソラを後ろから抱きすくめる。
「一緒にはいる?」
「………だっ!!! ダメです!! 貴巳君がいたら恥ずかしくてきちんと洗えませんっ!!」
「洗ってやるけど?」
「ダメ―――――っ!」
 普段からは想像できないような火事場の俊敏さを見せて、ソラが貴巳の腕を振り解いて半開きだったドアの向こうに走り去る。
「のっ 覗くのもダメっ そんなことしたら真実ちゃんちに家出するからねっ!」
 ドアの影からこちらを窺ってそう言い捨てて、ぱたぱたと足音が遠ざかる。
 駄目押しされて貴巳は小さく舌を打ち、立ったまま改めて室内を観察する。
 天井や壁には天体ポスターが貼られている。ピンク色のカーテンもよく見たら小さな星型のビーズがすそのほうについていて、光を受けてちらちらと輝いている。
 机の上も、本棚の中もなにやら難しそうな宇宙や気象の専門書が並び、天球儀と地球儀、そして月球儀と、太陽系の惑星の軌道模型が並んで一つの棚を占拠している。
「なんだかんだいって、ホントに勉強してるんだな」
 珍しい月球儀をしげしげと眺め、次に天球儀をみてちりばめられた星と星座にこんなものは到底覚えられないとすぐに星座名を確かめるのを諦めてまた隣の、他のものより少し大振りの地球儀を見る。
 日本の東京近辺に丸くて赤いマップピンが突き刺さっていて日本海溝あたりに、斜め下向きの矢印と「ソラ現在地」と書かれたピンクのポストイットが貼られている。回すとちょうど裏側くらいの場所に同じような矢印と「貴巳君現在地」と書かれた白いポストイットが貼られて同じように青いピンが刺さっていた。
 白のポストイットをはがして律儀に十一度傾いた球体をまた少し回転させ、ピンクのそれの上に重ねて貼り付ける。
 われながらバカ発想と自分に突っ込んで、机の上に目をやると、専門書の間に写真立てが二つ。一つは去年の夏、ソラが家に帰ってきたとき撮ったもので、両親の間にいる貴巳とソラが、微妙な隙間を空けて立っている写真。もう一つは、もうずっと前に二人でふざけて頬をくっつけて撮った写真だった。
「懐かしいの持ってんなぁ おっと」
 何気なく写真立てを持ち上げると、きちんと閉まっていなかった裏蓋が軽い音を立てて外れ、明らかに容量オーバーと思われる枚数の写真が散らばる。
 慌てて片付けようとした貴巳の手が止まる。机の上に落ちたのは、自分の写真ばかりだ。それも最近の。何枚かは覚えている。母が時々思い出したように撮っていたものだろう。パラパラと見ていた貴巳がうめき声を上げてある一枚の写真で動きを止めた。後姿だし、頭を拭くためにバスタオルをかぶっているが自分だ。バスタオルを押さえる手がぶれている。画質はそんなに良くない。しかし、全く持って今の今まで知らなかったのだから当たり前だが無防備に全裸だ。
「いつから結託してたんだよ、まったく」
 問題になりそうなものはその一枚で、ソレを除いた写真をまた無理やり写真立ての中に収めて、写真を無理やりジーンズの後ろポケットに突っ込んで、机の上の本棚のすみっこで埋もれていた「初心者の為の気象予報入門」と言うソラの部屋にある書籍の中では比較的薄めの本を取ってベッドに腰掛ける。
 何ページかも進まないうちに、階段がきしむ音が聞こえて、ぺたぺたとはだしの足音が近づいてくる。
 本を机の上に戻してドアを見ていると、半開きのままだったそこからソラが首を曲げて覗き込んできた。
「あ、寝てない」
「寝るか!」
「あははははー 冗談ですよぅ 貴巳君寝てたらソラは貴巳君の部屋で貴巳君の枕をぬらしながら泣きますよぅ」
 ドアを開ければいいのに、その隙間からそろりと体を滑らせて部屋に入ってきたソラをみて、貴巳が瞬きも忘れて固まった。
「………なんなんだ、その格好は」
 ソラ用のピンクのバスタオルが一枚。
 体を覆うのはその一枚だけ。幅が五十センチそこそこのタオルでは上も下もスレスレだ。もういろんな意味で。
「え? や、あの、慌てて出てきてパジャマ持ってくの忘れちゃったって言うか。あっ ダメならパジャマ着て出直しますっ」
「待て。全っ然ダメじゃないから」
 ベッドに座る貴巳の前を通り過ぎてたんすへ向かったソラの腕を捕まえる。急に引かれてころんとベッドに転がされる。ソラが体をひねった拍子に胸元で端を突っ込んで止めただけのバスタオルは簡単に落ちた。
「きゃ」
 短い悲鳴がキスの中に閉じ込められる。
「もしかして誘ってる?」
「さっ 誘ってませんっ だってほら、どうせ脱ぐし……」
「やっぱり誘ってんじゃん」
 仰向けになって胸と下腹部を両手で隠すソラの上に馬乗りになった貴巳がシャツを脱いで、こちらまで全部脱ぐのはどうだろうとジーンズは留め金をはずして少しくつろげただけにする。
 上半身だけ裸になって、両手をソラの顔の横につく。まっすぐに伸ばした腕の長さ分だけ離れて、なんだか泣きそうな顔で見つめてくるソラを見下ろす。
「貴巳、君?」
 うっすらと微笑んだまま見つめ返されたソラが名前を呼ぶ。
「いや、すっげー うれしい状況だからちょっとどうしようかと思った」
 いいながら貴巳の顔がゆっくりと降りてくる。柔らかい頬の肉を唇でついばんでその頬と自分の頬をくっつけて今度は軽く歯を立てて耳たぶを噛む。
 瞳、おでこ、鼻、あご、頬、耳。そして唇。貴巳がソラの顔のパーツに唇で触れては離れる。密度の低いふれあいにくすぐったそうにしながらも、そっとソラが両手を貴巳の背中に這わせる。細い指がとがった肩甲骨の下を撫でて腕をすべる。
「あ、あの、貴巳君、その……見えないトコならいいのだけど……えっと、見えるトコに痕とかはちょっとダメなのです。そのあたりとか……」
 攻撃の範囲を首もとに移した貴巳に申し訳なさそうなソラの声が聞こえる。
 そんなことをいわれると逆にこっそり痕をつけてしまいたいような気もするが、さすがに朝の番組でそれとわかる赤い痕はNGだろう。
「ん……わかってる」
 うなじに顔を埋めて痕にならないくらいの軽い口づけを繰り返しながら下へと進む。
「ごめんね……んっ あぁんっ……」
 鎖骨のくぼみにも舌を差し入れ、手のひらでそっと大きな胸を横から左右同時に包み込むように撫で、できた谷間に舌を差し入れる。
 胸の大きさに比べてこじんまりとした頂の、色素は薄いがしっかりと色が違う部分。その先端はすでにきゅっと勃ち上がっていて、貴巳の手の動きにあわせて揺れている。
「ひあぁんっ! ぁんっ」
 その片方を口に含んで吸いつくと、ソラの体がびくんと弓なりに反った。コリコリと硬い先端を音を立ててしゃぶり、何度も吸い付いてその合間に舌と歯と唇で転がす。吸い上げる強弱でソラの体が釣り上げたばかりの魚のようにびくびくと反ったり戻ったりを繰り返す。
 ドコなら痕がついても見えないだろうと考えて、ソラの着ている衣装を思い出すと、胸の上部は大抵開いている。今朝の衣装も冬にちょっとそれはギリギリ過ぎるのではないかというところまでの、全開一歩手前みたいな、貴巳が隣にいたら問答無用でシャツをずりあげたくなるような、そんな露出度。
「あんっ やぁんっ ふぁっ! ひいいぃんっ たっ たかみくっ! ごめっ ソレちょっとだけ痛い」
 考え事をしながらも体は夢中で、ぺちゃんこになるまでパック飲料を吸い上げるような強引な吸引に、目を潤ませたソラが済まなさそうに小さな声で抗議する。
「あ、ごめん。あのさ、このあたりより下なら痕つけていい?」
 一時でも離れる時間も惜しい気持ちでソラの体に顔を埋めていた貴巳が顔を上げて、吸い付く前よりも少し赤くなったような先端の少し上を指でなぞる。
「ぅん。大丈夫……でもおなかの辺りは時々チラ見えするからダメかも」
「このクソ寒いのにか……足もナマだよな。んなので冷えねぇの?」
「カメラ回ってる時間以外は社屋にいるかガッツリくるぶしまでのダウンコート巻いてるからヘイキ。見えないところでストーブ焚いてるし……ひゃんっ!?」
「じゃぁ このあたりから下もダメか」
 貴巳の手に内腿を撫でられて、ソラが貴巳の手を挟み込んだまま足を閉じる。
「そっ! そんなトコ見えなくてもキスなんかしちゃダメですっ」
「ダメって……なんで?」
「だ、だって、そんなトコにキスするなんて、かっ 顔近づけたら見えちゃうでしょう?」
「なにが?」
「だっ 大事なトコがっ!!」
「大事なトコってココ?」
 挟まれたままの手を強引に動かして、髪と同じ淡い色の茂みに覆われたそこに軽く触れる。
「いやんっ」
「悪いんだけどな、ソラ」
 まだあまり濡れていない、けれどかすかに潤んだそこを指で探りながら、ソラの抵抗むなしく貴巳が膝頭をねじ込んでその足を割る。
「オレ初めてだから見ないと入れるトコわかんねぇんだけど」
 情けない台詞と裏腹に、その場所を指で探り出した貴巳がにやりと笑う。
「ひゃ……やめっ 貴巳君痛いっ そんな風にひっぱったら痛いよぅっ ソラ、怖いから指も入れたことないのにっ」
 つめの長さ程度に浅く第一関節を引っ掛けるように入れた指を慌てて戻す。
「え?」
「あう……ぁ」
「あー そう 指は入れたことないけどしてたんだ、この手で?」
「あうあうあうっ」
 右手をとられたソラがこれ以上ないくらい顔を真っ赤にして首を横に振っている。
「さっきソラが風呂行ってる間にオレ、面白いもん見つけたんだよ。母さんも悪ふざけが過ぎるなぁとは思ったけど、使ってたの?」
「なななななっ 何でソレッ ダメっ! それは日本限定のプラダのバッグと交換した秘蔵写真なのですよ! すんごい並んで買ってしかも一番早い航空便使って送ってやっともらったのにぃいいぃいっ」
「ぼったくってんなぁ あの女……」
 ジーンズのポケットから少しヨレっとなった写真を取り出した貴巳に、ソラが手を伸ばしてその写真を取り戻そうともがく。
「別にいらねぇだろ、実物いるし」
「ソレとこれとは別なのですぅ!!」
 返してくださぁいと必死な様子のソラを片手で制して写真をカードのように部屋の隅に飛ばす。
「アレでナニ想像してどうやってたかはまたあとで聞くことにして」
 掴んだままのソラの右手をジーンズのファスナーのあたりに誘う。
「あの写真じゃ見えなかったモンがこの中にあるけど、開ける?」
 ごくりと唾液を嚥下する様にソラの細い喉が小さく動いた。じっと貴巳の顔を見て、ちらりと自分の右手があたる場所を見て。喉の動きよりもかすかに、ソラが頷いた。
 しかし頷いてなお、なかなか手は動かない。長い時間、右手も瞳もぎゅっと閉じていたが、貴巳は何も言わない。やがて右手だけがそっと開かれて、ゴツゴツした生地につく金具を探る。
 静かな室内にチキっとジッパーが降りる音がかすかに聞こえて、その後はチキチキとその音が継続する。
 最後まで下ろしきり、その細い指がどうしようか躊躇するようにじっとした後、ぴったりとそこを覆うボクサーパンツタイプの下着の上から軽く引っかくように触れて離れた。
 布越しとはいえ男性そのものに初めて触ったソラが相変わらず目を閉じて体をちぢこめている上で、貴巳が全てを脱ぎ去った。
「目ぇ 開けろよソラ」
「………ひぅ」
 おそるおそる目を開けて、はちきれんばかりに猛々しく反り返ったソレを思わずまじまじと見てしまったソラがほんの少し体を引いて息を呑む。
「……んなじっと見られたらさすがにオレもはずかしいんだけど?」
「えっ!? あ。いや、そのっんっ……ふ」
 顔を真っ赤にしたソラが無意識に注視していたモノを見るために引いていたあごを戻して顔を上げて貴巳を見ながら慌てる様子が可愛くて、弁解しようと言葉を捜すその唇を塞ぐ。
 何度か角度を変えてキスを繰り返す。先ほどまでされるままだったソラの舌がためらいながら貴巳のそれを追う様に動きだす。
 舌の裏の柔らかい場所を攻めながらそっと胸を揉む。頂を軽くつまんだり、硬くなった部分を埋めるように押したりするたびに、ぴくりぴくりとソラの体が弾む。
「……あっ んんっ っくぅっ あひ……っはんっ」
 頬から耳、耳の裏を下で舐めてうなじから首へ。鎖骨を唇ではさんで、胸の谷間を舌でたどる。
「ソラ、すげえイイ声。もっと聞かせて」
 右手で内腿をなでて、ふわりと柔らかくその場所を覆う毛をかすめて反対の腿へ。
「やんっ あぅ。こんっ……な、はずっいぅんっ……声……かっ 勝手に……でてっ ひぁんっ あぅっ あっ んっ!」
 胸の頂より少し下、絶対に他人に晒されないその場所に何箇所も軽く吸い付くと、その度にソラが声を上げながらひくひくと体を戦慄(わなな)かせる。その反応がかわいらしくて、左右に行ったり来たりしながら唇が触れなかったところがないくらい、何度も何度もその肌に白い部分が残らないくらいに執拗に攻めて、しばらく触っていなかったのに硬さもそのままの頂を口に含み、先ほど痛いと言われたので少々手加減しつつ吸い上げて下で転がす。
「ああぁんっ だめぇ 貴巳くっ ああっ やぁっ それ以上っ やんっ したらっ ヘンになっちゃうよぅ」
「気持ちよくて?」
 胸にうずめていた顔を上げてソラを見ると、青い瞳に涙をためて縦とも横ともとれるような風に頭を振っている。
「わかんないよぅ だってソラ、自分の胸そんな風にしたことないし、時々ちょっと痛いけど、だんだん気にならなくなって、なんだか貴巳君が触ったトコからピリピリしてきて、ヘンな声いっぱい出ちゃ……うぁんっ あひっ……ぁくうっ ダメぇ いやぁんっ」
 両方の頂を軽くつままれてそのままぐりぐりといじられて、ソラが声を上げて腰を浮かせる。
「ダメでもイヤでもないだろ。ソラはこうされるのが気持ちいいんだ?」
「あひゃっ っくぅんっ」
 目を閉じた拍子に目じりから耳のほうへ伝う涙を唇で掬って舐める。もう片方は耳まで雫が流れ着いていて、流れたその跡を舌でたどり、耳のくぼみを舐める。胸への刺激とは別のリズムで跳ねる体。ふぅっと息を吹きかけると、また反応が返ってくる。
「にゃっ 耳っ やぁんっ」
「ドコもかしこも気持ちいいって感じ?」
「んっ……ふぅ 貴巳君のばかぁ いじわる。そうだよぅ 貴巳君が触るトコみんな気持ちイイの……あっ」
 それまで意図的に触らなかったソラの中心に指を這わすと、先ほどよりしっかりと濡れた感触が伝わる。人差し指と薬指で閉じられたソコをそっと開くと、にちゃりと音がした。
「ああんっ! んんっ ひぁっやあぁん」
 中指の腹で硬い芯を円を描くように幾度も撫でると、ソラが先ほどまでより甲高い声で鳴きながら、びくびくと腰を震わせる。指に絡む蜜が増え、動かすとより卑猥な音が響く。
「はぁっ……ふぅ……」
「ちょっとイった?」
「ふぇっ ごめっ」
 肩を上下させて息をしていたソラがまた泣きそうな顔で貴巳を見る。
「ソラ、ココかなり敏感? すげぇ濡れてきた。音、聞こえる? このいやらしい音全部、ソラがだしてんだよ?」
 くちゅくちゅとわざと音が立つように手を動かしながら、耳朶を甘く噛む。寄せたからだにソラが手を回し、貴巳の背中を指が這う。
「あひんっ おと、やぁっ! やめて貴巳君っ ソコだめなのぉっ いつもよりピリピリするのっ 痛いのになんかヘンなのっ」
「ふぅんやっぱり。ソラ、自分でするときここいじってんだ?」
「あっ ……やだぁ そんなこと聞いたらやだよぅ 貴巳君……んあっ やっ だめぇ そんな強くぐりぐりしたらまたっ やぁああああんっ」
 花芯を揉みしだかれて、ソラがまた腰を上げて達する。とろとろと少し粘りのついた蜜が垂れてシーツにしみを作っている。
「ちゃんと答えないとやめない。ほら、どう?」
「あっ あっ ああっ も、やめっ やぁっ! してるっ してるのっ いつもソコいじってるのっ」
「いつもってどのくらい? 何日に一回くらい? もしかして毎晩?」
「っ……ま、毎晩してるのっ 貴巳君がいないときは寂しくって。でも貴巳君がいるって思ったら余計とまらなかったのっ……ねぇおねがっ……もぅやめってぇ……ヘンになっちゃうっ そんなされたらソラおかしくなっちゃうよぅっ あひっ ああっ あっぅううんっ」
 顔を真っ赤にして目をぎゅっと閉じて恥ずかしいことを告白させられているソラを見ながら、貴巳は少し意地の悪そうな笑みを口元に湛えて、花芯を責める指を増やす。いつも自分でしているのとは程遠いほど力強く揉まれ押しつぶされひねられて、ソラがひいひいと泣きながら、腰をがくがくと揺すってまた達する。達したときに少しだけ浮いた尻まで蜜がたれていく。
「すごいな、ソラ。ココいじくるだけで三回もイっちゃうんだ? それにソラ、すごいよ、シーツまでべったり濡れてる」
「はっ ひふぅ……ん……はぁ……ちがっ いつもはっ ソラ、一回だけだもん。貴巳君がソラのいろんなトコさわって気持ちよくしたからだもん。ソラ、自分で何回もしたりしないもんっ 下着ちょっとしめっちゃうけどこんなことならないんだからねっ ソラだけがエッチな子みたいにいわないでよぅ」
「エッチだろ。人の写真で毎晩やってるのは」
「うええぇぇん ごめんなさぁい」
「ダメ。許さない」
「えええええ」
 きっぱりと言い切った貴巳を、ソラが泣きまねをやめて見つめてくる。
「わかったですぅ 写真返しますですよ。それにもうしないです」
「返してもらってもいらねぇよ、あんなの。それに言ったろ、オレはこうして今、ソラの事ハダカで抱いてるだろ? あんなもんどうせいらなくなるって。そうじゃなくてな」
 心の中で『これからどうせ毎晩ヤりまくるし』と付け加えて、にっこりとソラに笑いかける。その笑顔に少しほっとしたような顔をして、ソラが小首を傾げていった。
「そうじゃなかったらどうしたらいいのですか?」
「んー そうだな、じゃあまずソラのここ、見せて?」
 言いながらびしょびしょに濡れたその場所を指で触る。
「んあ。そんなトコ……はずかしいよぅ」
「恥ずかしいこともう十分しただろうが。オレのもまじまじ見てたくせに。往生際悪いなぁ」
「えっ!? やぁっ だってなんか違うんだもん恥ずかしさがぁ! だめぇ」
 軽くだが三度も達したあとのソラの動きはいつもに増して緩慢だ。あっという間に足をひざを曲げて上半身のほうへおしあげ、ぐいっと開く。閉じ合わさっていた割れ目がにちゃりと粘着質な音を立てて開いた。
 その音に、ソラが恥ずかしそうに悲鳴を上げる。
 ぐるんとお尻まで少し上がるくらいに足を上げさせて、その中心に顔を近づける。薄い桜色の襞が蜜に濡れて光っている。裂け目の上のほうに、皮を剥かれて震える花芯も同じく桜色だ。
「ひああああああっ!」
「ソラのイく声、めちゃめちゃイイ」
 濡れたソコを舌で舐めると、ソラが大きな声を上げた。敏感な花芯を舐めれば小刻みな悲鳴が、入り口と思しき裂け目に舌を入れても同じように悲鳴を上げて腰を揺らす。
 花芯を何度も舐めて吸って唇で甘噛む。その度に泣き声をあげさせて何度もイかせる。細い指が貴巳の髪を掴もうと頭を触ってくるが、力が入らないのかその髪をすいて撫でるような仕草にしかならない。
「ひぃっ はぁっ はぁっ はぁっ……」
 なんどもイかされて、ソラが体いっぱいを使うように息を付く。
「ソラ、指入れてみていい?」
「ふぇえ?」
 急に声をかけられたソラがとろんとした瞳で貴巳を見て、息とも答えとも取れない音を唇からもらす。肯定とは思えなかったが、これだけした後ならと、今度は入り口に引っかからないように慎重に指を入れていく。入り口を触ったときソラがピクンと体を震わせたが、ずぶずぶと指を中に進めても痛がる様子がなかったので、指の付け根、入れることができる一番奥まで指をうずめる。
「ソラ、痛い?」
「んーん……」
 緩慢な動作でソラが首を振る。
「動かしていい?」
「ん……」
 また曖昧に首を振る仕草。けれど拒絶ではない、はずだ。ゆっくりと爪を立てないように、中を探る。指の腹で初めて触れられるざらりとした壁の感触を味わいながら、柔らかいけれど指一本でさえぴったりとはりつくソコを撫でるように指を回す。
「ふぃっ ぅあ……」
 何度も壁を押すように指を動かして、徐々に広さを確かめるように押す力を強める。みっちりとしているが、柔軟性があり、指をゆっくりと抜き差しすると、やんわりと押し戻ってくる。時間をかけて手首から手全体を使って、繰り返し指を動かして、硬い入り口を少しずつほぐす。いやらしい音楽を奏でるようにくちゅくちゅと蜜と空気が混ざりあってシーツへと流れ落ちていく。そうしているうちに、ある場所を指が通ったとき忙しなく息をするソラがそれとは別の吐息を吐いていることに気づいて、貴巳が指を止める。
「はくぅ……やぁ……」
 ゆるい刺激が止まって、ソラが閉じていた目を開け貴巳を見る。
「指、動かしてほしい?」
 貴巳の問いかけに、赤い頬をさらに高揚させてソラが小さく頷く。それを了承と知りながら、貴巳は少しだけ意地悪く問いかけを続ける。
「ちゃんとどういう風にしてほしいか言わないとわかんないんだけど? こう?」
「ひぁうっ! やっ ちがっ……ソコじゃなくて……」
 中に入れた指にばかり気をとられていてしばらく触れていなかった花芯をこすりあげると、ソラがぴくんと腰をふって小さい悲鳴をあげる。
「……ナカの……ゆび……ふぁあんっ ぁうっ」
「こっち? こう? ココがイイの?」
「んっ! あ、ソコっ……なんか、ヒクってなっちゃうのっ ああんっ!」
 指先で押して掻くように動かすと、ひくひくと小さく体を跳ねさせてよじる。
「ふぃいんっ ソコ、なんか違うのっ ソコいじられるとっ……なんかっ あああぁっ おなかのナカっ むずむずするぅ あひっ そっちはっ ああっ やぁあああっ だめぇえぇっ! あっ! ああああああっ!!!」
 じりじりと達しきれない疼きに悶えていたソラの花芯を舐めて甘く噛み、中の指を動かす。それまで花芯への刺激だけで何度も到達していたソラが耐え切れるはずもなく、もう数えることもできないくらい来ていた場所よりもさらに超えてた場所へと昇る。腰がこれ以上ないくらい弓なりに反って、それに伴って尻まで浮き上がる。指を入れているのに、その脇からとろとろと熱い蜜が零れ落ちる。
「指、増やすよ?」
 返事はない。落ち着いてきた息をまた荒くしてソラは肩を上下させるだけだ。入れていた指を抜いて、二本を添えるように揃えて侵入させる。入り口を越えるときにかすかにソラが息を呑んで、腰が引けたがもう片方の手でその動きを封じる。
「ほら、ソラのココからすげぇ いやらしい音がしてきた」
 ぐちゅりくちゃりと粘着質な音がたつようわざと指を動かす。
「指一本だけでどろどろでぐちゃぐちゃ。二本にしたらどんなになるんだろうな?」
 先ほどソラが感じた場所を二つの指でなぞりながらゆっくりと出し入れする。その度に押し出される蜜が音を奏でる。
「あっ やぁ もう、やめて、たかみくっ……はぁああっ」
 ぐいとそのポイントに指先を引っ掛けるようにしながら指を抜くと、指先に絡まった蜜が糸を引いた。
「こんな気持ちイイのにやめていいの?」
「あ……」
 何もなくなった喪失感に、ソラが戸惑いの声をつむぐ。
「やめ、ないで。して?」
 ほんの短いためらいの後、ソラは泣きそうな顔をした。
「こう?」
「んぁっ ひぅうっ」
 今度は何も聞かずに指をさらに増やす。人差し指と中指と薬指。硬さのほぐれた入り口さえ通ってしまえば、中はそのくらいのものなど十分飲み込める。しかしさすがに三本になると、思うように動かすことはできない。指先を少しだけ曲げて手首を回すように中をかき混ぜ、親指を花芯に当てて左右に刺激する。
「あっ はうっ ひあうぅ うぁっ」
 白く細い指がシーツをきつく掴んでいる。そうしないとおぼれてしまうとでも言うように。下肢は貴巳の動かす手に少し後れるように腰が左右に揺れている。
 下肢の揺れにさらに少し遅れて、胸がふるんふるんと揺れる。その片方に口をつけて少しやわらかくなった先端を舌で転がす。
「ふぃんっ ふあっ ひあんっ あうっ あっ もっ またっ!!! ひいっぃいんっ!」
 足は突っ張って、けれど腰は余韻に震える。
「またイった?」
 貴巳の問いかけにソラがあえぎながらも吐息の合間に頷きながらうんと答る。きつく握っていたシーツのしわの上に、ひと時弛(たゆ)たうように力の抜けた指が泳いでいる。
 うっすらと汗をかいた額に張り付く前髪を払ってやりながら、貴巳が熱くほてった頬に口づけを落として顔を離す。
「さっきさ、指、三本入ってたんだけど」
「さ、さんぼんも?」
 これが証拠といわんばかりに、先ほどまで暖かい場所に埋めていた指を三本立ててソラの眼前にかざす。はじめから入れていた指は、ソコから分泌される液体にふやけて、指先は白くしわを寄せている。思いも寄らない本数を言われて、ソラがきょとんとその指を見上げて、その状態を確認したのかまた顔を真っ赤にする。
「そ。んでさ、これだけ入ったらボチボチ、その、いいかなと」
「ひあっ!」
 背を丸めた貴巳が、ソラの潤んだ場所を己の中心で軽くこする。指や舌とは違う刺激に、無意識だろうがソラの腰が逃げる。
「いや……その……オレもわかんないんだけど、多分、結構痛いかも知れないんだけど、ソラにはわかんねぇだろうけどっ 結構、オレも、ガマンしてんだけど?」
「あ……」
 貴巳がその頬を空の頬に合わせて、耳元で言い辛そうにささやく。頬を合わせたのはさすがに、顔が赤くなるのをソラに見られないためのささやかな男の意地なのだが、言っている言葉は自分でも情けないかもしれないと思いながら。
「ん……イイよ。だって、してって言ったのソラなんだもん。なのに痛いとか言ってゴメンね? ソラ、いっぱい貴巳君にきもちよくさせてもらったから、今度は貴巳君がきもちよくなって? 大丈夫だよ、ちょっとくらい痛くても、ソラ、ガマンできるから」
 細い腕が両脇から背中に回される。やさしい抱擁。胸と胸がくっついて、お互いのとくとくと急くように鳴り響く心音が重なる。同じ速度で動く心臓が、その体勢で離れがたいといっているような気がした。
「ね、貴巳君の、ソラに、いれて……?」
 ゆっくりと体を離した貴巳に、恥らうような微笑を浮かべながら、ソラが言う。そっとそんな願ってもないことを言うその口に口づけをして、少し開いた口を舌で割る。やさしい口づけを繰り返しながら胸を撫で、腹を抜けて薄い茂みをかき分ける。確かめなくても熱くぬかるんだ場所に何度か自分をこすりつける。その度にキスをしながらソラが甘く声を上げた。
 体を離してソラの足を曲げて開かせる。濡れて充血して赤くなったその場所を確認して、己の先端をあてがうと、ソラの体がぴくっと反応する。
「入れて、いい?」
「ぅん……」
 細く薄い腰を片手で掴んで、もう片方の手を己に添えてゆっくりと侵入を試みる。
「ひぅっ あっ いっ! ぐぅ……」
 めりめりと音がしたような気がした。一番狭い場所を、一番太い部分が通過する。拒絶するように引けていくソラの腰を両手で掴んで、できるだけゆっくりと貴巳が未開の地を進む。時折ソラが苦しそうにあえぐが、さすがにもう、止まれない。
「ひっ ひぅっ……ふぅ はあっ」
 体全体が締め付けられているような圧迫感と、その温もりや湿り気に、それだけで終わりそうな焦りや、今すぐ力任せに動きたい衝動と戦いながら、ゆるゆると最奥にたどり着いた貴巳が息を吐く。
「……ゴメン。ぎっちぎちなのわかる。オレもそんな持たないから、も……ちょっとだけガマンして」
 眉間にしわを寄せてきつく瞳を閉じ、体の中に進入したモノが肺まで圧迫しているかのように浅く早く呼吸を繰り返すソラの顔を撫でて、その眉間や瞳に何度か口づけをして、今も上へと逃げようとする腰を両手で捕まえ、少しだけ腰を引いて、突く。
「ひあっ うあぁっ! んぐっ」
 突き上げられるたびに組み敷いた小さな体が跳ねて、半開きのままの口から短く小さな悲鳴が漏れる。先ほどまでの甘く切ないものとは明らかに違う苦痛の声。けれどその声さえ、ただ悩ましい。
 ソラの悲鳴。自分の荒い息。出し入れのたびにお互いを隔てる薄い皮膚と蜜がこすれあうリズムの粘つく余韻。その全てに酔いしれる。
「ソラ、もうすぐ、だ、からっ」
「あっ ああっ あうっ ふえんっ」
 口の中はカラカラで、ひどくかすれた声しか出なかった。いつの間にか貴巳の背にその腕を回したソラが揺さぶられながら上げる声がなんだか変わったような気がした。けれど貴巳もそんな変化に何か言えるような状態ではない。
「っく!! あああああっ!」
 激しく早いグラインド。最後に獣じみた悲鳴のような雄叫びを上げたのが自分自身だと認識するまでのタイムラグ。何度も脈打つように体内から液体が流れ出すのを感じながら、それでも何とかソラをつぶさないように体をよじってその横に身を落とす。
 口から出るのは荒い息だけ。四百メートル走だってゴールの後こんなに息が上がらないのにと思いながら、体を横たえる。名前を呼ばれて、酸欠状態のような朦朧とした頭を奮い立たせて、瞳を開く。達する瞬間真っ白になったままで、まぶたの裏まで白明るくて、目を開けるまで目を閉じていたことすら気づかなかった。
「た、かみ……くん? だい、じょうぶ?」
 ソラの指が前髪を払って、青い瞳が覗き込んできた。
「や、なんか、こんな息上がるのかとか、いろいろ、考えてた」
「うん、男の人のほうが体力使うって言うもんね」
「……よく知ってるな、んなコト」
「あ、えと、一般論?」
 ゆっくりと上半身を上げて、ソラが明後日のほうを見ながら小首を傾げる。体をやや前傾姿勢で支える為についた両手に挟まれた胸がやや歪んで強調される。
「やっぱ、かなり痛かった?」
「んー 結構。入ってくるときは無理やりぎゅぎゅーって感じだったけど、人が言ってたみたいにビリビリ裂けたかと思うくらいとか、覚悟してたほどじゃなかったかも。きっと貴巳君がそれまでにいっぱいしてくれたからだね」
 ありがと。と、ソラがにっこりと微笑んで、貴巳の唇にその唇を重ねる。
「そっか。よかった。最初指かけただけで痛いって言われたときはマジで無理かもとか思ったし。思っててもやめなかったけど」
「あれはなんか、いきなりだったし……」
 体を起こした貴巳の胸にぺったりともたれてソラがもごもごと言い訳のようにつぶやく。
「なんか汗かいたか?」
「んー 汗もだけど実はかなりいま、どろどろっと気持ち悪いのです」
「どこが??」
「っ! いやあっ!!」
 意地悪く聞き返した貴巳を見上げるソラの体を軽く押して転がして、両足首を捕まえて先ほどまで繋がっていた場所を広げると、まだらに薄赤い部分を絡めた白濁液がその衝撃の為かあふれて流れ落ちる。
「あ、ホントだ、腿にも垂れてる」
「いやあああああっ 貴巳君のバカぁ!! うえええんっ みないでよぅっ!」
 上体をひねってソラがもがきながらベッドヘッドにあるかわいらしいカバーのついたボックスティッシュの箱を取る。貴巳は射程距離に入ったティッシュをかなりの早業で三枚抜き取って、流れる液体をぬぐう。
「やっ! 貴巳君っ そんなこと自分でやるからっ! ひぃんっ! やぁ……ヘンなトコまでさわらないでよぅっ!」
「だってそっち側もぬるぬるだぞ? それにほら、ココ触ったらちょっとナカからどんどんでてくるし」
 どさくさにまぎれるように花芯までぬぐわれてソラが悲鳴を上げて抗議するが、ひくっひくっと腰が戦慄くたびにナカに残った液体がこぷこぷとあふれてくる。
「やっ ひいっ ああっ だめぇ また変になっちゃうよ……」
「なれよ。ってか、もっかいやらせて?」
「え!? だってさっき貴巳君……」
「大丈夫、若いから。ほら、もうこんなだし?」
「………っ! うそぉん」
 いつの間にか再び臨戦態勢といわんばかりの硬さで反りあがったモノにこすられて、一瞬声を失ったソラがちょっと泣きそうな顔でつぶやく。
「もう痛くてできないとか言われたら諦めるつもりだったけど、そうじゃないみたいだし?」
「ひんっ あ、やぁんっ!」
「次はもうちょっともつし、ソラがよかったとことかコレで責めたいし」
「あっ あぅうぅっ! んっ くふっ」
 有無を言わさず先端をうずめる。先ほどと同じくらいの熱さで貴巳を迎え入れたソコが、奥へ誘うようにひくひくと震えている。
「ソラがこれで気持ちよくてイっちゃうまでガンガン責めていい?」
「いっやぁんっ はうっ あ。だめぇ」
 甘い拒否を聞き流して、貴巳は薄く笑って再び心地よい場所に己をうずめた。






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