ケース1−1 華菜の場合


 そりゃね。
 そりゃぁ…
 駿兄にくらべたらね、私なんか全然子供だし、全然バカだし、全然…全然。
「かーなっ! なにボーっとしてんの。卒業式始まっちゃうよ」
「智里」
 そうだ。卒業式。今日は小学校の卒業式なのだ。
 まだ全然馴染まない中学校の制服を着た親友、藤井智里(ふじいちさと)の渾身のチョップを後頭部に受けながらも、私、遠野華菜(とおのかな)は魂半分取れかけた顔で振りかえった。
「なに死にかけた顔してんのよ。若い身空で」
 智里は私の腕をつかんで、ぐいぐい引っ張りながら体育館へ引きずって行く。
「だって、全然相手にしてくれないんだもん」
 そんなの、もう泣くしかないんだもん。ぐずっ
「そりゃ いつものことでしょう。また華菜が一人で空回りしてんの目に浮かぶよ。目ぇつぶったらその光景一分の狂いもなく脳内で再現できそうだわ。駿壱サンも災難よねぇ。何回ねだってもしてくれないってことは、かわいい妹みたいにしか思ってないってことでしょう。いいかげんあきらめたら?」
「ひ、ひどい。親友にそんなひどいこというなんて。智里、人間じゃないわっ」
「毎回毎回同じこと繰り返して。アンタの脳は溝の壊れたアナログレコードか。よくそれで条祥受かったね」
 私の両肩をがっちりとつかんで、智里がケタケタとヘンな笑い声をたてながら、がっくんがっくん揺さぶる。やめて。前後左右上下回転運動までかけて振るのは。酔う……
「そりゃねぇ智里はすごいよ。塾とか行ってなかったんでしょ?」
 私立条祥学園。幼稚園から高校までそろった、県下一の入学競争倍率を誇り、県下一の国公立大学進学率を誇る学校。幼稚園と小学校は入学者がくじ引きで決められるのだが、中学は在学者ともども入試があり、私たちは一応、その試験に合格した。優劣の差は果てしないとしても。
 なんとか体勢を立て直して、私は智里の隣を歩く。ああ、まだ頭がくらくらする……
「ったりまえでしょう。わたしを誰だと思ってんの」
「智里様」
「おう。わかってきたじゃん華菜」
 今度は、をほほほほ、と両手を腰に当てて高笑いをする智里。確かに彼女はとても頭がよくて、態度がでかくて女王様だ。
「なーんてね。受かったから言うけどわたしも華菜と同じで家庭教師についててもらったんだ。最後の二ヵ月」
 えへへ、と笑って、智里が言う。普段偉そうに途切れることなく毒舌を吐きつづける智里と、笑った智里。そのギャップでなんだか智里がすごくかわいく見えた。
「でもそれで受かっちゃうなんて、やっぱり智里はすごいよ」
「わたしに言わせりゃあの成績とこの脳みそで受かったアンタのがすごいよ」
 うう、でも相変わらず口は悪い……
「どちらかって言うとすごいのはアンタに勉強教えてた、駿壱サンのほうか」
 うううっ。金輪際かわいいなんて思ってやらないわ。
「なんてね。これで高校まで華菜とは同じ学校に通えるの、うれしい。同じクラスになれたらもっといいな」
 え? ほんと?
 条祥学園はエスカレーターだから中学の試験さえ受かってしまえば、高校までは外部進学か退学にでもならない限りずっといっしょのはずなのだ。
「新しくからかう対象探さなくていいしね」
 がー!!! 悔しい! ハナの先で笑ってる智里もだけど、言い返せない自分のたるい脳みそも憎い!!
 智里は、地団駄を踏むために三歩ほど遅れた私に振りかえって、意地の悪ぅーい笑みを浮かべた。
「ほら、機嫌直ったでしょ? 早く行こう」
 差し出された右手。
 なんだかだまされたような気もするけど。
「うん」
 差し出した左手。
 ま、いっか。


ケース1−2 さらに華菜の場合
------------本筋・・・?こちらへ先にお進みください
ケース1−2´(ダッシュ) 駿壱の場合
------------上と同じ時間経過なので飛ばしても
         ストーリは続きます



Copyright © 2001 SEP Sachi-Kamuro All rights reserved.
このページに含まれる文章および画像の無断転載・無断使用を固く禁じます
画面の幅600以上推奨