ケース2−2 華菜の場合


 ご飯を食べて、すごいしあわせで、まず一番に何に乗るか駿兄と喋ってたら、いきなりキーキー耳障りな声が聞こえてきた。
「うわ、ホントに妹と来てるの?」
 むか。何よこの女。
 そこにいたのは、ショートカットでツリ目の、背の高い、男の子みたいなのと、その後ろに、さらさらの黒髪をバレッタで留めた、ちんまりしたお人形みたいなの。
「すごい偶然だね。おんなじクラスの近宮や霧島たちと来てんの。翔子、あしたドイツに行くから、最後に遊ぼうと思って」
「あれ? 宮田さん外国行くの? 知らなかったな」
 彼女たちに聞こえないくらい小さな声で、駿兄がごめん、ちょっと待ってて、って言うからおとなしく待つことにする。でも五分以上ほって置かれたら泣いてやる。
 駿兄に宮田さんと呼ばれた後ろのが小さく頷く。
「げ、斎藤君知らなかったの? 後期試験終わった後、クラスで大騒ぎだってでしょう? お父さんの仕事の都合で翔子がドイツに行っちゃうって」
「ごめん、俺、そのころ生徒会の引継ぎとかあったから、授業以外全然教室にいなかったし」
 駿兄の、一分のスキもない営業用0円スマイル。
「えー じゃあもしかして、知ってたら翔子の誘いとか受けてた?」
「ちょっ……エリちゃんっ!」
 後ろのが制止するのを聞かずにずかずかとテーブルについた空いた椅子にすわって、ショートカットの女がニヤニヤと笑っている。いやよぅ。こういう女って嫌。迷惑してるのわかんないの?
「あ、食事もうしたの? ウチらもさっき向うでたべたんだ。もし良かったらいっしょに回らない?」
 嫌ーっ
「ごめん、今日は華菜が条祥に受かったのと小学校の卒業祝いできてるんだ。せっかく誘ってもらって悪いけど、いっしょには回れないよ」
 私が泣きそうな顔をしたのが分かったのだろう。駿兄がやんわりと断りを入れてくれる。
「それならなおさらよ! 斎藤君の妹ちゃん、春から私らの後輩ってことでしょ? 絶対大勢で回った方が楽しいって。ね、翔子」
「え? あ、うん」
 私は駿兄と回りたいの! アンタたちなんかと回ったって楽しくなんかないわよ!! 後ろのも同意してんじゃないわよ!
 そんなやり取りをしてるうちに、あっち側の連れらしい男二人が合流して、四対二という不利な状況から、私たちは彼らとアトラクションを回ることになってしまった。
 バスケットはコインロッカーに預けて、まずは王道のジェットコースターに乗ることになる。並んでる間も私は、駿兄にしがみついて絶対離れない。
 せっかく二人で来たのに、なんでこんなことになっちゃうの?
 そのあともいろいろ回ったけど、二人で並んで座るやつは絶対駿兄の隣を譲るつもりなどなかったし、譲ったりはしなかったけど、四人とか、大勢で座るやつだと、翔子と呼ばれる女が、駿兄のとなりにいるのだ。
 しかも、他のメンバーが大げさに倒れかかったりして、何かあるたびに駿兄と彼女を物理的にくっつけたがってる様子が見えみえなのだ。
 ………超むかつく。
「大丈夫か? しんどい? 少し休むか?」
 小さく頷く。気分最悪。もう帰りたいよ。
「ごめん、ちょっと華菜、気分悪いみたいだから外れていいかな」
「え、ああ……ホントだ、顔色悪いな。オレたちのテンションで連れまわしたからかな。こっちこそ悪い、気付かなかった」
 うつむいたまま駿兄にしがみついていた私の顔を覗き込むように、近宮くんがしゃがんでそう言ってくれる。
「じゃあオレら、あっちのヤツ乗ってくるから、休んでたら?」
 やった。やっと二人になれる。と、喜んだのもつかの間。
「あー 私らもなんか疲れたよねぇ 一休みしようか?翔子」
 なんなのよぅこいつらー。ちくしょーどこまでも邪魔する気ね?
「うん……それなら私、何か飲むもの買ってこようかな? みんななにがいい?」
「いいよ。そんなの私が行くから。翔子はここで斎藤君たちと待ってて。みんな適当にジュースとかでいいよね。ほら、あんたらは荷物持ちっ」
 勝手にしきって勝手に男手をつれて行く田中。何様のつもりなのよあの女。
「えっと、あの、あっち、座らない?」
 残された方が、引きつりそうな笑みを顔に張りつけて、私たちにそう言う。こっちはなんとなく場の雰囲気を察してるらしいが、多分あの田中に押して引かれて流されているのだろう。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。華菜は?」
「うん、行く」
「悪いけど先に行っててくれる? すぐ戻るから」
「わかった、席、取っとくね」
 彼女を残して、案内板で探した一番近いトイレが破滅的に汚かったので少し離れたところに向かう。
 充分離れて、建物の角を曲がって、私は駿兄にしがみつくのをやめる。体を離した私の頭を駿兄が優しくなでてくれる。
「ゴメンな、華菜。今度しきりなおししよう」
「うん。ディズニーランドがいい」
「ちょっとそれはキツイな、花やしきくらいで我慢してくれないか?」
「だめー」
 うれしかった。
 気にしてくれてるのがうれしかった。
 へへへ。
 さすがにトイレは別々で、出るのも時間が違うから、駿兄には先に帰っててもらう。大丈夫。さっきので、もう全然元気になれた気がするから。
 用を済ませて、個室から出ようとしたとき、外から聞き覚えのある声が届いた。田中だ。田中の声だ。気分悪くなるから早くはなれよう。
「だーもう、ムカツク。妹だかなんだか知らないけど、べたべたべたべたしてさ、ちょっとはこっちの状況読みなってのよ。ガキは引っ込んでなって感じ」
 なっ! そっちこそでしょう!? ナニ人のせいにしてんのよ!?
「斎藤君も斎藤君だよね。あの人頭いいのにそう言うの全然疎そうじゃん、翔子ももっとガンガン行かなきゃ……ってもう時間ないんだっけ……ごめん」
 じ、自分のこと棚にあげまくって、何言ってんのよこの女!?
「たしかにさー 斎藤君の妹だけあって見てくれはいいわよ。でも妹は妹じゃん。兄のこと思うんだったらかわいい彼女の一人や二人、作ってもらおうとしたってバチは当たらないんじゃないの?」
 イヤよ。絶対イヤ。駿兄がホントのお兄ちゃんだったとしてもわたしは邪魔をし続けるわ。
「ねぇ、エリちゃん、そのことなんだけど」
「なに?」
「あの子、ホントに妹なのかな?」
「はあ!?」
「あの子の名字、斎藤じゃないはずなの」
「なにそれ? どういう事?」
 うわ、なんで知ってんのよ。
「うん……ほら、わたし、ピアノしてるでしょ? 年末にね、コンクールがあって、それにわたしも出たんだけど、あの子、小学生の部で優勝してた子だと思うの」
 ちょっと待って、なんで午後後半の高校生が、午前の小学生の部見てるのよ?
「妹がね、負けちゃって。すごく悔しがってて、あの子の名前何度も言ってたから、覚えてるの」
 妹? 宮田!? おおおおおお、覚えてる! 宮田聡子だ。人が演奏する前にわざわざプレッシャーかけにきてくれたアレの姉なの!? 似てない!!
「確か……トオノ、トオノカナ。って名前のはずなの」
 うーわー
「翔子なんでそれ先に言わないのよ?」
「え、だって、違ったら困るし、ほら、ご両親が離婚されてる、って場合も考えられるし……」
「してないよ。学生名簿の斎藤君のところ両親の欄埋まってるもの」
 ちょっと田中! あんたなんでそんなところまでチェックいれてんのよぅ!?
「じゃあナニ? あの子、斎藤君の妹でも何でもないってこと?」
「うん……多分。今日一日気にしてみたんだけど、斎藤君、あの子の事『妹』だとは、一言も言ってないの。思い出したら前の時も。私達が勝手に『斎藤君の妹』だと思ってるだけみたい」
 い、いいとこ突いてくるじゃない。
「それじゃ、あの子、斎藤君とは何の関係もない他人ってことじゃん。三歩譲って親戚だったとしても、家族じゃないんでしょ? それをなに? ウチらが誤解して遠慮してんのいい事に斎藤君にくっつきまくってたよあのガキ! いい根性してるわね。斎藤君だってなんか迷惑そうじゃなかった? べたべたくっつかれて動きにくそうだったし」
 むっかっつっくぅーぅうぅ。
 思い切り大きな音を立てて扉を開ける。鏡の前にいた二人が突然の物音に振りかえった。やり過ごそうかとも思ったけど、聞き捨てならんわその言動!!
「遠慮してんなら別行動しなさいよね? そっちが勝手にくっついてきたくせになんて言い草なの? 駿兄が迷惑だったのはアンタらの方に決まってんでしょ? 偶然みたいな顔して、人の邪魔して、何のつもりよ!?」
 悔しい。
「フン、かわい子ぶってたくせに本性現したわね。ヒラヒラした格好して、デートのつもりだったの? 悪いけどどう見たって、出来の悪いガキんちょに付き合わされてる斎藤君って図にしか見えないわよ。大体ここのチケットだって、ここにいる翔子のものだったのよ?」
「しっ 知らないわよそんなコト! 今日は条祥受かったお祝いに、駿兄が連れて来てくれたんだもん」
「どーうだかぁ? アンタの方からなんかお祝いしてくれとかどこか連れてってくれとか頼んだんじゃないの?」
 くっ……悔しい悔しい悔しい悔しい。
「あらぁ? 言い返せない? 図星なんだ?」
 優位に立たれた。ただでさえ身長差があるから見下ろされてるのに、田中の目にも鼻にも口にも、わたしを蔑む表情が刻まれている。目の前で笑ってる田中もむかつくけど聞き流しておけば良かったのに真っ向から対決をしてしまった自分のお子様っぷりがまた悔しい。
「斎藤君も災難よねぇ、同情するわ。こんな生理もまだみたいなチビにくっつかれてたら、斎藤君、ロリコンだって思われちゃうじゃない。あんたなんかお呼びじゃないのよ。さっさと帰ってアニメでも見てたら?」
 悔しい。なんでそんなこと言われなきゃならないの? 背が低いのも生理がまだだってことも、すっごい気にしてるのに、なんでこんな女にこんな風に言われなきゃならないの?
 泣きたくないのにぼろぼろ涙があふれた。
「泣いたら勝てるとでも思ってんのぉ? やっぱりあんた子供じゃん。よくそんなんで斎藤君の隣にいられるわね」
 違うわよ。勝手に出てくるのよ。そう言われると思ったわよ。でも止まらないんだからしょうがないじゃん。
「エリちゃん……もうやめてよ……相手子供じゃない」
「子供で悪かったわね!!」
 宮田に悪気があってその言葉を選んだんじゃないだろうけど、子供という言葉が強調されてめちゃめちゃ気に障った。
「どうせ私はあんたたちみたいに胸もおっきくないし、背だって高くないし、腰だってくびれてないし全然子供よ!? 私だって早くオトナになりたいよ。ならんで歩いてもアンタ達みたいなのにバカにされないようないい女になりたい。早くオトナになりたい。たった五年や六年早く生まれたくらいで、なんでこんなに違うのよ? 私だって同級生になりたかった。一緒に学校行ったりしたかった。そしたらこんな、こんな悔しい思いしなくて良かったのに!!」
 悔しい。負けを認めなくちゃならない自分が悔しい。いい女になれない自分が悔しい。早く大人になれない自分が悔しい。
 泣きながら走って外に出たら、駿兄がいた。両手を広げて、そこに立っていた。
「もう何も言わなくていいから、全部聞こえてたよ」
 素直にそこに飛び込めなくて、躊躇て立ち止まった私を優しく抱き上げて駿兄がそう言った。
 駿兄の首にしがみついて、私は大声を上げて泣きじゃくった。


ケース2−3 駿壱の場合

ケース2−3´(ダッシュ) 田中エリの場合
------------上と同じ時間経過なので飛ばしても
         ストーリは続きます


ケース2−1 駿壱の場合


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