ケース2−1 駿壱の場合


 午前九時四十五分。
 玄関ポーチ。
 敷地の有効利用のために玄関ポーチも共有だ。うちの玄関から出れば、左手に遠野家の玄関ドアがある配置である。
「お母さん、ホントにこれ着て行くの?」
「もちろんよ!」
「でも遊園地だし、汚しちゃうかもしれないし……」
「構わないわよ。ちゃんと洗って、それでダメなら作りなおしてあげるから。ほら、よく似合って、かわいさ倍増よ。いまからじゃ着替えてたら間に合わないでしょう?」
「でも……」
 玄関をノックしようと手を伸ばすと中からなにやら話し声が聞こえる。
「おはようございます」
「あら、おはよう、駿君。見てみて! かわいいでしょう!?」
 人のうちにケチつけるわけではないけど、さして広くない遠野家の玄関では、いつものエプロン姿の由紀さんと、レースとフリルがたっぷり使われた白とピンクの服、長い髪を二つに分けて三つ編みにした華菜がいる。
 この服は確か、由紀さんのお手製で、去年の年末にピアノのコンクール、受験の前で満足に練習できなかったと言いながら、小学生の部で優勝したとき着ていたやつだ。
「ほら! 駿兄かたまってるもん。やっぱり遊園地にこんなひらひらしたのヘンだよ。着替えて来るぅ」
「待て待て待てって」
 玄関脇の階段を昇ろうとする華菜を慌てて制止する。
「ヘンじゃないよ。華菜に似合ってるから、着替えなくていいって。着替えてたら遊ぶ時間なくなっちゃうだろう?」
「ほんと!?」
「ほんとよ。それに華菜ちゃん、その服一人じゃ脱げないでしょう?」
 一体どんな服作ったんですか?
「もう、私が言っても全然納得しないのに、駿君の言うことは大丈夫なのね。はい、これお弁当とお茶」
 苦笑しながら由紀さんが大きめのバスケットと水筒を俺に手渡す。
「よかったわね、華菜ちゃん。いっぱい遊んできなさいね」
「はーい。いってきまーっす」
 そう言って見送ってくれる由紀さんに、先ほどまで駄々をこねていたとは思えないような笑顔で、華菜が応えている。
 最寄駅から二回の乗り換えて、目的地、後楽園遊園地に到着する。電車から降りる時からすでにテンションがあがりつつあった華菜が、ゲートを通る時はもう荷物を持っていない方の腕にぶら下がるようにしてうれしそうにはしゃいでいる。
「少し早いけど、どこかで弁当食べてからアトラクション回ろう」
「うん! 華菜ね、ウインナー切ったの」
「ああ、じゃあウインナー食べないようにしなきゃ。腹下したら困る」
「ひどっ!!」
 ぼかぼかとわき腹や背中に華菜のこぶしがあたる。
「痛い痛い。悪かったって。ほら、あっちにテーブルがあるから、そこで食べよう」
 家族向けの休憩スペースなのだろう、真ん中にパラソルが立つようになった丸いテーブルまで行って、バスケットを置いて、椅子を掃う。
「どうぞ、お姫様」
「ありがとう。駿兄も座って座って!」
 俺が引いた椅子にちょこんと収まって、華菜が見上げながら隣の席を指す。
「まーだ。座ったらお弁当だせないだろ?」
「じゃあ華菜も立つ」
「いいから、華菜は座って。今日は華菜のお祝いだからね」
 バスケットにはご丁寧にプラスチックのお皿とフォークにナイフ、箸まで搭載されている。こりゃ重いわけだ。
 一つ目の弁当を開けると、一口大に切り分けられたタマゴとハムのサンドイッチ、鳥の唐揚げ、卵焼き、ブロッコリーとプチトマト、そしていびつな形のウインナー…
 その下の弁当には、やはり小さ目のおにぎりとぶりの照り焼き、サトイモとかぼちゃの煮物、切り分けられたとんかつ、キュウリととりにくのサラダ。
 やっぱり由紀さんの弁当はソツがないな。
 上は華菜用、下は俺用なのだろう。
 華菜の好物を皿にとりわけて、お茶を入れる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
 お行儀よく両手を合わせて、華菜が箸をとるのを見て自分用のを取り分ける。
「どうかした?」
 箸を持ったまま、食べないでじっとこちらを見る華菜の視線に気付いて、そう問うとなんでもない、と唐揚げを突き刺して口に運ぶ。
 ああ、アレだ。
 ウインナー。
 たこの形にも見え、カニのようでもあり、地球外生命体と言う表現が一番正しいような、それ。
 見てくれは果てしない宇宙を感じさせるが、ただのウインナーを切って焼いただけのはずである。ウチの母のアレに比べたら遥かにマシと言えよう。
 さり気に華菜の皿に一つ、自分の皿に二つ。
「いただきます」
 華菜に倣って、手を合わせる。
 突き刺さるような視線。イタイ。これは先に食べてしまうのがよさそうな気がする。
 取る。運ぶ。入れる。咀嚼する。
 良かった。ホントに切って焼いただけだ。
 イヤ、疑ってたわけじゃないんだけど。
「おいしい?」
 恐る恐る、と言った雰囲気で華菜が顔を覗き込んでくる。
「おいしいおいしい」
 頭に手を置いてなでる。
「えへへ」
 安心したように頬をゆるめて、自分も食べ始める。
 ウインナーさえ攻略してしまえば、後は全て由紀さん製だ。安心してご飯を食べることができる喜びを再認識したら、さらにおいしい気がするから不思議である。もしかしたらこれは由紀さんの策略か?
「駿兄、駿兄っ 卵焼きおいしいの。食べて食べて」
「サラダ食べる! キュウリいっぱいがいい」
「おにぎりたらこだ。おいしいねぇ」
「照り焼きね、お母さん夜から作ってくれてたの。味染みててとろとろだねー」
 ニコニコと笑いながら、食べるもの食べるもの全てにおいしいといい、喋りながら食べて飲む。ご飯を食べている時の華菜は本当に幸せそうで、こちらまでつられて笑ってしまう。
「あれ?斎藤くんじゃない」
 全てを食べ尽くして、お茶を飲んでパンフレットでアトラクションのチェックをしていると聞いたことのある声が背後から振りかかってきた。
「やっぱり! 斎藤君だ」
 そこには、つい先日までクラスメイトだった少女が二人、立っていた。


ケース2−2 華菜の場合

ケース1−2 さらに華菜の場合
ケース1−2´(ダッシュ) 駿壱の場合


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