ケース2−3´(ダッシュ) 田中エリの場合


「だーもう、ムカツク。妹だかなんだか知らないけど、べたべたべたべたしてさ、ちょっとはこっちの状況読みなってのよ。ガキは引っ込んでなって感じ」
「まあまあ、エリちゃん、もともとあっちだけだったのに、私達が無理に入ったんだからしょうがないよ」
 怒りのあまりプラスチックでできた大理石風の洗面台を削り取るようにギリギリと握った私に、翔子がなだめるように言う。
「あのねー 翔子、もともとあのチケットは翔子のもので、翔子が日本の思い出に、斎藤君と行こうと思ってパパさんからもらったものだったんでしょう? そんなんじゃいつまで経ったって好きな男の一人もゲットできないよ? もっと利用できるものは利用しなきゃ!」
「だって、ほら、余分もあったし、こうやってみんなで来れてるし……」
 横でほにゃっと笑っている翔子を見て脱力してしまう。余分って言っても、斎藤君達のがライドフリーなのに対して、私達が使ったものは入場券だけのもの。まぁ乗り物代とか全部近宮たちにださせてるから構わないんだけど。
「斎藤君も斎藤君だよね。あの人頭いいのにそう言うの全然疎そうじゃん、翔子ももっとガンガン行かなきゃ……ってもう時間ないんだっけ……ごめん」
 翔子のお父さんは、外資系の商社に勤めている。それで今回、ドイツに転勤になって、翔子達家族もそれについていくのだ。あと一年だし、翔子だけでも残ったら? という私の案は、心配性の翔子のパパさんの涙によって流れた。
「たしかにさー 斎藤君の妹だけあって見てくれはいいわよ。でも妹は妹じゃん。」
 というよりお互いブラコンとシスコンって感じで、どうにもこうにも攻めにくいのよね、あの二人。
「ねぇ、エリちゃん、そのことなんだけど」
「ナニ?」
「あの子、ホントに妹なのかな?」
 はいぃいぃ? なんですと?
「じゃあナニ? あの子、斎藤君の妹でも何でもないってこと?」
 翔子が言うには、あのガキの名字は斎藤ではないらしい。ってことはなにかい!?
「それじゃ、あの子、斎藤君とは何の関係もない他人ってことじゃん。三歩譲って親戚だったとしても、家族じゃないんでしょ? それをなに? ウチらが誤解して遠慮してんのいい事に斎藤君にくっつきまくってたよあのガキ! いい根性してるわね。斎藤君だってなんか迷惑そうじゃなかった? べたべたくっつかれて動きにくそうだったし! 近宮のどあほうがっアイツそんなこと一言も言ってなかったじゃん。ちゃんと情報流せって言ってたのに」
 役に立たない男ね、全く。なんでそんな大事なこと言わないのよ。絶対知ってて黙ってたんだわ。後で見ときなさいよ。歯が擦り切れるくらいの歯軋りをしていると、突然、奥の個室のドアが開く。驚いて振り向くと、マコトにむかつく事に、お人形のような衣装がやたらと似合っているクソガキがいた。
「遠慮してんなら別行動しなさいよね? そっちが勝手にくっついてきたくせになんて言い草なの? 駿兄が迷惑だったのはアンタらの方に決まってんでしょ? 偶然みたいな顔して、人の邪魔して、何のつもりよ!?」
 かわいい顔を真っ赤にして、既に泣きそうになって怒鳴り散らしてくる。
 ちょっと待て、このガキ好きな事いってないか?
「フン、かわい子ぶってたくせに本性現したわね。ヒラヒラした格好して、デートのつもりだったの? 悪いけどどう見たって、出来の悪いガキんちょに付き合わされてる斎藤君って図にしか見えないわよ。大体ここのチケットだって、ここにいる翔子のものだったのよ?」
 そうだ。消極的な誘い方をした翔子の言質を取って、斎藤君が巻き上げたのだ。
 私等が太刀打ちできないほどの美人とこられてもイヤだけど、こんなガキに負けたと思うともっと腹が立つ。
「条祥受かったお祝いに、駿兄が連れて来てくれたんだもん」
 ほほう、あくまでも斎藤君に誘ってもらったと言い張るわけね?
「どーうだかぁ? アンタの方からなんかお祝いしてくれとかどこか連れてってくれとか頼んだんじゃないの?」
 間髪入れずに切り返すと、口を閉じて黙ってしまう。
「あらぁ? 言い返せない? 図星なんだ? 斎藤君も災難よねぇ、同情するわ。こんな生理もまだみたいなチビにくっつかれてたら、斎藤君、ロリコンだって思われちゃうじゃない。あんたなんかお呼びじゃないのよ。さっさと帰ってアニメでも見てたら? 泣いたら勝てるとでも思ってんのぉ? やっぱりあんた子供じゃん。よくそんなんで斎藤君の隣にいられるわね」
 歯を食いしばって必死に耐えてるみたいだけど、とうとう泣き出した。泣いたらこっちが謝るとでも思ってたんだろうか?
 女バレにもいたけど、頭足りてない女って、すぐ泣くのよね。
 泣くくらいなら最初から勝負かけてこなきゃいいんだわ。泣けばどうにかなると思ってるような女が一番嫌い。
「エリちゃん……もうやめてよ……相手子供じゃない」
 一体私がだれのためにこのガキと勝負してんのか、分かってるんだか分かってないんだか、翔子が止めにはいってくる。
「子供で悪かったわね!!」
 むかつく。私じゃ歯が立たないからって翔子にたてつくか!?
 泣いてわめいてハナミズたらして、そう言い放ってトイレから走って出て行く。
「待ちなさいよ! 逃げる気!?」
 逃がすつもりはなかった。ここで完膚なきまでにトドメを刺しておかないと。後憂の芽は早めに摘み取るに限るのよ。
「一人じゃ何も出来ないから斎藤君に頼ろうってんじゃ……」
 ないでしょうね、と、続けて言うべき言葉が出てこなかった。
 学校では一度も見た事がない、極上の、柔らかくて優しげな微笑みを湛えた斎藤君が、目に入ったから。
 学校では一度も聞いた事がない、甘くて、優しい言葉をかけて、いかにもいじめられてましたという様子の、いたいけな少女を抱きしめる。
 そして。
 追いかけて出て行った私に向けられたのは。
 絶対零度を思わせる、氷のような微笑みだった。


ケース2−4 続けて田中エリの場合

ケース2−2 華菜の場合
ケース2−3 駿壱の場合


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