6 共鳴


 髪をかきあげて自然なしぐさで夏清が井名里の上にまたがる。
 見上げる井名里に微笑んで、両手をそっとその洗いっぱなしの髪に差し入れる。
「髪、伸びたね」
 覗きこむように身をかがめて夏清が笑う。答えを待たずに開きかけた唇にやわらかく降りてくる唇。
 今までで一番、やさしくて切なくて、長い長い触れるだけのキス。
 キスの角度を変えて、髪を何度も細い指で梳くように動かす。
 井名里の薄い唇を何度もついばむように小さくキスをして、唇を離す。
 すぐに顔が近づいて、乾燥した井名里の唇を夏清の小さな舌が舐める。
 いたずらっ子のような瞳が、笑みの形のまま閉じられて、再び唇が触れ合う。
 先ほどと変わって吸い付くように密着する唇の間から絡みつくように夏清の舌が進入する。それに応えるように井名里の舌が動く。どんどん早くなるキスの速度。
 井名里の髪をまさぐる手が耳にかかって頬をやさしく覆って、そのまま鎖骨を人差し指がなぞる。
 激しく繰り返したキスが音をたてて終わる。お互いの唾液に濡れた夏清の唇が、手が通った場所を同じように滑る。塗られた唾液が道を示すように赤い炎の前に揺れる。浮き上がった鎖骨を唇で挿むように甘く噛んで、舐めて、キスをする。
 夏清が動けば、長い髪があとを追うように流れる。柔らかい唇と髪の毛が、肌をくすぐる。ぞくぞくと湧き上がる快感に井名里が身じろぎをして呻く。
 鎖骨から胸を通ってゆっくりと痕を残しながら夏清の唇が下へと移動する。
 体をずらしながら夏清が井名里の足の間に割り込む。
 わき腹をくすぐるように行き来させていた手を絨毯について夏清が起き上がりながら片手で乱れた髪をかきあげる。ため息の半分。そんな吐息をもらしてから体を丸めるようにかがめて井名里のそれに両手を添える。
 先端にキス。
 井名里が上半身を少し起こしたことなど気にも留めない様子で夏清がそのまま、ゆっくりと口に含む。
 夏清の顔にかかる髪を井名里の指が梳き上げる。上目遣いに見上げる、夏清の瞳と見下ろす井名里の視線が一度絡んで、夏清が目を伏せる。
 唇と舌。添えられて、更に動く夏清の指にまで二人分の分泌液が絡みついて、指が液体の抵抗で、その動きがより緩慢に、じらすように井名里の肌を這う。
 咥内の密度が意図的に変わる。明確な意思を持って動く舌と指。耳朶に届くぴちゃぴちゃという音。
 離れた場所で似たリズムを刻む息。押し殺される声。上下する夏清の動きに合わせて、いつの間にかほとんど無意識のうちに井名里の腰が動き出す。
 井名里の呼吸の中に低いうめきが混じりだし、口の中で混ざる液体の苦味が増す。
 充分な硬さのそれに手を添えて音を立てて吸い上げて一度唇を離す。どうしようかな、と言ったしぐさで考える間を置いたあと手を添えたまま横からぱくりと唇で噛み付く。
「う……がっ」
 慣れない部分を微妙な加減でまぐまぐと刺激されて、付いていた片手を滑らせた井名里の上体が沈む。慌てて動かした、夏清の髪に絡めていた指が離れて長い髪が乱れて広がる。
 夏清の動きと重力に井名里の体の上に零れ落ちた髪が、それ自身が意思を持つように動いて腹部やわき腹を撫でるようにくすぐる。
 体内に残った全ての気力を使って井名里が再び上体を起こす。最初の一撃のインパクトはものすごかったが、部分的に与えられる刺激は絶頂感の手前で糸を引かれているようなもので、いきそうになれば測ったように緩やかになり、おさまりかけたと思えばポイントを探るように動きが積極的になっていく。
 快感の速度。そのアクセルとブレーキを握られているような感覚。腰の奥がざわめいているのに今すぐ勝手に急発進をかけることができない。これまで意思とは関係なくいってしまったことはあっても、メンタルな部分で感情が落ちて萎えてしまったことはあっても、生殺しのような状態で持続させられた経験はない。というよりあまりされたくない。
「……夏清……」
 放っておいたら延々続けられそうで、名前を呼ぶのと同時に井名里がそろそろ解放してくれと額を押すように触る。
「ん」
 それでもやめない夏清が、突付かれ続けてさすがに諦めたのか鼻から漏れるような音とも声とも付かない返事をしする。やっと解放されるのかと井名里が気を緩めた瞬間、夏清が最後に舌を広げて思い切りウラから舐め上げて先端を口に含む。密着する唇に加えられた力と生暖かい唾液が絡みついて舌が動く。
 予期せぬ状況に、目が回るほどの衝撃。口をついてでたのは低いけれど悲鳴に近いような呻き。突然足元から地面が消えて、落ちているようなて、それでいてどこか高いところに引き上げられるような、そんな開放感をともなう快感。
 一撃で撃墜されて、井名里がもうどうにでもなれと両手を広げて絨毯の上に倒れこむ。実際どうしようもないのだから。
「おーまーえーはー……」
 何とか荒い息を整えて、やっとの思いでそれだけつぶやいて井名里が目を開ける。弛緩した体に何とか力を戻して、一番初めに夏清にぐしゃぐしゃにされた己の髪を意味もなく触りながらゆっくりと起き上がる。
「やっぱりマズい」
「……あたりまえだろうが」
 渋い顔をして口の中を動かしていた夏清がポツリとつぶやく。口でするという行為自体最近ほとんどなかったし、口だけで最後までいったのはいつ以来か知れないくらい久しぶりだ。
「なんてことするんだ」
 呆れたように井名里が言って、左手で夏清の顎を取り、親指で閉じられた唇をなぞる。
 なぞられた唇の端を上げてから夏清が口を開く。
「だめ?」
「だめじゃねぇけどな」
 答えながら井名里も口の端を上げて笑う。
「……きもちよかった?」
「……そりゃもう、死ぬほど」
 足で抱え込んで、肩を引き寄せて、額をつける。
「よかった」
 そのまま体を斜めにして夏清が井名里の肩まで頭を滑らせる。ことんと預けた唇から、楽しそうに笑う吐息がそのまま井名里の胸にかかる。
「これね、お店で働いてたときよくしてくれたお姉さんが教えてくれたの。私のこと気に入って、通ってくれるヒトができたらやってみなって」
 夏清の指が、井名里の鎖骨を往復する。
「結局二ヶ月くらいしかいなかったし、働いてる時間も短かったから、そういうのできなかったし、する気もなかった。だからもう全然忘れてたの」
 井名里の指が、夏清の長い髪をなでる。
「絶対思い出さないと思ってた。もう、なかったことにしてた。あのときの私は、私じゃなくて……これからの私には絶対必要ないものだと思ってた。誰にも言わないでそのまま忘れるの。そうしたほうが楽だから。
 もし本当に心の底から大好きな人ができても、大好きだから、絶対言いたくなかった。軽蔑されるのも無くすのもイヤだから。そんなことで、未来をなくしたくないから。でもそれじゃ、きっと違っちゃうよね。私はずっと、大事な人にウソ吐いていかなくちゃいけないの。自分にも」
 夏清がゆっくりと体を離す。うつむいたまま、言葉を選びながらかみ締めるようにしてそう言って短く息を吐いて、大きく息を吸う。
「全部知ってても、全然、先生そのこと言わないし、無理して避けたりもしない。だから私、ホントに気づかなかったの。先生がいっぱい、私のこと考えててくれてること。ずっと先まで考えて、全部大丈夫にしてくれてること、やっとわかったの」
 普段好きなことを言っているように見えるけれど、本当の意味で夏清は一度も井名里に否定されたことがない。夏清が間違えていたらちゃんと教えてくれるし、正しければ見ていてくれる。それだけでとても心強い。歩いている間はその存在を気づかせないけれど、躓いたとき手を差し伸べてくれる。そんな優しさがその距離にはちゃんとあった。
 それがとても自然だから、自分がどのくらい大切にされていたのか気づかなかった。
「捨てたくても捨てられない、ゴミみたいに思ってた自分の一部だけど、きっとあの時あそこで働いてなかったら、私はこんなに幸せになれなかった。普通に普通の女の子のままだったら、きっとこんなことできなかった。だってやりたくても知らなかったらできないもの。あの時の私がいて、今の私がいる。でも、そう思わせてくれるのは先生なの。先生でなきゃダメなの。私の全部、必要なものだって変えてくれたのはあなたなの。私、先生みたいには……礼良みたいにはまだなれないかもしれない。でも、私も、先生の過去も今も未来もみんな必要だよ。どんな風に生まれてきても、今ここに居るのは私のためだったらだめ? 先生が、礼良がここにいるのは、生まれてきたのも生きているのも死んでいくのも、全部私のせいにしたらだめ? 今私がこうやってるのを、全部必要なことだって、思っててもいい?」
 濡れた瞳を開く。夏清がおずおずと、井名里の瞳を見上げた。
「そんなもん、ずっと前から勝手に思ってたよ」
 井名里の両手が、夏清の顔にかかった髪を後ろに上げる。優しい瞳に夏清がぎこちなく笑う。ひざ立ちになって、細い腕を井名里の頭に回す。
 柔らかい胸にいだいて、井名里がいつもそうしてくれるように、その髪にキスをして夏清が言う。
「ありがとう」
 いつもそうやって与えられる安心感が、同じように伝わるように。井名里のように広くはないけれど、自分の体は本当に小さいけれど、何かあれば絶対に、守りたいものを抱きしめる。
「そりゃ、俺のせりふだろう」
 取るなよと井名里が細い腰に腕を回す。
「じゃあ、今思ってること、一緒に言ってみる?」
 小さな子供のように乱れた井名里の髪を触りながら夏清がささやくように問う。返事の代わりに、腰に回った腕に力がこもって、引き寄せられた夏清の体が少しのけぞる。
 
 
「愛してるよ」
 
 
「ん…」
 胸にある井名里の唇。吐息が触れた場所から溶けるような熱さ。その唇が肌に触れる寸前、産毛をなぞる。夏清が身を捩るように動かしたことで滑らかな肌が唇に押し付けられるようになる。
 口付ける甘い音とため息のような夏清の呼吸。触れて離れて、白い肌にいくつも痕を残す。すんなりとした背中を撫で回す大きな手が徐々に下に下りていって、ちょうどその手のひらに収まる尻を覆う。
 触られてひくりと緊張するようにその場所の筋肉が動く。反射的に離れようとする体を、背中を左手で押さえて右手をするりと内腿に滑り込ませてなでながら往復を繰り返す。
「んんっ」
 ばちん、と言うひと際大きな音で薪がはぜる。音に驚いた夏清の体がびくりとはねる。
「や、だめ。今日、私がっ」
「いいって。ムリしなくても。いつもどおりで充分、夏清はそのまんまで」
「だって」
「そう何回もあんなじらされたら俺のほうがもたないって」
 体を離した夏清に、井名里が苦笑する。数え切れないほどつけた痕を確認するように左手の指で胸元を押さえながら。
「……じらす? って?」
 胸元と内腿に、吸い付くように触れていた手を止めて井名里が本当に不思議そうな顔をして自分の肩に両手を置いている夏清を見る。
「………知らないでやってたのか」
「先生、その言い方、疑問形じゃなくてなんかニュアンス納得してる」
「するだろ」
「しない。じゃあほんとは気持ちよくなかっ……た? ……んっ! ……ゃん」
「夏清は、これきもちいいだろ?」
 左手と右手がそれぞれの場所の敏感な部分を掠める。けれどそれだけで、また別の場所に戻って、一瞬つきあがった快感をゆっくりと落ち着かせる。
「もっと触ってほしいだろ?」
 素直にうなずく夏清に井名里が微笑む。
「でも触って、恥ずかしくて言えないだろう?」
「……うん」
「おんなじ。ってかそれ以上。男だともっと言えないし、悲しいかな女より堪え性低いからな。アレくらいでも壊れるかってくらい追い詰められたぞ」
「それがわかんない」
「夏清が、アレをどう教えられたのか知らないけど、常連だけにしとけって言うのは知らない男は途中でキレるだろ、とっとといかせろって。まあその分、開放感はハンパじゃなかったけど」
 楽しそうに手のひらを動かしながら笑って井名里が言う。
「……あれって、そうだったの?」
「そうだったの」
「ごめんなさい」
 しゅんと元気がなくなって、小さな声で謝る夏清の顔を井名里が覗き込む。
「だから、どうして謝るんだ? 言ったろ? 久しぶりに死ぬほどよかったって」
「だって、先生のこと思ってやっててもなんか、ズレてるし。やっぱり先生みたいにはできないんだもん」
「そうだなぁ お前アタマいいくせにものすごく騙されやすいもんな」
 そう言われて拗ねたように結ばれた夏清の唇にキスをして井名里が続ける。
「でもそれでいいんじゃないのか? 無条件に全部疑うより、信じたほうが裏切られたりすることは多いぞ? でもお前は信じるだろ? そうやって痛い思いした回数が多いほうが、これから生きてくことに絶対プラスになる。信じたことも騙されたことも傷つけられたことも、間違えたことも。全部」
 一言一言、夏清の頬、耳、顎、首筋。井名里の唇が位置を変えて触れながら言葉を紡ぐ。
「全部こうやって目の前にいる夏清の中で新しい夏清を作っていくだろう?」
 後ろからまわして内腿を撫でていた右手が尻を撫で上げて腰を通って前に回る。井名里がすばやく体勢を変えて、こじ開けるように夏清の両足の間に自分の右足を入れて閉じられないように開かせる。
「人は変わる。どんどん。いろんなものを知って。だから」
 無防備にさらされた胸の頂に口をつける。前に回した右手は、先ほどとは逆の足の内腿を撫でている。
「俺の話を聞いて、やっぱり夏清は変わったはずだ。だけど」
 胸の間の、まだ紅くない場所を探して吸い付く。
「それは俺がずっとおびえてた変化じゃなくて、やっぱりお前はこうやって」
 左手が、細い体を後ろから抱きしめるように回って夏清のわきの下をくぐって左胸に到達する。
「たった一人、夏清だけに許されるってことは」
 その手のひらの下の鼓動がその存在を確かなものにさせる。
「世界中に信じてもらうより救われる」
 左手に撫で上げられた胸の先端を舐めるのと同時に、ずっと避けていた脚の間へ右手を滑り込ませる。夏清の唇から熱を含んだ悲鳴が短く漏れる。同時に下から、濁音でしか表現できない音が響く。
 指を動かしながら夏清の下から脚を抜いて、小さく吐息と声を漏らす夏清の体をゆっくりと組み敷く。
「このまんまじらしたいけど、こっちが持ちそうにない。痛かったら言えよ」
「んぅっ」
 言い終わるより先に、夏清の中に井名里が入り込む。いつも入れる前に指で広げる狭い入り口を、こじ開けるように入ってくるそれの異物感に夏清の眉間にしわが寄る。ほぐされない硬さがそのまま締め付けに変わって細かい襞が痺れにも似た陶酔感を繋がった部分から一気に伝達神経を逆走するような勢いで脳の深い部分まで巡る。
 喉が渇くほど、体内の水分が一気に蒸発したかと思うほどの熱は、どこから生まれてくるのだろう。そう思ってやっと、井名里は何もつけずに行為に及んでいたことに気づく。
「悪い、付けんの忘れた。そん時は外出すから……」
「だ……めっ……そのまんまがいい。最後までこのまま……して」
 夏清の指が、井名里の指に絡みつく。
「もし、できちゃっても、五ヶ月くらい大丈夫だよ。大学なんか、休学したらいい。ダメなら受けなおしたらいい。そんなのより、私は、こっちのほうがいい」
 息を吐く。
「私が、いま、一番ほしいのは、そんなんじゃなくて」
 息を吸う。
「何の隔たりもない、礼良がほしい。それでもし、新しい家族がくっついてくるなら絶対そっちのほうがいい」
 視線が重なる。
「一緒になりたい」
 瞳が揺れる。
「このままじゃ、だめ?」
「お前がいいなら、何があっても、俺に」
 もう一度、視線を絡めて。繋いだ手に力を込めて。
「護らせろよ」
 キスを交わす。
「うん……っん!」
 夏清の返事と同時に井名里が動きだす。
 はじめから奥まで何度も突き上げられて夏清の体ががくがくと派手に揺すれる。
 内臓までかき回されるような錯覚。それでも徐々に、その動きを追いかけるように夏清の体が無意識の意識の中で動き出す。お互いの息と時折もれる夏清の悲鳴が、体がぶつかる音と粘膜がこすれあう湿った音と合わさってここにしかない音楽のように響きあう。
「ひぁっんっ! あ……」
 井名里が、夏清の片足、細い足首を掴んで引き上げる。体の向きが微妙に横にずれて、予期せぬ摩擦に夏清がひと際大きな声を上げた。
 それまでずっと突き動かしていた腰を止めてゆっくり円を描くように、中を混ぜるような動作に変える。空気の混じった水の音は先ほどよりもずっといやらしいリズムで耳朶を打つ。
 足の爪の先まで力が込められて、ぎゅっと丸まった指に井名里が舌を這わせる。その感触に夏清の体が震えて締め付けがきつくなる。
「や……だめぇ……」
「きもちいい?」
 指の間に柔らかい舌が割り込む。その場所から、そこに触れる井名里の舌から快感が送り込まれる。夏清がうなずいてかすれた声で応える。
「ん……だめに、なる……よぅ……んっ!!」
 足の裏を舌が這う。くすぐったさとは別にぞくぞくと体の内側を舐められているような、不思議な感覚。
「……ナカ、びくびくしてる」
 自分が舌を這わせればダイレクトに己に返ってくる。全部が繋がっているのだと確認するように執拗に舐めて、脚を支える手は滑らかな曲線に沿って付け根へと移動する。
「ふぁっ!!」
 いきなり最奥まで突き上げられて夏清が悲鳴を上げる。
 半拍ずらして井名里の指が夏清の一番敏感な部分を探り出して触れる。落ちるまもなくさらに加えられた刺激に夏清の悲鳴が高く響き、同時に強く締め上げられた井名里が低く呻く。
「だ、め。も……いきそ」
「だめじゃねぇよ。限界」
 出し挿れを再開して、最初はゆっくりと、そしてどんどん加速をつけて。
「いっん! あぅ……ふ……はぁ……ん……っく……いっ……ちゃうよ」
 井名里を探して彷徨う夏清の両手を井名里の手が触れる。指の間を犯すように絡ませて、きつく握り締める。
 攪拌される音がぐちゃぐちゃと、たった二人分なのにそれはもうここにある音の全てで。
「んあっ!! いっ!!!」
 えぐるように奥まで入ってきた井名里に快感と痛みがごちゃ混ぜになって夏清に襲い掛かる。自分が言いたかったのがいつものセリフだったのか、痛いという言葉だったのか、本人にも次の瞬間分からなくなる。
 はねるようにのけぞった腰に、自分の中の全てを注ぎ込む。だくだくと己の体から出て行くものの中に、全部。それを受け入れるために、夏清のナカが震えるようにうごめく。薄くても膜を通せば感じることのできない漣(さざなみ)のような余韻。
 お互い言葉もなくただ息を繰り返す。
 触れる肌の暖かさに、どうしようもないくらいの幸福感。
「もうちょっと、このままでいて」
 ささやくような声がいとおしくて、言葉の代わりに絡めた指をそっと離して、壊れないように、井名里の腕が夏清を抱き寄せた。
 額をつけて、世界で一番近い場所で井名里が笑う。キスできるほどの距離で、井名里の薄い唇が動く。
「ありがとう」






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