LOVE GAME  1


「つーかーれーたーっ!」
「何言ってんだ。ずっと寝てたやつが」
 お風呂から上がって、ベッドにダイブ。ふかふかだけどひんやりしたおふとんが頬に当たって気持ちいい。
「ええ!? そんな寝てないよ。割と起きてたもん。すぐ目、覚ましたでしょ。寝てても一分か二分」
「……お前の体内時計は六十倍速か」
 うが。……確かに、意識失う前に見た高速の標識で、百キロ以上先にあったインターチェンジが、次に目を開けたとき目前だったような気がしないでもないですけど。
 うつ伏せから転がりなおして起き上がると、腰にタオル巻いただけの恰好で頭拭いてる先生の後姿。いくらきちんと暖房されてるからって、そんなんじゃ風邪ひくよ。ちゃんとバスローブ用意してもらってるんだから着ればいいのに。
「……だって、朝も起きるの早くて」
 朝からあんなとこであんなことされるわ。
「卒業式はあったし」
 久しぶりに泣いたし。ぶち壊して逃げてきたけど。
「そのあと、いきなり結婚式でびっくりだもん」
 でもこれは楽しかった。そのあと食べたご飯もおいしかったしね。
「あとあとっ! 新婚旅行は外国行きたいです。外国っ!! 香港なら船でいけるし、飛行機ダメでも大丈夫。あとは、韓国とか」
「ハイハイ、どこでもどうぞ」
 右手上げて大きな声で言ったら、先生が頭だけ振り返って苦笑する。
 やーんもう、夏休み早く来ないかな。
「ドコでもいいなら飛行機乗ってもいい?」
「それはパス。一人で行って来い」
 ……一人じゃ意味ないじゃん。
 あーあ。なんで日本は島国なんだろう。
 ぱったり。
 両手広げて、今度はあお向け。天井高いなぁ。
 んー。なんですか?
「なに?」
「ナニじゃないだろうが」
 眠いなと思って、目を閉じようとしたらふいに暗くなる。影の正体なんか確認しなくても分かるんだけど、目を開けたらすぐそこに先生の顔。
「だって、なにしてるのかなーって。確認」
「だから、なんで確認しなきゃならんのだ」
 言いながら、ちゃっちゃかバスローブのヒモ引っ張られてる。
「がー!! どういう結び方してんだお前は」
 え。普通でしょ。長いから三重なだけで。脱ぐ気も脱がされる気もなかったから、どんな寝相でも解けないようにぎゅってしてるけど。
 それが上手く外せなくて先生が上で怒ってる。
「ってか、もう、疲れた。眠い。寝る」
 無視して目を閉じて体から力を抜く。べったりベッドに沈み込むように。
「寝るな、コラ」
「先生だって疲れたでしょ? いっぱい運転したし。ね、もう寝よ。別に今しなくてもいいじゃん。結婚したし、またにしよう、またに」
「バカかお前は」
 むか。バカとはなんですか。ばかとは。
「ひゃにふるの」
 なにするの。
 ほっぺたを、うにゃ。って掴まれる。さすがに目を開けて見上げたら、ほんとにもう、なんか、不機嫌?
「なんでー? 朝もあんなとこでされたし。いいじゃん、何も今しなくても」
「馬鹿者。初夜はするもんだって法律で決まってんだよ」
 ちょっと待って。どこの法律で決まってんのよそんなこと。
「ちょ………んっ ふ」
 そのまま、頬を両手で押さえられちゃった状態でキス。抗議を言葉にしようとした唇を舐められて、一瞬怯んだ隙に唇がかぶさる。
 押し戻そうと先生の胸にやった手に、腕に、力が入らなくなるくらい、長くて長くて激しかったり柔らかかったり。
 なんだかもう、いつもこんな感じで懐柔されちゃってるんだよね、私も。
 先生とキスするのはスキ。
 唇が離れて、顔と顔の間に視点が合う位の距離が出来たとき。目を閉じてキスをしたあと、そっと目を開いたとき。
 目の前に先生の顔があるのが好き。
 キスした後の先生の顔を見るのが好き。
 ああもう、なにもかも。
 好きなんだけど。
「……オヤス、み………やっん。も、やめっんっ」
 ヒモ解くのは諦めて、強引にバスローブが肩からひき下ろされる。こうなると逆に私のほうが腕が絡まって動けないようになっちゃうのも、きっと絶対計算のうちなんだわ。それどころか、わざとこっちが動けないようにしてる。自由に動こうと思ったら、自分でヒモほどけってこと。
「んーもう。一回だけだからね」
 甘い。甘いよ、私。
 一応、仕方無いわねって顔作ってそう言ったら、なんだか、こっちが妥協してるはずなのに、先生のほうが仕方無いなってカオするの。
 なんですか、その反応は。
 むーって。ほっぺた膨らませたら親指と人差し指で空気抜かれちゃった。先生、指長いんだもん。そのくらいラクラク。
 その片手であごを上げて、キス。さっきよりゆっくり、味わうみたいに。
 先生が強引に引っ張ったもんだから、余計に結び目が硬くなったヒモ、悪戦苦闘で解いてる間も、キスしたり、肩とか腕とか、胸とかするする先生の手が撫でるように動く。
 なんとかヒモ解いたときに、はーって、やっとオッケーって思ったら体からチカラ抜けちゃった。
「もう、なんでこんな固くするのー」
「そりゃお前が変な結び方するからだって」
 また人のせいにする。
 くすくす笑いながら、先生が軽くキスして、そのまますべるようにあご、首筋。鎖骨のくぼみと、浮き上がった骨を唇が、舌がなぞる。
「………っつ」
 長い指が、確かめるように肌に触れる。唇が、耳に絡まる。手のひらが、胸からわき腹……腰の骨を撫でて何度も体中、いろんなところを往復しながら少しずつ下に下りていく。その間も何度もキスをして。もう、お風呂入ったのになんだかもうべたべた。なにがって、まぁ、いろいろ。
 腰から、太ももの外側。そこまで来ると体が勝手に先生の手を誘ってる。ここに来てって。来て欲しいところに。
 開いていく足。浮いていく腰。胸が、背中が、反りあがっていく。ただ肌の上を行く手に。
 ナニ急かしてるの? そんなにほしいの? 誘ってるの分ってるくせに、全然誘われてくれない。焦らすように。
 自分がその気にさせといて、そりゃないでしょとか思うんだけど、一番卑怯だと思うのは、そういうの、ギリギリの羞恥心が残ってるところで聞いてくること。放り出されても平気なうちや、もう何も考えられなくなったときじゃなくて。
 口で聞かないときは、わざと逸らされる。もう少し、あと少しそんな感覚で待っているのに、するする後戻り。追いかけようにも身動きなんかたかが知れてて。
「や。も、あ……んっ」
 キスの合間に洩れる、声。飲み込め切れない空気が混ざって泡だった唾液が言葉と一緒に唇の端を流れる。おいしいものを食べてるわけじゃないのに、どんどん溢れてくる。物理的な刺激だけなのに、嚥下するのが追いつかないくらい、どんどん。
 息が洩れるだけの間隔、唇がかすかに離れて。すぐにさっきより深いところまで届きそうなキスをされる。されてるばっかりじゃいやだから応戦するんだけど、全然敵わない感じ。余裕の幅が全然違う。悔しいくらいに。
 先生が片手で器用に下着に指をかけてひき降ろしていく……とはいえ片手じゃどうにもならないから、足曲げたりしてるんだけど。蹴ったりしないように気をつけながら。
 時々、そのままなにげに蹴ってもいいような気もするんだけど、それはさすがにひどいし、あとからもっとひどいことされそうだからやらない。
 なんて言うか。うん、手で触るのはしょっちゅうだし、もっといろいろやってんだから膝が当たるくらいでびくびくしてる自分って何よとか、思うんだけど。触るぞ、って言うのと、触っちゃった、って言うのは違うんだよねぇ。
 何回も、バスローブの下はなにも着るなって言われるんだけど。
 ブラはしないけど、さすがにね、下はつける。だってスースーするでしょう。落ち着かないと言うか。今日なんか特に、する気もなかったし。
 する気があったらどうなんだって聞かれたら、あってもはきますけど。ええ。
 空気。吐息。泡立つくらいのキスが終わる。なんとなく、ああ、終わっちゃうってわかるんだよね、キスって。
 多分、きっと、いや、絶対。意識して、そうしようとしてすくい上げられた私の口の中で混ざり合っていた、離れる唇の間をつなぐ液体の糸。切れる直前に震えるように見えるのは錯覚?
 多分、きっと。うん。絶対。
 何回、何十回、何百回、何千回。
 この瞬間、バカみたいに緩んだ口もそのまんまにして、私は先生だけ見てる。酸素が足りない上にナマ温くなった脳みそじゃ、目の前の現実に贔屓目とか美化とかとにかく変なフィルターかかっちゃうの。
 だからもう、確認するわけじゃないんだけど、私はこの人が好きなんだなーって。幸せな気分に髪の先まで沈んじゃう。私の一番大事なところ、さらけ出してるのに、そこをいじられてかき回されてるのに。
 この人なら、平気。どうしてだろう。
 最近やっと、昔……って言っても高々二年くらい前の話なんだけど、あのころのことをちゃんと思い出せるようになった。
 あの時。あの頃。見られるのはいやだった。羞恥心とは別の種類の嫌悪感。多分、心はそこになかったから。体は、全部拒否してた。頭が、全部割り切ってた。なんにも感じなかった。感じられなかった。
 心を取り戻させてくれた。一番嫌だった行為なのに。一番、ひとがすることのなかで汚いと思ってたのに、相手が先生ってだけで、こんなにイイコトだったって分かっちゃったの。そんな風に考えられるようになったのも、先生のお陰なのよね。
 先生なら、平気。安心できて、気持ちよくて。ああ、どうしよう。寝ていい?
「………ひ。っやん」
 いやーん。変な声出た。体も跳ねた。熱に浮かされたみたいにぼーっとしてたから。半分寝てたとも言う。
 ゆっくりやさしく動いてる指に酔うように身を任せていたら、いきなり一番感じちゃうとこ触られて、びっくりして反射的に目を閉じたら、泣きたいわけじゃないのに溜まってた涙が右目だけ目じりに引っかかる。
 あうー。寝かけたのばれてます?
「もー そんなとこ……ん」
 空いてる左手のひとさし指が軽く目じりをかすめて、私の唇をなぞって、ほんの少し、塩味を帯びた指が、半分開いた口の中にゆっくり侵入してくる。舌を動かすとそれに合わせて先生の指も動く。舌の下をなぞられて刺激され、あふれた唾液を絡めた指が咥内を縦横に動き回る。
「ん? どんなとこ?」
 触りながら聞き返さないでよ。今喋れないの知ってるくせに。口の中と、下と……右手と左手と。同じだったり違ったり、わざとくちゃくちゃ音をたてるように。全部見下ろされながら。
「は………んふ」
 下になってると、なんだか自然と上にいる先生の背中とか、頭とかに手が回っちゃってる。シーツとか掴んでるより、やっぱり、触っていたい。
 先生の髪に触るのが好き。仕事のときはムースとワックスでガチガチに固めちゃってるけど、洗ったあとの髪が好き。ちょっと湿ってて柔らかくて。クセのない髪に指が絡むのが好き。
「……あ、ふぅ」
 ごくん。咽が上下するくらい、口の中から指がなくなってやっと口を閉じることができたから、思いっきり飲み込む。先生の指が、私の唾液をつけたまま塗りつけるみたいに顎から胸の間を縦に降りる。濡れた痕を、また濡らすように先生の舌が逆に這い上がってきて、唇が耳の裏に吸い付く。見えないからいいだろうってつもりなんだろうけど、変なとこに痕つけないで下さい、ほんとに。
「ん。あっぅうん」
 そんなことしてる間もずっと、下のほういじってる指は止まらない。指だけでイっちゃいそうって思ったら、体の反応なんか、そこから薄い皮膚を隔てて簡単に伝わってしまう。そしたら指の動きは緩く、刺激を受けにくい場所に移動して、様子をうかがうような動きに変えられる。慣れて落ち着いてきたら、また、敏感なところに戻ってきて、繰り返し。どんどんその間隔は、短くなっていく。
「も、だめ」
 これ以上焦らされたら、この快感の中で融けちゃいそう。
 ナカで動く指が二本。空気と液体が混ざって泡だって、ものすごく恥ずかしい音が、ずっと聞こえる。
「もー して?」
 最近、ほんとにダメって思ったらわりと素直にお願いするようにしてみたり。
 もう、耐えられません。って顔で見上げたら、またもう、うれしそうに笑ってる。
 かき回わすように動いていた指が、止まって、私の内側を撫でながらゆっくりと出て行く。
 すぐ近くに覆い被さっていた先生が、起き上がる。頭、触るの名残惜しいけど、腕を下ろす。
「いっ!!」
「な!? っんぅくっ!! やぁんっ!!」
 抜けていく先生の指が、突然動く。曲げられた爪の先で、予期せぬところがえぐられる。それまでじりじりとその奥に押し込められていたものの引き金をひかれた気がした。
 腰が勝手に、震える。ナカが、震えるのも分ったような気がする。
 重なるように悲鳴が二人分。
 ………………
 二人分?
「痛ってぇって、引っかかってるぞ」
「うあ、ごめぇん」
 左手は、今日つけてもらったメビウスの指輪。右手のは、去年もらった指輪。そっちの石に、髪が何本か……いや結構な本数、絡んで揺れてた。
「こっちはずしていいか?」
「……うーん」
「背中に爪あと残すのでいいにしとけ」
 外したくないなって思って、微妙な返事をしたら、先生が笑いながら右手の指輪を抜き取って、どこに置くか一瞬考えた後、枕の下。
 右腕は、先生の左手で掴まれたまま。
 指輪があった指に、軽く触れる唇の感覚。指と指の間に、柔らかい舌の感覚。
「んんっ! やぁん、やめて」
 舐める、とかそういうんじゃなくて、咥えられるっていうか。指。指先に、ざらざらした舌の感触。音がするくらい根元まで……付け根ほど、しつこいくらい舌が攻めて来る。さっきちょっとイっちゃったせいもあって、普通より敏感になってるのに、お構いなしで。放出されたはずの快感は、またどこからともなく溜まってくる。全身、体中から。
 どうしてなのか、もう、指はダメ。気持ちよすぎてくらくらする。
 いつも最初はまたがれてるのに、今日もなんだか自然に。そう、いつの間にか先生ってちゃっかり人の足の間に体割り込ませてる。
「い……やぁん」
 先生の膝が、ものすごく、微妙な位置で微妙な場所に、押し付けられる。
 膝の、皿……だから、痛くはないんだけど。けど。
「ん。ふぁあっぅうん」
 指みたいに、ポイントを責めてくるわけじゃなくて、全体に均等に来る刺激はもどかしくて。あ、って思ったら、自分が動いてるから。見下ろされて、全部見られてるのが分ってても、どうだろう……分ってるから、しちゃうのかも。
「夏清」
「ん」
 目を開けて。視線が合って。
「んんっ……」
 いつの間にか噛みしめてた唇をほぐすように先生の指がなぞる。その指が当たり前みたいに、少し開いた唇の間から、中に入ってくる。
 うにゃ? ちょっと……いや、結構べたべた濡れてる。微妙に塩っぽい。
 これって、あーうー……ん。さっきまで下の方いじってた先生の右手。涙と同じ、自分の体液がついてる、手。
 抵抗、ないわけじゃないけど、べたべたになってるのは自分のがついてるからだなーとか、その場所が場所だけに、やっぱり、汚してるって気がして、差し出されたら舐めてしまう。
 舐めたらきれいになるかって言うと、それはそれで疑問も残るんだけど。
 先生も気持ちいい? 聞きたくて、閉じてた目を開けたら、そのまま視線の先に先生の、優しくて暖かい目。
 そんな風に見てたの? 思わず、頬が緩んじゃうくらい、目を閉じていたときよりずっと、見詰め合ってるほうが気持ちいい。体が勝手に震えるくらいに。
 先生の唇が、指から離れて、手首を通って肘の裏から二の腕を伝って、降りてくる。
「あんっ!! やぁ……んっ」
 わきの下に、息がかかる。唇が触れて、くすぐるように舌が這う。初めの頃はただくすぐったいだけだったのに、慣れるのと同時にぞくぞくした快感に変わっていって、今じゃものすごく弱いポイント。
 口の中にあった先生の指が、今度は唾液をつけたまま引き抜かれて、他のどこにも寄り道せずに離れようとするひざを無意識に追うように下がろうとした私のそこに触れる。一瞬空気にさらされて冷たくなった濡れた指に、これ以上ないくらい熱くなった部分が音を立ててひくりと動く。その刺激にナカからまた、あふれてこぼれる。
「ひっ!! くっあぁ」
 唇がわきから胸の頂へ。口付けられて吸いたてられて、舌の先で転がされる。きっとどんどん心臓の鼓動が早くなっていくのが、先生の唇に伝わってる。入り口を確かめるように、あふれ出たものを纏わりつかせていたしていた指がいなくなる。
 来る。そう感じたときにはもう、私は全部受け入れている。
「いっいぁあんっ………っ!!」
 揺さぶられているのか、自分から動いているのか。両方か。
 口から出てくるのは本能と悲鳴。
 うわごとみたいにイイって繰り返して、名前を呼んで。
 浮いた足首を掴まれて、挿れたまま向き合っていた体を横にされて、深い部分まで全部えぐるようなストローク。肌と肌があたる音。粘膜がこすれる濁音。
「いっ!! あ……礼良っんも、ワタシ……だめ」
 まだ挿れられて全然時間経ってないんだけど、それまでがいつもより長かったから、あっという間に耐えられなくなる。
「あっああぁっ!! あっぅうっ! や、んっ……あ」
「イキそう?」
 聞かれて、もう壊れたみたいに頷く。
「い……きそ……」
 じゃなくて、もう……
「イっ!! イクッ!! イっちゃうっ!!」
 頭の中が真っ白になる。
 がくがくになりながら、落ちていくような失墜感と、昇りつめる高揚感。全部一緒にめちゃくちゃになるような、ワケが分からないんだけど、もう、どうにかなってるとしか思えないんだけど。そうして一番高くて深いところに意識が飛んでいく。
 一瞬遅れて、先生が低くうめいてナカに流れ込んでくるのを感じながらゆっくりと私は体から力を抜いた。

                                        2002.7.11=up.





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