6−1 由紀子の場所
 びしょぬれになって帰った私は玄関まで出てきた辰巳おじさんに思いっきり怒鳴られた。
 どのくらいすごかったかって言うと、隣三軒住んでる人がなにごとかって顔を出したくらいすごかった。その中に、創子のお母さんもいた。うーん、なにしたかばれちゃったかも。
 実は怒鳴られただけじゃなくて、手があがったのも見えて、私はとっさに目を閉じた。でも私に当たったのは風圧だけでアレ? って思って目を開けたら、顔のギリギリ横に道彦君の手があって辰巳おじさんの手を止めていた。
「すいません、僕が勘違いして、勢い余って一緒に落ちちゃったんですよ」
 庇われてる私が一番ぽかんとした顔をしてたから、辰巳おじさんにもそれがウソだってことはわかったんだと思う。けど道彦君があたりまえみたいにそう言い切っちゃったから、おじさんも苦笑してそうかとしかいえなかったみたい。
 近くを自転車に乗って探してくれていた美岬おばさんがその後すぐ帰ってきて、自分が濡れるのも構わないでぎゅーってしてくれた。
 あったかくてほっとして、そしたらもう涙が止まらなくて、ずっとごめんなさいって言いながら泣いてしまった。
「もう、本当に……佐貴子は昔から突飛なことばっかりしてたから、少々のことがあってもこんなに動転しないけど、あなたには心配させられたことがなかったから、心臓が止まるかと思ったわよ」
「全くだ。あれは母さんに口で負けたらいつもあてつけに死んでやるって家でてったからなぁ」
「小学校にあがったら語彙も増えて、勝つことはなくても負けることも少なくなったけど、それまではほとんどいつも負けてたもの。でも五分もしたらケロっとした顔でかえってくるのよねぇ」
 …………おばあちゃんと佐貴ちゃんって……
「ほら、風呂が沸いたよ。そんなところでぼけっとしてないで入っちまいなさい」
 幼稚園児の佐貴ちゃんにも、今と変わらない調子で突っかかっていたらしいおばあちゃんが、なんだかバツが悪そうにしながらそう言う。
 そこで、私と道彦君、どっちが先に入るかってことになったんだけど、私以外のみんなが私から入るようにって言うから、しぶしぶ先に入ってすぐ上がろうとしたの。
 脱衣所で見張ってた怖い顔したおばあちゃんに睨まれて、肩まで浸かって百数えさせられた。
「絶対西側にいると思ったのに!! なんで道彦君が行くほうにいたの!?」
 ……そんなこと言われても………
 道彦君がお風呂に入ってる間に佐貴ちゃんと、仕事をしていたはずの希一さんも帰ってきた。
 お風呂上りの私に佐貴ちゃんが『あんたいまどき入水自殺!?』って呆れたようにつぶやいた。いや……うん。落ち着いて考えたら私もそう思った。道彦君がついたウソを信じているのかそっちで納得しようとしているのか、美岬おばさんが、笑って違うのよと佐貴ちゃんに説明している。
「ギリギリ及第点」
「道彦らしいね」
 そんなのウソだって確信してる佐貴ちゃんと希一さんが同時にそう言った。
「なにはどうあれ、何もなくて良かったわ」
 ため息のように本当に安心したわって顔で佐貴ちゃんが笑ってくれた。
 おじさんの服を借りてお風呂から上がってきた道彦君が、ほぼ倍になった人数にちょっとびっくりしている。
「あ、すいません。お風呂、いただきました」
 私が横にずれて道彦君が入るスペースを作るとすとん、って別に何の迷いも衒いもなく道彦君がそこにはまり込む。ずっと前からそうだったみたいに。
「こっちこそ、迷惑かけてごめんなさいね」
 美岬おばさんが、道彦君にあったかいお茶を出してそう答えたあと、なんかもう、沈黙。
 誰も何も言い出せなくてしーんとしてるの居間が。
「あ、あのっ」
 耐え切れなくなって声をあげたら、道彦君以外のみんなの視線が集まっちゃって、恥ずかしくてなんて続けたらいいかわからなくて私は下を向いてしまった。
「……心配かけて、ごめんなさい」
 たっぷり間を置いてやっとそれだけ。
「世間では手がかかった子ほど大きくなったらかわいいとは言うけど」
「なによ?」
 辰巳おじさんが苦笑しながらそう言って佐貴ちゃんを見る。
「なかなかどうして、出来のいい子も同じだよ。真綿でじわじわくるか、一気に来るかのちがいだ。なにしろ家族中の寿命縮めてくれたんだから」
「なっ! お父さんそれ、まるで私がすごく出来が悪くて手間かけたみたいじゃない!!」
「出来が良くて手間かけなかったのか?」
「うぐ」
 反論した佐貴ちゃんがあっさりそう切り返したおじさんの言葉に反論できない。
「佐貴子は頭がいい分やり口が巧妙で手のつけようがなかったわよねぇ」
「僕もよく巻き込まれてとばっちり受けましたよ」
「希一君までなに言ってるのよ!?」
 小学校から今までの佐貴ちゃんの代表的な悪事を指折り数えている希一さんに佐貴ちゃんがばかすか殴りかかっている。
「だから、由紀子が今回やったことなんて、ほんの些細なことだよ。気にすることはない」
「そうよ、美邦の言ったことなんか気にしなくていいのよ。あの子は由紀ちゃんにばっかりって言ってたけど、逆よ逆。お金貸す以外にもアレ買えコレ買えって、いろいろ押し付けられた分も入れたらよっぽどたくさんお金使わされてるんだから」
 ほんとに、何でみんなそんなに優しいんだろう。
「けれどもう、一人でいなくなったりしないように」
「はい」
 辰巳おじさんの言葉は、きっとここにいるみんなの言葉だった。神妙にしている私の横で、道彦君がはい、と手をあげる。
 みんなの注目を集めてから、道彦君が私を見て笑った。はじめてみるような、いたずらっぽい、ニヤって言う笑い方。その顔に、どきってする。
「一人じゃなかったら、いなくなってもいいですか?」
 しばらく、誰もその言葉の意味がわからなかったらしくて妙な間が開いた。
「そりゃあもう、今すぐでも」
 苦笑して道彦君がそう続けると、佐貴ちゃんが絶叫した。
「だめだめだめだめだめだめだめだめだめだめっ!! 絶っ対ダメ!!」
 何回言ったのか数え切れないくらいダメを繰り返して、道彦君の隣にいた私を奪い返すみたいに両手で抱えて。
「佐貴子、由紀子を放しなさい」
「イヤ。イヤよう。だって放したら道彦君が連れてっちゃうもの」
 さらにきつく私を抱いた佐貴ちゃんにおじさんがため息をついたのが分かる。
「今すぐなんてことは私が許さないよ。由紀子、こっちに来なさい」
 拘束が緩んだな、って思ったら、何のことはない、希一さんが佐貴ちゃんの腕を掴んで無理やりほどいていたからだった。でも佐貴ちゃんも、本気じゃなかったのかもしれない。いつもなら、そのくらいで絶対外れないもの。
 そのままおじさんの前まで行って、正座。
「由紀子は、どうしたい?」
 短い沈黙のあと、おじさんのそう尋ねる声は、ちょっと小さかった。
「私は……」
 目を閉じて。
 開いて。
 振り返って。
 そこに道彦君がいて。
 みんながいて。
 その中で選べるのなら。
「道彦君のところに行きたいです」
「そうか」
「はい」
「でも今すぐは無理だぞ」
「はい」
 なんだかもう、また泣けてきた。
「好きなだけ泣いてから行きなさい」
 辰巳おじさんが頭をなでてくれる。その横にいた美岬おばさんがよっこいしょと立ち上がった。
「今すぐは無理でも、せいぜい早い方がいいかしらねぇ」
 後ろでおばあちゃんがなんか叫んでる。多分やっと金縛りが解除されたんだと思う。かわいい孫の命の恩人から、憎むべき敵に変わったと認識したのかもしれない。怖くて後ろを見ることが出来なかった。


6−2 引き続き由紀子の場所
「うっわー」
 片道四時間。今にも分解しそうな音をたてながらそれでも何とか道彦君のアルトは目的地にたどり着いた。
「でか」
 少し前からアレだよって教えてもらったんだけど、遠めにもでかかった。近くに来たらもっとおっきい。すごくかっこいい日本建築のたてもの。年季入ってるの。
「でかくないでかくない。古いだけで。いつもなら裏の玄関から入るんだけど、今日は由紀ちゃんがいるからこっちね」
 玄関までの、秋の花が咲いてる道を通ってまたこれもおっきな玄関。
「でっかーい」
 たても横もすごいの。玄関の両開きの戸も分厚くってすごい重そう。
「古いだけだってば」
「悪かったわね古いだけで」
 その、重そうな戸だけど、どんな細工がしてあるのか全然重そうにせずに道彦君があける。その向こうに、女の人が立っていた。
「蓮子(れんこ)姉……帰ってきてるの? また」
「またとはなに!? またとはっ!! そんな再々帰ってきてるわけないでしょう!? 今日はあんたが女の子つれてくるって言うからわざわざ見に来てあげたの。女子高で講師するって聞いたときやっちゃうかなとは思ったけど、あんた立派に道踏み外したわねぇいくつだっけ?」
「十七になりました」
 佐貴ちゃんたちにも散々同じことを言われてるので言い返す気にもならないのか道彦君は苦笑してる。
 どうぞとスリッパを出してくれるので、道彦君にくっついてちっちゃい声でお邪魔します、って言ったけど多分聞こえてない感じ。
「僕が帰ってるとき百%いる人がナニ言ってるの。ああ、このヒト、僕の四番目の姉で蓮子さん。今は結婚して……どこ住んでるんだっけ?」
「静岡よ。いいかげん覚えなさいよ。結婚して六年、住所は変わってないわよ」
「変わってないのは知ってるんだけど、割と近場にみんな嫁いでるもんだから、逆に覚えづらいんだよ。だれがどこやらさっぱり。で、こちらが根岸由紀子ちゃん」
 いきなり名前言われて、びっくりしてご挨拶。
「こんにちは」
「はいこんにちは。須貝蓮子(すがいれんこ)です。いちいちやると面倒だから、集まってからにしましょうか」
「え? 集まってって」
「集まってるわよ。みんな。横須賀のおじさんたちも来てる」
「何でそんなのまで呼んだんだよ!?」
「呼んでないわよ。たまたま温泉浸かりに来たらあんたが少女連れて帰って来るってんで予定延期して長居してるだけ」
「帰したらいいじゃないか……大体今日は両親と遼子(りょうこ)姉や宗弥(むねや)義兄にだけに紹介するってことできたのに」
 あ。うん。私もそれだけって聞いてた……お父さんと、お母さんと、一番上のお姉さんの夫婦。
 長い廊下を奥へ奥へと進む。途中で結構いろんな人にすれ違うのね、仲居さんとか、お客さんとか。で、いちいちなんとなくお辞儀しながらくっついて歩いてるの。
「しょうがないじゃない。お母さんが一度ですんだほうがいいからみんな来てねっていうんだもん」
「じゃあ他も……?」
「いるわよ。全員。遊子(ゆうこ)と遥子(ようこ)ちゃんはダンナ付き。有給とったんだって。従業員も用のある人以外ほぼ全員ご出勤」
「げ」
「しょーがないって! あの人のよさそうな道彦が女子高生喰っちゃったんだってってのが大方の見かただから。すごかったらしいよーアンタから電話あったその日。みんな道彦はあの年上の女医さんと結婚するんだろうと思ってたら、紹介したい人がいますって、それが十二も離れた少女よ!? 少女っ!! しかもなに!? それがあの金魚の子でしょう!! そりゃもうそんなときからツバつけてたのなら、あんた光源氏よりすごいわよ?」
 人が悪そうに笑いながら蓮子さんがからかう。
「がー! もう、うるさいな。今は十一しか離れてない! ツバもつけてないし、それにまだ喰ってないぞ!!」
 つきあたりの部屋のふすまを半開きにした状態で、蓮子さんが止まって振り返った。
 道彦君、今すごいこと言ったよ。わかってる?
「ちょっと! 聞いた!?」
 がらっとふすまを開けて蓮子さんがその中に駆け込んだ。もう中は蜂の巣つついたみたいになってて、聞いた? 聞いたわよ!! きゃーって。
「由紀ちゃん」
「はい?」
「逃げるぞ!!」
 言うが早いか道彦君がひょいと私を肩に担いで今まできた廊下を逆走。
 でもまぁそんな、ヒト一人抱えて逃げおおせるわけもなく、私たちはすぐに捕まっちゃったわけだけど。


6−3 道彦の場所
「あーうー……」
「おはよう」
 翌日、朝六時三十分すぎ。
「あ、おは……よ、ううっ」
 叫んだあとぐらぐらと頭を振って由紀ちゃんが布団に突っ伏す。
「昨日覚えてる?」
「おぼえて、ない」
「だろうね。それと由紀ちゃんを着替えさせたのはウチの母さんだから」
 次女の達子(たつこ)姉が持ってきた甘い地酒を回りの大人達が面白がって彼女に飲ませたのだ。
 彼女が僕の姉たちと酔っ払っている間に、僕の両親には事情は全部話してしまった。下手に隠しておいて後から耳に入るより、事故のことも傷のこともこの夏の出来事も。二人とも少し驚いてはいたけれど彼女を見て微笑みながら、じゃあ絶対大事にしてあげないとね、と言ってくれた。
 甘い酒ほど早く酔いが回ってくれるのでおそらく量は多くはなかっただろうけど、酒なんて初めて飲んだに違いないのだ。
「ハイ、水。薬は? いる?」
「ありがとう。大丈夫」
「あの」
「なに?」
「………私、なんか、した?」
「………覚えてないならいいんじゃないの?」
 やっぱりなにかしたのかしらと頭を抱える由紀ちゃん。
「うそだよ。ケタケタ笑ってただけ。笑いつかれて寝ちゃったんだよ」
「け、けたけた?」
「そう。ケタケタ」
 本当に、そう表現するしかないくらいずーっと笑ってたのだ。誰が買ったのかバカみたいに大きな水槽で、あのひ弱そうな姿からは想像つかないくらい大きく育った金魚を見て楽しそうに。この分じゃ金魚のことも覚えてないね。
 何もせずに笑っていたと聞いたものの、それはそれでいろいろ考えるところがあるらしい。
「体調が大丈夫なら温泉入ってくる?」
「温泉……は……人、大勢いる?」
 無意識なんだろうけど、左手で右腕を押さえていう彼女に、僕は首を横に振る。
「一応この部屋、ウチの宿で一番いい離れだから、温泉も独立してるんだ。だから貸し切り。好きなだけ入っていいよ」
「ほんと? あのね、私、温泉入るの初めてなの。修学旅行も、大きなお風呂は入れなかったから」
「そっか。僕は由紀ちゃんあがったあとで行くから、一人でゆっくりしてきたらいいよ」
 一緒に入ろうかなんて言ったら、ひかれるだろうなぁ絶対。
「うん」
 ゆっくり起き出してかばんをごそごそひっくり返し、お風呂グッズと言うべき小物をもって由紀ちゃんが立ちあがる。
「………………」
 二間続いた和室から、濡れ縁を奥に行ったら温泉。そこの出口の障子戸に掴まってじーっとこっちを振り返っている。
「なに? 行かないの?」
「………の、覗きますか?」
「……………覗きません。ここにいます。変なこと心配してないで早く行かないと気が変るかもしれないよ」
 茶化してもじーっとこっちを見ている。
 ほんとに気が変っちゃうぞ。
「………か、変りませんか?」
「はぁ!?」
「あ、その、えと……だから」
 消えそうな声で。
「一緒に、入りませんか?」
 ああもう、なんでこんなにかわいいんだろう。夢じゃないだろうか本当に。
「い、いやだったら、いいです」
「いやじゃないって! 待って」
 脳みそ溶かしながらぼーっとしてたら、その間が拒否だとでも思ったのか、僕の見間違いじゃなかったら、ああもううぬぼれでもいいから、残念そうなカンジで行ってしまおうとした由紀ちゃんを慌てて止める。
「じゃあ、ついでにやっちゃおうかな」
 めりって。
 障子がめり、って。指通ってる、指!!
 真っ赤になって由紀ちゃんが立っているのを見て、しまったと思いましたよ。主語忘れるととんでもないことになってしまう。
 あーもうどうしよう。心臓ばくばくしてるよ。全然考えてなかった所を晒されるとなんでこんな緊張するかな。
「違って!! 変な意味じゃなくて、実験」
「へ?」
「夏休みの前に言ってたでしょ? 温泉の色が変る実験のこと」
「あ、ああ! はい」
 必要な薬剤は大学の研究室から失敬してきたので全部揃っている。
 それを持って、いっしょに浴衣を着たまま露店風呂に回って濡れてない岩に座りこむ。
「じゃあやりますか」
「はい」
 桶に沸いて出たばかりの温泉。そこに酸化水をいれて、黄鉄鉱をいれて、ぐるぐるかき混ぜる。それだけ。
「うわーすごい。なにがどうなったんですか?」
 一度透明な緑色になったあと、すぐにくすんだ赤色になって、そうなったらもう色は変わらなくなる。
「この黄鉄鉱って言うのはね、こっちの酸化水で溶けちゃうんだよ。で、酸化水に含まれる酸素で黄鉄鉱が酸化して、その時に鉄イオンと硫酸イオンがでるわけ。ただしこれを普通の水でやってもほとんど変らないんだ。こうなるのは、温泉に含まれてる細菌の作用が大きいんだけど、そこらへんは難しいから割愛」
「ハイ。もうすでにわかんないです」
「あ、そう」
「でもこれってなんか効きそうですよね」
 ゆらゆら揺れる不透明に近い赤い色を見つめながら由紀ちゃんが言う。
「…………そりゃあまぁ、鉄分と硫酸と硫黄だからね……巷の温泉の主成分だから。でも肌が弱い人はあまり触らない方がいいかもしれないよ。濃縮されてる分刺激は大きいはずだから、由紀ちゃんは触らないほうがいいと思うよ」
 触りたそうにしている由紀ちゃんにそう言って水は全部流してしまう。
「見たいならいつでも作ってあげるよ。過ぎたるは及ばざるがごとし、ってね。と言うわけで、無理をしないで一人ではいりなさい」
 ぐりぐりっと頭をなでてから小道具を持って露天ぶろをでる。
「……………」
 おしいコトした………
 ああちくしょう。僕の甲斐性なし。


6−4 由紀子の場所
「どうも、お世話になりました」
 顔見せだけのつもりの一泊二日はあっという間に終わってしまって、私だけでもいたらって言ってもらったんだけどなんだかここにいたら体力全部持って行かれそうだから道彦君と一緒に帰ることにした。
「来月また詳しいこと決めなくちゃならないから来るよ」
「あら、何日?」
 言ってくれたら合わせるわ、ってカンジで蓮子さんが聞いてきた。
「未定」
「小憎たらしいわね。いいわよお母さんに聞くから」
「蓮ちゃん分かったら私にも教えてね」
 にっこり笑ってそう言ったのは三女の遥子さんで。
「私も私も!!」
 手を上げてるのが五女の遊子さん。ちなみに道彦君は女の子だったら道子だったらしい。
 チェック先を変えた蓮子さんに他の人たちがきゃあきゃあいいながら同調。
「もういいからあんた等来るなってば!!」
 道彦君が怒鳴っても、元気炸裂のお姉さん達は全然へこたれる風もなくって、昨日よりさらにエスカレートしてるカンジ。なんて言うの? 佐貴ちゃんが五人いるような錯覚に陥るのは私だけ?
「ねえねえ」
 そう言って私の横に回りこんできたのは遊子さん。
「はい?」
「ここだけの話どうだったの?」
「は?」
 遊子さんは道彦君よりイッコ上なだけ。年が近いせいかすごい顔が良く似てるのね。で、にーって笑う顔もそっくりなわけで、そう言う笑い方をされたらもうナニ聞かれてるか分かっちゃうわけで。
「や、その、えっと」
 ごにょっとしながら遊子さんの耳もとで、まだですって正直に答えたら大爆笑。道彦君指差してごろごろ転がろうかって勢いで笑い倒してるの。
「は、もう、だめ。死にそう。はー……ホントもう、変ってない。道彦ってね、好物絶対残すのよ、で、私や蓮子姉に食われるの。まあ今回はそんなことないけど」
 ああ、それわかる気がします。
「がんばってね」
「えっと、はい」
 ナニをどうがんばるのか良く分からないけど。
「由紀ちゃん、変なこと吹き込まれてないでおいで、帰るよ」
「はい。それじゃ本当に、失礼します」
 ひょいひょいってカンジで道彦君にアルトの助手席に詰め込まれる。ほっといたらいつまでも続くって分かってるから?
 ばいばーいって手を振ってもらって、振り返して。見えなくなるまで。
「面白い人たちだね」
「…………ありがとう」
 私の素直な感想に、道彦君が複雑そうな顔で応えた。
「金魚すごかったね」
 遼子さん曰く、ここの温泉がハダにあってるんだろうって。金魚でもそう言うことあるのかしら?
「……僕も久しぶりに見たんだけど、あんなに育ってるとは思わなかったよ。金魚って、入れてる容器が大きかったらどんどん大きく育つんだよ。全く、だれがあんな大型熱帯魚用の水槽買ったんだか」
「そうなの? じゃあ二十五メートルプールとかにいれたらもっと大きくなるのかな?」
 純粋に疑問だったから言ったら、道彦君がため息ついてる。
「まあ、そう言うところが由紀ちゃんのいいところなんだけどね」
 あ。それってどう言う意味?
 でも、言葉にしたら自分でもそれは違うかなって思ったよ……くー。いつか道彦君のことびっくりさせてやるんだから。
 でもね、そんなどうでもいいこと話してるだけで、すごく楽しい。
「なんかね、やっぱりわたし、道彦君のこと好きですごくよかった。ここにこれてよかった。ここって道彦君の中心って言うか、元って言うか全部、道彦君だなーって。だから私、ここがすごい好き」
「そりゃ、ありがとう」
 目の前の信号が黄色になって、アルトがゆっくりと減速して、止まった。
「私には、そう言う場所ないから、ちょっとうらやましいな」
 窓の外を見ながらちっちゃい声で言ったのに、道彦君にはちゃんと聞こえてたみたい。
「……だから作るんだろ?」
 車がまた動き出す。
「人がうらやましがるくらいの、そういう場所」
 前ヘ前へ。
「一緒に」
 いつかたどり着く場所に。






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