空高く。恋晴日和2−3


 大勢の人でざわめくロビー。コールされる搭乗案内。乗るべき飛行機は、搭乗手続きがすでに始まっている。
「ごめんなさいですっ!!」
 銘々が機内に持ち込める最大サイズの荷物を足元に置いて、予定時刻を過ぎても現れない本日の主役の到着を待っていた面々が女性マネージャを置いていく勢いで走ってきたソラにほっとした顔になる。
「みんな、お待たせ。どうしてあんなところで事故渋滞。本当にもう、間に合わないかと思ったわ」
 ソラに遅れること数歩分。こちらも全速力で走ってきたらしいマネージャの常盤陽花(ときわようか)が荒く息を付きながらジーンズの膝に手を置いて謝っている。
「えーっと、遠藤さんに弟君? 初めまして。常盤です。三日間よろしく。食費は出すから食い扶持分働いてね」
「遠藤真美です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「佐倉貴巳です。すいません、なんかもう、姉がご迷惑かけて」
「いいのよ。もう別に。何とかごまかすわ」
 走ってきたせいだけではない何かを含めて常盤が息を吐く。
 金曜日の午前十時。ウイークデーの仕事を終えたソラが、普段の道路状況であればたやすく羽田までたどり着けるはずの行程だが、少し前ロビーにあるテレビでも報道していたが、空港手前で大型トラックが横転し、後続車が数台突っ込むと言う事故があったのだ。最初巻き込まれたのかと泡を食ったが、すぐに常盤からの電話で無事を確認している。
「預かってたチケットで手続きは済ませてあるし急ごう、最終搭乗案内、もうすぐかかるよ」
 そう言って立ててあったキャリーを手に持ったのは、カメラマンの須藤友香(すどうともか)。すでに三十を超えているらしいが、元々モデルだっただけあって、プロポーションもばっちりの美人だ。彼女に続くのは、アシスタントをしている小野田創(おのだそう)。外見ガテン系の強面だが、須藤に頭が上がらないらしい……彼女に言われて手続きをしていたのは小野田だが、手柄はがっちり持っていかれている。
「よかったわ、二人増えて。でないと持ち込みできないところだったかも」
 ソラと常盤の荷物を見て、須藤がため息をついている。貴巳が持たされているのも彼女の荷物だ。貨物室預けにできない精密機器などがてんこ盛りらしい。もちろん、貨物室預けの荷物もてんこ盛りだ。
「だから友香、ごめんって。今度またなんか奢る」
「よし。許す」
 全員で……須藤と小野田、それからメイクを担当する江原真由美(えはらまゆみ)ソラ、常盤……の五名と、オマケが二名。真実と貴巳だ。
 なんだかのっけからどたばたとしていて、先行きに不安が残る。そんなことを思いながら、手荷物として持って入るように言われた大きなキャリーを係員に預けて出発口にある金属探知ゲートをくぐるとけたたましい警報音。五回通って状況は変わらない。金目のものはつけていないのに。
 すぐさま大柄な警備員が二人、貴巳のもとに駆け寄ってくる。不審人物発見とでも言わんばかりに。
「ちょっと調べさせて下さい。えーっと……」
 若い方の警備員が、むすっとした顔をした貴巳をちらりと見て言いよどむ。日本語は通じてるから安心してくれ。
「どうぞ。何なら見ますか? パスポート。持ってるけど」
 ボディーチェックをしている若い方ではなく、年配の警備員に拝見しますと手を出されては拒否できない。わき腹辺りにくっつけているポーチからパスポートを取り出すと、さすがに表紙だけで分かったらしく、小さく「え、日本人?」と半疑問形でつぶやいている。
 日本国籍人だ。と心の中でつぶやく。実際、貴巳に流れている血は日本人のものほうが少ないから。
 パスポートを確認して、先ほどよりはかなり安心したような顔をした警備員がとりあえず謝っとけといわんばかりの態度で謝罪して貴巳にパスポートを返す。
「貴巳君っ! 早くしないと乗り遅れちゃいますよっ!! あれ? それパスポート?」
 同じく外国人顔のクセにすんなりとゲートをクリアしたらしいソラと、真実、常盤が待っていてくれていた。まだ離陸までもう少し時間があるし、出発ゲートをくぐっていれば、ちょっとくらい待ってくれる。だが待たせていいものではないし、急いでいることに変わりはなく四人は指定されたゲートを目指して早歩きだ。
「知らなかったのか? 沖縄行くの今年からいるんだぜ、パスポート」
「えええええええっ!? うそぉ!?」
「ウソ」
 うろたえるソラにしれっと貴巳が答えながらパスポートを仕舞う。
「君、いつもそんなもん持ち歩いてんの?」
「この顔なんで、歩いてたら職質にあたるもんで」
 日本に帰ってきて、初めて警察官に呼び止められたとき、貴巳は身分を証明するものを何も持っていなかった。まだ正式に手続きを終えていない夏休みだったので学生証さえ持っていなかったのだ。結局自宅近くだったこともあって自転車を押す警察官を伴って家に帰り、引っ張り出したのがパスポートだ。これを見てやっと引き下がってくれたが、きっと今流行りの高級住宅街で怪しいクスリを売買する外国人と間違われたに違いないと思っている。その後も自転車に乗った警察官に呼び止められること数回。パスポートを持ち歩くのも面倒なので、この際だから原付の免許でも取ろうかと本気で悩んでいる今日この頃である。もちろん、身分証明として使うために。
「確かにー『ちょっと君、いい?』って尋ねられそうな顔してるよね、君。今度やられたら『ボク日本語ワカリマセーン』って顔で困ってやったら?」
「貴巳君、マジで交番連れていかれそう」
 人事だと思って、常盤と真美が貴巳の顔を見て笑っている。
「えー 私、そんなのされたことないですけど」
「ソラはね、人畜無害そうだから。こういうのが一番危ないんだけど」
「ま! ソラは危険物じゃないですよ?」
「いや、そう言う自覚ないとことか十分危険だよ。ねえ? 貴巳君」
 指定された搭乗ゲートでキャストにチケットを手渡し、なんだか格段に足元が危うい感じのする連絡通路を通って機内に入る。羽田・那覇便はジャンボジェットらしく、入り口手前でCAがチケットを見て奥の通路へとか、手前の通路へと客を誘導している。
「じゃ、タカミ君と私はこっちだから。バイバーイ」
 手元がばたばたとして返事をするきっかけを失ったまま問い返す間もなく真実に腕をとられた。
 えええーっと泣きそうな顔になったソラを常盤が猫の子のように連行していく。貴巳と真実は奥通路をさらに最後尾あたりまで行った座席で、ソラとスタッフは手前通路のかなり前のほうの席だ。予約のタイミングが違うのだから仕方がない。同じ便が取れたことだけでも御の字なのだ。
「……タカミ君は飛行機慣れてるんだっけ?」
 預かり物の荷物をなるべくそっと上部の荷物入れに突っ込んで隣同士の座席に座る。エコノミーって相変わらず狭い。
「ああっと、国内線は初めて。ジェットでも、小型のかと思ってたけど」
 ジャンボジェットとはという言葉はCAのアナウンスで止められてしまう。慌ててベルトを締めたら、あっという間に走り出して──飛び立った。
 通路に等間隔に並んだCAの救命胴衣の利用方法を説明しているのを横目で見ながら、真実が座席ラックの雑誌を取り出している。
「沖縄や北海道便はジャンボが多いよ。あと伊丹とか。他の地方空港便はもっと小さいのが飛んでるけど」
「ソラが、遠藤さんはいろんなとこに行ってるってうらやましがってましたよ」
「そうねぇ 私は旅行が趣味みたいなもんだから。そのためにバイトしてるようなものだし。しっかしソラ、今回はやってくれたわねぇ 私もさすがにああは言ったものの来るつもりなかったんだけど。強引って言うか、なんていうか」
 見るともなく雑誌をパラパラ捲って真実が苦笑してつぶやいた。
 寿司屋で行く行くと盛り上がってはいたが、その後常盤に却下されて、ひと月以上前にこの話は一旦立ち消えていた。何がどうなって蒸し返されて、自分がここにいなくてはならないのか、貴巳にはいまだに理解できない。
 どういう顔をしていいのかわからず、貴巳もそっと同じような顔を返しておいた。


 お前はどこの大女優様だ?
 仁王立ちしている貴巳の前で、ソラが小さくなってちょこんと座っている。テーブルの上には今週末金曜日付けの羽田・那覇間の航空チケット。ちなみに今日は水曜日。
「だってー どうせ行くなら真実ちゃんとかー 貴巳君とかー いたほうが楽しいじゃないですか。美ら海水族館も行くんですよ?」
「だれが、いつ、行きたいっつった?」
 ああ? と問われて、さらにソラがきゅーっと小さくなる。
「だって、それは貴巳君が……じゃなくてっ ソラが、月曜日くらいかな、やっぱりみんなといきたいなーって」
 思い立ってテレビ局内にある旅行代理店でチケットを手配してしまったのだという。局内には、そこで仕事をしている人間を対象にした旅行会社の出張所が据えられている。急なロケ依頼などに慣れているのだろう、あっという間にソラが希望した便で二名分、もちろん往復の航空チケットが手配され、今現在手元にある。
「いいから明日キャンセルしてこい、キャンセル。遠藤さんはともかく、俺の分はキャンセル!!」
「た、貴巳君はソラと沖縄行きたくないんですかっ!?」
「行きたいとか行きたくないとか言うもんだいじゃねぇ お前仕事しに行くんだろうがっ!」
「えー だから貴巳君も働くのですよ? 旅費はソラが出しますが、宿泊はみんなでエージェントのコテージだし。食費宿泊賃は自分の体で払わないと」
「だから勝手に決めるな。大体俺は金曜は学校だ」
「中間終わってるし、大丈夫ですよぅ 一日くらい」
「日本の学校の三学期は短いんだよ、ソラは三年のときしかいなかったから実感ないだろうけど、中間終わったら即、期末がくるんだからなー」
 なんだかもう果てしなく堂々めぐってる会話に貴巳が額に手を当てて、もう片方の手をテーブルにつく。
「だって。ソラ、貴巳君と一緒に居たいだけなのです。何でそんな意地悪言うのですか。事務所の常盤さんもOKだしてくれてるし、大丈夫ですっ!」
 だから、どうしてどこからその自信。どうやってごり押したのかは知らないが、絶対常盤はOKなんか出したくなかったに違いない。
「……ソラと旅行……貴巳君はイヤなのですか」
 かすかに涙でにじんだ水色の瞳が見上げてくる。だからっ どうしてそう言う目で見る。二、三度頭を振って、鎌首をもたげる劣情を振り払って、貴巳が盛大にため息をつく。
「イヤとかイヤじゃねぇとか、じゃなくてな。お前は仕事しにいくんだろ、遊びじゃねぇんだろうが」
「自由時間ありますよぅ」
「メイン仕事!!」
 もう何巡目か知らないが、また小さなトラックを回っているかのように先ほどと同じようなことを言わなくてはならない。声を荒げた貴巳に、ソラがびくうっと体を震わせて、いよいよ決壊間近な涙目をうつむける。声の音量とその後の静けさの対比。明日も仕事だとかそう言うことではなく、頼むから泣くなと思っているのに、テーブルに落ちる雫の音がやけに大きく響いた。
「貴巳君はっ ソラと離れててもヘイキなのですね……一人残るというのですね……」
 はたはたはたっと連続で落ちる涙の粒。テーブルの上の小さな水溜り。ごめんといいそうになって堪える。貴巳は絶対自分のほうが正しいことを言っている自信がある。のに。
「ソラは、貴巳君と一緒にいたいだけなのにぃっ」
 近づいて、細かく震える肩に手を乗せると、ぴくっと反応が返ってくる。
「だから、な。プライベートならともかく、仕事だろ? そう言うのにくっついていくのも世間の常識から考えて非常識な部類に入ると思うし、そのことでソラがとやかく言われたりするのは俺はいやだ。って、建前はともかく、貴重な週末全部ソラがいないのはもう、はっきり言ってかなりキツいけどな、かといってなんもできねぇのに一緒にいるのもツラいんだけど? ましてや水着? 見といて正気でいろって?」
 うしろから覆いかぶさって抱きしめる。
「だってぇ 貴巳君に一番に見てほしいのです。って言うか、貴巳君は、その、もっと、全部見てるのに、どうして水着で正気なくすのですか?」
「………じゃあ聞くが、どうしてソラの写真集には水着写真がつく?」
「えーっと、それは、なんというか、サービス?」
「誰のための?」
「あー 多分、ファンのみなさまの」
「そのファンのみなさまの大部分は?」
「だ、男性、だと思われます」
「どうして水着姿が男性ファンのみなさまのサービスになると思う?」
「んー……露出高めだから?」
 違う。断じて違う。露出云々で言うならいつもの衣装で十分だ。ある意味あの見えそうで見えないギリギリのラインが男たちを萌えさせているといっても過言ではない。そんな写真満載なのに、あえて水着があるという付加価値の意味を理解していないからこんなひどいことが言えるのだ、絶対。
 女性の。まして好きな女の水着姿の真の価値を知っていたなら、絶対に。言わないでほしいと思う。見てほしいとか。
「違うのですか?」
 何も答えない貴巳に、不思議そうなソラの声。ナニが悲しくて、こんなことレクチャーしなくてはならないのか。
「あのなぁ ソラ。男って実際のところかなり単純で、水着姿ってだけで喜ぶ生き物なの。ある意味、フルヌードで全部見せられるより夢や希望があって想像力をかきたてられるもんなの。見てるとか見てないとかな、そう言う問題じゃなくて、いやむしろ見てる分、俺のがツライ。その他大勢より。んでそう言うのみといて、同じ屋根の下で寝ろと? 何もせずに寝ろと? 拷問か? 新しいプレイか?」
「……………」
「そんなくらいなら、俺は一人この家で寝てたほうがよっぽど楽なの。わかる?」
 何度目か知れないため息をついて、貴巳がソラから離れる。何も言わないソラに、やっとわかってもらえただろうかと思って気を緩めた瞬間、がたんっと椅子を蹴倒す勢いでソラが立ち上がった。ゆらり、と体をこちらに向ける。
「楽って、楽って! 楽って!!! 貴巳君はソラへの愛より楽をとるのですかっ!? 楽という字は楽しいと書くのですよ!? 貴巳君は一人こっちに残ってなに楽しいことしようってのですか!? 若い頃の苦労は買ってでもすべきです! だから絶対一緒に来ないとダメなのです!!」
 なんて支離滅裂な逆ギレ……とか思いながら、コイツこれっぽっちも人の言うこと聞いてねぇと、小さなトラックなんかじゃなくてもっと矮小なハムスターの回し車程度の問答だったと、なんだかもう諦めてしまった。


 沖縄本島の中部、西側の三日目に撮影もかねて行くことになっている美ら海水族館に程近い海辺に、どどーんと巨大で平屋な別荘のような建物。会社の保養施設なのだと聞いたが、もっぱらこんな撮影に使われたりするのが主らしい。荷物の関係もあって空港でワンボックスを二台レンタルして有料道路を通ってやく二時間半。時刻は夕刻に少し早いくらい。
「これなら夕日もきれいに撮れそうだねぇ 早速だけど準備してー」
 車から降りて大量の荷物を屋内へ運ぶ手伝いをする。それが終わればその足で、屋外物置からビーチパラソルやらテーブルセットやら、軽そうに見えて実はそうでもない荷物を砂浜へ運ぶ作業は、見た目を上回るハードさだ。
「ハイおつかれー いやぁ 若い子はいいねぇ いくら使っても擦り切れなくて」
 常盤に運ぶように言われたやたらと重いクーラーボックスを白い砂にめり込ませるように置いた貴巳に近づきながらカメラマンの須藤が笑っている。彼女は涼しい顔をしてパラソルの下でカメラをいじくっていただけだ。そのパラソルの下には真実もちょこんと座っている。手伝おうとする真実をまあまあとなだめて、運ぶのは男の仕事といわんばかりの態度で小野田と貴巳がヒイヒイ言いながら往復しているのを眺めているだけ。
 貴巳が持ってきたクーラーボックスからミネラルウォーターとコーラを取り出して、水を小野田に、コーラを貴巳に放ってくれる。
「男どもの仕事は終了。また撤収作業あるから鋭気やしなっとけ。ソラが来てからでもいいんだけど、ささっと終わらせておいしいもの食べに行きたいので、真実ちゃんちょっと立ってみてくれる? アングル決めたいから」
「私でいいんですか?」
「いいに決まってるじゃん。男よか何十倍か」
 あっちこっちと真実を移動させてファインダーを覗いている須藤をみながら、コーラを喉に流し込む。モデルをやっていただけあって美人なのに、何て性格は男前なんだ。
 隣でミネラルウォーターを同じようにあおっている小野田をちらりと見る。
「あのねぇさんに男前とか本人の前で言ったら抱きつれて問答無用で舎弟にされるぞ。わが身が大事なら黙っとけよ、少年」
「ハイ」
 それはちょっと、遠慮したい。
「たっかみくーん!!」
 建物を振り向くと、海側に張り出したウッドデッキから浜辺へ降りる階段をソラが駆け下りてくる。そのあとをメイク道具の入った巨大なカバンを持ったメイクの江原が走るなーと叫びながらついてくる。
「思ったより寒くなくてよかったですねぇ」
 白いガウンを羽織って、ソラが貴巳のとなりに立つ。
「ってか、東京でアレだけ薄着なんだから、沖縄なんかへのかっぱよねー ソラ、真実ちゃんが立ってる辺りに行ってくれる?」
 振り返った須藤が笑いながら言う。確かに、ソラはいつでもどこでも薄着だ。少々の寒さよりもファッション優先をモットーにしているらしい。彼女にとっては気温二十度の沖縄など問題なしだろう。
「ハーイ。貴巳君持ってて」
 当然のように脱いだガウンを渡されて、反射で手を出して受け取ってしまう。
「貴巳君、見てみてっ 白ビキニッ!!」
 くるんとターンして一度こちらを見てから走り去っていく。どうコメントしろというのだろうか。
「少年、それ適当において友香ねぇさんの指示通りコレ持ってろ」
 渡されたのは巨大な銀色の板。あの荷物のどこにと思ったら、折りたたみ式らしい。
「小野田さんは?」
「手ぇだるいからパス。働け青少年」
 そっちこそ仕事だろうと思いながらも、このメンバーの中では最年少だ。しぶしぶ大きい割りにそんなに重くない板を持って須藤のところへ行くと、立つ位置を指定されて、反射する光をソラに向ける。こんな原始的なことでいいのだろうかと思うが、写真のことは良くわからないので黙っておく。須藤の元気な指示通りに動かされて最終的には真実も小野田も同じ板を持たされていた。初めてのことであっという間だったが、明るかった空はもうすでにオレンジから紺へと移りかけている。
「うおーっし。おつかれー 撤収ー 創と貴巳ー ちゃきちゃき運べー」
 いつの間にか貴巳まで呼び捨てにされている。言われたとおり荷物を運び終わった頃にはもうあたりは暗くなってきている。
 普段使わない筋肉を酷使したので、これは明日筋肉痛かもと情けないことを考えながら広いリビングに行くと、先ほど撮った写真を早速パソコン画面で須藤が確認している。
「うーん。やっぱソラの目には青空のほうが似合うかも。海の青って言うより空の青なんだよねー 夕日バックだとイマイチだなぁ」
 パチパチと画像を送りながら、須藤が独り言のようにつぶやいている。
「あら、終わった?」
 撮影が始まってすぐ砂浜に下りてきて、日よけのパラソルの下で立って撮影風景を見ていたと思っていたのにいつの間にかいなくなっていた常盤が携帯電話を片手にリビングに現れた。
「ときっちー ちょっと見てー イマイチなんだよ。映えない」
「そうかしら。これはこれできれいだと思うけど」
「えー なんか違うんだよなぁ 貴巳はどう?」
 どう、と言われても。十五インチほどの画面いっぱいに写っている写真を何気なく見る。確かに、夕日のオレンジ色はソラの髪や肌の色に若干合わないような気もするが、写真自体はさすがプロ、キレイに撮れている。
 思ったとおりのことを口にすると、また須藤が三秒くらいだまりこんで、気合でも入れるようによっしゃと立ち上がる。
「ソラー 明日晴れるよねぇ?」
 常盤の出てきたのと同じドアから現れたソラに須藤が尋ねる。
「晴れますよー 西の空もすっきりピーカンだし、こういう夕日が美しい翌日はいいお天気になるんです」
「んじゃいいや。今日はこれで。ときっち、晩御飯まだ?」
 ぱぱっとパソコンをダウンして、須藤が伸びをしながら夕食の段取りを聞いている。そう言えば、早く食べる為に早く済ませようとしていたのだ、この人は。
「まだ六時すぎなんだけど。近くにおいしい沖縄料理を食べさせてくれる居酒屋があるんですって。そこでいいかしら? ついでにコンビニで明日の朝食べるパンなんかも買うけど、何かリクエストは?」
「はーい! ソラは沖縄限定ポーク玉子シーチキンマヨネーズおにぎりが食べたいです!! お昼ごはんあんまり食べてないから今猛烈に食べたいです!!」
 ヘソのでる写真を撮る為に、那覇空港でとった遅めの昼食で、ソラが食べていたのはサラダだけだった。撮影中は水さえ飲んでいない。
「……ソラちゃん、それ、すんごいカロリー高いから、水着撮影前の朝はやめてくれない? 帰りの飛行機乗る前にいくらでも買ってあげるから」
 左手をびしぃっとあげるソラに、常盤がため息をついた。


 二日目は、ソラの予報どおりの雲ひとつない快晴。撮影も順調で、何パターンかの水着に着替えながらだが、午後四時過ぎには須藤がおしまい宣言を出してしまった。全てを片付けてもまだ日は沈んでいない。
「貴巳くーん 魚さかなっ 魚がいるよっ」
 最期の撮影場所になっていた小さな岩場の突端で水着の上にパーカーを羽織っただけのソラがしゃがんで海を覗き込んでいる。遠浅の砂浜なので、波打ち際から五メートルほど沖になるここも、水深は膝丈程度だ。海面から、飛び石のように小さな岩がところどころ顔を出している。
「ソラ、そんな身を乗り出したら危ないって」
「大丈夫だよ。落ちない落ちない」
 並んで下を覗き込んでいた真実がソラのパーカーをひっぱっている。ソラをはさむような位置まで行って言われたとおり下を見ると小さな青い魚が群れを作って泳いでいる。
「こんな浅いとこにも魚がいるんだな」
「ねー なんか掬えそう」
 岩場に手を付いてソラが身を乗りだす。完全に重心が海側にずれているのに、当の本人は全く気づいていない。
「わ、バカ! 掬えるかっ!!」
「ソラ!!」
 ほとんど反射で貴巳がソラの肩を引くが間に合わずに自分の重心まで持っていかれる。ソラの指先が海面に触れて群れを成していた青い魚がぱっと散らばるのが、やけにスローに見えた。
 真実の手からパーカーの裾がするりと抜ける。
 体全体が水面を叩いて、派手な水しぶきが上がって水音が響く。
「ってー」
「いったーい」
「大丈夫!? 二人ともっ ソラ、ほら、上がって」
 水しぶきを浴びたらしく落ちていないのに水浸しになった真実がソラをひっぱり上げる。
 音を聞いて、砂浜から大人たちが駆けて来る。
「た、貴巳君……」
「信じらんねぇ うわ、携帯死んだかも」
 ジーンズの後ろポケットに入れていた財布と携帯電話を取り出して確認する。表面はびしょぬれだがいまのところ普通にバックライトがついているのを見てほっと息を吐く。不安定な足場を確認しながら立ち上がる。
 ソラが転がり落ちる瞬間、体の位置を入れ替えて、とっさに下敷きになったものの、やったことはまあ少々カッコよくても、携帯が壊れていたらかなりへこむ。
「携帯電話どころじゃないでしょう貴巳君っ」
「は?」
「腕っ!! 痛くないの?」
 言われて、まず右、そして左の腕を見て──
「うわお」
 東京では考えられないが、ココ沖縄は本日快晴最高気温は二十五度をこえていた。よってこき使われていた貴巳は半そでのシャツ一枚しか着ておらず、無理な体勢で落ちた成果、ひじの少し上から腕の半ばまで血まみれだ。
「あー……大丈夫ッス。多分かすり傷」
 広範囲だが傷は浅そうだ。腕を上げると肘から赤い液体がぽたぽたと滴っているが、体が濡れているので血がにじんでいるだけで、大したことはない、と思う。
「だめだよ、一応病院行かないと」
「そんなひどくないと思うけど……?」
 真実が手を伸ばしてくれているが、その手をとると逆にこちらに引き摺り下ろしてしまいそうで躊躇していたら、小野田が手を貸してくれた。
「行っといたほうがいいぞ、病院。知ってるか? 海で怪我したら傷口からフジツボが……」
「生えないから、そんなのは。でも本当に病院には行っときましょう。帰ってからでも正規のバイト扱いにはできるから、労災取れなくても会社から出るわよ、そのくらいの治療費は。小野田君運転頼める? パスポート持ってるくらいなんだから健康保険証も持ってるでしょ? 遠藤さん申し訳ないけどソラを部屋に運んでから彼の荷物取ってきて。着替えもいるだろうしね」
 常盤の指示に、あまりの出来事に呆然とした様子で座り込んでいたソラを立たせて、真実が貴巳に断ってからソラを引きずるようにしながら建物に向かって早足で去っていく。
「どうしよう、フジツボはともかく、海水って傷口にどうなのかしら。洗う?」
「海の怪我は真水で洗ったら出血がひどくなるの。このままタオルで押さえて病院まで行くのがいいわ」
 遅れてやってきた須藤がそう言いながらタオルを渡してくれる。真新しそうなそれに一瞬躊躇してから傷口にあてて小野田に促されて車の置かれたガレージに向かう。
「ごめっ ごめ、なさぃっ た、たかっ たかみくっ」
「泣くな」
 ガレージには、すでに貴巳の荷物とレンタカーのキー、シートに敷くためだろうバスタオルなどを持った真実と、泣きそうな顔をしているソラがいた。
「せっかく怪我しなかったのに、泣いたら明日撮影できなくなるだろ。このくらいの擦り傷、大丈夫だから」
 口をへの字に曲げて、泣くのを堪えているソラを置いて、貴巳は病院へ向かった。


 全治十日。と書くと結構な怪我らしいが、貴巳の自己診断どおり、広範囲に擦り傷を作っているだけで大した深さでもなく、洗浄と消毒のあと縫わずに治癒を高めるハイドロコロイド素材で覆って治療が終了した。包帯もない。一応点滴で抗生物質の投与を受け、予備のハイドロコロイド素材でできた大きな絆創膏をもらって帰った。
 ガレージに着いたときにはもう完全に日は落ちていた。貴巳が車から降りたとき、エンジン音で帰宅を知ったらしいソラが、玄関を開けて走ってくる。
「た、貴巳君、ケガは!?」
「大丈夫。かすり傷だった」
 ほら、と絆創膏が貼られた腕を上げる。
 思いのほか軽症そうな治療痕にソラがはーっと息を吐いて座り込んだ。
「姉さんがそんなでどうすんの。大丈夫?」
「うん。ごめん」
 キッチンに行くと夕食は、江原が仕方ないなぁとつぶやきながら作ってくれたらしいカレーだった。いや、作ったと言うより、湯を張ったなべにレトルトパウチを沈めて暖めたり、こちらもレトルトのご飯をチンしたりなのだが。ただそれでも、一応沖縄限定のカレーだったらしい。やたらと甘かった。
 どうやらここにいる女性陣はみな、料理とは無縁らしい。自分もできないので人の事をとやかく言うつもりはないが。
 とにかくケガが軽くてよかったと言うのが終始の話題で、大したことがないとわかればこんなことでケガするなんてとか、実は結構どんくさくないかとか、散々こき下ろされた。一応、ソラにケガをさせなかったことはほめてもらえたが。そのあと夏でもないのに小野田が海のケガからフジツボが生えてくるという怪談を披露して、みんなに引かれていた。
 食後に酒盛りじゃーと浮かれている大人たちには好きにしてもらうことにして、抗生物質と痛み止めを飲んで、貴巳は早々に自室に帰った。


 かすかにドアをノックする音が聞こえたような気がした。鎮痛剤のおかげか知らない間に眠っていたらしい。返事をしていないのにドアが開かれて隙間が開き、廊下から薄く光が伸びる。
「貴巳くーん。寝てしまいましたか?」
 パタンとドアが閉まって、再び室内が暗くなる。ドアの向こうが静かだ。酒盛りはもう終わったらしい。
「お水、持ってきたのですけど」
「あー…… 飲む。電気つけて」
 鎮痛剤のせいなのか、なんだかとても喉が渇いていた。パッと明るくなった室内に何度か目をしばたいて、差し出されたペットボトルを受け取ると、貴巳は一息に半分くらい飲み干した。
「はー サンキュ」
「いえ、お礼など。って言うか、私のほうこそありがとうでした。なんか、一番言わなくちゃならない言葉なのにまだ言ってなくて。ごめんなさい。浮かれすぎでした」
 ベッドのヘリに座って、ソラがうつむいてつぶやく。
「全くだ。ホントに。大体色々自覚なさ過ぎ。仕事できてんの半分忘れてただろ、あの時。もし顔面行ってたらどうするつもり? ちょっとしたケガでも大惨事だろ。いやもう、仕事云々じゃなくて女の子としてどうよ? もちっと躊躇しろ、行動」
「ハイ。もう、貴巳君の言うとおりです。反省してます。けど、に、二十一捕まえてオンナノコはちょっと、貴巳君……」
「いくつだろうが、ソラが女ってことに変わりねぇし。んで、俺が男ってのも変わんねぇの。だからケガすんのは俺でいいんだし、もうくどくど考えんな。いっぱい言ったけどソラがケガしなくてよかったってことだから」
 手探りで、その手を探す。指先が触れて、その指を絡める。
「ってか、悪い、めちゃめちゃ眠てぇ」
 絡めた指をさらにきゅっとソラの手が握り返してきた。
「うん。寝るまでいてあげますから、ゆっくり寝てください」
 ふんわりと甘いにおい。ソラのにおいをこんなに近くでかぐのは何日ぶりだっけと思いながら、貴巳はゆっくりと眠りに落ちた。


 誰かがドアをノックしている。それも結構激しく。
「貴巳君いる? ごめんね朝早くから。実はね、ソラがいないんだけど、貴巳君知らない?」
 聞こえてくるのは、真実の声だ。緊急事態っぽいその声に、意識が急上昇して覚醒する。するのだが、なんだか違和感がある。柔らかくて、暖かくて、いいにおいがするものが隣に……
「貴巳君? ごめん、開けるよ」
 真実の声と、ドアを開ける音と同時に。
「なんでお前こんなとこいるんだ──!!!」
 貴巳の悲鳴が重なった。


「はえ? どうして貴巳君がいるのですか?」
 もこり、と起き上がって半眼をあけながらソラがつぶやく。それはこっちのセリフで、もう言った。
「ありー 真実ちゃんもみなさんも、おそろいで。オハヨウゴザイマスですぅー どうかしたのですかー?」
「どうかしたに決まってんだろうが!! なんでお前がここにいるっ!!」
「え? ここは私の部屋ー……ではないのですねぇ あー 思い出しました。貴巳君が寝てる顔見てたらソラも眠くなっちゃてぇ そのまま寝ちゃったのですー」
 あはははははは。
 きょろきょろ視線をめぐらせて、現在地を確認してソラが笑っている。そして部屋を覗き込んでいるその他全員も。
「だめだぞー ソラ。病み上がり君に夜討ち朝駆けなんて。ほれほれ、部屋かえって着替えといで」
 腹を抱えて一番笑っていた須藤が一番に復活してソラに手招きしている。その手の動きに誘われて、ソラがのそのそベッドから這い出た。須藤の後ろで常盤が何かブツブツつぶやいていて、江原が相槌を打っているが聞こえない。
「貴巳はもうちょっと休んでていいから。出発は九時半予定。それまでに帰る準備しとけよー」
 ドアが閉じて静けさが戻る。最大限ソラと離れるために壁にくっつけていた体から力が抜けて貴巳はベッドの上に倒れこんだ。


 帰りの那覇空港は、週末バカンスを楽しんだと思しき不況を物ともしない人々でごった返す……ほどでもないが、一応の混雑をみせていた。
 少し離れた場所でバクダンみたいに大きなおにぎりに順番にかじりついている女性陣を見ながら、貴巳が軽く息を付く。
「お疲れ様。いろいろ災難だったわね。はい、君にもあげる」
 ベンチに座っていた貴巳の膝の上に、常盤が同じおにぎりをどんと置いて、隣に座る。
「はあ。どうも」
 パッケージにはでかでかと、沖縄限定ポーク玉子シーチキンマヨネーズと書かれている。こっちに着いた初日にソラが食べたいと言っていたおにぎりだ。
「長く一緒にいたのは初めてだけど、結構とんでもないことするのね、ソラちゃんって。ああ、私、彼女専属ってわけじゃないのよ。あと二組ほど駆け出しタレント掛け持ちマネージャなのね。ソラちゃんは時間の決まった朝の仕事がメインだから、これまでこんなに一緒にいたことはなかったんだけど」
「そう、なんですか。なんかてっきり、信頼してるっぽいんで、色々面倒見てもらってきたんだろうなとか思ってたんっすけど」
「そうでもないなのよ。時間が決まってる仕事だから送迎さえきちんとしてたらいいってのもあったんだけど、一回一通りのことを教えたら、たまに見に行ってたけどソラちゃんってほっといても大丈夫なのよね。だからまぁ 甘えさせてもらってたんだけど。写真集の話が決まってからかしら、ちゃんと向き合ったの。でもまあ参ったわ。君と友達連れて行きたいって言われたときは。このご時世でしょう? 予定外の人員まで面倒見られないし。でも負けたのよねぇ 理由聞いて。それまでほぼ一年きちんとまじめにやってたから、ま、ボーナスかしらね」
「……すいません。でも仕事だし、それなりにきちんとやるのは当たり前なんじゃ……?」
「うん。君達の家庭ではそう教えてもらってたのね。でも、この業界って外から見ると華やかでしょう? で、中に入っても表面上は華やかなのよ。オーディションで選ばれたり、街を歩いててスカウトされてその気になってタレントになった様な子は……十代だから仕方ないのかもしれないけれど、それだけで他の子と自分は違うと勘違いしちゃったりして、妙な選民意識っていうのかしら、そう言うのを持ってしまうと結構まともじゃないことでも無意識にしたりするものなのよ。向上心は必要だけど謙虚さも大切でね。そう言うのを併せ持つ子は少ないわね。今回のコレ以外、ソラちゃんは合格点かな。一緒に出てるアナウンサーたちからの評判もいいし」
「コレで評価ガタ落ちですか」
 おにぎりを手の中で転がしながら常盤を見ると否定とも肯定とも取れない笑みで貴巳を見ている。
「ま、私が言わなきゃバレないわよ。ああ、治療費何とかしなきゃ」
「別に……ある意味俺たちが行かなきゃ ソラが転げ落ちることもなかったと思うし、何万もかかったわけじゃないし立て替えてもらった分くらい返しますけど……」
「そう思う? 私は逆にね、君を連れて行かなかったらあんな楽しそうな顔したソラちゃんの写真は撮れなかったと思ってるから。むしろ旅費も出せたらよかったと思ってるくらいなんだけど」
「買いかぶりすぎだと思うんですけど」
 常盤の言葉に半分うれしくも、半分はそう思ってつぶやく。
「ウチの事務所のジンクス、教えてあげましょうか?」
 なんですかと改めて常盤を見ると、悪巧み中のような笑みを浮かべた目と視線が合う。
「私が手をかけなかったタレントは売れるの」
「は?」
「だからね、私ってホントはすごい世話焼きなの。だからこの仕事をしてるんだけど。色々目がついちゃって、先々までケアしちゃうのよ、そうやって目をかけた子は大抵三年で消えるの。つまりね、常時三組くらい抱えてるから、できない子が優先なのよ。逆に何とかなりそうな子にはやりたくてもできないの。体は一つだし、時間は有限だもの。何ていうか、ピンポイントでアドバイスするくらいしか。それで要領よくできる子がやっぱり後々大成しちゃうのよ」
 ふふふと意味深に笑う。
「ソラちゃんはポワポワしてる風に見えて実は結構芯が強くてしなやかなのよね。精神が。それにさすがに一流の大学の難関学部に通ってるくらいで頭もいいし回転も速い。あの容姿で外国語がしゃべれないからなんとなく勉強できなさそうってみんな油断してるけど、本人にその気がないだけで、その気になったらすぐペラペラしゃべれちゃうじゃないかなってのが私の想像。個人的には企業なんかに就職しないで続けてほしいんだけどね、この仕事。かわいい子は大勢いるけど、かわいいだけじゃない子はそういないから。この写真集の売り上げと、今年の夏辺りの彼女の評判にもよるけど」
「まあ……姉が決めることですから、俺はなんとも」
「姉かぁ……カレシなら即却下なんだけど、一応弟だしねぇ まあ何とか体面は保てるし。血は繋がってなくても」
「はぁ……って! ええっ!? 知……って……」
「別に君がヘマしたとかじゃなくてね。むしろがんばって弟やってるなぁってみんな感心してたくらいよ。今日のスタッフ、みんな知ってるよ。ヘタに隠すより打ち明けたほうがいいからね。一緒に仕事するには」
 だらりと何か妙なわきの下を汗が流れる。
「そうしてると普通の高校生なのよねぇ なんていうか外見とか、態度とか、もっと年が上に見えなくもないのだけど。まだ十六だっけ?」
「はぁ、誕生日、三月なんで」
 聞かれてもいないことまで答えてしまうときというのは、相当にテンパっているときだ。
「ソラちゃんはね、なるべくウソはつきたくないんだって。多分私たちにって言うより、君に対して誠実でありたいんだと思うわ」
 落ち着かない様子だった貴巳がはたと動きを止めて常盤を見ると、なんだか余裕と言うか、呆れと言うか。何かを思い出したように笑って、仕方ないわねとさばさばした顔をしている。
「君も早くお友達にカミングアウトしといたら?」
「……はあ。でもいらん誤解受けそうで……」
「誤解なの?」
 ごにょごにょ歯切れの悪い答え方をした貴巳を、常盤が一刀両断切り捨てる。目に見えて慌てふためいている貴巳に、常盤がふっと笑った。
「若いっていいわねぇ」






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