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 下着専門店。っていうから、どんなお店かと思ったけど、着いてみたら普通のお店でちょっとほっとしてたり。
「こーん、にっちはー」
 わりと新しい感じの商店街のなかに、ちょこんとかわいらしいお店。ショーウインドウには秋冬の服が飾られていて、ぱっと見た分にはそうと分らない雰囲気。
「いらっしゃい」
 ガラスのドアをくぐると、なんだか甘い匂いがするくらい、すごくかわいらしい内装。
「今日は? また胸のサイズ増えた?」
「……天音(たかね)さん……そんなばこばこ変わってたら、私破産します」
 首からメジャーをかけた女の人がニコニコ笑いながらやってきて夏清ちゃんに話し掛ける。
「成長期のお嬢さんにばこばこ変わってもらわなきゃこっちは商売上がったりじゃない。年寄りの修正不可能な胸ばっかり見てちゃこっちまで年取っちゃうわよ。あら?」
 夏清ちゃんの後ろにくっついてた私の方をみて、天音さんがじーっと、下から上に視線を動かすのがわかる。最後に目が合って。
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。夏清ちゃん、こんないじり甲斐のある子どこで拾ってきたの?」
 いじり、甲斐?
「拾ってません。そんな取って食うような見方しないで下さいよ。最初に言っときますけどあげませんからね」
「けちー」
 頬を膨らませてそう言ったあと、腰に当てていた右手で首からかけていたメジャーをとる。
「どっちにしろ、測っちゃうけどね」



 身長、体重から、胸囲一つにしても背筋を伸ばしたり、少し前かがみになったり。正確な数値を出したいからって一箇所五回は採寸されるから、これ、全身やられたらくたくたになるんだよねぇ。
 お店の一番奥がフィッティングルーム。カーテンの向こうからは、あっち向いて、こっち向いて。手をあげて、おろして。背筋伸ばして、あご引いて。っていう天音さんの声。それを聞きながらその前のスペースにお茶を飲めるスペースがあるから、今日の私はここで待ってたら良かったんだけど。
「ありがとうございましたっ なんかもう、リカちゃん自分のことで手一杯みたいで相手にもしてくれないし、他の人間は誰も知らないって言うし。明日の模試どうしようかと思ってたんですぅ」
 テーブルに広げた問題集に解き方と解答を書き込みながらそう言うのは、キリカの妹の君香(きみか)ちゃん。これがキリカに全っ然、似てなくて、ちっちゃくてかわいくて素直でいい子なのよう。三つ違いだから、こっちは来年高校受験。
「いいよ。でもたった三年しか違わないのに、問題難しくなってる気がする」
「マジですかぁ?」
 私の言葉に、君香ちゃんが泣きそうな顔をする。
「大丈夫大丈夫。高校なんか寝てても受かるから」
「それは夏清ちゃんだからだよぅ」
「だって、君香ちゃん新城東でしょ? キリカが受かったんだから受からないわけないって」
「だから!! だからですよ。リカちゃんなんか、ホントに高校受験、家で勉強一つもしてなかったんですよ? ずっと遊んでたんですよ? そのリカちゃんが受かったのに、私が滑ったら……シロちゃんも最初岐津(きづ)校受けるって言ってたのに、この間、突然新城東にするとか言い出すんだもん」
 うわー……なんかブルー入ってるなぁ……
 キリカのうちは四人兄弟で、キリカの上にお姉さんが一人と、下に妹の君香ちゃんと輝志郎(きしろう)くんって言う弟が居るんだけど、この下の二人、君香ちゃんが四月、輝志郎くんが二月生れの同級生。
 君香ちゃんにしてみたら、弟なのに同列扱いで、しかも男の子だから物心ついたころから身長は負けっぱなしで体力も敵わず、見たわけじゃないけど成績も輝志郎くんのほうがいいらしくて、自分でどんどん袋小路に入っていこうとしてるのよねぇ。ちなみに、岐津高は隣の市の、新城東と比べたらほんの少しランクが高い、って思われてる高校。実際そんなに変わらないと思うのだけどね。どちらも公立高校なんだし。
「そんな考え込まなくても。まだまだ先のことじゃない」
「まだまだ先だと思ってたら、もう中三で夏休み終わっちゃってるんですよー? あっという間ー」
「あっという間なのは、それなりにちゃんと充実してたからだろうし、さっきの問題も、ちょっとしたヒントで答えが分ったでしょう?」
「………それはー……なんていうか、閃いたというか……勘があたったというか」
 上半身をテーブルの上にぱったりと伏せて君香ちゃんがごにょごにょと歯切れの悪い言い方。なんか、考え方が悪い方へ悪い方へ向かってるよ。
「閃きとか、勘って言うのはね、全然根拠がなく思い浮かぶものじゃないんだって。それまでの知識の集大成みたいなものに、突然ショートカット……近道ができることらしいのね。意識して覚えたことにしろ、無意識のうちに頭に入ってたことにしろ、本当に知らないことに勘なんか働かないの。だからね、君香ちゃんはちゃんといろんなこと覚えてるってことなんだよ」
「ホントですか?」
「うん」
 多分。
 先生の受け売りだから、もしかしたらウソかもしれない。でも気休めは必要だよね。
「そうやって積み重ねたら、絶対大丈夫だよ」
「よし。じゃあとりあえず、明日、ガンバリマス」
 うん。立ち直ったかな?
「そうそう。分らないことあったら気軽に聞いてくれていいから。陰ながら応援してるのよ」
「できればひなたで応援してください」
「わかった。じゃあキリカより優先してあげる」
「やったー」
 うんうん。かわいいなぁ。妹ほしいなぁ。
 無邪気に笑って両手を上げてる君香ちゃんの向こう、フィッティングルームからなんだか疲れきったような樹理ちゃんが出てきた。
「おつかれさまー」
「あ、おつかれですぅ。あたし、なんか飲むもの取ってきますね」
 席を譲るようにいそいそと君香ちゃんが立ち上がって奥に消える。
「採寸って、こんなにするものなの?」
 さあ? 普通はしないのかもね。首周りとかも採られるから。ココ。
「終わったと思ったら、同じように何回も……夏清ちゃんもした?」
「したした。もうぐったりでしょ。今のデータ全部パソコンに入れて、体の立体パターン作るんだよ」
「ああ、それはママの趣味みたいなもんだから……」
 氷の浮かんだ烏龍茶のグラスを置きながら君香ちゃんが笑う。
「趣味?」
「うん。若い女の子のデータ集めるのが。このお店自体趣味みたいなカンジ?」
 君香ちゃんの、語尾が上がる、いまどきの女の子な疑問形の肯定に、樹理ちゃんがまたなんだか、考え込むような顔をした。



「短いです」
「そう?」
 天音さんが、あごに右手の指を当てて、左手は右ひじを掴むようなポーズで私を見たあと、問うように夏清ちゃんを見る。
「そうでもない」
 いーやーっ!! 夏清ちゃんしゃがみこまないでっ!!
 なんとなく。もうお風呂とか一緒だったし、今朝だって同じ部屋で着替えたけど、このアングルで覗かれるのはものすごく恥ずかしくて両手ですそを押さえる。
「もうちょっと短い方がいい気がする」
 え!? 夏清ちゃん、何てこと言うの!?
 あれもこれもそれもと、もう何着目かわからないくらい試着して、一番最後の服……というか、インナー。ミニのワンピースっぽいけど、これは、下着だわ。だからと言って、これの上にナニを着るのか、着るものがあるのかと聞かれると、ないんだけど。これはこれでしか、着れないんだけどっ!!
「いやいや。このくらいの見えるか見えないかのギリギリラインがいいんじゃない?」
 天音さんの娘だって言う女の子が、この中で一番若いのに、なんだか一番場数踏んだみたいなコメント。
「これも捨てがたかったですよねぇ」
 いやよう。そんな上からだと絶対胸の間見えるようなの。これでいいです。肩がでるけどリボンついてるから、きつめに締めたら大丈夫っぽいし。
「そうだねぇ、それもよかったよね。私はこれがいいな」
 鏡に張り付くみたいにしてる私をヨソに、残りの三人で勝手にハンガーをがちゃがちゃやって、あれはこれはと熱い議論。そんなことでどうしてみんなまじめな顔して語り合えるの? というより、着替えていいですか?
「樹理ちゃん、予算は?」
 自分のものじゃないからって楽しそうにインナー選んでる夏清ちゃんと、お店にいた女の子。その二人を勝手に遊ばせておいて、ふと思い出したように天音さんがお金の話。
「よ、予算?」
 う、うー。こう言う服はいくらするのかしら。お友達と買物に行くって言ったらお母さんがお小遣いくれたのと。
「さ、さんまんえん」
 氷川さんにカードもらったって言ったら、なんか、際限なく買わされそうだから黙っておこうかしら。
「三万? それはでも他にも買物するわよねぇ」
「ハイ……」
 そのつもりです。
「んーじゃあ今着てるのと、さっきサイズ合わせたブラとショーツのセットだけにしとこうか。両方で、そうだな、一万円と消費税。ホントは替えもあった方がいいけど、一気に出費は痛いもんねぇ」
「替えは、あったほうがいいですか?」
「そりゃね。しないわけにいかないでしょ? これからの季節なら二つか三つは持ってて欲しいんだけどね」
 ううううーん。どうしよう。さっきつけたブラ、確かにものすごく、つけてて楽だったの。ほしいなぁでもなぁ……うーん。ここまでは、きっと何度も来れないよね……今買わないと。きっと住んでるあたりにも、こんなお店はあるんだろうけど、こういうところに一人で入るのは、できないと思う。私。
 ココに向かってる途中で夏清ちゃんが、ぴったり合うのに出会ってしまうと手放せなくなるよって言ってたの。そんなことないでしょって思ってたけど、確かに、うん。手放せなくなりそう。
「三つ買ったらおいくらですか……?」
「まとめて? うーん。どうしようかな。うん、じゃあ二万ー……一万五千はイタイなぁ……んー……一万八千かな。税込み」
 でも高いからムリしなくていいよって言われたんだけど。
 ………自分の中の誘惑に負けた。
「あ、あの。ほしいんですけど、カード、使えますか」
「カード!? じゃあ買い放題!?」
 こっそり天音さんに聞いたのに、耳ざとくしっかり、夏清ちゃんが反応。
「んじゃ、これとこれと、あ、これも」
 あっという間にその辺りにあったものとって、夏清ちゃんが振り返る。
「それは買わないから」



「夏清ちゃんは買わないの?」
 樹理ちゃんのお買い物が一段落して、お茶してたら、天音さんがおもむろーに。君香ちゃんは勉強の続きするって、もう家のほうに帰ったからいない。
「え? うん、だってこの間買ったばっかりだもん。そんな買ってたら破産するよー私、スポンサー付いてないから」
 樹理ちゃんのカード。それ見た天音さんが金色ーって叫んでたもんなぁ。さすが、伊達に副社長してないよね、氷川さん。
「ブラじゃなくてね、こっち」
 って、天音さんが指差したのは、さっき私と君香ちゃんがひっくり返したコーナー……
「そういえば、夏清ちゃんってああいうの全然買わないわよね」
 ……私が買わなくても、そういうの家に売るほどありますから。ココと同じくらいありますから。
「夏清ちゃんスタイルいいからねーこう言うのとか似合うと思うんだけど」
「いい。いらない。いらないです」
「まぁ。樹理ちゃんには買わせておいて自分は買わないつもりね。夏清ちゃん彼氏いるんでしょ?」
 あああああっその人が買ってるからいいんですってば!!
「そうですよね。私ばっかりずるいですよね」
 ぎゃあ。樹理ちゃんアナタ、家で見たでしょ。あの変な服の山をっ!! なに天音さんに賛成してるの!?
「ほらほら、遊びに来たとき、こんなの着てお出迎えとか、彼氏よろこぶよー」
 いやだ。絶対いやだ。大喜びの顔が脳裏に浮かびまくり。天音さんは私が一人で暮らしてると思ってるから。うん。さすがのキリカも誰にも言ってないの。私が先生と暮らしてること。天音さんにもね。
「ですよねー絶対喜ぶと思うー」
 樹理ちゃん! 本気で確信犯でしょう!! 喜ぶに決まってるってば。
「夏清ちゃんならココらへんだよねぇ」
「うんうん」
 チョットマテ。二人でナニしてるの。しかも、樹理ちゃんのヤツのときはパステルちっくな甘そうのばっかりだったのに、どうして私のになると原色なの!? 黒とか赤とか紫とかっ!!! ああ。だからと言って、かわいいのだったらいいかって言うと、そうではないんだけどっ。
「夏清ちゃんいつも買ってくれるし、お友達連れてきてくれたし、半値八掛けニ割引しちゃうわよ。どう、コレ」
 ………だから、樹理ちゃんのはこう、なんて言うの? 南国のリゾートとかだと、服で着れそうなやつだったのに、私のはどう転んでも、どんな清楚な場所でも一発で半径五十メートルくらいをえろくさくできそうなやつのなの?
 うう、そんなの安くしないで普通のブラ下さいブラ。
「じゃ、これ着てみて。ほらほら、似合わなかったらやめたらいいんだから。着てみるだけだって」
 うぐう。押し付けられちゃったよ。紫のレースの。着ろと? コレを着ろと? いいわよ着てあげるわよ。だいたいねぇこんなオトナっぽいの似合うわけないんだってば。こんな強烈な紫なんて、そうそう似合わないもんよ。


 …………やばい。どうしよう。もしかして似合っちゃってる? 鏡の中の私っ!!
「夏清ちゃーん。着たー?」
 外から樹理ちゃんが呼んでる。
「え、ちょ……っと待って」
 やばい。なんかやばいよ。脱ごう。
「あけるよー」
 開けないでーっ!! 天音さん反則。開けるなーっ!!!
 いぎゃー!!
「なに勝手に脱ごうとしてるの!! 肩ヒモ直してっ こっち向いて背筋伸ばしてっ 両手下ろしてっ」
 天音さんの声ってよく透るのよね。頭は拒否しても体が反応するから怖い。
「ふふふふふふふ」
「あはははは………」
「自分で似合ったとか思ったでしょう」
 ば、ばれてる。
「か、買いませんから」
「ええ!? 似合うのに?」
「似合っても!!」
 と言うより、似合うからっ!!
「今日はココで買い物するつもりじゃなかったんですからっ!!」
「じゃあ私、自分の買ったついでに夏清ちゃんにそれ買ってプレゼントしちゃおうか?」
「いいからっ!! もらうくらいなら自分で買う!!」
 あ。
「まいどありー」
 樹理ちゃんの売り言葉、イキオイでものすごく高値のうちに買っちゃったわ……天音さんが笑いながら去っていく。
 ちくしょー。やられたー。

                                        2002.6.11=up.





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