恋におちたら 2


 黄昏つつある町並みを、銀色の車が走り抜ける。徐々に自宅に近づいている。運転している哉をちらりと見ると、いつもどおり、平気そうな横顔がそこにある。
 心配するなと言われても、胸が勝手にどきどきその回転を高めていく。こんな調子では、哉の家族を紹介されたときはどうなるのだろうか。
 さしたる渋滞もなく、むしろいつもより空いている印象の大通りから住宅街に左折する。この道を抜ければ、自宅が見えてくる。
「行くか」
 車を路肩に寄せて止め、哉が何の気負いもなく、昼食を摂った店で包んでもらったらしい菓子折りをもって降りるのを見ていつの間にそんなものを? と思いつつ、樹理も慌ててそれに倣う。
 車の音か、気配か。門柱をくぐるときには母が玄関を開けていた。
「氷川さん、どうぞ。樹理もおかえり」
「おじゃまします」
「ただいま」
 意識してなのか、いつもと変わらない様子の母に樹理はほっとした。
 哉を応接セットのある部屋へ案内して、樹理は母とキッチンへ入った。なんとなく、あちらにいる勇気がでなかったのだ。いつもなら自分から必要なものを尋ねてくるくる動く樹理が珍しく立ち尽くしている。そんな娘に何も言わず母は準備していたらしいコーヒー茶碗を横において湯飲みを用意し始める。
「まぁ わらび餅」
 菓子折りをあけて中を見た母がうれしそうに言う。改めて箱に押された印をみて、感心したように頷いている。
「すごいわねぇ 前にテレビで見たけど、ここのわらび餅は行かないと食べられないって言われてたのに」
 棚から出した日本茶の袋を開けて、急須にきちんと測って入れて、湯飲みにあけていた湯を注ぐ。
「そっちの棚の奥からお皿を出してくれる? ガラスのきれいな花の形のやつ。それから引き出しのどこかに和菓子用の木でできたフォークがあるからそれもね」
「うん」
 言われたとおり、皿をだして布巾で軽く拭くと、母がやわらかいわらび餅を盛り、お茶を載せた盆に並べて樹理に持っていくよう渡す。
「ママはねぇ 樹理が幸せならそれでいいと思うのよ。樹理は余計なこといっぱい考えちゃうんだろうけど」
 パパはどうかしらねぇとにっこり笑ってつぶやいて、母はやさしくそっと樹理の背中を押した。
 盆に載せられたお茶と菓子皿の数は四つ。樹理の後についてキッチンから出てきた母が、何の迷いもためらいもなく父の横に座る。空いているのは哉の横だけだ。自分の分も茶と菓子を置いて、樹理もそこに座る。
 なんともいえない緊張感。少し動いたら空気がピキンと音を立てそうだ。行野家の面々はそんな硬い空気の型にはめられたように、まるで身動きを取れない。
 樹理はできる限りそっと……その動きはどう見ても油を差すのが必要なくらいギクシャクしていたがこの場にいる誰もそんなことは気にしない、気にできない……いつもと変わらぬ様子でお茶を飲んでいる哉の横顔を伺った。
 食事の前に寄った店で見たよりも、口元に変化がある。
 多分、とてもとてもほんの少しだけ。けれど樹理にはわかってしまった。哉は今、微笑んでいるのだと。


 何をすべきなのかは決まっている。ただ素直にはっきりと自分の思いを伝えればいいだけだ。ある程度の結論も見えている。なのに、先の見えないまま妥協点を探らなくてはならない交渉よりも、何億もの金が動く商談よりも、慎重になろうとする自分がいる。
 まさかこんな瞬間が自分に訪れるなど、昨日まで想像もしていなかった。むしろ、一生自分には縁のない場面のひとつだと思っていたのに。
 戸惑っていることを自覚しながら、哉はゆっくりと茶碗をとり、ぬるめに淹れられた日本茶を一口飲んだ。
 渋みと甘みをよいバランスで含んだ緑の液体に、ほんの少し気が緩む。そういえば、前にここで飲んだコーヒーもうまかったと思い出す。
 改めて思う。ごく普通の、幸せな家庭にしかない、居心地のよさ。当たり前だ。ここは樹理が育った家なのだから。
「行野さん」
 呼びかけてまっすぐに、樹理の父親を見る。所在無げにうろうろしていた彼の視線を、視線でこちらにひきよせる。
 そして今度は動作でその動きを止める。次はどんな手で来るのだろうと相手を見つめずにいられなくさせて、そっと茶碗を茶托に置いて、両膝に両手を置いて頭を下げる。
「樹理さんのことについては、いろいろと無作法な振る舞いでした。申し訳ありませんでした」
 そのままの姿勢でたっぷり三秒。ゆっくりと頭を上げて居住まいを直して二秒。
「前のときは自分自身わかっていなかったんですが」
 そう、しかしもう気がついてしまったから。
「今になって思えば僕は初めて逢ったときすでに」
 この気持ちに。
「樹理さんのことが好きだったんです」


「っ?! 私、そんなこと聞いてませんっ!!」
 父は、哉の言葉が届いているのかいないのか、本当に固まってしまったらしく瞬きさえしないで……もしかしたら息さえて止めているのではないかと思うくらい微動だにしない。
 母は、あっけに取られたような顔をしているものの、ある意味潔い告白に、得心したようでもある。
「今言った」
 哉は、立ち上がって叫ぶようにそういった樹理を見上げて、どうして樹理がそんなに怒っているのか皆目見当がつかない様子だ。どうせ同じことなら一度で済ませたほうが手間がかからなくていいじゃないかとでも言うように。
「このことに気がつくまで、どうしてあんなことをしたのか自分の行動にはっきりした答えが見つからなかったんだが、樹理がいなくなってから気づいた」
 樹理は立ったまま、酸素を求める金魚のように赤い顔であえいでいる。哉は何か自分の中にこの答えの方程式を持っているようだが、式も解き方も樹理には理解できない。
「……ごめんなさいね。それはつまり、その、世に言う『一目ぼれ』なのかしら?」
 母が、恐る恐ると言った態で静かに聞いた。
 だって、彼が樹理を連れてやってきたのは、樹理と出会って三時間と経っていないころあいのはずだからだ。どう考えても、それこそ目と目が合った瞬間に……くらいの勢いだ。
 会うのはまだ二回目でも、彼がそういうタイプからは程遠い対極に座している、そしてそこから動かない、ある意味恋愛を積極的にしたがるようには……それこそ申し訳ないが全く見えない。ありていに言えば、信じられないので確認せずにはいられなかった。
「多分それが一番近いですね。でも……それだけじゃない」
 哉の視線が樹理を見上げる。
「もう樹理がいないと生きていく自信がない」
 その目が笑っているように樹理には見えた。なんだかもう、力が抜けて、それでも大きな音を立てずにソファに体を戻す。
「なので改めて、今回はお願いにあがったわけですが、樹理さんを僕に預けてもらえませんか?」
 哉がにっこりと笑って、目の前で先ほどから金縛りにあったままの樹理の父に、そう言い放った。


「よくわからない人ね」
 樹理の部屋で前と同じように二人で衣服をスーツケースに詰める作業をしながら、母がポツリとつぶやいた。
「今日はまだ、わかりやすかったほうかも」
 母の顔が『あれで?』と聞いている。黙ってうなずいて、少し樹理が笑う。
「本当にあなた、どうしてああいう難しいのを好きになっちゃうのかしらね。前もそうだったじゃない? 小学四年生の時の」
「えっ……なんでマサキ君のことママが知ってるの」
「だって樹理の母親ですもの。樹理は晩熟(おくて)さんだったから、初恋だったんでしょうけど、よりによって渡久山さんちのはねぇ……そういえばあの時も年が離れてたわよね。あっちは高校生くらいだったかしら」
「もう、そんなの今は関係ないしっ あれはそういうのとは違ってたのっ 恥ずかしいから思い出さなくていいよ」
 樹理が話をそらそうと立ち上がって、もう準備が済んでいる学校のサブバックのファスナーをあけている。
「よくないわよ。娘とこんな話をするのは一生に何度もなくてよ?」
 スーツケースを閉じて、立ち上がりながら器用にスーツケースも起こす。
「仕事のことはね、男たちに任せといたらいいのよ。氷川さんってかなり変な人だけど、樹理を大事に思ってくれてるのは本当みたいだから、きっと大丈夫よ。あなたが気をもむことじゃないわ」
 本当になんでもないことのように母が笑う。
「だからね、ウチのことも気にしないで。さっきも言ったけど、ママは樹理が幸せになってくれたらそれでいいんだから」


 母娘が和やかに話しているその下で、男たちは黙ったままお茶を飲んでいる。
 娘の恋人が『お嬢さんを僕にください』とやってきた場合というのは、父親が圧倒的に優位に立てるはずなのに、この場はそうでもない。いや、逆にどう見ても優位に立っているのは哉のほうだ。
 その順位を決めているのが哉の余裕だ。やることはやりきったので開き直っているのかもしれないが、前回同様承諾は得たとばかりに、樹理に荷物をまとめるようにと言って座っている哉は、全く気後れしている様子がない。
「ああ、そうだ。仕事の件ですが」
 何もしていないと間が持たないため、樹理の父がわらび餅を口にした瞬間を狙ったように哉がある意味ここで先ほどの件よりも重要な話題をさらりと切り出す。
「三月に交わした契約が向こう三年有効ですから、氷川は行野を一方的に切り離すことはできないはずです。僕の一存でやったことなので破棄されてしまえばそれまでですが、まああれがなくても、すでに行野プラスティックは重要な工場になってきているのですぐには何もできないでしょう」
「……やっぱり……あの契約はおかしいと思ってたんだ」
 おかしいどころか、普通は親会社とも言うべき甲が、被契約者である子会社の乙に対して難解な日本語と言う名のオブラートに包みながらも一方的とも取れる条件を提示するのが契約書というものだ。乙には契約の内容を選ぶ権利すら与えられていないことが多い。
 それが、何度読んでも乙である行野プラスティックに有利な条件ばかりが提示されていたのだ。
 そのひとつに、四月から始めている大学の研究室との提携開発事業がある。基本的に氷川の仕事しかできないこの会社が、ほかのものを受け入れることができたのは、契約による例外が認められたからだ。大学とはまだひと月ほどしか交流していないが、彼らの貪欲なまでの研究熱心さは未来のプラスティック業界で先んじる為の要素が多分にある。
 新素材の安定供給までのプロセスを確立させ、それにかかわる特許を取得すれば、行野プラスティックは氷川ともっと対等に取引ができるようになるはずだ。
 そのノウハウは戦後間もない頃からこの作業に従事してきた老兵とも呼べる職人が持つ感性だが、数値化できないそれらを後継させればより発展できると樹理の父は考えている。
 三年でどこまでやれるかわからないが、目の前の若者によって見る間に会社は持ち直してきている。会社の細部まで(台車の大きさから棚に置く工具の位置までだ)重箱の隅をつつくような改革案には最初はありえないと思ったことも、実践してみれば無駄が省けた動線がすっきりとして効率がいい。そう動くことが今は当たり前になっている。
「……樹理はあなたのところから帰ってきて、それ以前とは違っていた。……父親としては認めたくはなかったが、安っぽく言えば見違えるほどきれいになって帰ってきた」
 ため息をひとつついて、樹理の父が続ける。
「樹理は遅くなってからやっとできた娘で、本当に大事に大事にかわいがって育てたんだ。親ばかだと思われるかも知れんがあなたに言われるまでもない、あんないい子はほかにはいない。まだまだ惜しいんだがね……樹理はあなたを選んだ。多分これから想像もつかないような大変な思いもするだろう。それをわかっていても、やっぱりあの子のしたいようにさせてやりたいとも思うんだ」
 すでに空になった湯飲みを見つめて、またため息をひとつ。何かを断ち切って諦めようとするかのように。
「娘をどうか、よろしく」
 こちらこそと言うべきか、もちろんとうなずくべきか、言われるまでもないと微笑むか。
 珍しく逡巡したのち、哉はただ黙って頭を下げた。
「お茶を淹れなおしてこよう」
 よっこいしょとおそらく無意識に小さくつぶやいて樹理の父が立ち上がり、キッチンに消えてすぐ急須を持って現れた。再び席について、哉の茶碗に注ぐ。
「ありがとうございます」
 自分の茶碗にお茶を注ごうとしていた樹理の父が、びっくりしたような顔で哉をみた。
 礼を言われたことに驚いている様子に、哉は笑って言う。
「礼を尽くすべき相手には惜しみません」
 相手にどう伝わっているのかは別にして、哉は自分がそれなりに礼儀正しいと自負している。ただし、言葉どおり尽くすべきでない相手には惜しむのだ。それも極端に少なめに。
「ああ、そういえば初対面は最悪でしたよ……」
 哉の言葉の裏側を察したのか、苦笑しながら樹理の父がそう言う。
「あの時は到底……失礼。でも今は違う。樹理さんに対する僕の気持ちではないですよ。あなたはたった半年で会社を立て直して、新規の事業を引っ張ってらっしゃる。正直ここまで何とかなるとは思っていませんでした」
 あっさりと言い放つ哉に、苦笑が本物の笑いになった。なるほど、昇格したらしいと。
「私には協力者も大勢いた。私の父の代から働いてくれていた人たちがね。彼らの協力がなかったら到底無理だったでしょう。
 それにやっぱり樹理のおかげでしょう。あなたから取り返さなくてはとそれはもう死に物狂いでしたからね。
 樹理が帰ってきてからも、いつあなたの気が変わって掻っ攫いに……いや連れ戻しに来るだろうかって、それはもう、気が気じゃなかった」
 確かにそうだ。仕事は一人でするものではない。仕事には協力者が必要で、さらに打ち込む為の口実も必要だ。家庭であったり、お金であったりとそれは様々だが、あるのとないのとではモチベーションが違ってくる。
 帰ってきた樹理を見れば、なにかあったことなどどんなに鈍感な親でも気づけただろう。そのくらい、家を出る前と帰ってきた後で、樹理は変わっていた。それは当然、その相手である哉にもなにか変化があったということは想像に難くない。
 淹れなおしたお茶を一口飲んで、樹理の父がしみじみと言った。
「まさかこうも正攻法で攻められるとは思ってもいなかったですよ」


 前と同じスーツケースとかばん、紙袋が三つ。
「用意できました」
 樹理にそういわれて立ち上がろうとした哉を、母が止めた。
「一番大事なことを言い忘れていたんですけど」
「は?」
 おっとりとした樹理の母から、まじめな顔をしながらなぜか腰に手を当てて胸を張るような格好で、威嚇するような言葉が出てきて、哉が浮かせた腰を下ろした。
「私は樹理には幸せになってほしいですけれど、それとは別に、大学は無理でも短大くらいは出ておいてほしいと思うんですよ。できれば行野樹理として。
 最近はなんていうの? 結婚と出産が逆になってもそれが流行と言うような風潮もありますけど、古いといわれようとも私はやっぱり、結婚が先だと思って。ああもうなんだかまどろっこしいわ」
 そこまで一気に、立て板に水を流すよりも早くきっぱりと言って、息継ぎをした後、もう一度哉をしっかりと見据えて続けた。
「夕べ何があったかは聞きませんけど、そう言うことはちゃんとしておいてほしいと思って」
 ほかの三人が、あろうことか哉までがこの発言に動きを止めた。
「まっ!!! ママ、言っとくけど夕べはそういうことしてないからっ なんてこと言うのよー」
「あら? そうなの?」
 私はてっきり、と顔に書いてある。樹理がムキになって反論するのもなんだか疑わしいわという目だ。
「……ご期待に添えなくて残念ですが、それこそ備えがなかったもので」
「氷川さんっ!!」
 まじめに応えないでくださいと樹理が泣きそうになっている。そんな様子を見ながら、泣きたいのはこっちだと、父は何度目か知れないため息をついた。


「行ってきます」
 荷物をトランクに積み込んで、すでに夕闇が迫ってきた空の下、何とか立ち直ったらしい樹理がぺこりと頭を下げた。
「行ってらっしゃい。電話くらいしてね。毎日じゃなくていいから」
「ハイ」
 普通なら運転席のある位置に樹理が乗り込んで、車が走り出し、見えなくなるまで後ろをむいて手を振った。
 いってらっしゃい。
 前にこうやって家を離れるとき、ほしかった言葉だったと思い出して、樹理は少しだけ微笑む。
 送られる言葉は、想像したより背中に温かかった。
 狭い車内に二人きり。けれど居心地は悪くない。むしろまったりと落ち着く。いろいろと思い出しながら車窓を眺めていた樹理が、マンションへの最寄り駅に差し掛かったとたん、現実を思い出す。
 正真正銘、冷蔵庫の中はからっぽだ。昨夜食事を作ったときはこんなことになるなんて夢にも思っていなかったので、ご飯も一人分に少し足りない微妙な残量だ。
 ここにきて、夕食まで外食と言うのは樹理には思いつかない。何か作らなくては。そして材料を調達せねば。
「あ。買い物っ 左の店にお願いしますっ!」
 すばやく視線を走らせると、いつも寄る見慣れた食料品店の看板が眼に入る。
「今晩どうしましょう? もう結構時間が遅いし……簡単なものでもいいですか?」
「簡単なものって?」
 車を駐車スペースに止める。ファミリーカーや軽自動車といった庶民的な車の中で、銀色のスポーツカーはかなりの異彩を放っていて、そばを通る人々がちらちらと視線を向けているが乗っている当人たちは、一人は全く気にも留めていないし、もう一人も気にする余裕がないらしい。
「うーん、おうどんとか、おそば……これからならそうめんとか……」
 一番簡単ならインスタント麺です。と考えて言うのをやめておく。哉はジャンクフードとは限りなく縁遠そうだからだ。鶏がらだしの日本で一番初めにできて、今も庶民に愛されている揚げ麺なら、哉でも食べられるだろうか? しかし、湯を注いで三分待つ哉ってどうだろう。バリバリの洋ネコに昨日の残りのご飯にこれまた残り物の薄めた味噌汁をかけたねこまんまを差し出すような違和感がある。
「そうめんか……」
「そうめんがいいですか?」
「いや、一回しか食べたことがない。それに家では食べられないんじゃないのか?」
「え?」
 決め付けるのは悪いが、哉がいくらお金持ちでも嘘だと思った。樹理は夏には毎週のように食べていたからだ。
「高校三年のとき速人の実家に遊びに行ったとき食べた。それきりだな、そう言えば。ものすごく細い麺を竹を割ったものに水と一緒に流すやつだろう?」
「………それは流しそうめんで……普通の家では普通に器に氷と一緒に盛って、普通にお箸でとって、つゆにつけて食べます……」
 家庭用に、流しそうめんと言うより回しそうめんと言った風の器具を見たことはあるが、哉が想像しているのは明らかに屋外でやる通常版だ。
 神崎先生の実家って高校生の息子の友達が来たくらいで(おそらく庭で)流しそうめんをしてしまうなんてどんなおうちなんだろうと思いながら、樹理が微妙な修正をする。竹を使うような流しそうめんなんて、近所で有志がやるこじんまりとした夏祭りくらいのイベントでしか見たことがない。ついでに、関係ないが器に盛っても缶入りのレッドチェリーを飾る心境もどうかと思っている。
「おうどんにしましょうか?」
「いや、そうめんがいい」
 きっぱりと言い切られて、決定してしまった。車から降りて、店の出入り口で哉が改めて思い出したようにつぶやいた言葉に、樹理がまたこけそうになった。
「ああ、こういう店で買い物をするのも初めてだな」






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